hide creacher 30
また、遠くで何かが崩れる音がした。それと遅れて、ガラスが砕けたような音も聞こえた。
辺りに何かが焦げ付いた臭いが立ち込め、熱風を肌に感じる中アギリとハルは避難口を目指して走っていた。
辺りには変わらず崩れた建物の瓦礫が積み重なっている。爆発の地点は向こうに移ったのか音は微かに聞こえるだけだか、瓦礫にはぽつぽつと火がついているところもあった。
どっちにしろ早くここを出ることに越したことはないのだが……。
「結構走ってるのに………なかなか見えてこないな……」
アギリ達はKPと別れたあの場所からだいぶ走っているように思えるのだが、一向に避難口は見えてこない。
そもそもこの建物自体が相当広いのだということもアギリは体感した。
ペースはハルにでもついてこられるように調整しているつもりだが、普段運動をしていないらしい彼にとっては結構きつそうであった。
「ちょっと………、待って……」
後ろから声をかけられ、一度アギリは立ち止まった。
ハルは少し遅れてアギリに追いつき、追いつくなりはぁはぁと、膝に手を付き、肩を揺らして呼吸をした。
「これでもきつい?……もうちょっと緩める?」
実は何回か調整して今の段階に至っている。初手はアギリが飛ばしすぎてしまって、ハルが全くついてこられなかった。
その辺は反省している。
特に能力を使った感じはしないのだが、アギリは学校の授業の体育は常に男子に劣らずの成績をとっていた。足の速さに至っては、能力なしでは学年一番であった。
何故かはイマイチわからない。
が、以前共同スペースに置かれていた新聞に能力の発現により人間の基礎体力も昔と比べて遥かに上がってきているらしい、という見出しの記事を見た。
そして、それには差があるのだということも書かれていた。今はまだ少数だが、いずれその人口も増えていくだろう、というニュアンスのどこかの大学教授のコラムも隣に載せられていた。
その後詳しくそれに踏み入った訳では無いが、それが関係しているのかもしれないと、アギリはそのとき結論づけたのだった。
アギリが心配そうにハルに声をかけると、ハルは顔を横に振った。
「だ、大丈夫…………。まだ、頑張れるか、ら………」
ハルはまだ整いきれていない息をしながらこちらに顔を向けた。顔が若干歪んでいる。
それを見て、アギリはだいぶ無理をしているようにも思えた。
「………その言葉信じるけど、無理になったら言ってよ?いざとなったら背負うから」
アギリはハルがこくこくと頷くのを見届けると、前を振り向き走り出そうとした。
だが、アギリの足は前に出なかった。
動かないとかいう奇怪な現象が起こったわけではない。
ただ、アギリの注意は目の前の少し先に向いていた。
その顔に二つ付いている黒い目が正常であるならば、なにやら人影らしきものが二つあると情報を伝達していた。
「…………?」
「どうしたの………?」
「………いや、だれかいるっぽくて……」
ハルもアギリに言われて、前方の人影に気づいた。
「本当だ………。……逃げ遅れ……かな?」
ハルの言葉の通りなら、恐らく逃げ道がわからなくて途方にくれているはずだ。
しかし、その人影の動き方を見て慌てている様子はない。
しかもゆうゆうと歩みを進め………こちらに向かってきている。
だんだん近づいてくるにつれ、その人影の詳細が判明する。
一人は女だ。
女、というよりは少女ほうが近いかもしれない。
身長がとても低く、アギリより頭一つぶんほど小柄であった。黒いワンピースをひらひらとさせて、微笑みながら歩みを進めている。
もう一人は男だ。
体型は至って平均的だが、女の隣にいるせいでいくらか長身に見える。全身をモノトーンでまとめてきっちりとしている。彼もゆっくりと隣の女にあわせて歩いている。
アギリ達はしばらくその様子を見ていた。逃げ遅れというにはいろいろかけ離れていた。
向こうから歩み寄ってきた二人も、こちらに気づいたようだ。女の瞳がゆれ、「あ」と声を上げた。
「わぁー!人だ!まだ人がいるよ!ねぇ、逃げなくていいのかなー?どうかなー?ラッドはどお、おもう?」
女が男の服の裾をくいくいと引っ張りながら、指をこちらに向けて男に話しかけた。
言動がたいそう子供っぽい。顔つきは子供にしては大人びているような気もしなくはないが、本当に少女なのかもしれない。
そして、「ラッド」と呼ばれた男は答えるように女のほうを一瞥した。
「さあ?まあ、多分非常口でも探しているんじゃない?ここにはいくつかあるし………あと、どれだけ残ってるかは知らないけど。とりあえずこのままだったら死ぬよね。燃えるか、押し潰されるか……あとは……」
二人はどうにもよくわからない内容を話している。アギリとハルはわけも分からず、その場で立ち尽くしていた。
何故か会話の中身も物騒な気がする。
「あのー…………あなた達は、なんなんですか……?」
アギリは目の前に突如現れた二人に声をかけた。かけない方が良かったかもしれないが、そうせざるを得ない。
二人が会話を止めて、アギリに注目する。
少女の方は、アギリの顔を見ながら「んー?」と可愛く唸り首を傾げていた。
「さあ?あなた達こそなんですかね?……概ね検討はついてますけど。」
男の方が微笑みながらそう口を開いた。
たしかに先程の会話の中身からして分かっていそうだった。
何故いまさら話す必要があるのかと疑心暗鬼が募る中、とりあえず状況はざっくりと説明しておいた。
爆発があって避難しようとした矢先、瓦礫で友人と離れてしまった。瓦礫は乗り越えられないので友人は向こう側から、自分たちはこっち側にある避難口から脱出しようとしている
…………と、事の顛末を話した。特に脚色も嘘もない。
男はふむ、と軽く呟いた。感じから見てさほど予想は外れてはなかったようだった。
だとしたらこの二人は本当になんなのだろうか。何となく………こちらを探っているかのようにアギリは思えてきた。
「で、そちらは何ですか?避難するなら言った通り非常口はあっちですけど……」
警戒心を解くことなく、アギリが非常口があると思われる方向を指さした。ちょうど目の前の二人を指さしているようにも見える。
つまりは反対方向ということだ。
しかし、女と男は顔を見合わせた。
「ああ、お気遣いですか。」
「別にそういうのじゃないんです。あなた達もここにいたら死ぬんじゃないんですか?」
「まあそうでなかったにしろ、素直に感謝だけは示しましょうか。ですが…………」
アギリの言葉に対して男の方が答え続ける。
女の方は相変わらず、アギリの顔をずっと見ていた。もちろん首を傾げたままだ。何か気になることでもあるのだろうか。
男が続きを話そうとした時、女の声がそれを遮った。
「あーー!やっぱりあの子だ!!写真の子!!同じだよ!!ラッドこの子だよね?見せてもらったの」
女が事を思い出したような口調でそう言うとアギリを指さした。
(写真の子?)
アギリの額にシワがよった。この二人の口から繰り出される言葉がさっきから理解できなかった。
「ようやく気づいた?そうだよ、アイシャ。『彼』に見せてもらった写真の人物とほぼ一致するよ。隣の少年は誰かわからないけどね」
「けど、この子女の子だったんだねー。男の子かと思ってたー」
「たしかに。写真と同じで女っ気がないね。どっちかと言えば隣の子の方がまだそういうのあるかな?」
急に白羽の矢が立ったハルがビクリと小さくはねた。目の前の二人が言うのはこういうことなのだろう。
たしかにこの点に置いては、目の前の二人が正しかった。アギリは無論、年相応の少女のような可愛げがないのは自覚しているし、性別を間違えられることは度々あったので慣れてもいた。
だが初対面の人間に対して、あまりにも容赦がないのでアギリは思わずむっとした。
それに気づいた男は一瞬アギリに微笑みかけた。
「ああ、そんなお気を悪くなさらないでください。もしかして気にされてましたかね?」
「そうだよーラッド。女の子はデリケートなんだからそんな事いっちゃ、めっ!!だよ」
「そういう君だって間違えてたじゃないの」
少女がぷぅっと頬を膨らませるのと同時に、建物が微かに揺れた。ビリビリとした振動が足を伝い体に走った。
音はほとんど聞こえなくなっていたが、またどこかで爆発があったのだろう。同時に上から小さい破片がぱらぱらと降り注いでくる。
男は破片が目にはいらないように、目の上に手を当てて天井を仰ぎ見た。
「おや、結構進んでいたのか。そろそろ切り上げないとだめだね」
「えー。ラッド、もう終わり?帰っちゃうの?」
「うん。そうだよアイシャ。あらかたしなくちゃならないことは終わったけど……」
男が女をなだめるようにしている。話の中身はよくわからないが、アギリはつくづく嫌な予感だけは募り続けていた。
二人が何かをやり取りしているうちに、アギリは小声でハルに話しかけた。
「…………ねぇ」
「ひやっ……な、何……?」
ハルは男に話しかけられて以降ずっと固まっていたようで、硬直が溶けてあたふたとしていた。
「………たぶん、今だいぶやばいよね……」
「……………え?」
「状況が」
「…………………あ、……うん……」
アギリが尋ねると、ハルも軽く頷いて目の前の二人に視線を移した。その赤い目はいつもと変わらず弱々しい顔だが、暗鬼の色も混じっていた。
どうやら二人して同じことを考えているようだった。
この状況や繰り広げられる会話の中の単語やニュアンスを紡ぎ合わせた結果この結論が最も可能性があることに行き着いていたのだ。
だが、同時にこれは最も起こることを望まれていない最悪の結果ということにもなる。
アギリの目線に力が入る。目の前の二人はたまにこちらを見ながら話し続けていた。
「あーあ。ほんとつまんない!最近ほんとつまんないことばっかだね!……ここでもイイコトそんなにできなかったし」
少女が不満げに、その辺に転がっていた小さい破片を蹴った。破片はころころとこちらに転がっていき、こつんと静止しアギリの足元にたどり着いた。
男は眉を八の字に曲げて微笑んだ。
「そうだね。本当に最近君に取ってはつまらないことばっかだね。どっかの犬が嗅ぎ回ってて動きづらいし…………ただ……」
男が口を閉じて、しばし間を置く。彼の顔には表情がなかった。その静かな時間はアギリ達に取ってたいそう長く感じられた。
「………ちょうど、『楽しい』仕事がさっきできたよ」
少女を見る男の顔はいつしか不気味さを含んだ微笑みに変わっていた。
そして、アギリ達に面と向かった。
こちらには不気味な笑みではなく、ごくごく普通の微笑み。だが、今のアギリ達に取ってはそれが先程よりも猛烈に不気味に思えた。
「アギリさん…………もといアギリ・アレックスさん」
突然男がアギリの名前を呼んだ。
アギリはいっそう体に力が入るのを感じた。
男はそんなアギリの様子には反応を見せなかった。ただ、あの笑みを崩さず言葉を紡ぐだけだった。
「我々はあなたを探していました。………ちょうどあなたのお姉さんのこともありましてね」
突然彼の口から飛び出した「姉」という言葉。
それに対してアギリの眉が微かに動いた。だが、それは直ぐに今の相手を睨みつけているような鋭い表情に沈んでいった。
だが、男はそれを見逃してはいなかった。
「やっぱり気になっているんですよね。何も知らないというのは本当なのか………。どうです、少なからず我々はあなたが望む情報を提供できますけど。………ああ、もちろん条件がありまして」
男と女が一歩、こちらに踏み込んだ。アギリの足が反射的に後ろに下がった。
たしかに姉のことは気になるが、今はとにかくこの二人に関わらない方がいいだろう。アギリは全身前例でその事を感じ取っていた。
「条件………というのは?」
アギリは二人を睨みつけて、言い放った。男が面白いものを見せられたような顔をした。しかし、それは相変わらずの笑みも混じっていた。
「我々への協力です。あなたについてきてもらいたいのです。そのためにこんなことをしたのですから」
男がポケットから小さな端末を取り出した。四角い物にスイッチのようなものがいくつか取り付けられている。
男がそのうちの一つを何気なく押した。
すると背後から、ドンッ、………と爆発音が発せられた。後ろを向くと、少し離れたところで規模は小さいが黒い煙が立ち上っているのが見えた。
「あまり派手なことは彼は望んでないのですがね。しかし、彼は目的を達成するためには手段を選ばない。そういう所は本当に尊敬しますよ」
男は特に何事もなかったかのように話を続けていた。
アギリの表情が険しくなった。
完全に予感は的中していたのだ。嫌な予感だけは本当に的中すると心の底からアギリは思った。
今回のテロの主犯は恐らくこの二人。
つまり今、アギリ達はテロリストとこうして面と向かって話しているわけであった。
そして、さきほどこの男が言った「彼」という言葉。ベンチで腰掛けていた時に言葉を交わした男の言葉がアギリの頭の中で反芻された。
―痛い目見たくなければ、今すぐここを出た方がいいですよ―
たしか「鏡池」と名乗ったか。この時点で彼も裏で手を引いているに違いなかった。
アギリの指先が微かに震えた。
恐怖ではない、武者震いだ。
そう頭に言い聞かせた。なにせ、どうにかしてここから早く逃げ出さなければならないのだから。
「………で、どうです?あなたのお気持ちは?」
男はアギリ尋ねた。アギリはしばらく男の顔を強ばった表情で見ていた。
「…………嫌だ。……と、言ったら?」
アギリの口角は微かに上に上がっていた。
男の顔から笑みが消えた。顎に手を当ててこちらを見ている。それでもアギリは表情を崩さなかった。
「面白いこと言いますね……………。それでは困ります。ここまでした意味ないじゃないですか………アイシャ」
男が女の名前を呼んだ。女が答えるように、少しだけ男の方を見た。
その時、異変は起こる。
少女の腕に、一筋の黒いヒビが現れた。それは腕全体にどんどん広がっていく。
やがて、その割れ目からどんどん、バキバキと歪な音を立てて腕が膨らんでいった。
ハルは唖然とした顔でそれを見ていたが、アギリの表情はほとんど崩れてなかった。
「ちょっと手荒ですけどね。まあそう言われちゃ仕方ないです」
音が止んだ時には………少女の腕はあの華奢な白い腕とは程遠い、黒くごつごつとした皮膚と巨大な禍々しい鉤爪のある獣のような腕へと変貌していた。
少女の顔は笑顔だった。その笑顔は獲物に飛びかかりたくてたまらない猛獣のような血走った目を持っていた。
男も懐から白く光る刃を取り出していた。その光が目に痛々しいほど焼き付く。
だいたいこうなれば相手の要求は理解出来た。よくふと、とんでもない超能力を持った少年が、あらゆる苦難に立ち向かうような古い三流漫画なんかで読んだことあるような展開だ。
小説は現実より奇なり、という言葉があるだろうが、これは漫画は現実より奇なり……と言うべきか。死も見えてくる状況でそんなことを考えている場合ではないが。
アギリはハルを後ろに置き、二人と向き合っていた。二人はアギリの険しい顔とはうってかわって、煌々とした笑みだった。
「アギリ・アレックス。………あなたを我々「黒狼」に連行する」
一歩踏み出し、男がそう呟くと、目の前の二人はアギリ達に向かって飛びかかった。
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