番外編 hide creacher 状況報告日誌

報告日誌 1 ユリの花

 kPが共同スペースに顔を出すと、珍しい人物がそこにいた。


「お、ガクトじゃん。」

「なんだ………KPか……。」


 ぶっきらぼうにガクトが呟いた。相変わらず目元にくっきりとした隈をつくっている。どうや、不眠気味らしい。


 kPはソファに腰掛けた。


「珍しいな。部屋から出てくるなんて。明日は魚でも降ってきそうだな。」

「三枚におろして焼いて食え。俺も部屋から出てくる時くらいあるわ。」


 KPが茶化すと、ガクトがむっとして共同スペース奥のキッチンに向かっていった。


 料理をするとは一体何事かとKPは思っていたが、蛇口を捻る音と水が出る音がして直ぐに止んだ。

 そして、戻ってきたガクトの手には花瓶が一つ。さらにそこに一輪のユリが活けてあった。綺麗に見事に咲いた白いユリだ。


「へぇ、綺麗………それどうしたんだ?」

「実家の庭に咲いてたんだよ。一つ切って持ってきた。多分母さんが昔植えたやつがまた咲いたか、自然に生えてきたやつかだな。」

「お母さんお花好きだったの?」

「よく植えてたな。」


 ガクトが懐かしむようにユリの花を見て軽く笑った。


 ガクトの両親は既に亡くなっていて、ここに来る前までは妹と二人で実家で暮らしていた。

 今は実家に妹一人で暮らしていてたまに叔父が様子を見に来るらしいが、ガクトも時々実家に帰っているらしい。ワープが届く圏内にあるようでここから実家の自分の部屋に繋げることができるようだ。


 ガクトは花瓶を共同スペースのテーブルの中央に置いた。ユリの甘い匂いが漂う。


「種類とかわかる系?」

「いーや。俺はそういうのはからっきしだ。ユマならまだわかるかもしれないけど。」


 ガクトはユリの花をつついた。白い花がゆらゆらとたおやかに揺れる。


「……………………。」


 KPはぼんやりとそれを眺めていた。KPの度が入っていないメガネ越しにガクトの姿と白い花が映る。


「?どうした?」


 ガクトがKPの視線に気づいて、こちらを振り向いた。KPはメガネを外して、ティッシュを一枚箱から引き抜きメガネを拭きながら答えた。


「いやね。なんかやけに君とユリの花があってるなー………って。よくわかんないけど。」


 メガネを拭き終えて、再びその顔に黒の太フチのメガネが納められた。


「俺とユリがか?なんだそりゃ。」

「うん、なんか似合ってる。」

「………ふぅん。」


 ガクトは黙ったまましばらくユリの花を見ていた。ただユリだけを見ているような気がした


「………俺変なこと言ったかも。嫌だったらごめん。」

「いや、悪い思いはしないけどな………ユリの花は好きだ。けど……」


 ガクトは更に続けた。


「俺とユリの花が似合ってるって思われるのは意外だったな。だって俺はユリのように綺麗でも純潔でもないし。」


 ここまでガクトは自嘲気味だった。そして、ガクトはまた部屋に戻って行った。

 一人になったKPは彼が残していったユリの花を眺めていた。


 しばらくしているとまた誰かが入ってきた。ドアが開かれ、その人物が現れた。


「なんだ。お前だけか。」

「ういーっす。最近会ってなかったけど調子どう?」


 入ってきたのはヒスイだった。一度見てしまったら、その整いすぎた顔はどんな者であれ忘れることはできないだろう。


「まあ、特に良くも悪くもなんともないと言ったところか……。」


 ヒスイの宝石のような翠色の双眼がテーブルに置かれたユリを捉えた。


「これは………テッポウユリか。」

「何?品種わかるの?」


 KPが話しかけると、ヒスイはユリに目を向けたまま話し始めた。

 彼も花と並ぶといい絵にはなるが、ユリのイメージではなかった。どっちかというと胡蝶蘭やそういったものの方が似合いそうだった。


「昔からこの国に自生しているユリの一つだ。ただ自生地域はもっと南。この辺りの物は園芸用だと考えた方がいい。」

「へぇ、こんな綺麗なのが自生してるとこあるんだ。」

「この国は野生のユリが多い。他にも綺麗なのは沢山あるな。」


 白だけに限らず桃、オレンジのユリも自生している地域があるようだった。


「ユリって結構カラフルなんだな。白ばっかかと思ってた。」

「特に白の需要が高いからな。宗教と結びついてることも多い花だ。」


 ヒスイは博識だ。その膨大な年数を生きてきただけのことはある程の知識量だった。


「今でも白ユリは花言葉の『威厳』『純潔』から結婚式のブーケなんかに人気がある。それに白バラと並んでユリは処女女神の象徴とされていて、同時に聖母の象徴としても扱われてきた。」


 ヒスイはざっとユリに関する知識を述べた。KPはその中である言葉に対して質問した。


「処女女神って?」

「処女神。意味はかなりそのまま、処女を守る女神の事だ。女神ヘスティアや、アルテミスなんかがそうで、夫や子を持たない女神がそう呼ばれる。」


 KPは腕を組んで説明を黙って聞いていた。


「へぇ………そんなのあるんだ。俺ゲームとかでも神話系統はまったく興味ないから初めて知ったわ。」

「たしかに神はいるのかいないのかはいつの時代でも議論されてきた。」

「ヒスイはどうなの?信じる?」

「今でも正直わからん。肯定する要素も否定する要素もないが、俺は実際に見たことがあるやつがいるわけでもないのに絵画では大抵人の形をしているのが腑に落ちん。」

「難しい考え方するなぁ。」


 KPはソファの背もたれにべたっともたれて天井を眺めた。ユリの甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

 ユリの匂いと共に先程のユリと並ぶガクトの姿が思い出された。理由は相変わらずだがたしかによく似合っているものではあった。それとともに、あの時の彼の言葉も頭の中で再生された。


 白いユリの花言葉の一つ『純潔』。処女女神の象徴。


 KPはhide creacherの管理を任されている。そのため、ここのメンバーのことに関してはどんなことであれよく知っておかねばならない。


「………ふーん、そういうことか。」


 KPは小さく呟いた。


「?どうした?」

「いーや、独り言。」


 純白のユリが微かに揺れた。

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