hide creacher 42

 こじんまりとした部屋に黒いソファが向かい合って置かれている。この部屋に他にあるものはそのソファの間に置かれているローテーブルくらいでほんと殺風景であった。それに窓が無いので外の様子は分からない。


 そのソファの上にアギリは腰掛けていた。


 ガクトとの騒動からの翌日。アギリはKPに連れられてとある場所に連れてこられた。

 hide creacherから直でこの部屋の前に出たのでここが一体どこだかは検討がつかない。KPに聞いてもどうせ教えてはくれないだろう。


 この部屋に入る前はたしか10時前後だったはずだが、あれからどのくらい立ったのだろうか。

 おそらく、まだ数分程しか立ってないはずなのだろうが、アギリの体感としては、すでに優に1時間を超えているような感覚であった。


「…………………。」


 アギリはちらりと隣に座るKPの方を見た。

 寝癖がある茶髪にセンスを問う文字Tシャツ、下はラフにジャージ。

 彼の感じはいつも通りといったふうである。スマホをいじって何かやり取りをしているようであった。


 そして、今度は対面に座る人物に目を向けた。


 座っているのは男女2人組。先程部屋に入ってきた。


 女の方は長い金髪にゆるくウェーブがかかっている。全体的にかっちりとしたスーツ姿なのだが大胆に開いた襟元からこぼれんばかりの胸が覗いている。


 グラマラスな大人とは彼女のような人物を指すのだろうか。自分もあれほどとまでは言わないが、少しばかりは胸の膨らみが欲しかったとアギリは思った。

 金髪とスタイルから少しラーヴァの事を思い出しかけて、胸の奥がチクチクした。


 そして男の方はと言うと、モデルやテレビで見るような俳優でさえ打ち負かしてしまいそうなほど整いすぎた容姿をしていた。

 ゲームでの3DCGがそのまま出てきたみたいで、逆に整いすぎて不気味になってくる。さらに容姿もこう、整いすぎると威圧感を覚えるということをアギリは学んだ。


 眉間にシワがよってるのが申し訳ない程度に不気味さを緩和しているが、それはそれで威圧感はかえって増している。


 男の方はアギリの視線に気づいていたらしく、男と目があってしまった。その透き通った翡翠色の目がアギリを捉えた。


 自分の緊張からなのか、男の威圧感からなのか、すぐさまアギリは目を逸らしてしまった。


「ごめんごめん。急に連絡呼び出したりして」


 KPはスマホをジャージのポケットに突っ込みながら言った。


「いいのよ。今日の予定は店の番くらいしか無かったし」

「俺も特に予定はなかった」


 女がふわりと微笑んだのに対して、男の方の表情は変わらなかった。


「店番……今日はどこの?」


 KPが女に対して質問した。


「駅前のレストランバーね。最近は昼も開けるようになったのよ。良かったら一度来て欲しいわ」

「また手伝いさせる気?ホストの時見たく」

「いやいや、違うわよ。ちゃんとお客さんとしてね」


 女とKPがこんな感じでやり取りしているのをアギリは横で縮こまって見ていた。

 ここに集まった人間はいったいどういった関係なのだろうか。


 まあ、KPの知り合い関係と考えると、だいたい政府関連ということまでは絞れる。もしかしたら例のNSIVかもしれない。

 だが、女のほうは言動から見るに経営者でもあるのだろうか。男の方は今のところ何の情報もない。


「それで、今日は何の用だ。なんでアギリがいる」


 男の方がアギリの方を見る。アギリは急に矛先が自分に向いてドキリとした。

 が、それよりもこの男が自分の名前を知っていることが気になった。


「え、なんで私の名前………」

「あ、そっか。ヒスイの方には前にアギリちゃんのこと話してあったか」


 そう言えば、前に例のあの動画をジャスティーが見せたんだったとKPは思い出した。その後、KPからもアギリに関する資料を見せていた事も思い出した。


 KPはこの男のことをヒスイと呼んでいた。名前で間違いなさそうである。


「じゃあ、えーと………ヒスイさんは一方的に知ってたってことですかね…………」

「まあ、そうなるね。けどグランデの方は知らないか。話したことはあるけど写真とかは見せたこと無かったし」

「ええ、そうね。あなたがKPの話してたアギリちゃんでいいのかしら?」


 グランデと呼ばれた女の方は「初めまして」と笑顔で会釈してくれた。


「私はグランデ・ローレよ。好きなように呼んでちょうだい」

「ヒスイだ」


 二人の大人から改めて自己紹介をされた。


「アギリです………えーと、よろしくお願いします……?」


 アギリもこの二人の大人に向かって名乗った。

 名前だけでは物足りないと思って、後ろに言葉を足してみたが適切な言葉かどうかわからなかったので疑問形になってしまった。


 そんなアギリの顔をグランデはしばらくじっと見ていた。

 アギリは自分の顔に何かついているのかと思って、顔に手をもっていこうとしたがかグランデの次の発言によってそうでは無いことがわかった。


「思ってたより可愛い顔してるじゃないの。二人とも口を揃えて女っ気がないって言ってたけど」


 グランデが男性陣二人に向けてそんな事を言った。KPは少し慌てた素振りを見せたが、ヒスイの方の表情は変わらずであった。

 格好的にも体系的にも女っ気がないのは自覚しているアギリだが、流石に裏でもそう言われてたとなるとちょっと気持ち的に思うものがある。

 アギリはKPの方を少しだけ見て顔を顰めた。残念ながらKPは気づいてなかった。


「いやぁ………だって俺会うまで写真見ただけで男って思ってたもん」

「俺はわかったけど、これでは間違えてもしかたないだろ」

「酷いわねぇ、あなた達。としごろの乙女ってのは案外傷つきやすいものよ?はぁ……男ってどうしてこうなのかしら」


 グランデが困った顔で「大丈夫よ。今のままでも可愛いから」と、慰めてくれた。

 アギリは今度ミズキにでも服を選んでもらおうかと考えていた。


「と、ところでこれは一体どういった集まりで……」


 アギリはもどもどしながら次なる話題を振った。最近ずっとこんな感じであるような気がする。


「うーん……そうね。私もヒスイみたいに単純にKPに呼び出されただけだから。詳しいことはまだよ」


 グランデがアギリの問に答えてくれたが、どうやら二人ともどういった件の集まりかは知らされてないようであった。そしてグランデの方はKPの方を向いた。


「それで?要件は何かしら?今後の方針ことなら今度会議するって予定じゃなかったかしら?」

「そうなんだけどね。ちょっと別件で話ときたいとこがあって」

「別件?」


 それは何かと、二人が尋ねる前にKPは話を始めた。


「別件って言っても………黒狼関係の事だよ」


 黒狼。


 KPがそれを口にした途端、ぴりっとした緊張が部屋全体に走った。ヒスイの眉間のシワも濃くなり、グランデの表情も柔らかいものではなくなっていた。


「黒狼………ここで話してもいいの?アギリちゃんにはちょっと……」

「んいや、もう意味ないよ。俺たち、NSIVのことも知ってるから」


 グランデが少しだけ驚いたような顔をした。


「あなた、まさか話しちゃったの?」

「昨日さ、その件を調べるためにラーヴァの部屋に行ったんだ。そしたら先客がいてさぁ………」

「それで、その先客というのがアギリか」

「そうそう、それとあのノッポ。たぶんあいつもあいつなりに気にしてたのかもね。鍵こじ開けられてた」


 ノッポというのはガクトのことでいいだろう彼よりも背の高い人間は少なくなくともアギリはあそこでは見たことなかった。


「またか………前にもなかったか?鍵こじ開けられたの」


 どうやらヒスイのほうもノッポで誰かが検討がついたようである。


「ああ、あった。前にこっぴどく怒ったからそれで懲りてくれれば良かったのに…………どうしよっかなぁ………これ以上セキュリティ強化するとそれはそれで不便だし……」


 KPは頭を手で抑えてため息をついた。


「鍵をアナログにしちゃえば?」

「それはそれで今度は別のやつがこじ開けてくるよ。ジャスティーとかスーサイドとか」


 アギリはhide creacherにそんな強者がいるのかと思ったが、よくよく考えてみれば鍵があかなかった時ドアを壊そうかと考えた時点で自分もそっちの部類に分類されるのでなんとも言えなかった。


「まあ、そっちの話はおいといてと……とにかく、この子と部屋で鉢合わせた訳で。すでに粗方の事は知ってるかもね」

「粗方って………まだどこまで知ったか聞いてないの?」

「うん。もちろん聞こうとはしたよ?その代わりに俺はNSIVがどんな組織かをほんのちょーっと話したんだけど」


 KPはへらへらした感じでそう言うが、周りの空気はそんなことはなかった。むしろもっとピリピリした空気になった。


「お前、よくそんなことできたな」

「だってえ、フェアにした方が向こうも話しやすいだろ?しかも、ガクトは知ってたからなこれ」


 さらにKPは「出処教えてくれなかったし」と付け加えた。ヒスイの仏頂面も流石に崩れて若干呆れ気味であった。

 KPは特に気にせずまた話を進めていった。


「まあ、それで話してもいいよっては答えてはもらったんだけど。ね?」

「あっ、ハイッ!」


 KPがアギリの方を見ると、アギリはびくっとしながら場に合わない音量で返事をした。声は少し裏返っていた。


「ただ、条件ってのを貰ったわけで………」

「条件?」

「そうそう………「どこまで知ったかを言う代わりに、私を調査に参加させろ」って……」


 ここで会話が途切れた。空調の音だけが部屋を満たす時間がしばらく続いた。


 ヒスイとグランデの表情に動きはなかった。だが、それが内心二人がこれをどう捉えているのかを全くわからなくさせていた。


「流石にこれを一人で決める訳にはいかなしい、それをちょっと相談しようかなと思って集まってもらったんだけどどう?」

「私は…反対ね」


 グランデの方はすぐに答えを出してきた。


「調査といっても……あと残っているのはほぼ実行だけよ。摘発調査の大詰めはかなり危険なもの。すでに何度も危険な目にあっているあなたをこれ以上の危険に晒すことはできないわ」


 グランデの口調はかなり厳しいものだった。

 これが一番普通の答えだろう。アギリ自身もかなり無茶な条件を突きつけている自覚はあった。

 だが、ここで折れる訳にはいかなかった。


「もちろんわかってます……でもじっとしているだけでは気が気でないんです。たとえお姉ちゃんが戻ってきたとしても私は顔を合わせる自信はないし、向こうもそうだと思います」


 アギリはじっとグランデの方を見た。彼女の表情に少しだけ迷いが見えたように思えた。


「気持ちはわかるわ……でもKPから話を聞く限りそれなりに実践でもできる子だと思うけど、あなたはまだ自警団の仮免許取得段階。素人の部類なのよ?……ねぇ、KPはこの子になんて言ったの?」

「俺は別にいいよって」


 KPにこの条件を出した時はあっさりOKを出されたのでアギリのほうもその時は驚いた。グランデも同じ気持ちだろう。


「なるべくは安全を優先するつもりだけどもしもの時は自己責任ってことで。特に反対する理由も危ないこと以外なかったしな。あとは単純にラーヴァを戻しやすくなるかなーって思っただけ」

「………要は使えるから使うってこと?」


 頷くKPを見るにそういうことのようである。


「今回の一番の目的は奪還。俺たちはただ与えられれた任務をどんな手を使ってでも遂行するまでの組織さ。俺たちに求められているのは結果だけなんだからな」


 KPの表情はまたあの空虚な何もないものだった。アギリはこれを見る度に腹のそこがぐっと冷えるような感覚を覚えていた。

 グランデのほうは黙ってそれを見ていた。


「………それで?ヒスイの方はどう?」

「俺は、そうだな」


 ヒスイはしばらくアギリを見て考えた。圧で目を逸らしそうになるが、ここはぐっと堪えた。ただ力強く見つめていた。


「黒狼の幹部との接触やあの動きの事を考えると上手くやれる見込みがないとも言いきれん。それにKPの「使える」というのにも一理ある」


 ヒスイは淡々と自分の意見を述べていった。


「ただ、グランデの言う通り素人をそのまま前線に送り込むというのは無理がある。その辺りの技量は考える必要はあるが情報が少ない」


 ヒスイは今のところ中立の立場であった。個人的にどちらでも構わないが、ここでは答えを出さなければならないだろう。そうでなければあ今後の方針に関わる。


 はたして、ヒスイはどちらの決断を下すのだろうかとその場の皆は思っていたが彼の口から飛び出した判断は予想を全く外れたものだった。


「俺と手合わせしろ。それで判断する」


 その場の全員がぽかんと同じ顔をした。KPのほうもこの答えは予想してなかったらしい。

 手合わせをしろなんてセリフをアギリは漫画以外では聞いたことなかった。


「て、手合わせ……?」

「模擬戦だ。自警団訓練とかでもやってるアレ」

「た、確かに聞いたことはありますけどぉ………?」


 アギリの思考は現状に追いついていない。


「あなた、冷静に考えてるふうでよく突拍子もないこと言うわよね……」

「考えても情報が足りないのなら集めるしかないだろ」

「まあ……そうなんだけど………」


 考えた結果がこれということらしい。グランデも半分諦めた様子であった。心配は残るようだがヒスイの言うことは理解できるようである。


「確かに連れて行けるかどうかを判断するための情報は欠けてるんだよな。あの映像しかも講習受け始める前だし………いいかもしれないね」


 KPはアギリの方を向く。


「じゃあ、ヒスイとアギリが模擬戦やってヒスイに勝てたら連れてくってことで。あ、もちろんガチだったらコテンパンにされて終わるだけだからハンデとかルールはちゃんと決めるからね。これでどう?負けた時は別にどこまで話知ってるかは聞かないし」


 KPはそう提案してくる。


 アギリはちらりとヒスイの方を盗み見た。この時点で彼に対してかなりの圧を感じているうえ、KPと同様NSIVであることは確定している。それに相手がどんな能力を所有しているのかも不明。ルールにもよるが正直勝てる自信はさほどない。


 前ならすぐにこの誘いを断っていただろう。


 だが、今の状況でこの誘いを蹴るのはなかなか大きな損失になる。自分では上手い代わりの提案を思いつくことは出来ないし、なんなら自分の無理難題をある程度妥協してくれる道を示してくれているのだ。


 それに自信はさほどないってだけで完全にないとは言っていない。

 ここぞというチャンスにゾクゾクとした興奮が湧いてきた。


「お、お願いします!私やります!!」


 アギリは興奮気味に勢いよくソファから立ち上がり、ヒスイに向かって深々と頭を下げたのだった。



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