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手元の端末が振動し、辺りに開始のブザーが鳴り響く。住宅街を模したこの場所にはあまり似合わない音だ。
「始まったか………」
そう呟いてアギリは手元の端末を確認した。
既にマップを開いてある。
慣れた手つきで地図をを縮小して相手の位置を確認する。ハンデとしてある程度相手の位置がわかるのはありがたかった。
地図上には青と赤のマーカーがそれぞれ表示されていた。自分のは位置的に青のほうのようだった。
スタートまで範囲内なら自由に動いてもいいとは言われたものの、結局その場から動かずに待機していたのでマーカーはスタート位置のままだ。
確認してみるとさほど相手の赤いマーカーもスタート位置から変わっていなかった。
(うーん………どうしようか……)
地図をぼうっと見ながらアギリは悩んだ。
アギリがそう地図を眺めていても、特に策がぽんと出てくるキレた脳みそを持っているわけではない。時間が刻々と過ぎていく。
策こそは出てこなかったがここまでの経緯が頭の中で組み上がっていった。
ラーヴァの部屋に押しかけて、ガクトに鍵をこじ開けてもらって、その後KPに出くわして、素性を知って、国家権力に対して無理な条件突きつけて、それについてこられるかの実力をこれからはかられる。
なんとも妙なここまでの経緯だ。本当に現実は本の中の物語より奇妙な事が起こるものなんだと実感した。
そして、今冷静に考えるとあの時あんな条件を突きつけた自分にも驚く。
危ない橋は普段なら渡らない派の自分らしくない行動だった。あの場所に今の自分がいたなら確実に止めていた。
アギリ自身も気づかないところでそうとう焦っていたのだろう。姉を、唯一の家族を失ってしまうかもしれないことを。
もしかしたらラーヴァの方もアギリを失うことを恐れてのこの選択だったのだろうか。
そして、迫られた状況は今の自分よりも悪かっただろう。
アギリは怒りのようなものを感じたが、それは案外すっと消えていって、直後に誰かに首をぎっと握られたようなどうにも逃れられない苦しみを感じた。
とりあえずアギリは端末を見ながら歩き始めた。画面上の自分の位置を示すマーカーも少しずつ動いていく。
周りの風景は人が全くいないことを除けばほぼ住宅街だった。かなり細かいところまで再現されていて、庭の植木や芝の管理もきちんと行き届いている。
アギリはこれらがどんなふうに普段管理されているのかが気になった。
電気は通っているかわからないが電柱にはちゃんと電線まではってあるし、町内会の掲示板らしきものまで想定されていて、しれっと迷い猫の張り紙もあった。わざわざ作ったのかどうかはわからない。
人がいない町ということで、こんなに綺麗ではなかったが、以前住んでいたゴーストタウンを思い出した。
とりあえずは相手の場所付近を目指せばいいのだろうか。
勝つためには相手を探さないと何も始まらないわけだし、相手も自分のことを探しに来るだろう。
どっちにしろ探しに来るのならじっとして待ち伏せるという手もあるかもしれないが、アギリにはヒスイに関する情報は先ほどKPから聞いたものくらいしかない。
まずは正面から見てみて情報を集めてみる方がいいとアギリは判断した。
そのままアギリは地図を頼りにして敷地内を歩いていった。
どれほど歩いただろうか。
地図の位置的にアギリはちょうど中心部にたどり着いたようだった。風景は変わらず住宅街だった。
ここにくるまでどれほどかかったかタイマーを確認してみると、五分ほどタイマーが進んでいた。
(あと25分か………)
制限時間のだいたい五分の一を使った。
30分とは、実際短いのか長いのかよく分からない時間で時と場合によって変わる。
アギリは学校で受けた定期テストの時を思い浮かべた。あれもわかるテストとわからないテストでは全く時間の体感が変わる。
今の状態の体感はどっちかと言うと長い方だった。問題が全くわからなくて暇な時と同じだった。
アギリはタイマーの表示を小さくした再び地図を画面に表示した。
地図上の互いのマーカーの距離が狭まってきていた。距離は直線で100mくらいにはなってきている。そろそろ互いの位置的には気配なんかを感じてもいい頃だった。
すると見ていた地図上のマーカーがひとつ消えた。
それには直ぐに気づけた。
アギリはすぐさま辺りの確認に入る。ここからは端末に頼るより己の感覚に頼った方がいい。
アギリは端末をポケットに突っ込んだ。
どのくらいかの距離が正確なものは明かされてなかったが消えたポイントを見るにどうやら思っていたより近めということがわかった。
いよいよ始まる。
アギリはぺちんと頬を軽く叩いて、辺りに意識を集中させた。
草木の揺れる音、自分の横を通る風、空を飛ぶ鳥の声。
体が熱を帯びてきて、膜を突き破ったように周りの風景や音が鮮明になってくる。
この自分でもなんなのかよくわからないこれも以前より細かく調整できるようになってきた。だいぶ日常生活に対する不可も減っている。
その分、こうして集中した時により強く辺りの情報を得ることができるようになっていた。
まだこうした実践では使ったことがないが、試してみたいとは前々から思ってはいた。
どこまでやれるかのビジョンは全くないがこの機会を使わせてもらおう。
アギリは気を張って左の壁に手をつけながら歩いていった。
こうすれば敵が現れる方向をひとつ減らすことができる。ゲームでも動かすアバターをこれでもかというほどに壁に寄せて移動させるという方法が使われることがあるほどだ。
実際アギリもこの方法をよく使う。
(これ3DCGゲームだったらかんなりダサいんだけどな……)
ゲームではキャラクターがかなり壁にめり込むように見えるのでフォルムの見栄えはしない。
アギリはまあ、ここは3次元なのでそれほど酷い絵面にはならないはずだと割り切り、そのまま行くことにした。
手をつけて進んでいく度にずりずりとアスファルトの塀をする音がする。
(結構探してるんだけどな………まだ近くにいないのかな?)
音らしい音とすれば今のところこの程度しか無く、辺りには人どころか何の生き物の気配も感じられない。本当に誰もいないのだと実感させられる。
また端末を確認してみた方がいいかと思いポケットに手を伸ばした。
だが、アギリは直ぐに気づいた。
自分が今差し掛かっている角からのほんの微かな気配。
アギリが塀際から離れると同時に、その塀が崩れ落ちた。破片や土埃が舞い上がり、アギリは軽く咳き込んだ。
そして、その埃を掻き分けてアギリに目掛けて黒い何かがいくつか伸びてきた。
アギリは直ぐにそれを捉え、後ろにへと下がって避ける。それはアギリがいなくなった地面を打ち付け、アスファルトにヒビを入れた。
アギリはその黒いものの正体を確認した。
黒く細長い銅に緑色の目がある。
ぱっくり空いた口からは鋭い無数の牙があった。
アギリは最初蛇のようなものかと思ったが、それらにはぴょこりと犬のような耳がついていた。
「い、犬?」
アギリと目が合うとそれは唸り声をあげ、一度薄くなった土埃の向こうの主の元へと戻っていく。それらの主は埃をかき分けるようにして現れた。
「まあ……一筋縄ではいかないか」
ヒスイはそれだけ呟くと、再びさっきのあれがするっと伸びてきた。どうやら発生源は彼の足元のようだった。
再び黒いものはアギリに襲いかかる。
アギリは繰り出されるものの動きを見て躱していく。それでもかなりペースが早く、結構ギリギリだった。あのショッピングモールでのテロリストからの攻撃よりも攻撃の蜜は濃い。
アギリのコアをつけている箇所目掛けて攻撃が飛んでくる。それを右にへと避けると、今度は足元に攻撃が飛んできて足をすくわれそうになった。
攻撃を躱したと思ったら、その場所にむかってまた別の攻撃。そしてこちらに接近させる暇を与えない。
ビュッと視界の端に向かって、黒いそれがアギリの真左を掠めていく。もう少しそちらに寄っていたら恐らくコアが破壊されていただろう。
コアの損傷を確認する暇もなく、また黒い影が蠢く。
アギリはなんとか相手の隙を伺うが、流石は特殊部隊。アギリが接近しようとしてもあの黒いのがそれ以上近づくのを許さない。守りの方に置いても鉄壁であった。
相手の隙を待ったりするのは得策ではない。これは何かしらの方法で自分で誘っていくしかないだろう。
アギリはヒスイの攻撃を避けた隙にその辺にあった適当な石を拾い上げ、彼に向かって投げつけた。一応は彼の左胸上辺りに着いているコアを狙った。
相手はコアを1つでも壊されたら負けだ。かならず守りにくる。
予想通りヒスイはそれに気づいて、その黒いもので石を弾き飛ばす。
その時僅かに攻撃と攻撃の隙間が見えた。
ここでアギリは足に力を入れて地を蹴り、一気に相手との距離を詰めた。
相手との距離はせいぜい5、6メートル。この程度ならアギリの俊足ならあっという間だ。
黒いそれの間をすり抜け、アギリは一気にヒスイの目の前にたどり着く。
拳銃が至近距離のナイフに勝てないように、射程が長いものはその間合いに入られると一気に不利になる。
ヒスイのその美しい顔にいつもより濃く眉間にシワが入ったのをアギリは見た。
(いけるっ!!)
コアはかなり脆い。試合前にどのくらいの強度かとテストしたがアギリがギュッと握ったくらいで簡単にヒビが入った。
アギリの加減なしの拳ならば絶対にコアは砕け落ちる。
アギリは右の脇腹のコアに手を伸ばした。
パンッ
軽い音がした。
「えっ?」
アギリは直ぐに異変に気づいた。
自分の拳はコアの目の前で止まっていた。
破壊されたのは目の前のコアではなくアギリの右腕についていたコアで、あの黒いものが巻きついていた。
拳が止まったのはこのせいだろう。がっちりと巻きついていて腕が動かせない。
そしてそれは自分の足元から伸びていた。
「いつ俺が自分の影からしかこいつを出せないと言った?」
そう静かに、なんの表情も変えずにヒスイはそう言った。
そして、アギリのコアを破壊しようとする。
アギリは歯を食いしばって右腕に力を入れて、振りほどこうとした。
黒いものの締め付けが甘くなり、なんとか束縛から逃れるがコアに対する集中が疎かになった。急に拘束から逃れて右腕を振る力に体を持ってかれてバランスも崩れた。
その時左脇腹のコア目掛けて、あれが伸びてきた。アギリは避けようとするも、この体制じゃ動ける範囲が制限されている。
左脇腹にぐっと力がかかるのを感じて、その直後にコアが割れる音が聞こえた。
アギリは直ぐにバランスを立て直すが、最後のコア目掛けてあの黒いものが襲いかかる。
(まずいっ!!)
焦ってしまい、アギリはもう半分転がるようにして相手の攻撃を交わしていた。
相変わらず相手は畳み掛けてくる。
状況としては自分が考えられる最悪の一歩手前まで来ていた。将棋でいったらどの手を打って回避してももまた王手を取られると言った感じだった。
完全に相手の能力の観察不足だ。ちょっと考えてみたら発生源は影とわかったはずだ。自分の経験の甘さを見た。
だが、終わりかけているような状態でも完全に終わったわけではない。まだ一応の手は残っている。匙を投げるにはまだ早いはずだ。
考えろ、焦るな、状況を感情に任せるな。
アギリは思考をその言葉で無理やり統制した。
体が熱を帯びてきて、段々と攻撃のラインがはっきりと見えてくる。
癖やパターンは見えてこないがいくつかの予測はつく。転がるように避けていたのが、アギリの動きから無駄が省けていく。
体の操作を感覚に任せることによって思考の方はよりスッキリとしてきて目の前のことだけに集中する。
物事を流れでとらえて、客観的に見る。そうすれば見えてくるものがある。
それは今の現状から出てくることもあれば、自分の記憶からの時もある。
_じゃあヤバイって思ったら一旦逃げてみるとか………_
アギリはKPの言葉を思い出した。
またアギリに向かって黒いものが迫ってくる。それをアギリは最小の動きで交わした。
そして、アギリはくるっと方向転換すると。ヒスイと真反対の方向に駆けていった。
「一時退散っ!!」
敵になんと見られようとも策もなしに突っ込むよりは賢い選択だとアギリは思った。
とにかく今は逃げるということだけを考えて、アギリはショッピングモールの時と同じくらい全力で無人の街を駆け抜けていった。
ヒスイにとってこの行動は少し意外だった。
それでも直ぐに彼女を追うことに切り替える。だが、たとえこの黒いもの「影狼」を使ったところでアギリの俊足には勝てない。
しばらくは追いかけていたものの途中で諦めた。
ヒスイは端末を取り出して今の時間を確認した。おおよそ7、8分ほど経過しており残り時間は約15分になっていた。
すると自分の影が動いてにゅっと影狼が出てきた。そしてその口から何か鳴き声のような音を発した。ヒスイに対して何か話しかけているようだった。
「無闇に追いかけたところで体力を消耗する。俺らの足じゃあいつには追いつけない」
ヒスイが答えると影狼がまた音を発する。表情もどこか不満げだった。ヒスイの方は変わらずいつもの険しい顔つきだった。
「焦るな。また探せばいいんだ。それに相手だってどっちにしろまた来る」
ヒスイがそう言うと影狼は一回短く鳴くとしゅるしゅると自身の影に引っ込んでいった。これは見るに拗ねたか納得したかの2択だった。
ヒスイはアギリが逃げた方向をじっと見ていた。
動きはたしかに良いがやはりまだ慣れてない素人というところが目立つ。
経験はそんなにないと言っていたが、一回引くという行動は賢い選択をしたと思った。ヒスイでも同じ立場だったら同じ選択をしていた。
人間というものは目先の現象に対して回避を取るということに臆病で、この選択はある程度経験をしないと行き着くことは難しい。
(自ずとでた答えか、あるいは何か吹き込まれたか……)
ヒスイはKPのへらへらとした掴めない笑顔を思い出した。
そして思考を切り替え、静かな街の中を歩いていった。
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