この『お菓子屋』は『木』で出来ていた。しかも、ペンキはあまり使われておらず、木の香りすら感じられる。


 ある場所には『木製の椅子やテーブル』が置かれており、ここで購入した『お菓子』を食べることが出来る様だ。


 ただ、この時。店内には僕たち以外誰もいなかった。


 この事を尋ねると、「ああ、今日はもう閉店したから」と普通に言われた。そして今、僕たちは『厨房』にいた。


「ところで何を作るおつもりなんですか?」


 そもそも僕たちの様な『自然界』で生きている動物と、人間の住む世界はお互いの生活を侵害しんがいしない限りこれといった『接点』がない。


 いや、犬や猫。牛や馬などの家庭や飼育などで飼われている動物は、十分接点はある……か。


「えっと、『フロランタン』を作ろうと思っているよ」

「お風呂……とランタン?」


 僕は最初にこの人から『作る物』を聞いた瞬間。頭には、『お菓子』どころか『食品』ですらない名前がぎった。


「あー、そこで区切り入れると変になるよ」

「えっ、あっ……違いました?」


「その区切り方だと……って、何を考えていたの」

「いっ、いやぁ」


 これから作る『お菓子の名前』の話だったはずが、なぜか『風呂』と『ランタン』が浮かんだのかは……言葉の雰囲気のせいだろう。


「あっ、あのそもそも『フロランタン』とは一体なんでしょう?」


「……君が何を考えたのかは、この際追求はしないけど」

「……助かります」


「で、『フロランタン』の話だったよね」

「はい」


「えっと、『フロランタン』はフランスという国のお菓子で、ドイツという国では、『フロレンティーナ』と呼ばれているお菓子の事だよ」

「へぇ、元々はフランスという国のお菓子なんですか」


「うん、どちらも「フィレンツェの」という意味で……」

「? どうしました?」


 突然その人は動きをピタリと止めた。


「えっと、なんだったかな……」

「えぇ。忘れたんですか」


「いや……。あっ、そうだ。確か、嫁ぐ際にイタリアから伝えた……とか 、パリの製菓職人が考案した……とか、そもそもイタリアとは何の関わりもない菓子という説もあるとか……」

「……つまり諸説ありってことですか」


「そうだね」

「……」


 サラリと言われて一瞬戸惑ったが、お菓子に限らず『歴史』は今でも解明されていない事が多い。


 しかも、今まで解明されていた事が違う……という事も実はある。


 その理由は『記録』する物が少なかった……という事もある。ただ、どんな時代でも『漏れなく全て』を記録する……という事は出来ない。


 だからこそ、こういう事態が起きるのだろう。


「それで、この『フロランタン』はクッキー生地にキャラメルでコーティングしたナッツ類を使って……」

「えっ、ナッツですか?」


 それなら今、僕の横にその袋が置かれている。


「いや、この多くは『アーモンドスライス』をのせて焼き上げて作るから、そのナッツは使わないよ」

「そうですか」


「ちなみにコレはドイツ、オーストリアという国の方面で好まれているんだ」

「ふむふむ」


「……そのナッツ美味しい?」

「ふぁい」


「それはよかった」

「むぐむぐ」


 この『フロランタン』が『アーモンドスライス』を多く使うと聞いて安心し、僕はさらにナッツを頬張ほおばった。


◆ ◆ ◆


「さて……と、そんじゃ始めようかな!」

「えっ、ちょっ、ちょっと待ってください」


「ん? どうしたの?」

「あの……バターと小麦粉、それに卵すらないじゃないですか」


 僕たちの前に並べられた材料の中に、僕が思うお菓子作りでよく使われる物がない。


「えっ、なくても作れるよ?」

「……えっ」


 驚いている僕をよそにその人は「代わりに……」と、『米粉こめこ』と大きな文字で書かれた袋を置いた。


「後は……豆乳かな」

「豆乳? ですか?」


 これまた、お菓子作りではあまり聞かないモノだ。


「うん。俺の作る『お菓子』にはそういったバターとか小麦粉とかあまり使わないんだよ」

「そうなんですか」


「そっ、だから『アレルギー』のある人とかよく買って行ってくれているんだよ」

「アレルギーですか」


 その言葉は聞いたことがあった。


 僕の記憶が正しければ、ある特定の『食材』や『材木』、他にも『花粉』などなど……その『アレルギー』と言われるモノは色々な種類がある。


「じゃあ、あなた自身が『アレルギー』をお持ちなんですか?」

「ううん。俺はそうじゃないんだ」


「じゃあ、なぜ?」

「昔……ちょっと色々あってね」


 言いにくそうにちょっとだけ笑い、その人は不思議そうに首をかしげる僕をよそに早速『てんさい糖』と書かれた袋を持った。


 そして分量を量った後、ボウルに入れ、『フロランタン』を作り始めた――。

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