人はある日突然。いつも見慣れない『モノ』が現れたら、どんなリアクションをするのだろう?


 やはり動物とは全く違うのだろうか、はたまた僕たちと同じような表情をするのだろうか……。


 でも、僕の知っている人間は大体予想外のモノが目の前に現れると、キョトンとして……その後二度見をする……。


 いや、見なかったことにする可能性もある……か。


 ちなみに、僕がそんなモノを見た時は、二度見をすることもなく、だからといって見なかったことにする事もせず、ただ……その場で固まってしまうだろう。


 ただ、最初はそんな事を思っていなかった。この日はそれくらいとってもいい天気でポカポカ陽気だった。


 ここら辺の森は、今の時期ピンクと白のカーテンが広がり、所々ポツポツと伸びている『草の緑色』も、いいアクセントになっている。


「……」


 そんな事を考えている時、とてもキレイな景色の中を『場違いな馬車』は突然現れれば、冒頭の様な事を考えても仕方がないと思って欲しい。


「すごいな……」


 僕は無意識に小さく呟いた。


 ちなみに今日は注文をしていった小人のおじさんたち七人は来ていない。それは、ヘンゼルさんがそうしてほしいと言ったのが理由である。


 でも、ヘンゼルさんがそう言ったのは多分、この注文をしていった人間を特定させない為だろう。詳しい事は知らないけど……。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ……。お待ちしておりました」


 馬車の中から現れたのは、燕尾服えんびふくをオシャレに……いや、キレイに着こなし『賢い』の象徴とも思える銀縁がくぶちの眼鏡をかけた初老の男性だった。


 たぶんこの人は『執事しつじ』と呼ばれる人だろう。


「少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

「……? はい」


 そう返事をすると、執事の人は一度会釈えしゃくをすると、すぐに振り返り、馬車にのっている人を優しくエスコートした。


「……」


 執事にエスコートされて現れたその人は白い肌、黒い髪に赤いカチューシャを付けた……黄色いスカートに青い服を着た女性だった。


 どうやらこの人が『白雪姫様』だという事はすぐに分かった。


「フェンデルさん、ここはやはり……私だけで訪問したいのですが」

「……なぜ? 何か私がいてご迷惑のかかるような事でも?」


「いっ、いえ……そういう訳では」


 僕の姿を見ると、すぐに『白雪姫様』はフェンデルさんに『ささやかなお願い』をしたのだが、なぜか雲行きが怪しくなった瞬間――――


「それは。美味しいモノを存分に味わいたいからですよ」

「あっ、ヘンゼルさん」


 僕たちの会話を聞きつけたのか、ヘンゼルさんはゆっくりと現れた。


「ほう、では私がいると味わえないと?」

「それは人にもよりますが……女性はあまり大きな口を開けている姿はあまり見られたくはないかと……」


 確かに、あまり大口おおぐちを開けて食べ物を食べている姿を女性は……あまり見られたくない……という事をこのお店で接客をしながら知った。


 その証拠に『白雪姫様』はヘンゼルさんの言葉に何度もうなずいていた。


「……今回は、あなたの意見に同意いたしましょう」

「ありがとうございます」


「あっ、ありがとうございます。フェルナンデスさん」

「いえ、姫もお疲れでしょうから、たまにはこういう事も必要だとわたくしが勝手に判断したまでの事です」


「ありがとうございます。それでは……」

「いってらっしゃいませ、姫様」


 ヘンゼルさんが機転きてんをきかせてくれたおかげでこの場はなんとか収まり、僕とヘンゼルさんと白雪姫様は店内へと入っていった……。


「それでは早速準備を致しますので、少々お待ちください」

「お待ちください」

「あら、あなたも行ってしまうの?」


 少し寂しそうに白雪姫様は尋ねてきた。どうやら彼女のお目当ては『お菓子』ではなく、『僕』だったらしい。


「あっ、僕は紅茶の準備をするので、すぐに戻ります」

「そう、それならよかったわ」

「……ごゆっくりお待ちください」


 僕たちはその場を後にし、各々おのおの厨房へと入り、たくさんある紅茶の缶を見ながら、どれにしようか考えた。


 そんな中、いそいそと準備を始めたヘンゼルさんをチラッと盗み見をしながら今回『白雪姫様』に出す『スフレパンケーキ』の試作をしていた時の事をちょっと思い出していた。


◆ ◆ ◆


「まず、卵黄と卵白を分けて、卵白は2個準備して大きめのボウルに入れて、氷水にあてて冷やす」

「?」


 僕の前には、氷水が入ったボウルが置かれていた。ちなみにこのボウルは相当冷たいらしくボウルの底にしもの様なモノが出来ていた。


「メレンゲ作りには必須ひっすなんだよ。それで、卵黄は一個・グラニュー糖・牛乳・ベーキングパウダー・米粉を粉っぽさがなくなるまでよく混ぜ合わせる」

「はい」


 ヘンゼルさんはハンドミキサーを動かし、ヘンゼルさんが言った材料を全て混ぜ合わせた。


「そして、次にメレンゲを作るから、そこの『レモン汁』ちょうだい」

「あっ、コレですね」


 僕は近くにあったレモン汁の入った容器を押して、ヘンゼルさんに渡した。


「ありがとう。そんでコレを加えて混ぜる」

「でも、なぜ『レモン汁』を?」


 普通、パンケーキに『レモン汁』は必要のないモノだ。


「えっと、メレンゲは中性ちゅうせいになるほど立ちやすくなるんだよ。ちなみに卵白はアルカリ性で、レモン汁は酸性さんせい

「なるほど、アルカリ性と酸性というモノをちゃんと混ぜ合わせれば『中性』というモノになるんですね」


 納得した様に言うと、ヘンゼルさんはハンドミキサーを動かし、メレンゲを作りながら「そういうこと」と答えた。


「そして、さっき混ぜた生地のボウルにメレンゲを一気に入れて、後は混ぜすぎないよう五、六回混ぜ合わせ、すぐに完成した生地を焼く……と」


 そう言って、ヘンゼルさんは生地を焼き始め、このお菓子の肝とも言える『キャラメル林檎りんご』をその間に作り始めた――。


◆ ◆ ◆


「お待たせ致しました……」

「あっ、ありがとうございます」

「……」


 口では何も言わなかったが、ヘンゼルさんが来た事が分かった時、「やっ、やっと来た」と心の中でものすごく安心した。


 なぜなら、この『キャラメル林檎りんごスフレパンケーキ』が出来るまでずっと僕は、白雪姫様から色々質問攻めを受けていたのだ。


「それでは……いただきます」


 フォークとナイフを「カチャカチャ」と鳴らして、白雪姫様はその『パンケーキ』特に躊躇ためらう事も抵抗ていこうする事もなく……食べてくれた……。


 ちなみに、このパンケーキに挟まれているキャラメル林檎りんごを作るのは意外簡単である。


 中火にかけたグラニュー糖を焦げないように茶色くなるまでて、その中に『林檎りんご』を加え、しんなりし水気がなくなるまで煮詰めて完成である。


 そのせいなのか、キャラメル林檎りんごの色は『茶色い』色をしている。しかし、見た目はともかく……匂いで林檎りんごが使われているのは分かるはずだ。


「……驚いた?」

「えっ……いっ、いえ」


「うふふ。だって、私がパンケーキ食べる瞬間不安そうな顔をしているんだもの」

「…………」


 どうやら僕は自分でも気が付かないうちに、「食べてくれるかな?」という気持ちが表情に出てしまっていたらしい。


「それにしても、食べられたんですね……林檎りんご

「……やっぱりそれを心配していたのね」


「どうしてですか?」

「……これから先、子供が出来て苦手なモノを食べさせるために、私が食べられないとなると……『食べなさい』って言っても説得力がないと思ってね」


 小さく笑った。確かに、白雪姫様の言っている事は分かる。言っている張本人が苦手なモノがあって食べられない……となれば、説得力は確かにない。


「それにね。お世話になったあの方たちにも申し訳ないと思ったの」

「あの方たちですか?」


「うふふ。あなたたちにこの話を持ってきた人たちよ。あの七人の……」

「ああ!」


 どうやら、白雪姫様はこの『林檎りんごの一件』を全てお見通しだった様だ――。


◆ ◆ ◆


「それにしても……全部お見通しだったとは……おそれ入ったよ」

「そうですね」


 僕たちはたった今、帰りの馬車に乗った『白雪姫様』の後ろ姿を思い出していた。笑顔でお礼を言った彼女はとても可愛らしかった。


「俺も初めてスフレパンケーキを作ることが出来たし、いい経験になってよかったよ」

「えっ、初めてだったんですか?」


「作り方は知っていたけどね」

「……」


「それにしても、あのお姫様。本当に強い人だよ。苦手をそのままにしない……ってところがさ」

「そうですね」


「……俺もあんな風に強く生きられたらつらく……ないのかな……」

「えっ?」


 あまりに突然言われ、僕は思わず見上げた。


「なーんてな、こんな事を言っていちゃダメいけないな。ほら、まだまだ冷えるんだから早く中に入ろう」

「あっ、はい」


 ヘンゼルさんは悲しそうな顔からすぐに笑顔になり、驚いている僕をヒョイッと掴み、肩に乗せ、そのまま店内へと入っていった……。

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