hide creacher 40
日が傾きかけ、空が真っ赤に焼ける夕方。今日は雲がひとつもない快晴だったので今夜は星が見えるかもしれない。
かもしれないのは、このアウトシティの街灯や店のネオンサインなんかによって弱い星の光はかき消されてしまうからだ。
人々は星を忘れて、ゆっくりと月を眺めることすらもしなくなっていった。
そんなアウトシティの海辺の近く。いくつもの倉庫が並ぶエリアが存在した。
そのうちのいくつかに大きく「黒川エンジニア派遣会社」と書かれているのがあった。倉庫の所有主は表向きはこのエンジニア派遣会社だが、実態は「黒狼」が所有するものだった。
薄暗い倉庫の中、ひとつの足音が急ぐことなくコツコツと響く。倉庫は広いので目の前のシャッターが開け放たれていれど、音が反響して足音はいつもより大きく目立つ。
足音の発生元は深く帽子を被りつなぎ姿の作業員だ。手には工具箱らしきものも持っている。作業員は倉庫内の工具棚で他に必要なものを探した後、倉庫の中央に止められていた車へと向かった。
車の他に組立式の作業台も傍に置かれている。彼はそこに工具箱を置いた後、一枚の紙を手に取った。紙には細かい図面や、何かしらの走り書きのようなメモも残されていた。
どうやらこの車の設計図のようなものであるようだ。
この車は現在、戦車のパーツを応用した装甲に改造中である。
近年裏社会ではこういうのが出回っていて、ギャングなどの抗争は一層過激さを極めていた。どっから手に入れたのかわからない対戦車砲も使われるくらいになったほどだ。
まあ、民間の大規模な警備会社でも許可が降りれば装甲車くらい持てる時代にも原因はある。
それほどクロウの発生が各地で深刻化している。都会はともかく地方での発生件数は爆発的に増え、廃墟街となった街も少なくない。
戦車を使わないと対応できない程のものも現れるようになったし、その都度政府が軍を動かしていては、金と時間を浪費する。ハンターもなり手はいるがまだまだ育成が追いついていない。
課題は山積みであった。
作業員は設計図に書き込まれていた、小さなメモに目を通した。
追加で入った作業内容だ。パーツをあらかたつけ終えたら、それに沿ってエンジンなどの確認をしろとの指示が出ていた。難しいことではない。
機械で打たれた文字の中にここだけ手書きなのでやけにそれが目立った。
作業員は、まず工具を手に取り作業台に置かれていたパーツを一つ一つつけていった。複雑な配線などはあらかた終わっていたのであとはちまちまとした手直しと、パーツを組み立てるだけだ。
小さいパーツしかないのでそれほど時間はかからない。作業員の予想通り、パーツの取り付けは20分程で終了した。
残るはエンジンの動作確認のみ。
鍵は事前に渡されている。
ポケットから鍵を取り出し、作業員は車に半身を突っ込んだ形のまま、鍵穴に向かって鍵を差し込んだ。
すぐにブルルとエンジンが鳴り、エンジンの作動を確認した。しばらくその音を聞いていたが特に違和感や不審なものは見られなかった。問題ないようだ。
そして作業員は特になにも思うことなく、その近くにあったサイドブレーキのレバーを引っ張った。
ドンと、辺りに鈍い衝撃音が響く。その後すぐ薄暗かった倉庫の中が一気に明るく照らされた。
倉庫の中央にあった車から火が立ち昇り、火の粉をまいあげた。鉄の焼ける匂いと黒い煙が立ち込め、開け放たれたシャッターから煙が逃げていく。
燃えているものは車だけではない。作業員もその炎の中に倒れていた。車のシートの上に半身を投げ出し1ミリたりとも動かない。爆発をもろにくらった彼がまだ生きているとは思えないが、炎はどんどん作業員を侵していく。
しかし、突如作業員の体が僅かに霞んだ。次の時にはその周りの大気がゆらりと揺れ、作業員の姿が溶けるように消えていってしまった。
決して体が灰になってしまった訳では無い。その場所に人が倒れていたような痕跡も無くなっていた。
ぱちぱちと車体が燃え上がる音の中に、またひとつの足音が混じる。燃え上がる車の背後から、誰かが現れた。その姿を炎がはっきりと照らしつける。
鉄と油が燃えて酷く臭う。
あの倒れていたはずの作業員がただ真っ赤な炎を黙って見つめていた。なんの外傷もなく、異変のある素振りも見せない。
あちらが何かしら仕掛けてくる頃合だとは薄々気がついていたので驚いてはいない。ただ、とうとうこうして自分の所にまで影響が及んでいるとなると、そろそろここでの活動の限界が近いのかもしれない。
他の者たちの様子はどうなっているだろう。
帽子を被り直して作業員はぼんやりとそんなことを考えていた。
(さて。どうしたものか………。)
作業員の影が僅かに揺れた。
ヒュっと小さな音がした。
炎を反射して光るナイフがその作業員の背中に向かって放たれていた。
しかし、彼は動かない。
気づいているにも関わらずその場で燃え盛る車を見ていた。
作業員の影が今度は大きく蠢き、膨れ上がり、まるで意志を持った生き物のようにゆらりと動いてそのナイフをはじき飛ばした。
鈍い音が倉庫内に反響する。
投擲用の薄く軽いナイフが倉庫の壁に突き刺ささっていた。
刺さったナイフに目もくれず作業員が振り向くと、それを放った人物は直ぐに次の行動に移っていた。
ナイフを手に持ち、素早く作業員の元へ駆け寄り作業員に向かってナイフを薙ぐいた。あちらも深くフードを被っているのでこちらも顔は見えない。
刺客の放ったナイフを作業員は軽々と後ろに一歩下がって避けた。無駄のない最小限の動きだ。
しかし、避けられても刺客は焦ることなく次の一手を繰り出した。作業員はまたそれを身をよじって避ける。
右、左、斜め下、真横、突き…………。
作業員が右に、左にと避ける度に刺客もまた、冷静に的確に何度もその刃を振るう。
ナイフが炎の光を反射し、オレンジの残光を残す。
刺客が下から上へと振るったナイフが作業員の帽子のつばに引っかかった。帽子はそれにより作業員の頭を離れ、宙を舞って、倉庫の脇に軽い音を立てて落下した。
帽子が取れて、誰もが一度見ただけで何かしらの強い印象を与えてしまうほど美しすぎる容姿が顕になる。
その中の翠色の瞳が鋭く強い光をたたえていた。
ここまで防御の一手だったヒスイが仕掛けた。彼の影がまたゆらりと動き、一部が触手のように細く伸びて目の前の刺客に襲いかかった。
刺客がそれをすんでのところで躱したので、影は刺客の頭の右側をそれていき、刺客がその餌食になることは無かった。だが被っていたフードは破けてしまいボロ布と化した。
刺客が意味をなさなくなったフードを乱暴に剥ぎ取ると、金髪をサイドテールにまとめた女の顔が顕になる。その顔をみたヒスイの眉が微かに動いた。
その人物は次に迫っていた影をナイフで弾き返した。影とナイフが触れ合った時、バチリと眩しく光るプラズマの様なものが発生した。ヒスイはその影から伝わってきた痺れを感じ取った。
戦況は一度互いに距離をとって向き合う形となった。
ヒスイと黒狼によって送り込まれてきたラーヴァが向き合っていた。
「………お前とは、あそこにいた時もあまり会うことは無かったな。」
ヒスイがおもむろにそんなことを呟いた。
それをラーヴァは黙って、睨みつけている。冷たく鋭い刃物のような光を持った目で。
ヒスイはそれに動じることなく、また別の鋭い光を持った目でラーヴァを見ていた。
さらに続けてこんなことをラーヴァに問うた。
「戻ってくる気はないか?」
ふと、ラーヴァが不意を突かれたような顔をした。だが、それはほんの一瞬で険しい顔をしたまま視線を逸らしてしまった。
返答はもちろんない。
再びラーヴァがナイフをヒスイに向けた。
しかし、ヒスイはそれに応じようとはしなかった。
突如、車がまた激しく爆発した。
激しい音が鳴り響き倉庫がビリビリと揺れる。恐らくガソリンに引火したのだろう。
勢いよく熱い爆風が吹き付け、破片が飛び散り、辺りを黒い煙が覆う。
むせ返るほどのガソリンの刺激臭と目にしみる煙にラーヴァが咳き込みながら、煙を手で掻き分け標的の姿を探すが煙が視界を遮る。
ようやくある程度煙が引いて視界が回復した時には、既にヒスイの姿は消えていた。
すぐに外に飛び出して辺りを探すが、辺りは既に薄闇に包まれていた。
ふと、遠くでサイレンの音が聞こえた。それはだんだんとこちらに向かっているような気がした。こんなに派手に黒煙を巻き上げて2回も爆発していながら通報されない方がおかしいだろう。
ラーヴァは大きくなるサイレンが響く空を睨みつけた。
久しぶりにしくじった。
ラーヴァは持っていたナイフを地面に叩きつけそうになったが、それは抑えて、かわりに舌打ちをしてそのまま走り去っていった。
一方その頃、倉庫から外れた細い道で不自然に地面を泳ぐ影があった。その影がだんだんと膨らんでいき、最終的には人型となった。
ヒスイは大きく息をついて、誰も追って来ていないことを確認した。
これは壁なんかも自由に素早く行き来出来るが、影と実体である体を同化させることは自身の体にかなりの負荷がかかるのだ。
なにせ呼吸がしづらくなる。昔少し使いすぎて酸欠を起こしたこともあった。
ふと、ぴぴぴと。耳元から電子音が聞こえた。ヒスイは耳にはめてある小型の通信機に手を触れた。
「こちらNV231。要件はなんだ。」
『はいよ、こちらKP488。そっちどうだ?』
このコードナンバーはKPだ。たしかhide creacherで名乗ってる名前はここから取ったとヒスイは聞いていた。
「刺客が送り込まれてきた。これ以上の捜索は不可能だ、打ち切る。」
『やっぱりか。俺のところも来た。他はまだ返事がない。』
「確認が取れたのは何人だ?」
『今のとこはお前と、もう一人。………あ、連絡来たわ。三人だ。』
消防車が到着したようでサイレンに混じって人の声が聞こえてきた。
それはKPの方にも聞こえているようであった。
『なんだ?火事?』
「車に爆薬を仕込まれたようだ。」
『はぇ、大変だなぁ。』
「けど手札は揃っている。切り込むなら今だろう。」
『そうだな、緊急会議の準備しておくよ。』
そう言ってKPからの通信は切れた。
気づけば倉庫から立ち上る火が酷く目立つ程の闇に辺りは包まれていた。
ヒスイは周りの様子を少し伺った後、その闇に溶けるようにどこかへと消えていった。
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