「さて、そんじゃ取りかかりますか」

「あの……ヘンゼルさん」


「ん? 何?」

「えっと……」


「……マシューくんの言いたいことは分かるよ」

「……!」


「なんで、わざわざ苦い記憶を思い出させるような事をするのか……って言いたいんだよね?」

「……はい」


 正直、僕としてはわざわざ『トラウマ』を思い出させるような事はしたくない。しかも、そのモノを食べたことにより命を落としかけたのであればなおさらだ。


「その気持ちは俺も分かっているよ。でも、あの七人がわざわざこんな場所まで来て頼む理由も分かるんだ」

「あの人たち。やっぱりここら辺にいる方たちではないんですね」


「うん。だから俺言っただろ? あの人たちがお菓子を食べさせたい相手は『白雪姫』だって」

「はい」


「それに、あの人たちは『王子が代わりに食べている』とも言っていた」

「あっ」


「つまり、あの人たちが食べさせたい相手は『一国のお姫様』なんだよ。でも、あの人たちが住んでいる国で俺に頼んだような事を頼んでも、なかなかOKしてくれる人はいなかったんだろうね」

「……」


 その話は、なんとなく分かる気がする。


 多分、今話に出ているお姫様の事を『みんな知っている』はずだ。しかも、なぜその人が命を落としそうになったのか……その理由わけも知っているだろう。


「じゃあ、なぜヘンゼルさんはOKしたんですか? しかも、わざわざここで食べてもらうなんて……」


 僕は少し呆れた。当初は「出来たモノを渡す」つまり、前回の作った『フロランタン』の様に僕らは作るだけになるはずだった。


 しかし……


『いえ、俺が作ろうとしているモノはここで食べなくては意味のないモノなので、申し訳ありませんが、その方をお店の方に呼んでいただけませんか?』


 ヘンゼルさんが突然そう提案したのだ。


「なんでそんな事を……」

「君の言う事はもっともだと思う。でも、俺は『アレルギー』の様に食べたくても食べられない……そういう人でなければ、食べて欲しいと思うし、あの人たちも言っていたように……何より勿体もったいない」


 そう言ったヘンゼルさんの表情は、とても真剣だ。


 確かに、世の中には食べたくても食べられない人。苦手ゆえに食わず嫌いをしている人。むしろ一種のモノが好きすぎてそれしか食べない人……色々な人がいると思う。


『俺が、お菓子作りで小麦粉を使わないのは『アレルギー』があるからじゃないよ』


 前にそう言っていた。つまり、この人も『小麦粉』に『アレルギー』とは違う、何かしらの『トラウマ』があるのかも知れない。


 でも、僕はまだヘンゼルさんと知り合って一ヶ月程度のなかだ。


 それに、人が隠している事をわざわざ聞き出そうとするほどの興味もない。人はみんなそれぞれ……というし、そもそも僕たち動物は他の奴らをあまり気にしない。


「でもまぁ、勿体もったいないなんて……お前が言うなって言われそうだけどね」

「いえ……」


「ははは。そんなに気を遣わなくてもいいよ。でも、俺としてはそういった『トラウマ』は出来る限りなんとかしてあげたい。だって、小人のおじさんたちが東の遠い国から来てくれたんだから」

「えっ、そんなに遠いんですか?」


「うん。少なくとも隣の国ではないね」

「……」


「だってさ。『林檎りんご』の旬は秋から冬にかけてなんだけど、今は?」

「春……ですね」


 冬眠から目覚めて一ヶ月が経過……つまり、季節はまだ『春』である。


「確かに、品種によっては春先まで及ぶものもあるし、冷蔵庫で保存をすれば三ヶ月以上貯蔵できるけど……」

「確かにそう言われてみれば、少しおかしいですね」


「それにさっきこの『林檎りんご』を見たけど、これは旬モノでしかも常温で保存している。それに、おじさんたち全員腰に上着みたいなものを巻き付けていたから、寒いところから来たんじゃないかな?」

「…………」


 ヘンゼルさんの言う通りあの小人のおじさんたちは全員、かなり生地のあつい服を腰に巻いていた。


 ここでも僕のあまり人に興味がないところが出てしまっている。


「それで、今の時期で秋かもしくは冬の気候になっている場所を考えると……この国だろうなって思ってさ」


 ヘンゼルさんはそう言って、バサッと地図を広げた。


「……えっ!?」

「パッと地図にして見るとあまり離れていない様に見えるけど、この国の気候はここと少しズレがあって遅れるんだよ」


 ヘンゼルさんは平然と説明してくれたが、僕は「あまり離れていない様に見える」と言った言葉に思わず反応しそうになった。


 なぜならその場所はここからかなり離れており、とても徒歩で来られる様な場所ではない。


「まぁ、当然。途中まで電車とか何か交通手段を使って来たとは思うし、今度来るのもお姫様だし……まぁ、大丈夫でしょ」

「大丈夫……なんですかね?」


 一瞬、僕は不安になったが、それ以上に今は『お菓子作り』の方が不安だ。


「さて……と」

「それで何を作るんですか? 確か、ここで食べないと意味がないとおっしゃっていましたが?」


「ああ。実は『スフレパンケーキ』を作ろうと思ってね?」

「スフレ……ですか?」


 ヘンゼルさん曰く、『スフレ』はメレンゲに様々な材料を混ぜ、オーブンで焼いて作る、軽くふわふわとした料理の事で、メインまたはデザートの事をすらしい。


 そもそも『スフレ』という言葉は、フランス語で「吹く」を意味する言葉の様だ。


 つまり、このお菓子はフランスというくに発祥はっしょうのお菓子……というわけだ。


 ちなみに、『パンケーキ』は穀物の粉を混ぜて、フライパンなどの調理器具を用いて調理するモノをまとめていうらしく、小麦粉、卵、砂糖、膨らし粉などを用いて作り、国によってはで『ホットケーキ』と呼ばれる事もあるらしい。


「しかも、コレがすぐに食べてもらわないとしぼむんだよ」

「そうなんですね」


「しぼむと……美味しそうに見えないじゃん? 冷たいのも……あんまり」

「……なるほど」


 確かに、フワフワとした見た目と食感が大切なモノがしぼんでしまったら、見た目も食感も台無だいなしだろう。


「まぁ、だから……」

「つまり食感を楽しんでもらうために、ここで食べてもらわなくてはいけない……と」


「そういう事」

「それで、今から作るんですね」


「まぁ、一応練習って事でね。ちなみに、ただの『スフレパンケーキ』じゃなくて『スフレパンケーキ』にキャラメル林檎りんごを挟むんだよ」

「なるほど。ここで林檎りんごが登場するんですね。」


 その時は納得した様に言った。


「それで……今回も僕は」

「俺のお手伝い♪」


「…………」


 どうやら前回と同様に『全く何も出来ない調理の助手』という立ち位置でどうやら決定している様だった。

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