「これでよし……と」


 完成した『フロランタン』を何枚か透明の袋に入れ、キチッとリボンを結んだ。


 そして、「パチンッ」と勢いよくラッピング用のリボンを切り、何やらモジャモジャした細い紙が敷き詰められた箱にいくつか並べ、箱のふたを閉めた。


「ようやく完成ですか」


 僕が確認すると、その人はこのお店のマークの様なモノが印刷された『シール』をラッピングした箱に貼った。


「うん。後は注文した人に渡してお会計してもらえば、このお仕事は終了だね」

「そうですか。あの……」


「ん?」

「ところで今日、お店の方はお休みなんですか?」


 ずっと疑問に感じていた僕の質問に、その人は突然言いにくそうに僕から視線をそらした。


「あー、今日は……午前中だけ営業していたんだよ」

「そうなんですか?」


「いや、普通はしないんだけどね

「……僕のせいですか」


 もしそうだとしたら……申し訳ない。


「いや、君のせいじゃないよ」

「でも……」


 じゃあなぜ、いつもはしない事をしたのか……。


 それを考え始めると、やはり『僕が店先に倒れていたから』という考えにどうしても行きついてしまう。


「お店を午前中だけにしたのは、この注文を早く終わらせたかったから……っていう自分勝手な理由だからさ、君が気にする事じゃないんだよ」

「……」


 この人は多分、僕に気遣ってくれたのだと思う。でもそれが分かっていても、その言葉のおかげで僕は少し心が軽くなった気がした。


「はぁ……全く。こんな『ちょっと贅沢ぜいたくな焼き菓子を希望します』なんてややこしい注文をするから……」


 ――いや、僕を気遣って……という訳ではなく、本当にその『注文』を早く終わらせたかっただけなのかも知れない……と、次に呟いたこの言葉を聞いて思った。


「……それで? どうだった?」

「どうだった……とは?」


「いや? 興味をもってくれたと思っていたんだけど……」

「そう……ですね」


 確かにこの人が『お菓子』を作っている姿を見るのは、面白かった。


「あっ、君が気にしているのはもしかして、『住むところ』かな?」

「えっ」


 それもあるが、やはりこの人が僕にここまでしてくれる『理由』が分からない。


「……わざわざ言われなくてもちょっと考えれば分かる事だよ」

「そう……なんですか?」


 僕はいまひとつピンときていなかった。


「だって、君は『空腹』で店先に倒れていたんだよ。しかも、その住処すみかであるはずの森は火事で燃えてしまった……。そうなると、君は住むところがない……と考えるのが普通だと思ったんだけど?」

「……」


 確かに言われてみれば……この人の言う通りである。


 そして、この『言葉』には「僕を助けたのは『当たり前』の話で、今はそんな事が問題ではない」と言っている様に思えた。


「だからさ。俺としては、ここに住んで欲しいと思っているんだよ」

「えっ」


 ただやはりあまりに唐突な話だったため、僕はその場で固まった。


「まぁ、突然な話で驚かせてしまうとは思っていたけど、ここには君が好きな食べ物が用意できる」

「…………」


「それに、住処すみかとして使えそうな部屋もあるし、部屋が嫌なら、自分で作れる場所もある。悪い話ではないと思うけど……」

「そっ、それは……ありがたいお話ですけど」


 そもそも、僕とこの人は出会ってまだ一時間が過ぎたくらいのはずだ。それなのにこの人はなぜかすごく優しい。


 でも、それにしては突然『お菓子作り』を始めたり、この話をもちかけたり……とはイマイチ分からない事が多過ぎる。


 ただ本当に僕はただ『フロランタン』というお菓子を作る光景を見て、少し手伝っただけで僕自身はほぼ何もしていないに等しい。


 それなのに……だ。


「もちろん、無理強いはしないよ。ただ母さんがよく動物たちを救っていた理由もなんとなく……分かった。ただ、俺は……単純に君が気に入ったんだよ」

「本当に単純な理由ですね……」


 どうせ行くところもない。それに、食料も寝る所も提供してくれるのだから、ありがたい話だ。


「でも……分かりました」


 正直思う所は色々あったが、せっかくの好意である。それを断るのは逆に失礼だろう。それに、もし何かあれば逃げればいい。


 ――逃げ足には自信がある。


「えっ……本当?」

「はい」


「そっかぁ。よかった……。あっ、俺の名前は『ヘンゼル』って言うんだ」

「僕の名前は……『マシュー』と言います」


 ヘンゼルさんは相当緊張していたのか「よかった……」と言った後、一気に力が抜けたらしく椅子にもたれかかった。


「マシュー君ね。よろしく」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 お互い簡単に挨拶あいさつをした後、ヘンゼルさんはパンッと自分の膝をたたくと、すぐに早速空いていると言っていた部屋へと案内してくれた……。


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