hide creacher 38
行き交う人々の喧騒は相変わらずだ。何を隠そうこの都市トーキョーの中心部のスクランブル交差点でアギリは信号を待っている。目の前には世界的にも有名な巨大ビジョンでドラマなどの宣伝が流れている。
まさかテレビで見ていたここを今じゃ予備校に通うために頻繁に訪れることになるとは、ゴーストタウンで暮らしていた時は思ってもいなかった。
信号が青に変わり、車が停止し一気に人がなだれ込んでいく。人混みの中での歩き方もだいぶ慣れてきた。
アギリは人の間をするすると歩いていった。
以前顕著に現れていたアギリの体の異変はいつの間にか治まっていた。
と、いうか体が慣れていったの方が正しいかもしれない。結局話し声は昔と比べたら聞き取れるし、人の気配も感じ取れるままだ。
しかし、使い時を調節出来るようにはなっていき、意識してない時はさほど気にならなくなったのだ。
一応ジャスティーには報告はしておいたが、治まったことも報告したのでまた何かあったら言ってくれということになった。とりあえず検査は保留ということだ。
いちいち検査もお金はかかるし経費で落とされるのも気が引けたのでアギリにとっては正直ほっとした。
アギリは道の端に寄って、携帯を取り出し時刻を確認した。
時刻を見るに予定までこのペースで歩いていけば普通に間に合う。目的地まではそこまで遠くはない。
アギリは携帯をポケットに収めると、そのまま歩いていった。たどり着いたのはある飲食店だ。
店の前にいる人を注意深く見ていくと、その中に見慣れた人物を見つけた。こちらに背中を向けているが間違いないだろう。
「おーい!お姉ちゃん!」
アギリが声をかけて近づいていくと、ラーヴァがこちらを振り返った。ラーヴァは見ていた携帯をしまうとアギリと向き合った。サイドテールにしてある金髪が揺れる。
「ごめん、待たせた?」
ラーヴァは背が高く、アギリが少し見上げるかたちとなっている。
「いや、さっき来たところだ。」
ラーヴァが微笑んだ。
二人は目の前の飲食店に入った。中は昼時ということもあって適度に混んでいた。二人は空いていたテーブル席に通された。店員が水とメニューを出して、席を離れていった。
この店は美味いわりに値段が安いということで人気の店だった。その中で特にパスタに力を入れているようでメニューの半分はパスタ料理だった。
アギリは定番のミートパスタを、ラーヴァは和風おろしを頼んだ。
「そういや、お前。最近予備校の調子はどうだ?」
「え?ああ、あそこね。なんか、高校の授業思い出したな。まあ、半年しか行ってなかったけど。」
机に向かって授業を聞くのはじつにそれ以来だった。
「特に思い出もなく高校生活終わっちゃったけど、ユマちゃん元気かなぁ。」
アギリは仲が良かった友人を思い出した。というかその人物しか友達と言えるほど話した者はいなかった。
彼女も運良くクロウの襲撃から生き残ったうちの一人だ。なんとか私立への編入ができたのでたしかならばそこに通っているはずだ。
こんどよかったら久しぶりに連絡くらいしてみてもいいかもしれないとアギリは思った。
「予備校でも友達はできたか?」
アギリはその質問に答えるのに少し悩んだ。ゲーデルとは友人というにはまだ少し違うような気がする。
「うーん………友達……ってよりはちょっと話すくらいのやつはできた。」
「ふぅん。」
「そいつがすごい金持ちでさ。あのサウスノーブルの生徒だよ。あとすっごい長い名前してる。」
それからしばらくだらだら愚痴混じりにアギリが話していると頼んでいた料理が運ばれてきた。食事が始まっても会話は完全に途絶えることはなかった。
ラーヴァはソースを一滴たりとも飛ばすことなく綺麗にパスタを食べ進めていく。アギリは姉の作法の丁寧ぶりを見ながら水を飲んだ。
「お姉ちゃんの方から誘うって珍しいね。お出かけとかって。」
「この前会うって約束してたのがなんだかんだあって潰れてしまったしな。そのぶんだ。」
「ああ、そうだったね………。」
アギリは初めてジャスティーと出会った日のことを思い出した。かれこれ2ヶ月ほど前か。
本来ならラーヴァの方からアギリに勧誘するつもりだったらしいが、急な予定の不一致やクロウ出現の想定外があり、勧誘はジャスティーが行い急遽hide creacherにて合流ということになったらしい。
「もう全然あそこに黒玉取りにいかなくなったなぁ。いい小遣いにはなってたんだけど。」
「都市部はクロウ発生率はまだ低いから私も目にする機会も減ったな。」
二人の食べるパスタは減っていき、残り僅かとなった。
「そういや、なんか外で二人で食事するってのも珍しいよね?いっつも家だったじゃん。」
前までこういったことがなかったということはないのだが、だいたいいつもならどちらかの自宅だった。
アギリがそれを口にすると、ラーヴァの操るフォークが一瞬だけ止まった。
「まあ、な………。私が外で借りているアパートはここより遠いし、あそこで食べてもなんか違うし………。」
ラーヴァは残り僅かになっていたパスタを食べ終えて、ナプキンで口を拭いた。
「確かに。あそこで食べてもねぇ………。」
アギリもパスタの残りをかき集めてフォークで絡めとって口の中に突っ込んだ。
二人が食事を終えてそれからラーヴァは一度トイレにいくと言って席を立った。
アギリはその間携帯を開いてぼんやりとSNSを眺めていた。
トピックスには未だテロ関連の記事が目につくが犯人などのの真相はよく分からない。
と、いう風に書かれている。
犯人の情報を少しだけだが知っているアギリは変な気分だった。
自分は当事者なだけあって結構踏み入った所まできているんだなと思った。
そんなわけで記事なんてものにめぼしいことも無く、アギリが携帯を閉じて水を飲み始めた。
と同時にラーヴァが帰ってきた。
帰ってくるなり、このような事を口にした。
「アギリ。今度からこうして会えなくなるかもしれない。」
アギリのコップを置こうとした手が止まった。驚いてラーヴァの方へと顔をあげると、その表情は悲しげだった。
「え?今なんて………?」
「仕事の都合で忙しくなる。だから、前みたいにこうして会うのは難しくなる。」
アギリはとりあえず持ったままだったコップを置いた。
「会えなくなる……ってどんなかんじ?電話とかは?」
「それは…………しようと思えば可能だが………。出れるかどうかもわからない。」
ラーヴァは戸惑ったように目を逸らした。アギリはそのまま話を続けた。
「仕事って………病院での事務仕事だったよね?それが忙しくなるってこと?」
何年か前からラーヴァはこの仕事についていたはずだ。事務仕事といえばだいたいデスクワークや書類作成を思い浮かべるだろう。
その仕事の量が増えたということだろうか。
しかし、ラーヴァの答えはアギリの予想を外れていった。
「いや、それが………仕事が変わったんだ。病院はこの前届出して辞めた。」
「…………え?」
アギリの表情が固まった。驚きで完全に口が開いてしまっていた。アギリの口が再び動き出したのはしばらくしてからだった。
「え?………えっ?またぁ?」
今日何回え?、を連発しているのだろうか。思い出して数えるのはやめておいた方が良さそうだ。
ラーヴァの視線はらしくなく、泳ぎっぱなしだった。
そんな姉の姿にアギリは違和感を抱き始めた。
あのいつもの強く、凛とした姿はどこにいったのだろうか。
明らかに変だつた。
「………なんか今日変だけど。仕事先で何かあったから?変えた理由って。」
アギリの心配する視線がラーヴァにってちくちくと刺さっていく。
アギリの推測したことは現に間違ってはいないことではあった。
就職先にでも容赦ない襲撃。昔と比べると黒狼の手口としてはらしくなくなったと思ったのが素直な感想だった。
しかし、このようなこと。それに加えて、あのテロの詳細。
ジャスティーからは直接聞いても全く得られなかったが、ラーヴァはガクトの方からこっそり情報を入手していたのだった。
彼は一応あくまでも一般人ではあるので、尋ねた時にあまり踏み入ったことはして欲しくないから軽くでいいとラーヴァが口を零すと、既に襲われた時点で既に踏み入ってしまっていると自嘲気味に笑われた。
彼から得た情報は実に有益であった。
テロの首謀は黒狼であって、その場に居合わせたhide creacherのメンバー三人のうちアギリとハルが黒狼とおもわしき人物に接触したと。
何かの偶然かと片付けられてしまえばそれで終わることなのだが、ラーヴァにはそうと片付けてしまうには思い当たる節が多すぎた。
「………あったといえばあったんだが………。そう大したことではない。どっちかと言えば前の仕事からの引き抜き………。」
「引き抜き?ヘッドハンティング的な?」
最近、優秀な人材をヘッドハンティングによって海外などへ流出していきエンジニアなんかが不足しているという。経済学者のコメンテーターが昼間のワイドショーで話していたのをアギリは密かに思い出した。
「ま、まあそんな感覚だ。………その仕事が前より少し忙しくなるだけだ。さして問題は……。」
ラーヴァはアギリの方をみて微笑んだ。しかし、だいぶ無理をしているのが自分自身でもわかった。
「…………。」
アギリはただ黙ってそんなラーヴァのことを見ていた。その黒い眼に今の己の姿はどのように写っているのだろうか。
会うのが難しくなる。そういう程度ではない。
もうほぼ会えない。というのもラーヴァは完全にアギリの前から姿を消すつもりでいた。hide creacherも同様に必要なものだけを運び出してあそこを去るつもりだ。
唯一の愛する家族の為だ。危険な目にあわせるよりはましである。これ以上この子を巻き込まないためにはそうするしかないと。
そのような方法しか思いつかない自分が不甲斐なく思えてきた。だんだん心を強く抉るものがぼろぼろと溢れ始めて、抑えきれなくなってきた。
まっすぐアギリの顔も見ていられなくなったので、ラーヴァは視線を自分の手元に移した。
「問題ないならいいけど………あんまり無理しないでね。」
アギリはそう言うと、水に手をつけた。ラーヴァは俯いたままだった。
「お姉ちゃんこれから別の用事もあるんでしょ?時間大丈夫?」
アギリは携帯を取り出して時刻を確認した。
アギリが話しかけるも、ラーヴァからの反応は少し遅れた。
「…………ん?ああ、たしかにそろそろだな……。」
ラーヴァは慌てて答え、席を立とうとした。アギリは携帯に目を向けたまま再び話しかけた。
「用事ってやっぱり仕事のこと?」
「まあ、な………。………会計は私がしておく。」
「え?割り勘じゃなくていいの?」
「いいんだ。誘ったのは私だし。」
正直、今バイト先が休業中で収入が減っているので有難いことなのだが結構ラーヴァに頼りすぎているのもあるのがアギリは気になっていた。
やはり割り勘が個人的に望ましいかもしれない。財布も持ってきているし中を見るとお金もある程度はある。
「いや、やっぱり割り勘しよ………ってあれ?」
アギリが財布から視線を外した時には既に目の前からラーヴァはいなくなっていた。
店内を探してみるもその姿はなかった。既に会計を済ませてしまったようだった。
慌てて店から出て探してみてもラーヴァらしき姿はなかった。人混みに向かって目を凝らしてみるも似たような姿すらもない。
「急いでたのかな………。」
ぼそっと呟き、アギリは空を眺めた。
予報では晴れだと言っていたのに、一面に雲が広がり太陽を目にすることはできなくなっていた。
アギリはため息をついた。
あの今日のラーヴァの姿が未だに頭の中で燻っていて離れなかった。明らかに変であるのは確かであったが結局原因を突き詰めることはできなかった。
何か悩んでいることでもあるのだろうか?
自分なりの結論はこれだった。
そうだとすれば、アギリが出来ることは相談相手になるくらいだがそれである程度解消されるなら喜んで引き受けよう。
また時間のある時にでも二人でゆっくり話をしようと、アギリは店を後にして帰路についた。
だが、その1週間後ほど経ったある日。
ジャスティーからの連絡により事態はおおきく動き出すこととなることをアギリはこの時はまったく想定していなかったのだった。
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