hide creacher 39

「ラーヴァと連絡が取れなくなった………。」


 机の上に転がっている携帯端末やPC達を腕を組んで睨みつけてるジャスティーとKP。それをはたでアギリが見ていた。


「番号にかけても繋がらず。オマケに既に解約済みときたか。」

「チャットアプリのアカウントも削除済みと………。」


 ジャスティーが疲れた顔で、携帯端末の中に混じって置いてあったファイルの中身を見た。

 なにやらいろいろ書かれているようだが、アギリは見ないようにした。なんだか見ない方がいいような気がした。


「GPSは?」

「辿ったけどその携帯どこにあったと思う?海の中だ。」


 アギリが尋ねるとKPがジップロックに入った携帯を取り出した。

 なんのカバーもされておらず、画面にはヒビが入っていた。開けると塩っぽい匂いが微かに漂う。


「波止場から捨てられたんだろうな。そんなに日は経ってないけど完全に壊れてる。」

「データは………。」

「まあ、もちろんだけど飛んでた。一応解析はしてるけど厳しいな。」


 アギリがラーヴァと最後に会ってから1週間経過していた。アギリはその間、ラーヴァのことも考え忙しいだろうと思い連絡を全く取らなかったのだった。


 しかし、昨日ジャスティーからラーヴァの足取りが途絶えた事を伝えられ慌てて確認してみたものの既にこの有様だった。


「ジャスティーが最後に会ったのは?」

「2週間かそれくらい。テロの直後辺りだよ。それからは僕が忙しかったから直接会ったことはない。」

「俺も最近はここにもろくに顔出してなかったからなぁ…………ほんといつぶりだ?」


 ジャスティーが疲労丸出しのため息をついた。KPはジャスティーの気持ちはよく理解出来た。


「で…………アギリが最後に会ったのは、1週間前でOK?」


 KPが尋ねると、アギリはこくこくと頷いた。最後に会ったのはあの店でだった。


「そうそう。一緒にご飯食べに行ってそれっきり…………その時なんか変だったなお姉ちゃん。」

「変というのは?」

「うーん……。何かに迷ってる感じでいつものしっかりとした感じじゃなかったなぁ………。それで仕事が忙しくなるから会えなくなるって……。」


 KPの顔つきが険しくなった。ジャスティーの方を盗み見てみると、彼の顔は疲れの他に焦りも顕になっていた。


「……何か事件とかに巻き込まれたとか?」


 アギリが心配そうにぼそりと呟いた。


 たしかに普通の状況ならそう思うのが普通かもしれない。

 しかし、ラーヴァに関しては少なくとも普通ではない道を辿ってきた人間である。kPとジャスティーには既にそれ以上のことが起こっていると推測していた。


 自分たちも少なくとも普通ではないのでその辺はよくわかる。


「事件…………っていうのではなさそう。わざわざ携帯は自分から解約している。そこまでの足取りは取れてるから確実だよ。だから携帯を捨てたのは本人と考えた方が濃厚かな。解約しても端末が見つかってしまえば足取りは早いから。」


 ジャスティーがファイルに添付されていた写真を1枚つまみ上げた。構図からして防犯カメラを解析したものだろう。

 画質こそ悪いものの、たしかにそれはラーヴァの姿を捉えていた。

 この防犯カメラは携帯電話店のものらしい。


 アギリは眉をひそめて写真を見ていた。


「僕らの言いたいことはわかる?」

「つまり…………前々から姿を消すつもりだった……?」


 アギリの思考はその答えに至り、それを口にすると目の前のジャスティーとKPは頷いた。


「ああ。そう考えるべきだな。」


 その後はぽろぽろとわかる情報をKPとジャスティーが話していき、それが尽きたところでアギリは共有スペースを出ていった。


 バタンとドアが閉じられる音がやけに響く。今日はここに余程人が居ないようでいつもより遥かに静かだった。


「…………この点に関して、思い当たる原因は?」


 ジャスティーがKPに問いかけた。ジャスティーの表情はさっきとまるで違うものとなっていた。それを見て、KPの表情も更に引き締まる。


「まあ、十中八九……『黒狼』だろ。」


 KPが椅子に凭れると、ギジリと椅子が軋んだ。誰の趣味なのかこのテーブルと家具はアンティーク調だ。


 ジャスティーが1枚のチップをおもむろに取り出し、PCの横の挿入口に差し込んだ。

 PCはすぐに読み込みを開始して、ジャスティーがコードを入力すると画面に1枚のファイルが現れた。

 ファイルの中身は写真や見取り図、工作員の名簿など様々であった。潜入中の捜査員の名簿も入っており、見知った顔や大きくバツ印が付けられた写真もあった。


「これが今まで入ってきた情報の全てだよ。まあ、君なら知ってるのが多いかもしれないけど。」


 ジャスティーがPCをKPに回した。KPはすぐさま、操作を繰り返しファイルの中身をざっくりと片っ端から読み進めて言った。


「………本拠点位置が、昔と変わってアウトシティか………。」

「まだハッキリとは絞れてはないけどね。アウトシティは昔ながらの極道やマフィア、チンピラ集団なんかが蔓延りまくってる街だ。最近ブースト薬の乱用事件も激しくなってきているから黒狼もこれに着手してるのも考えといた方がいいね。」

「なるほど、ね………そこまで来てるか。」


 KPがあらかた読み終えてしまうと、PC画面を操作してファイルを閉じてチップを端末から取り出し、度が入っていない眼鏡をかけ直した。


「どう?」

「何が?」

「君まだ、調査続けるつもり?」


 ジャスティーの言葉を期にしばしの沈黙が訪れた。ジャスティーが真っ直ぐとKPを見つめる。

 KPは腕を組んだ。


「さぁ。いるのは末端の方だけど………そろそろ切り上げ時かもな。そっちで始末が始まってるみたいだし。指示が来るのも時間の問題かも。」

「指示って………。」


 ジャスティーが苦笑した。


「君たちは自分たちの権限で潜入やその切り上げを独断で行える立場じゃないの?」

「けど全部がそうじゃないからな。強制的撤収ってこともあるかさら。」

「ふぅん………君の方も大変なんだね。」

「まあ、そゆこと。」


 KPがニヤリと歯を見せて笑った。無邪気なものだが目は鋭く光るものだった。


「とやかく、本格的に切り込む時が来るのは時間の問題だな。他が切り上げ始めたら俺も引き上げる。」


 KPはそう言って立ち上がった。


「じゃあ、よろしくね。……国家特殊捜査班の皆さん。」

「ああ、NSIVに期待しといて。」


 KPは去り際、少しだけこちらを向いて部屋を出ていった。



 ***



 共同スペースを出たアギリはある場所へと足早に向かっていた。


(たしかこの角を曲がれば………。)


 角を曲がるとまた、無機質な廊下が続いている。

 本当にここは入り組んだ形をしているのだ。共同スペースからそのまま向かおうとしたものの結局場所が分からなくなり、一度ワールドツリーがある広場まで戻って来たほどだった。

 地図を見るのは苦手だった。


 そんな遠回りもあって思ったより時間がかかってしまったが何とかたどり着いた。


 目の前の扉には「23」の番号。

 アギリの部屋番号の「32」を逆さまにしたものだ。これでこの場所を覚えたのだ。


「23………ここだ。」


 アギリはラーヴァの部屋にやってきた。

 この部屋に最後にきたのはhide creacherにやって来てすぐ後のことだった。ラーヴァにここの設備について教えてもらった時以来だった。


 扉はどこの部屋とも変わりはない。普通のものだ。だが、その扉は妙にこの廊下よりも無機的に感じられた。


 アギリの気分の問題なのかもしれない。


 ここにくるまでずっとあの時のラーヴァの事を考え続けていた。

 何故彼女はあの時、あんな態度をとったのだろうか。何故突然あんな話をしてきたのだろうか。

 どうして自分はもっとあの時問い詰めなかったのだろうか。


 グルグルとひっきりなしに頭の中でそれは飛び交っていたが答えは出ないままだ。考えても分からないなら何かしら手がかりを探すしかないだろう。


 その答えになるものが少しでもここで見つかればいいのだが……。


 アギリはドアノブに手をかけた。


 が。


「…………まぁ、そりゃそうだよね……。」


 アギリは大きくため息をついた。


 さっそく思っていた通りの問題に直面した。

 ドアノブは回転することなく、ガチャガチャと音を立てるだけだった。


 鍵がかかっている。

 このhidecreacherの全ての部屋にはそれぞれカードキーがある。アギリも自分の部屋のを持っている。

 もちろんそれでこの部屋の鍵が開くわけが無いし、開いたらならば一体どんな防犯システムを採用しているのかとKPに問い詰めてるだろう。


 業者でもなんでもないアギリがカードキーの施錠解除なんてできるわけない。


 ぶち破る。


 そんなのは考えるだけで嫌になった。物を壊すことにはトラウマがある。


「こればかりは仕方ないかなぁ…………。」


 腕を組んで、眉を八の字に曲げてアギリはドアの前で呟いた。


 唯一手がかりを得られると思った場所がここなので、計画は全て無になる。他の策を考えるにも思い当たるツテはない。


 アギリは大人しく引き返そうとした時、床で小さく動く影が視界に入った。


「ん?」

「なー」


 それはとことこと、足元にやってきてアギリの足に擦り寄った。柔らかい毛の感覚が伝わる。

 アギリは突如現れた黒猫を抱き抱えた。

 まだ体は少し小さくて軽い。


「猫………?どっから来たの?」


 猫は大人しくそのくりっとした青色の目でアギリを見つめている。よく見たら首輪もついていた。銀色の鈴が光っている。

 猫はまた、なーと鳴くと、もぞりと動いて床に降り立った。そして、廊下にいたある人物の元へと向かっていった。


 濃いグレーのなんの手入れもされていない伸び放題の髪に、目元の濃い隈。

 ガクトがその猫を抱き抱え、顎の下を撫でていた。猫は気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしていた。


「あ……?ガクト、さん?」


 アギリは最初に会った時以外、初めて彼が外に出ているのを見た気がした。

 ガクトはアギリに気づくと、こちらに歩いてきた。アギリと並ぶとその背の高さがよく分かる。後で聞いた話だが彼は187cmあるらしい。


「お、久しぶりだな。」

「は、はぁ…………ところでその猫は?」

「俺が飼ってる。チビだ。」


 チビと呼ばれた猫は答えるように鳴いた。


「チビっていうんですか?」

「そう、拾った時すっごい小さかったから。」

「へぇ…………ここペット飼えるんですね。」

「そうだな。基本自分の部屋で管理だけど。」


 チビは撫でてもらえて満足したようで、彼の腕から抜け出すと廊下を少し進んで、ある部屋のドアに取り付けられたペットドアを潜り中に入っていった。


 ガクトはそれを見送った後アギリに向かってこう問いかけた。


「ところで、お前は何をしていた?」

「何を……………え、えっと…………。」


 アギリは言葉に詰まった。ガクトに事情をおっぴらげに話していいものかと躊躇い、視線を逸らしてしまった。


「姉貴がいなくなったからその原因をさぐろう………ってとこか?」

「えっ。」


 予想もしない言葉にアギリは驚いて顔を上げた。ガクトはやっぱりかと納得したような顔をしていた。図星だ。


「あの、なんで………。」

「まあ簡単に言えば………俺とお前の姉貴は知り合いだ。今回のことはKPから聞いた。友人として何か変わったことはなかったかって………。」


 これは半分は本当で半分は嘘である。KPから聞いたのではなく、ガクトは直接自分で情報を集めていた。


「え?知り合いだったんですか?」

「仕事上の、な。」


 仕事。

 アギリの中で、あの疑問が浮かび上がった。人に対しての関心が薄いためにずっと頭の隅に追いやってしまっていた疑問だ。


「あの…………。」

「なんだ?」


 何故か聞いてはいけないようなことを尋ねようとしているようで体に変な力が入った。しかし、これを逃してしまえば次にこのような機会がめぐり来ることはないように思えた。

 アギリは一呼吸ほど間を開け、息を軽く吸ってから口を開いた。


「お姉ちゃん………。姉はなんの仕事をしていたんですか?」


 静かな廊下に反響する。ガクトは黙ってアギリのことを見ている。


「…………まあ、一言で言ってしまえるものではあるが………これは簡単にそんなふうに扱っていいものではない。本当は本人から聞くのがいいだろ。ただ…………。」


 ガクトが指を鳴らすと、指先からバチンと小さな青いイナズマが発生した。

 その後、小さくピッという音が聞こえた。それはドアの方から聞こえていた。見てみるとドアのカードキーのランプが赤から緑に変わっていた。


「俺の口から直接は言えないけど、なにかしらヒントになるものはここにあるはずだ。それを探せ。」

「鍵が開いてる……。」

「俺の能力ならこんなもんは玩具レベルだ。ただこれすると後でKPからすっげぇ怒られる。」


 ガクトは困ったように肩を竦めて笑った。


 ガクト自身も調べたいことがあるらしくここに現れたらしい。二人は静かに扉を開けてラーヴァの部屋へ入っていった。電気をつけると部屋の全貌が見えてきた。

 家具はある程度置かれているが、物はほとんど最近使われた形跡がなかった。

 ラーヴァは最近ここに帰ってきてなかったのだろう。


 アギリはその部屋で机の上でホコリを被ったパソコンを見つけた。

 パソコンのホコリをはらい落とし、アギリはすぐに電源を入れた。しばらくして表示されたのはパスワード入力画面だ。

 アギリは机の周りにパスワードが貼り付けてないかと探ってみたが、几帳面なラーヴァがそんなことをしているわけがなかった。


 アギリは腕を組んでパソコンの画面を眺めた。


「これも、か…………。」

「大丈夫。このくらいならすぐに開ける。」


 ガクトは椅子に座り、パソコンに触れた。すぐさま画面は一旦黒くなり、そこに現れたのは文字の羅列だった。ある操作を複数回繰り返すと画面にはデスクトップが表示されていた。

 アギリは小さく感嘆の声を上げた。


「すご………これがハッキングかぁ………。」

「本題はここからだ。どうする?」


 ガクトはアギリの指示を待っている。


「どうする………って。うーん………とりあえず、メールとかかな?なにかしらやり取りした痕跡とかありそうでは?」

「メールか。」


 ガクトはすぐさま、メールツールを開ける。しばらく彼は画面を操作していたが手を止めて唸った。


「うーん。履歴が全部消されている。流石抜かりないといったとこか。」

「マジか………。」


 画面を覗いてみるとメールの受信箱は空っぽであることがわかった。小さく新着ゼロとも書かれていた。

 ガクトはキーボードに手をつけた。慣れた手つきである。


「けど消したって所詮2進数で0と1に還元されてるだけだ。まだここにある。」

「う、うん……?」


 アギリはガクトの言ったことはいまいちわからなかった。それを見たガクトは「要は、データはまだ復元できるってこと。時間はかかるけど。」と付け加えた。


 ガクトの指先からまた青い稲妻が散った。パソコンの画面がすぐに切り替わり、画面に無数の0と1の数字が表示されていた。それがしばらく続くと、画面の真ん中にバーが表示され少しずつそれが青く満たされていく。


「どのくらいかかりそうですか?」


 アギリが尋ねると、ガクトは追加でウィンドウを開けた。そこには細くメーターや何かが表示されている。


「………上手く目当てのやり取りが見つかれば2時間くらいってとこか。復元できるだけ復元しようとなるともっとかかる。解析できたら教えるから何か他の手がかりを探せ。」


 アギリは頷きガクトに解析を任せて、殺風景な部屋の物色にあたった。


 二人が部屋を出たのは約4時間後のことだった。二人が部屋から出るとドアの前出KPが仁王立ちでにっこりと貼り付けた笑みでそこに立っていたのだった。


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