hide creacher 37

 三人はすぐに部屋の中に通され、ダイニングテーブルに腰掛けている。

 部屋の中は程よく生活感もあり綺麗だった。カーテンは締め切られているが。


 セイラはお茶を用意するためにキッチンに向かい、彼女の姉にあたるリンネは三人の目の前に座っている。

 リンネはこちらにはお構い無しで、なにやら小さなノートにあーだ、こーだと言いながら何かをがしがしと書き込んでいた。


「すみません。お待たせしました!」


 セイラがお盆の上に5つカップを乗せて現れた。

 それぞれの席の前に紅茶の入ったカップを並べていき、テーブルの中央にはちょっとした茶菓子をおいた。

 それを終えるとセイラはリンネの隣に座った。

 リンネが早速持ってきたクッキーに手を伸ばし、ひとつを口に放り込んだ。


「………えーでは………改めまして……。セイラ・ブラッシュというものです。………こちらは、私の姉のリンネ・ブラッシュ。」


 リンネはどうも、とズレたメガネをかけ直してノートを閉じて脇においた。ノートのタイトルにはネタ張と書かれていた。


 リンネとセイラ、二人並べてみるとたしかに顔は似ているのだが雰囲気が全然違う。


 セイラは本当にアンティークの人形のような雰囲気なのに対して、リンネはその辺りのスーパーに夕方頃に出没する激務に追われた後買い物に来る社会人みたいで人間味溢れていた。


 思えばハルとミズキも顔はそっくりなものの雰囲気などはぜんぜんちがうなと、アギリはちらっとハルの方を見た。

 ハルの表情は緊張していた。


「すみませんね。こんな朝早くから………。もっと昼頃とかにとれたらよかったんですけど。」


 ジャスティーの言葉にセイラは首を横に振った。


「いえいえ。私は構いません。早起きは得意なので。」


 セイラがふわりと微笑んだ。バラの香りがしそうである。


「それで、セイラさん。今回の件は………。」

「はい、容疑者の能力に関すること……ですよね?」


 ジャスティーが頷いた。


「はい、先日のテロの件はご存知かと。僕は現場にはいなかったんですけど……。この二人が犯人と接触しました。その証言から一人の能力に少し気になるところが。」


 ジャスティーはアギリとハルの方を見た。それにつられ、セイラが二人の方を見る。


「まあ、それは気の毒…………。」

「あ、いや……特に大丈夫なんですけどね。」


 セイラが悲しげな表情をするのを見て、アギリが慌ててそう言った。


「ふむ。で、それで気になる点というのは?」


 リンネが紅茶に角砂糖をドバドバといれて、紅茶を啜った。

 それをみたセイラがぎょっとする。


「ね、姉様!!砂糖入れすぎです!!体に悪いですよ!!」

「いーや、このくらい甘くないとダメです。絶対。」


 ざりぃと溶けきれていない砂糖の音をたてて、平然と紅茶を飲むリンネにセイラは悩んだようにため息をついた。


「………あいかわらず大変そうだな。」


 アギリはジャスティーがそうポロリと呟いたのを聞き逃さなかった。


「セイラさんはセントラル大学で能力や人種についての研究をしているんだ。」


 セントラル大学はこの近くにある大きな大学だ。アギリはここ、セイラ宅に着くまでに隣を通ったような気がした。


「へぇ………そうなんだ。」

「はい!………まだ博士号は持ってないんですが。それでもお力になることがあれば歓迎してお引き受けします。」


 セイラが顔を綻ばせて微笑んだ。


「それでは……差し支えなければその……容疑者についての証言をおねがいできますか?」


 アギリとハルはあの時の二人の事を思い出し始めた。


「たしか、一人は小柄な女。………能力は見てわかりましたね。多分手が鉤爪に変形するやつです。腕が鉤爪みたいになって………あ、黒く変色もしてたな。」

「その、応戦したりはしましたか?」

「応戦………というか、ひたすら逃げてましたけど。多分威力は高いです。」


 なるほどと、セイラはノートに綺麗な文字でメモを取っていく。


「いわゆる変形系の能力ですね。能力の中でもポピュラーなものですが、おそらく多少の身体強化も入っているかもしれません。」


 セイラが現時点でわかる分析を述べた。


「変形した際に、おそらく腕なんかも重くなるとは思うんですよ。それに応じて腕を支えたりするために体は適応して自然と強くなることがあるんですね。これはよくある例です。」


 つまり、あの女は少なくとも従来の人間よりは身体的な能力は高いかもしれないと。


「なにか対策をつくるなら、それを念頭に置いておいた方がいいかもしれません。能力自体は強くありませんが、おそらく使い方が上手い。単純な能力ほど応用の仕方が広がりますしね。」

「なるほど…………。」


 ジャスティーが携帯にメモを取っていく。今の端末はアギリが知っているジャスティーの携帯のどれにも当てはまらなかった。

 一体何台持っているのだろうか。


「それで………もう一人の方なんですけど。普通の男。中肉中背です。その女と一緒にいました。能力は………ええと………。」


 アギリは少し、ハルの方を見てから答えた。


「ハルが相手のナイフでちょっとだけ切られたんです。それで、その切ったナイフを舐めた………多分舐めたのは血です。そしたら、急に動きが速くなった?というか。」


 アギリがふと、セイラ達の方をみた。


 セイラの眉が微かに動いた。さっきよりも顔つきが強ばっている。

 反応したのはセイラだけではない。リンネも険しい顔でこちらを見ていた。


「…………?どうかしましたか?」

「…………いや、ちょっと……。」


 セイラは置かれていた紅茶を少し啜った。


「……その時周りはどうでしたか?明るかったですか?」


 セイラが額に手を当てたまま尋ねた。表情は強ばったままだ。


「え?い、いやー…………。たしかに炎とかでは明るかったけど………どうだった?」

「え、う、うん………外からの光は入ってこなかったから薄暗い、のほうがあってるかも……。」

「…………そうですか。」


 セイラは悩んだような顔をして、ノートに今までの供述をメモした。


「今の時点でわかることはいつくかあるのですが、断定するには情報が少ないですね………。なにか他にあることは?」


 二人は顔を見合わせた。

 残る情報といえば、容姿や口調くらいしか残されていなかった。

 これはセイラに提供したところでどうにもならない。


「あの………。」


 ここでジャスティーが口を開いた。


「現時点でいくつか予測が立ってると言いましたが………それを教えて頂けませんか?」


 セイラはしばらく沈黙し、考え込んだ。

 持っているペンをくるりと指先で一回転させるとそれを置き、ふうっと息を吐いた。


「可能性が大きいのは2つです。一つは単純に血を飲むと体になにかしらの変化が起こるもの。もうひとつは…………」


 セイラは軽く息を吸って続けた。


「犯人の一人…………その男は「吸血鬼」ではないか、と。」


 吸血鬼。


 昔から物語などでよく登場する定番のモンスター。中ボスやラスボスなんかでよくゲームで登場したりもする、人の血を啜るモンスター。


「吸血鬼……….ってあの?」


 アギリとハルは突如現れたファンタジックなものに困惑していた。

 その、アギリやハルの思っていることを見透かすようにセイラは落ち着いて話し始めた。


「吸血鬼。よくファンタジー小説なんかで昔から出てくるモンスターですね。しかし、実際にこの世界にもごく小数ながら「人種」として存在しています。」


 その話だと人種としてのくくりに吸血鬼というものがあるということになる。

 アギリはそのような人種があることは初耳だった。


「文献などを見るに、はるか昔からこれは存在していたようです。しかし近年、他にもマイノリティーになった人種は沢山ありますけどその中でも特に数が減ったのがこの人種です。」


 そして、小さく息を吸った。


「そして…………私たちがその「吸血鬼」にあたる存在です。」


 ハルとアギリが驚いたようにセイラとリンネの方を見る。セイラはゆるりと微笑かえし、リンネは面白いものを見たように笑っていた。


 しかし、二人を改めて見ても特に普通の「人間」と変わるような特徴はなかった。牙もついてなければ、血色が悪いわけでもない。


 本当に見た目は普通の「人間」だった。


「吸血鬼といってもほぼ見た目は人間です。ニンニクも私は好きでよく食べますし、十字架をみても平気です。血を飲まなくとも生きていけます。」


 リンネはすらすらと吸血鬼の実態を説明した。アギリが思い描いていた吸血鬼の像が一気に書き換えられていった。

 これからまともに小説サイトのファンタジー系が読めなくなりそうだ。


「でも、日光に弱いのは本当です。灰にはなりませんが。個体差はあるのですが長時間当たっていると体がだるくなったり、頭がぼうっとしてきたりします。」


 つまり、この部屋が明るい時間なのにカーテンが締め切られているのはそういうことなのだろう。ここはアギリが思っていた吸血鬼と似ていた。


「それで、これが一番の特徴なのですが………他者の血を摂取することで一時的に身体能力が飛躍的に上昇します。これが我々が吸血鬼と呼ばれるようになった所以かもしれません。」


 この特徴はあの男の能力と当てはまる。

 しかし、これだけでは断定とまでは足りない。他に特徴が必要だ。


「セイラさん。最近こんなものがあるの知ってます?」


 ふと、ジャスティーは一枚の写真を取り出した。


 その場全員が写真に目を向けた。写真に写っているのは拳銃だった。銃身は銃ふ器の重く黒光りする印象とは変わって白だった。


「これは………?」


 セイラがジャスティーに向かって尋ねた。ジャスティーが答える前にリンネが口を挟んだ。

 メガネをかけ直して、写真を見ている。


「最近ハンター達の間で実用が進んでいる銃ですね。この銃は特殊で、…………対クロウ用に開発された擬似太陽光レーザーを撃つことのできるものです。」

「よく知ってますね。」

「ええ、知り合いが話してました。………普通の生態に対する殺傷能力はほぼないことも。」


 リンネが紅茶を飲み、茶菓子のクッキーを1枚だけ食べた。さくりと小さく音がした。


「しかし、ジャスティーさん。どうしてこれを?」


 セイラが疑問を口にした。セイラに限らず、アギリとハルも同じ疑問を抱いていた。


「まあ、実は…………仕事でこの人物と接触する機会がありました。」


 その場の全員がジャスティーの方を振り向いた。普段基本困り顔のハルの表情も驚いたという感情がハッキリと読み取れるようになっていた。


 アギリは思わずこんなことを口にした。


「せ、接触………?あんたの普段の仕事そんなにヤバいの?」

「いや、ほんのちょっと見ただけ。………詳しくは言えないけどそこまで踏み入ってはいない。」


 ジャスティーはぽつりと補足を入れるとお茶を飲んだ。既にカップは空にちかくなっていた。


「それで………その時にこの銃を使ったのですね?」

「勘がいいですね。その通りです。」


 ジャスティーはたしかにあの時威嚇射撃をこれで行った。


「やっぱりビンゴ。彼は大きく飛び退いて避けてました。普通の銃でもあんなに大袈裟に避けないくらいで。民間にも流れ始めているので知っていてもおかしくはないです。」

「……………あなた、もしかして接触するの見越してその銃を持ち歩いていたのでは?」

「それ半分、単純に使ってみたかった半分です。」


 半分はその気だったようだ。そして、ここにくる前にジャスティーは彼の正体を予測していたようだ。


「けど………擬似太陽光といえど、当たってもほぼダメージはないし、一瞬だから多分あなたがたでもそんなに効果ないと思うのですが………。太陽光だから保険で大きく避けた?」


 ジャスティーがそうぼやくと、セイラが何かを考え込み始めた。眉間にはシワがよっている。


「………なにか思い当たることが?


 その様子を見ていたアギリがセイラに尋ねていた。


「……まさか、まだいるなんて……。」


 セイラがぽろりとそう呟いた。


「実は……私たちは生粋の吸血鬼というわけではないのです。」

「えっと、それはどういう……?」

「吸血鬼は人種の一種なので、当然吸血鬼同士の子どもはよっぽどのことがない限り吸血鬼として、他の人種と子どもをもうければ混血が生まれることなります。しかし、吸血鬼同士というのは体質ゆえか、他の人種どうしよりも子を宿しにくいのです。どうやら遺伝子構造に何かあるようですがここでは省きます。」


 セイラの専門は人種についてだが、どのような形での人種について研究しているのかまでは知らない。生物としての人種を研究しているのだろうか。それとも社会としての人種を研究しているのだろうか。


「ふうん、遺伝子構造か………。なんか面白そう。」

「話していると多分三日は話せるくらい複雑なので是非時間のあるときにお願いします。」


 セイラは再び本題に戻った。


「それで、社会的な風潮の変化。異なる人種どうしでの婚姻などが認められ始めたのをきっかけに私達も人種の垣根を超えて愛しあったり、家庭を作ったりしました。」


 セイラは、私の母は獣人と吸血鬼、父は吸血鬼と人間でしたと付け加えた。


「私も純血はあったことがないのです。吸血鬼連盟の名簿をありったけ漁ればいそうですがそのくらい純血の吸血鬼は珍しいものとなってしまいました。」


 アギリは途中に出てきた吸血鬼連盟が気になった。吸血鬼のコミュニティーだろうか。

 こうしたコミュニティーを活用したりして、彼らは上手く他の人種と付き合っているのだろう。


「純血は世間一般が思い描いている吸血鬼に一番近いです。血を摂取すれば身体能力はピカイチに、日光に少しでもあたるだけでかなりのダメージとなると聞いております。」


 セイラ達も一応吸血鬼の血はこれでも濃いほうらしくて、日光の影響を受けやすいという。

 セイラは普段日傘をさして出かけているらしい。


「つまり………あの男は……。」


 ジャスティーの言葉にセイラとリンネが頷いた。


「ええ、もしかしたら………純血かもしれませんね。」



 ***


「二人ともありがとね。助かったよ。」


 ジャスティーが携帯を操作して、情報をまとめていた。


 三人の乗っているエレベーターはすぐに一階にたどりついた。


「まあ、少しでも解決に近づけるならね……。これからもなんかあったら協力するよ。」


 アギリと共にハルも頷いた。


 外に出た時、時刻はちょうど11時頃でスズメに変わって鳩がクルクルと鳴いていた。


「じゃあ、ここで解散なんだけど……僕はhide creacherに戻るけど二人は?」

「僕は………帰ります。」


 アギリの答えは二人とは異なったものだった。


「私は、このまま出掛けるよ。お姉ちゃんと約束してるから。」


 アギリは二人に別れを告げると、そのまま最寄り駅へと向かっていった。

 二人はその背中を見送っていた。


「姉妹でお出掛けか………丸くなったなぁ……。」

「あの………アギリのお姉さんって、あの金髪の人ですか?」


 ハルがジャスティーに尋ねた。ハルはそんなに話したことはないものの、何回か見かけたことはあった。


「そうそう。ラーヴァね。」

「………あまり、見た目は似てないですよね……。」

「結構内面は似てるよ。君たちとは違って、仕草とか性格とか考え方とか。」


 胸囲は全然違うけど。


 ジャスティーはそれをぐっと飲み込んだ。


 ジャスティーは携帯のメッセージアプリを開き、ラーヴァのトーク画面を開けた。


 二人は普段こうしたことを通じて会話をすることはそんなにないのだが、この頃ジャスティーの激務も合わさってかラーヴァと全く顔をあわせられてなかった。

 何となく、コミュニケーションをとりたくなったのだった。


『姉妹でお出かけ?仲良しだね。』


 メッセージを打ち込んで、送信した。


 既読はつかなかった。



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