hide creacher 36
スズメがちゅんちゅんとまだ元気よくさえずっている午前。アギリは都心から少し離れた街中を歩いていた。
前方にはジャスティー、隣にハルも一緒である。
hide creacherをワープホールを抜けてすぐにこの街にたどり着いたので、hide creacherがある場所からはそんなに離れてはなさそうだ。
ワープホールは便利だがさすがに距離の制限というものがあるとジャスティーが言ってたのをアギリは思い出した。
歩いている通りの人はまだらでおおよそ遅めの通勤中のサラリーマンという具合だろうか。
前に能力の検査のときよりは随分と歩きやすいが、ジャスティーの歩く速さが相変わらず速いのでアギリたちとは少し距離が開いていた。
「着いたよ。ここだ。」
ジャスティーが立ち止まり、目の前の建物を指さした。彼の指の先にはごくごく普通のマンションが立っていた。築年数はそんなに長くはなさそうである。床にまだタイルらしい艶が残っている。
ベットタウンとして開発が進んだ街らしいので比較的新しい建物が多いのだろう。
「………で、ここにあのいってた人がいるってこと?」
「そう。合わせたい人がね。」
ジャスティーが頷いた。
三日ほど前。アギリとハルはジャスティーに突如呼び出されたのだった。
彼に呼び出しの内容を尋ねると、テロ事件の犯人特定のために調査に協力してほしいとのことだった。
具大的な内容は容疑者の特徴などの証言をより詳しい人に話してもらうこと。
もちろんこれには二人とも快く承諾して、いろいろ予定を決めて今に至る。
ハルはミズキのことを心配していたが、ミズキもだいぶ落ち着いてきて今はもう大丈夫だと言っていた。
事件発生直後はほぼ四六時中ずっとハルと一緒にいたが今回はついてきていない。
三人はマンションのフロントに足を踏み入れ、エレベーターにへと向かった。
ジャスティーが上へ登るボタンを押した。エレベーターは今最上階にいるようでくるまで時間がかかりそうであった。
「で、そのあわせたい人って……どういった人なんでしょうか……。」
ハルがおずおずとジャスティーに尋ねた。
二人は事前にどのような人物に会うのか知らされていない。単純に会わせたい人がいるということだけをジャスティーに伝えられただけだ。
ジャスティーはボタンから目を離してしばらく腕を組んで悩んだが、まぁ、もうここまできたらいいかと呟いた。
「上からさ、なるべくその場になるまで細かいことは話さないでほしいって言われてたんだけどね。もうその人の自宅目の前だし言うよ。」
彼は組んでいた腕を解いて話を続けた。
「君たちはさ、「人種」って聞いたことあるよね。」
「人種……えーと……「とある特定の能力の特徴をもった集団をまとめて振り分けたもの」だったっけ?」
アギリがちょうどこの前予備校で習った知識を頭から引っ張り出すとジャスティーが頷いた。
「そうそう。メジャーなのが「人間」「獣人」「石人」なんかがそうだよ。この中でもさらに細かくできたりもするけど時間ないから今回は省くよ。これらは昔から特定の体質的な能力を持っている。」
ジャスティーが主に述べた三つの人種のなかで、この場にいる三人は人間という括りになる。そして獣人はアギリが知っている中ではジンが当てはまる。石人は見たことはあるが、アギリやハルの知り合いの中にそれに該当する人物はいなかった。
「じゃあ、今回その会わせたい人ってのも何かしらの人種ってこと?でもないんでまた?」
「近年人種間の問題ってぼちぼち増加しててね。もしかしたらテロにもその人種問題が絡んでいる可能性がなくもないんだよ。」
アギリはたしかに、予備校でも人種問題が元となった暴動も自警団が取り締まる対象となるということを学習していた。
アギリの身の周りではそういったことはほとんど目にしたことはないが、ジャスティーのようにもっと踏み入ったところにいる人間は結構目にしているのかもしれない。
「その人はそういったことを専門に扱っているからね。もしかしたら犯人の能力から人種を特定できるかもしれないから、直で能力を見た君たちを呼んだってとこだよ。」
「はあ………なるほどね。」
そうしているうちに軽い電子音が鳴り響き、エレベーターが到着しドアが開いた。三人はエレベーターに乗り込み、ジャスティーが中層階のボタンを押した。
エレベーターはドアを閉じるとすぐに動き出し、しばらくしてから軽い電子音と共に停止してドアを開けた。
三人はエレベーターを降りて、ドアが立ち並ぶ通路をジャスティーを先頭にして進んでいった。
ちょうど通路を半分くらい進んだところでジャスティーが立ち止まった。
「ここだよ。その人の自宅。」
ジャスティーの視線の先にはドアがひとつあった。他にもあるドアとなんのかわりもない同じものだ。
ジャスティーが呼び鈴を鳴らした。小さくチャイム音が静かな廊下に漏れ出す。
しかし、ドアが開くどころかドアの向こうでは物音一つと聞こえてこない。
ジャスティーがもう一度押してみるものの、結果は同じだった。
「留守?」
「いや…………今日来るって連絡も時間帯も教えてあるからそれはないはずなんだけど………。」
ジャスティーが首をかしげながら何気なくドアノブをひねった。
すると、がちゃりという音がしてドアノブが周り手前に押すとドアが少しだけ開いた。
鍵がかかってなかったようである。
「あれ?開いてる?」
三人は顔を見合わせた。
「………なんかこれ殺人事件でよくある展開じゃ。」
「や、やめてよ!物騒だよ!」
ハルが眉を八の字に曲げて小さく叫んだ。顔は泣き出しそうであった。
「さすがにそれはないよ…………。セイラさん?いますかー?」
ジャスティーはドアを開けて中に入っていく。アギリもそれに着いていく。ハルはしばらく迷ったようにして後からついてきた。
部屋の中は日当たりがよくないうえにカーテンが締め切られていて昼間とは思えないほど真っ暗である。
玄関から廊下が伸びており奥の部屋の窓から申し訳ない程度に外の光が漏れてきているだけだ。
「暗いな……えーと電気、電気は………これか。」
ジャスティーが手探りで電気のスイッチを探して明かりをつけた。
電気がつくと同時にハルの短い悲鳴が響いた。
目の前の廊下に人が倒れていた。
その人の周りになにやら紙が散らばっており、さらに下に赤い液体が拡がっていた。
「え………え!?なにこれ!?」
アギリがしばらく遅れて声をあげた。
ジャスティーもいつもの感情の読めない薄顔ではなく驚いたような顔をしている。
アギリはかるい冗談であんなことを言ったつもりだったが、まさかこんなことになるとは。
この前からこんな事件なんかに巻き込まれているので自分になにか変なものでもついているのだろうかと思わずにはいられなかった。
「すみま、せん………締切あと、ちょっと待ってくれませんかっ………。」
突然声が聞こえてきた。
アギリの声でもハルの声でもジャスティーの声でもない。ちょっと低い女の声だ。
すると、目の前の死体がもぞりと動いた。ハルのさっきよりも大きい悲鳴が響いた。
死体はずるずると赤い液体を踏みつけながら、はいよってきてがばりと顔をあげた。
「あと、ちょっとで……ほんのちょっとで………!!仕上がるので、どうかっ………」
女の顔のメガネはズレており、髪はボサボサに乱れている。目元にはくっきりと隈ができていた。
アギリとハルは完全に状況がわからず戸惑っていた。ジャスティーが慌てて目の前の女の前に屈んだ。
「あ、あの、リンネさん!?状況が全くわからないんだけど僕担当さんじゃなですよ!?ていうかそれどうしたんですか!?なんか真っ赤ですけど?!」
ジャスティーが名前らしき言葉を発した。女はそれに反応して、ジャスティーの顔を認識した。
「ってあれぇ………?その薄顔は………ジャスティー君じゃないですか………?」
女は目を擦って体を起こしてメガネをかけ直した。赤いシミのついた白いTシャツには達筆な文字で「推し命」と書いてあった。
アギリはなにかと最近こういった文字Tシャツに縁があるような気がした。
「え?来るの今日でした?今日何曜日です?」
「今木曜日ですよ。」
「え!?そうなんですか!?……私としたことが完全に日付感覚が狂ってました。連日徹夜で作業しすぎて……。」
女がいそいそと散らばっている紙を拾い集め始めた。アギリが近くに落ちていた紙を拾った。白く硬い質感の紙に青い枠線がうすく描いてある。下の方にはマンガ用原稿用紙とかいてあった。
それを女に手渡すとありがとうございますと彼女は礼を述べた。
「ところで、その真っ赤なのは………」
「………あっ!!?なんですかこれ?!私の服がっ!!!………これかっ?!」
女が目の前に転がっていた小さな缶をさっと拾い上げた。缶を見ると「とても美味しいトマトジュース」と緩いフォントで描き込まれていた。
「トマト、ジュース…………。」
アギリが呆れたようにぼそっと呟いた。
殺人事件なんかよりももっとベタな展開である。
「どうやら眠たすぎて原稿用紙とトマトジュース持った状態でここで寝てしまったようです。いやぁ、夢の中でも追われるくらい締切ギリギリで終わらせたので相当ですね………。」
女は足早に奥の部屋に駆け込んでいきすぐに雑巾とバケツを持ってきて、床に拡がった赤い液体ことトマトジュースをいそいそと吹き始めた。
三人はしばらくそれをぽかんとして見ていた。
「あっ!ジャスティーさん!もういらしてました!?」
そうしているとまた声がした。今度は外からでそれと共に急いげな足音も聞こえてきた。
部屋の外に目を向けると、そこにはこちらに向かってかけてくるゴシック調の服に身を包んだ女が走ってきていた。
「すみませんっ。ちょっと今朝お茶が切れてたことに気づきまして……急いで買ってきたのですが、待たせてしまいましたか?。」
「いやいや、僕達もさっき来たところなんですけど………。」
「え?……まぁ!!リンネ姉様?!ど、どうしたのですか!?それ!?またトマトジュースこぼした上で寝ちゃったのですか?」
「ふふふ、まさにその通りなのですよ我が妹よ………。」
会話を聞く分にこの女の名前はリンネで間違いなさそうである。そして、さっき来たこの女の姉に当たる存在に、なるようだ。
リンネは苦笑いでトマトジュースまみれになった雑巾をバケツの上で絞った。
「もう、仕事は計画的に立てていかないとこうなるってなんども言っているではありませんか。アシスタントさんにも迷惑かけてますよ?」
「仕方ないんですよ!なにせ待ちに待った新作のゲームが発売されたからですね!……正直そのために無理なスケジュールを立てた自覚はあります。」
リンネがそう言うと、女は呆れたように額に手を当ててため息をついた。
「リンネさん、相変わらずですね。」
「ほんと………姉様は相変わらずです……。」
女はふとアギリ達の方に目を向けた。クリーム色の緩く巻かれた紙とすっきりとした紫色の目と服装が相まってアンティークのドールのように見える。
この女は歳はジャスティーと同じくらいだろうか。
「えーと。こちらの方々があの言ってた?」
「そうです。こっちがアギリ。それでハルです。」
ジャスティーが手短に自己紹介をかわりにした。セイラの紫色の瞳がすこし動いた。
「まあ。初めまして。私はセイラ・ブラッシュと申します。」
セイラはお辞儀をして、にっこりと微笑んだ。
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