2.パンケーキ


「ありがとうございました」


 お客様は小さく会釈えしゃくし、そのままお店の扉をゆっくりと閉めた。


「お疲れ様。マシューくん

「あっ、ヘンゼルさん。お疲れ様です」


 厨房ちゅうぼうにいたヘンゼルさんは、お客様が出て行ったのを確認した後、僕に話しかけた。


「今のが最後のお客様?」

「……そうですね」


 僕は冷蔵庫を確認し、商品がなくなって店内を確認した上で答えた。


「そっか、そんじゃあ……店じまいしようか」

「はい、」


 ヘンゼルさんの言葉に返事をし、僕たちは『店じまい』を始めた――――。


「……ふぅ」


 ふと見上げた空は綺麗きれいな『夕焼け』になっており、ちょうどそんな空を鳥たちが優雅ゆうがに飛んで行った。


 僕はまだまだ『接客』が初めてで不慣れなところがあり、今でも焦ってしまう事がある。


 でも、最初のころと比べると、随分ずいぶんスムーズに対応が出来る様になった気がしている。


 いや、ここにお世話になり始めてもう1カ月経つ。だから……多少は出来る様にならないと、情けない。


 ただ、普通……お店って、こんなに閉店時間にバラつきのあるものなのだろうか……と疑問に思う事がある。


 しかし、このヘンゼルさんのお店はキチンと決まった『営業時間』はなく、一日に作る『お菓子』の個数が売り切れ次第店じまいをしていた。


 元々『接客』も『お菓子作り』もずっとヘンゼルさんが一人でやっていたのだから、こういうやり方の方がいいのかも知れない。


 ただ、どうしてそうなったのか……と前に聞いた事がある。


 ヘンゼルさん曰く……『最初は姉さんが手伝ってくれていたんだけど、父さんが体調を崩してね。その看病に姉さんが行っちゃって……でも、知らない人に入ってもらうという気にもならなくて……結局俺一人でやった方がいいかなぁ……って』と言って笑っいた。


 ――――要するに、一人で切り盛りをする方が何かと楽でいいや……という結論になったのだろう。


「さて……と」


 とりあえず踏み台を使い、お店の玄関にかけられている「open《オープン》」と書かれた『札』をひっくり返し、「close《クローズ》」の面を表にした。


「おや、今日の営業は終わってしまったのか?」

「終わってしまった様だね」

「それは困ったな」


 看板をひっくり返した瞬間、僕の背後はいごから声が聞こえ、びっくりして振り返った。


「なんでこんなに早く閉めるんだ」

「いやいや、ここは怒っても仕方ない」

「しかし、何もせずに戻るのは……」


 色々言いたい放題言っているが、どうやらこのおじさんたちが声の主らしい。ざっと人数を数えてみると……全員で七人いる。


 そのおじさんの内の1人は眠いのか不自然に体を前後に動かし、今にも倒れそうになっては、眠そうに目をこすっている。


 もちろん口には出さないが、「そんなに眠いなら家で寝ていればいいのに……」と思いながら見ていると「いつ倒れるか……」とこちらも心配をしてしまう。


「おや、君はここの従業員さんかね?」

「あっ、そうです」


 突然声をかけられて驚いたが、意外に僕は普通に対応していた。


「今日の営業は終わったの?」

「そうですね。今日の販売分は全て売れてしまったので」


「そうか。それは残念だ」

「申し訳ありません」


「なんでもっと作らないんだ」

「コラコラ。そんな事言っても仕方ないだろ?」


「……」


 この寝不足気味の人と怒りっぽい人の二人が中でも良くも悪くも目立っていた。


 ただ中には物腰柔らかく丁寧な言葉遣いをする人もいる……。そりゃあ七人もいれば色々な人がいるだろう。


 しかし、ここまでくると誰も言葉を被らせることなく、一人ずつ話しているのを見ると、「誰かが合図を送っている?」と思ってしまう。


「あの、何かご用でしょうか?」

「ええ。実は折り入ってご相談したい事がありまして……」


 僕の質問に一人の人が答えようとした瞬間――――。


「マシューさん。そろそろ入らないと……って」


 あまりにも僕が戻って来るのが遅い事を心配したのか、ヘンゼルさんは玄関を開け、声をかけた。


「あっ、この方も従業員の方ですか?」

「えっ、あっはい。一応ここの店長……という事になりますね」


 そもそも一人しかいなかったところに僕が来たので『一応』も何もなく、ヘンゼルさんが『店長』である。


「あれ、あなたたちは確か……『七人の小人さん』……ですよね?」

「ヘンゼルさんご存じなんですか? この人たちを」


「あっ、うん。でも、ここまで来るにはかなり時間がかかったのでは?」

「ええ。ですが……どうしても『お願い』したい事がありまして」


 どうやらこの人たちは、ここに来る時間がどれだけかかっても、どうしてもして欲しい事があるようだ。


「お願い……ですか?」

「?」


 僕たちが顔を見合わせ、「分からない」という顔をしていると……「おいっ! 起きろ!」といきなり怒りっぽい人が寝不足の人の頭を叩いた。


「うーん……?」


 だが、叩かれたにも関わらず、寝不足の人はなぜかにどねをしそうになっていた。結局その人は袋を奪い取り、その中から『あるモノ』を出した。


「コレを使った美味しいお菓子を作って欲しいのです」

「……コレですか」


 その人が差し出した『コレ』を見た瞬間、なぜかヘンゼルさんは難しそうな顔をした。


 ただ、僕の位置からではおじさんの手しか見えず、肝心の『モノ』が見えなかった。それに気が付いたヘンゼルさんは、その人が見せた『モノ』を僕にも見せてくれた。


「コレ……」


 僕は思わずヘンゼルさんの顔を見た。ただ見せてもらっても僕はなぜ、ヘンゼルさんがそんな表情をしたのか……分からなかった。


「うん。『林檎りんご』だね」


 ヘンゼルさんはただ呟くようにそう言ってそのまま、ただ黙ってその袋の中を見つめていた……。

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