hide creacher 41

 場所はhide creacherの一角、「19」の番号が割り振られたガクトの部屋に移った。


 この場所を提案したのはガクト本人であった。


 理由はさっぱり分からない。

 KPも廊下で話す気はないし、かといって共有スペースも誰かの出入りがあると困るようで渋々承諾したようである。


 ガクトの部屋の印象はまあ、ちょっと部屋着なんかが脱ぎ捨ててあったりして普通の成人男性らしい部屋といった風だった。本棚にはちらっと見たところ仕事柄なのか、コンピューター関係のものが多いように思えた。パッケージ版のゲームソフトも沢山並んでいた。

 それとともにいくつかの有名漫画のフィギアや、小さな写真立てもその横に置いてあった。写真の内容はちらりと見ただけではよくわからなかったがシルエットからして家族写真のようだとはわかった。


 そしてこの部屋の主とアギリ、誰かと電話しているKPがダイニングテーブルを囲んで座っていた。


 部屋に入ってからかかってきた電話だったが、なにかよくわからない単語が聞こえてきたりした以外は特に普通でKPの電話は直ぐに終わった。そして、彼が電話を切るとまた再びあの貼り付けたような笑みに戻っていた。


 しかもじっと黙ってこちらを見てくる。アギリとガクトは気まずくなってきて視線を逸らした。


「……………で、君たちはあそこで何をしていたのかなぁ?」


 そんな声が聞こえてきたが、二人はその声の方を見たくなかった。

 俯いたままになっているとしばらくして、小さくため息が聞こえてきた。アギリがちらりとそちらの様子を伺うように盗み見ると、KPは苛立ち半分、呆れ半分といったような顔をしてポリポリとくすんだ茶色の頭をかいていた。


「まあ、おおかた予想はつくけどさ……ラーヴァの失踪の件。俺なんかに聞いてもどうせ『一般人』だからとか言ってはぐらかされるから自分たちで調べちゃおってとこだろ。」


 KPは答えを待っている。

 ガクトはしばらく間を開けて、ちらりと彼の方をみて歯をみせてししっと笑った。イタズラに成功した子供みたいだった。


「………大正解。思考を読み取る能力でもコピーしたか?」

「うるせっ、猿でもわかるって。お前だけならともかくこの子までいるんだし」


 KPはアギリを指さした。アギリは急に矛先がむいて少しばかりドキリとした。

 KPの視線がアギリに降り注いだ。視線がチクチクと痛む。何かと最近人のこういったことに敏感になっているので辛いものがあった。


「あ……えっと……その………」


 緊張で手が汗ばんでいた。

 なにか言うべき事があるのだろうが焦って何も思いつかず、もごもごと口を動かすことしかできなかった。

 アギリがそんなことをしていると、ガクトがKPに質問し始めた。


「で、お前は?なんで部屋の前に?」

「なんでって………そりゃあ、俺だって調べに来たんだよ」


 KPはそう言って手に持っているマスターキーをひらひらとさせた。一見見た目はアギリ達が持ってるカードキーにそっくりだが表面に見覚えのないマークがあった。


「それは管理人としてか?」


 そう言えばKPはここの管理をまかされているのだとアギリは思い出した。


「まあ、そうね」

「あるいは………NSIVとしてか?」


 NSIV。


「ナシヴ……?」


 アギリは全く聞いたことがなかった。


 その言葉がガクトの口から飛び出ると共に、KPの表情が一瞬固まった。固まったのはほんの一瞬だったが、その後の彼の表情ががらりと変わっていた。


 あれだけいろいろな感情が見て取れたものが消えていたのだ。

 真面目な顔とは全く違う。無表情ともちがう。ちがうというのも少し違うかもしれない。


 そこに何もない。


 なんの感情も生気もなく空っぽ。ただ目の前の二人を見るという行動をしている人形のようであった。彼はこんな顔も見せるのかと思えるほどである。


「まあ……どっちもってかんじ。どっちにしろ俺じゃなくても他のやつが来てたかもな。」


 口調はいつもの通りだった。

 つまり本当に変わったのは表情のそれだけなのだが、あまりにもの急で妙な変化にアギリは少々気味が悪かった。


「というか、お前………NSIVってよくそこまでこじつけたな。どういうライン?教えて欲しいんだけど。」

「さあな。気が向いた時にでも。」


 答える気なさげに、ガクトが緩く縛っていた髪の毛を縛り直しながらそう言うと、KPの顔に表情が戻ってきた。

 やれやれと、困ったような笑みを浮かべていた。


「あ、あの…………その、ナシヴ?ってのはいったい………。」


 ふと、おずおずと手を上げてアギリが尋ねた。

 ようやく口のはさみどきを見つけて、アギリはすかさずそこに滑り込んだ。まずいろいろ聞かなければこの二人の大人の話にはついていけないだろう。


 アギリを見てガクトは腕を組んでしばらく考え込み、意見を求めるようにちらりとKPに視線を送った。KPはそれにしばらくしてから「まあ、いいか」と小さく呟き答えた。


「NSIV………National Special Investigation Team、の頭文字をとった略語。つまりは国家特殊捜査班を意味する言葉さ。」

「国家特殊捜査班?」


 捜査班と聞くと警察とかそういったものを連想するが、だいたいその系統であっているのだろうか。


「自警団系統………ではなさそうですね。」

「ああ、この国には自警団の他にもちゃんと警察とかあるだろ。そのなかでもいくつか分け方があるよな。階級、捜査一課とか。簡単に言えばNSIVもそういった分け方の一つだ。」


 ガクトがだいたいのざっくりした説明をした。


「へぇ、そんなものが……けど、私この前警察関連の講座うけたんですけど管轄とかの説明でそんなの出てきませんでしたけど………」


 自警団もなにかと警察との連携の仕事もあるので、ある程度の知識を入れるべく警察の仕組みなどを学習するのだ。


 アギリはその時に使った表を思い出した。警察の部署や階級をごちゃごちゃと書き留めたその表を使っての穴抜き小テストがあったので、暗記はさして得意ではないアギリも必死になって覚えたのだった。ゲーデルにその節でもだいぶ世話になったし、まだ頭の隅に鮮明に残っている。

 たしかにあの表のどこにもそんな「国家特殊捜査班」や「NSIV」などの文字は見当たらなかった。


 アギリはどうしてかと首を傾げた。


「まあ、そりゃ……存在を知られたら結構不都合だからなぁ。」

「不都合?」


 不都合とはどういうことか。

 KPの言葉により、ここでアギリはあることに気づいた。その途端、何故か変に背中に汗が垂れてきた。


「………あの、もしかして私だいぶ国家機関に対して踏み込もうとしてますかね?やばいもの聞いてませんかね………。」


 アギリがだいぶ不安げに聞くと、二人はきょとんとしたような表情を見せた。


「お前、急にどうした?」

「だ、だって存在知られたら不都合って……ゲームとかでよくある秘密組織とかそうじゃないですか。超秘密主義の………。」


 それを言うなり、ガクトの方がぷっと吹き出した。割と感情は表に出るほうなのだろう。


「お前……いくらなんでも、ふふっ……ゲームのやりすぎだろ。」

「だ、だって!!……だってそんなのゲームくらいでしか出てこないし……。」


 アギリは顔を真っ赤にして声を荒らげた。

 時折フラッシュバックして体を小さく震わせて笑うガクトに「あと、あんたよりは絶対ゲームしてませんからねっ!」と付け加えた。


「まあまあ。踏み込んでるかどうかの心配はしなくてもいいよ。どうせ君には話すことになるだろうとは思ってたし。」


 KPがくすくすと笑いながらそう言った。やはりいつも通り(アギリが普段見ている)KPであった。


「それに、すでにhidecreacherここにいる時点で相当踏み入ってるから。」


 アギリは一瞬安堵した自分の考えを改めることとなった。ここに所属した時点でもはや手遅れというわけである。

 ニッコリとした顔で言っているので余計であった。


「んぃぇえ………。」


 頼りないとも言い難く、なんとたとえたらいいのか。なんとも言えないひょろひょろの声がアギリの口から漏れた。脳がエラーでも起こしたようだ。

 KPは確かにその声を聞いているのだが、特に反応もなく、お構い無しにそのNSIVについて話し始めた。


「アギリのイメージ通りでもあながち間違ってはないな。ざっくり言うと公安警察みたいなもん。基本はそう。けど俺らはそれよりももっと踏み込んだ捜査、潜入でもより組織の内部に踏み込んだり、独断での捜査の打ち切り、摘発行動………などのそういう分野においてかなりの特権が与えられている。」

「へぇ……公安よりも、か……。表で言ったら公安課の上にあるんですかね。」

「いや、管轄はたぶん全く別じゃないか?もしかしたら司法機関から完全に忘れ独立組織かも。」


 ガクトの言葉にKPが頷いた。


「ちょっと難しいけど、ひとつの組織としてもう置かれている感じで認識してもいいかもね。司法から独立はしてないけど。政府内でも一部の人しか調査なんかの通達は行かないし、ほとんどの場合が潜入調査になったりするから、存在があちこちに知られていたら結構キツイんだよ。相手も警戒するし。だからなるべく隠す必要がある。公安の一部人間同様ここに所属する人間は全て戸籍名簿から情報を削除されるくらいな。」

「あんた、戸籍ないんですか……。」

「別名簿にはあるけど。国家機密級のな。」


 これも聞かなければ良かったとアギリは後悔した。到底この中ではまだ一般人であるほうの自分が聞いていいものでは無い。


 管理人という立場ではあったが、まさかいつもあんなヘラヘラして、趣味がよく分からないTシャツの共有スペースでジンジャーエール飲み倒している人間の素性がこんなのであるとは思ってなかった。

 人って本当にわからないとラーヴァがよく言っていたが本当だと痛感した。


 自分の生活の行先が思いやられる。ため息もつきたくなくなってきた。


「さてと、俺は話せることあらかた全部話したけど…………それじゃあフェアじゃないよね?ね?」


 ここで話を変えてきた。

 KPは笑いながら二人をじっと見つめている。緊張感で体が強ばるが今度は目をそらさないようにした。


 圧………というよりは取引を持ちかけているようだった。普段こんな感じで相手から必要なことを聞き出したりもしているのだろうか。自分からある程度の事を話してしまうという。

 取引ということならば、アギリがあの部屋で知ってしまったことと、今KPから聞いてしまったことの比重はかなり釣り合ってはいないのではないだろうか。


「あの、これってフェアになってるんですか?仮に私が知ったこと話したとしても……話の比重ってのが…。」

「さあ。俺は一応これでも言えることしか話してないし、フェアって言ってもかなりその人の技量だしな。ラーヴァだって俺からしたらただの他人だけどお前は唯一の血縁者なんだろ?当然そこから既に事の重大さが変わってくる……………ああ、無理はしなくていいよ。お前の中に留めておきたいなら、それをこじ開けるようなまねは俺はたくないしな。」


 KPはただアギリを見ている。真っ直ぐな目は彼が本心で言っているということを的確に示してくれている。


 隣に座るガクトが話しかけてきた。


「さあ、どうする?……どっちにしろデータはこいつに渡すことにはなるけど、このデータどこまでを知っているかを話すかどうかはお前次第だ。」


 さあ、どうする?


 アギリは思考を巡らせた。

 すぐにひとつの懸念が浮かんできた。


 もし自分がどこまでこの事に足を突っ込んだかをここで話すとする。どこまで話すかは完全に自分の技量だ。それは問題ない。全て話せるだけの準備はできている。


 だが、話した後はどうなる?


 KPがそれを尋ねた後どうするだろうか。

 アギリは一応、このhide creacher内に置いては「一般人」の部類に入る。政府の人間だったり、治安維持組織だったり、国家機密にアクセスできるほどのハッカーだったりなんかとは違う。ただ者がこれ以上この騒動に首を突っ込むのは本人にとって害しかないだろう。


 恐らくこの目の前の男は極力アギリを関わらせないようにする。ただでさえ、敵と思われる組織と接触したあとだ。それに理由もきちんとしている。この予想に金をかけろと言われたなら有り金全部をかけているだろう。


 しかし、それでいいのか?

 すぐさま理論の隙間に感情がいじらしくもなだれ込んでくる。どうにかしてそれを防ごうとするも、隙間を見つけてはまたたぷたぷと溢れかえってくる。


 アギリの本心はというと、事の顛末を外から見ているだけはどうしても嫌だった。自分の姉が巻き込まれているというのにそれを遠いところでぼうっと眺めているだけ。

 頭では関わらない方がいいと言うのはわかっているが、気持ちがそれを許せない。


 というか許さないだろう。

 既に考えただけで気持ちに押しつぶされそうになっている。たとえ、姉が戻ってきたとしても、自分はまともに顔をあわせられるか。


 アギリは軽く息を吸った。考えていたのはほんの少しの間であるはずなのに、脳がありったけのエネルギーを使い尽くしたかのようだった。

 軽い目眩のようなものを覚えたが、すぐにそれを消し去ってアギリはこんなことを口にしていた。





「じゃあ、一つ条件を………。」


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