hide creacher 29
目の前に割れたガラス片や瓦礫がアギリの目の前に迫っている。
アギリには降ってくるそのひとつひとつが突然時間の流れ方が変わったかのようにゆっくりと見えた。
これが走馬灯と言うやつなのか。
だったら瞬時にハルの手を掴み、地を蹴り瓦礫をすり抜けるように自分の体が動いたのも走馬灯のせいなのだろうか。
アギリが進む足にブレーキをかけ、立ち止まって後ろを振り返ると何が起こったのか分からず目を白黒させるハルと、先程自分たちが立っていた所にできた瓦礫の山があった。
「………な、何したの……?さっき……」
ハルはいつものおどおどとした感じだった。しかしそこには明らかに驚きが混じっていた。背中に背負っているミズキもアギリからは顔は見えないが、同じような顔をしているだろう。アギリにはわかった。
何せアギリは自分でも驚きたい気分だった。意図して動いたわけではないので何をしたと言われても説明などできるわけがなかった。
だが、こんな所でもんもんとそれについて考えたり、やったことを説明している暇などあるわけない。
アギリはまたハルの手を掴んだ。
「いいから!!とりあえず逃げるよ!!」
そして、また一気に駆け出した。
薄く煙が立ち込め、瓦礫は次々と天から降ってくる。アギリはそれをまた掻い潜るかのように若干曇る視界の中ひたすら駆け抜けていった。
どこでどう、こういう緊急時について学んだ訳でもないのにどこに何が落ちてくるのか、それをどう躱せばいいのかが自分でも気持ち悪いほどにわかる。自分の感覚が研ぎ澄まされているような感じがするのだ。原因は全くわからないが。
(右上、手前に何か落ちてくる……)
上から差し迫る気配でアギリは感じとった。行く道を左側に移すと、案の定上から瓦礫が降ってきた。
瓦礫はがらがらと大きな音をたてて、火の粉をまいあげた。熱風が三人に吹き寄せる。火が近くまで回ってきたのだろう。
だが、アギリはそれらに目もくれずただただ走り続けた。
(次、右、左ほぼ同時……)
左右から降り注ぐガラスの破片を容易くかいくぐり、大きな広場にたどり着いた。
広場の周りの店の品物は押し倒され、ショーウィンドウなどのガラスは散り、天井から吊り下げられていたオーナメントが地面に叩きつけられて砕け、光光と火の粉が至る箇所から舞い上がっている。今朝見た光景とは絶句するほどかけ離れていた。
「ハル!怪我とかしてない!?」
「う、うん……」
手を引いているハルに呼びかけるとそう返事が返ってきた。今のところ三人とも怪我はなく無事ではある。
記憶が正しければ、このさらに先に出入口があるはずだ。
遠くでまた、ドンという音が響き建物が僅かに揺れた。ぱらぱらと小さな破片が上から降ってくる。
爆発音が聞こえる度、背中のミズキが体をびくりと震わせていたのがわかった。
それを見かねたアギリがミズキに声をかけた。
「大丈夫だから……たぶんもうすぐ外に出られる……」
そう声をかけた時上からガシャンと、何かの音が聞こえた。
アギリがはっとして、顔をあげると天井を広場の高い天井を支えていた赤く燃え上がった鉄骨が崩れ落ちてきた。
アギリは即座にハルの手をとって走り出した。
だが、範囲が広すぎる。さっきと同じように動けたとしても一人はともかく、交わすのは無理だとわかった。
完全に怪我なしでは済みそうではない、それでもアギリは足に力を込めるのを止めることは無かった。
上から迫る熱気を感じ取って、これはもうダメかとその場の三人が思った時。
異変は突然起こりだした。
アギリは前からの微かな空気の流れを感じた。普通の風ではなかった。なにかというと、固められた何かを当てられたような感じだった。
そのすぐ後にドンという音が響いた。爆発音にも似ていたが、さっきの音よりも鈍く低い。
その音と共に、上から降ってきていた鉄骨が粉々に砕け散ったのだった。あの迫り来る熱気は消え去り、変わりに細かく砕かれた鉄くずがカラカラと降り注いだ。
何が起こったのかわからずアギリ達はその場で歩みを止め、降ってるく鉄くずを唖然として眺めた。
「おい!大丈夫か!」
前方から声がして、三人はそちらを振り向いた。
振り向いた先には黒いTシャツをきた男の姿。そのTシャツには白く「侍」と書かれていた。このどこかの土産物屋で売っていそうなTシャツは記憶に新しい。
その人物の姿に三人は目を丸くした。
「K、P………?」
「……………KPさん?」
ハルとアギリがほぼ同時にそう呟いた。人物の正体であるKPは颯爽とこちらに駆け寄ってきた。
「お前らだいじょうぶか?怪我とか……背負ってるのはミズキだよな?」
「そう、だけど………本当にKPですよね?」
「そうだよ、俺だよ」
「なんでこんな所に?」
「………たまたまだよ」
KPはたじろぐアギリはそっちのけで背負われているミズキの方に視線を移した。
「ミズキは怪我でもしたのか?」
「いや、怪我とかはみんなない、はずで……ミズキは腰が抜けた見たいらしくて……」
「………………」
KPはそれを聞くなり、近づいてきてミズキに軽く声をかけ始めた。そのときアギリはミズキの顔を改めて確認したが、まだ恐怖の色が残っていた。
淡々と落ち着いて、ミズキのことを確認しているKPを見ているとこの人も自警団資格を持っているのだなと実感させられた。
KPはざっくりと一通りのことを聞き終えたようで、軽くくすんだ茶色の頭をかいた。いつものようなヘラヘラとした顔は一度も見せなかった。
「あれだな、恐怖による一時的な体の異変だ。一般じゃパニックとか言ったりもするけど」
やはりこれはパニックの類のようらしい。アギリの予想は外れてはなかったが少し思っていたイメージとは違うことを理解した。
「変わるよ。重たいだろ、さすがに人一人背負うってのは」
「あ、はい」
アギリはKPの指示に従い、ミズキを自分の背中からKPの背中に移した。
「ところで………あの瓦礫、どうやったの?絶対KPの仕業でしょ」
思い出したように、アギリはKPに尋ねた。あの状況でさっきの芸当をなしたのは、周りの状況からしてKPしかいない。
KPは背負ったミズキを背負い直してから、口を開いた。
「たしかにそうだけど、それは後で説明する。今はとにかく出るぞ。ここを真っ直ぐ行っても外には出られないから急ぐ必要がある」
「え?なんで?」
「瓦礫で出入口が塞がれている。だから今から少し戻ってそこに非常口があるから……」
また、上から一際大きな音がした。見上げると、また鉄骨が崩れ落ちてくるのが見えた。
「!!!」
舞い上がる破片に思わずアギリは目を閉じた。暗闇でがらがらと鉄骨がぶつかり合う大きな音がした。
目を開けると目の前に瓦礫の山ができていた。広場を断絶する形でそびえ立っていて、焼けた鉄の強い匂いがした。
隣にいるハルは直ぐにアギリの視界に入り無事だか、KPとミズキの姿はない。
アギリの背中を嫌な汗がつたった。
「おい!そっちだいじょうぶか!」
ちょうどその時瓦礫の山の向こうから、KPの声が聞こえてきた。アギリははっとして、大きく叫んで直ぐに答えた。
どうやら落ちてくる瓦礫を避けて無事なようだった。
「二人とも大丈夫です!!!」
「こっちも無事だ!ただ、これを乗り越えてそっちに行くのは無理だぞ!!」
アギリは鉄骨の山に近づいてみた。だが、近づくなり熱気を感じとった。よく見ると鉄が赤黒くなって焦げていた。所々火がついている所もあった。
よじ登って超えることは不可能だろう。皮膚が焼けあがることを想像するのはアギリのあまり容量のない頭でも容易だった。
「こっちも無理だ!!」
アギリが答えるとしばらくした後、こういった言葉が返ってきた。
「アギリ!そっちは出入口は瓦礫で塞がれるけど非常口はまだ使えるはずだ!その先を右に曲がってしばらく進んだ先に、横に伸びる通路がある!それで外に出れる!!俺たちは向こうの非常口から出る!!」
「わかった!!」
アギリは鉄骨の先の二人に声を張って返事をした。
ふと、ハルの方を見ると瓦礫の先を心配そうに見ていた。ミズキのことが気になっているようだった。
たしかに、アギリもミズキのことが心配であった。普段の行動を見ていて、どちらかというとハルの方がパニックになりやすいのではないかと思っていた。しかし、現にハルは恐怖を感じてはいるだろうがミズキみたいになることは無かった。
ミズキがああなってしまったことは意外であったが、こういったことは性格だけでどうこうという問題ではないだろう。
「大丈夫、……かな……」
ハルがぽつりと、呟いた。
「大丈夫だよ…………KPああみえて、自警団の人だし……」
アギリがそう言うと、ハルは少し驚いたような顔をした。どうやらそのことは知らなかったようだ。たしかにジンジャーエールを飲み倒している普段の生活から、それを連想できるものではなさそうである。
「そう、なんだ………」
ハルの表情はまた心配そうなものに戻っていた。しかし、いくらかましになっているようにはアギリには見えた。
また、遠くで爆発音が響いた。さっきよりも近い。ビリビリと建物が揺れて、ぱらりと破片が降ってきた。二人の表情が曇る。
のんびりとしている場合ではない。
「行こう。また崩れてくるかもしれない」
アギリは真面目な趣でハルに手を差し伸べた。ハルは緊張感を持った表情で差し伸べられた手を取った。
ちょうどその時、アギリはハルの服の袖下から火傷のような痕が顔を覗かせているのに気づかなかった。
アギリはハルの手を引いて、瓦礫の山の中を駆け抜けていった。
***
また、爆発音が響く。距離からして、かなり向こうの方だろう。避難はほとんど終わったようでKPが非常口を目指して走っている中、人影らしいものには出くわさなかった。
びくりと後ろに背負っている少女が体を震わした。いつもの溌剌とした姿は跡形もなかった。
KPはミズキに声をかけた。
「やっぱり、まだ怖い?」
ミズキの恐怖に染まった顔に驚きが混じる。ミズキは小さく、ゆっくりと頷いた。
「………あの……」
今度はミズキが小さく口を開いた。今の姿はハルによく似ている。やはりこの子達は双子なのだと改めて思わされる。
KPはミズキの言葉に耳を傾けた。
「まだ…………と、いうのは………」
ぼそぼそとミズキが言葉を紡いだ。KPはその質問の意味がすぐにわかった。
当然だろう。まだ、自分が誰にも話していないことを、あたかも「まだ」と、知っているかのように尋ねられたのだから。
「まあ、俺はhide creacherの管理全般任されてるからね。いろいろ知らないといけないんだよ」
KPはただ、淡々と呟いた。ミズキはそれ以上何も言わなかった。
KPの双眼が割れかけた非常口の看板を捉えた。緑色のライトは一部しかついていないが、まだその役目を果している。
KPはそれを見つけるなり一直線にそこへ駆け込み、ドアを乱暴に開けて暗い扉の先へ消えていった。
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