「それで、この林檎りんごを使ったお菓子を作って欲しいとの事ですか……」

『はい』


 ヘンゼルさんがお茶を出しながら尋ねると、小人のおじさんたちは全員声を揃えた。今度は一糸乱れず全員揃そろっている……。


 ただ寝不足な人を除いて……。


 ちなみにその人は、椅子に座っていながらも相変わらず頭を上下させており、たまに倒れそうになっては隣にいる人が支えていた。


 今、この小人のおじさんたちは全員店内の椅子に座って話をしている。それは、ヘンゼルさんが「立ち話も悪いから……」と言って案内した結果である。


「ただ……」

「ちょっと問題が……」

「問題というか……」


「トラウマ?」

「トラウマというか……」

「事件だろ。あれは」

「うーん」


「……」

「……」


 小人たちは相変わらず、お互いの顔を見合わせながら、色々言い合っている。


 でも、ありがたい事に今は一人ずつ話しているので、誰が何を言っているのかはすぐに分かる。


 ただ、ここまでだれ一人ひとりかぶらないとかえって面白い。


 僕とヘンゼルさんも顔を見合わせていたが、こちらは笑いをこらえるのに必死なだけである。


「……あのー」

「どうかされましたか?」


「いえ、失礼致しました。ところで、先ほど『事件』と仰っていましたが……何かあったのですか?」


 気を取り直して、今の会話から疑問を一つ投げかけた。


「はい」

「実は……」

「美味しい林檎りんごが出来て」


「はぁ……」

「よかったです……ね?」


「まぁ、出来た……はいいが、わしらだけでは食べきれない」

「そこで、この林檎りんごを食べて頂きたい人がいるんですけど……」


「何か問題でも?」

「いや、その相手が……」


 おじさんの一人が『その相手』という言葉を言った後、なぜか気不味きまずそうにおじさんたちは突然口をつぐんだ


「その……お相手が?」


 しかし、黙ったまま何も話さないのでヘンゼルさんは不思議そうに尋ねた。


「実は、昔。林檎りんごを食べて……」


 いつも寝不足の人を横でサポートしている人が話した瞬間……


「……一度、亡くなりかけたんです」


  何の前触れもなく寝不足の人は目を開き、一言だけそう言って、また目を閉じた。


「……亡くなりかけた?」

「…………」


 僕はその言葉の意味が分からず尋ねた。しかし、ヘンゼルさんは何やら心当たりがあるらしく、両腕を組み、片手であごを押さえていた。


「……その人は、林檎りんごが食べられないのですか?」


「……基本、なんでも食べる人なんだけど」

「それ以来、林檎りんごだけは残してしまうらしい」

「だから、王子がいつも食べているって」


「でも最近は、出してすらいないらしいぞ」

「えっ、そうなのか」

「まぁ、残されてしまうくらいなら」

「仕方ない……かな」


 どうやら、この人たちの言う通り。その人にとって『林檎りんご』はトラウマどころか、二度と口にしたくないモノになってしまった様だ。


「でも、僕たちとしてはせっかく作ったモノだから『林檎りんご』を食べて欲しい」

「トラウマになっているけどね」

「だけど、あの人はちゃんと生きている」


「こんなにおいしいモノを食べられないのはもったいない」

「俺たちの自己満足だとは思っているんだけどよ」

「でも、このままは嫌だよ」


 ――確かに、おじさんたちの気持ちは分かる。


 しかし、嫌がっているのに、果たして無理やり食べさせる事がその人の為になるのだろうか……。そんな思いが頭をよぎってしまう。


「……あっ、飲み物がもうありませんね」

「……」


 だが、ヘンゼルさんは今までの会話が聞こえていなかったのか、思い出したようにサラッとそう言った。


「マシューさん手伝って」

「えっ? へっ、ヘンゼルさん!?」


 そして、ヘンゼルさんは驚いている僕をよそにヒョイッと僕を掴むと、そのまま厨房ちゅうぼうへと連れて行った。


◆ ◆ ◆


「あの、ヘンゼルさん」

「何?」


「何? じゃないですよ。何ですか突然」

「……ちょっとね」


「……ひょっとしてお知り合いだったんですか?」

「いや、直接面識があった訳じゃないよ。ちょっと噂を耳にしただけだよ」


「そうだったんですか」

「うん……。でも、そうなるとちょっと聞きたい事があの人たちにあるんだよね」


「……? 聞きたい事ですか?」

「そっ」


 ヘンゼルさんはコーヒーの入ったポットと新しい七つのティーカップを持ち、おじさんたちの元へと戻った。当然、僕もその後について行った。


◆ ◆ ◆


「お待たせいたしました」


「ああ、よかった」

「突然どうしたのかと思いましたよ」

「俺は逃げたのかと思ったぞ」


 色々と言ってはいるが、突然僕たちが厨房へ行った事は気になっていた様だ。


「あはは、ここはお店兼自宅ですよ。どこに逃げるというんですか」


 そういう事を言っている訳ではないと思うが、どうやらヘンゼルさんはあまり気にしていない。


「それにしても、あなた方の話を聞いて思ったのですが……」

『何か?』


 相変わらずこういう時の返答は綺麗きれいに揃っている。


「あなた方が『林檎りんご』のお菓子を食べて欲しいお相手というのは……『白雪姫』と呼ばれる人ではありませんか?」


 ヘンゼルさんが『白雪姫』と言った瞬間。おじさんたちは……かなり驚いていた――。

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