hide creacher 28
「アギリちゃん、アギリちゃん!」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、ゆさゆさと体を揺さぶられる感覚が覚醒したばかりの脳に伝わる。
「ん、あ………」
遠くの騒がしい人声や電子音がまず、アギリの耳を通り抜けた。
アギリがうっすらと目を開けるとミズキの姿が真っ先に飛び込んできた。
「どうしたの?」
寝ぼけきってる頭をゆっくり起動させていきながらアギリは目をこすった。
「着いたよ!ここ終電!」
ミズキがまたアギリの体をぶんぶんとゆすった。アギリはされるがままになっている。
「……あーハイハイ……」
そういえば三人で電車に乗っていたのだった。
例のワープホールを使い、最寄り駅から電車に揺られること約30分。
アギリは電車では確実に睡魔に負けてしまうので電車内での記憶はほぼないが、なんだかんだで終点の都市部に到着したようだった。
電車に乗ったのはほんとうに何年ぶりになるのだろう。
前住んでいた所に一応電車は走っていたものの、アギリはバスの方をよく使っていたし、あそこがゴーストタウンになったのを期に廃線になっていた。
廃れた駅の前を通る度に、雑草が好き放題に生えた線路を見ていたくらいだった。
そういう訳で、アギリの電車との縁はほとんど絶たれてしまっていた。
ふと隣を見ると人酔いして目が泳いでいる俯き気味のハルの姿がある。いつもより、縮こまっているようで小動物のような印象がさらに強くなっていた。
ハルにいたってはどうやら外に出るのもこの前の検査を数えないとすると、けっこう久しぶりらしい。
電車なんてましてだ。
ハルの様子を見ているとhide creacherにいる時もさほど部屋から出てこないので引きこもり体質なのだろう。(因みに、あの長身男はもっと出てこない)
人と接するのもあまり得意そうには見えなかった。
ミズキにいたってはけっこう頻繁にどこかへと出かけている。バイトも2つかけ持ちしているらしい。
ハルも一応完全なニートとかではなく、部屋で造花を作ったりなどいろいろ内職はしていると、ミズキが話していた。
見た目はだいぶそっくりな双子でも中を見ればここまで違うものなのかと、アギリは2人を見比べる度に感じていた。
前みたいに人酔いで気分はまだ悪く放っていないようだが、一応2人はたまに声をかけるなど気をつけていた。
ちなみに2人とも、ハルがぶっ倒れられたらどうすればいいのかまでを考えられる頭ではない。
「あー、よく寝たわ」
アギリは固まった体の肉を解すために、うんと伸びをした。
「ヨダレ着いてるよ」
「え?!まじ?!」
人前で堂々とヨダレを垂らして寝てしまったのか。
ミズキに言われてアギリは慌てて口元に手を持っていった。
「嘘」
そのアギリの行動を見るなりミズキはすかさずそう言った。
それを聞くなりおどけて笑うミズキに対して、アギリは面をくらったような顔をした。
ポカーンとやら、やれやれとやら、いろいろな気持ちが入り乱れるアギリの前を通り、ミズキはハルの方へと向かう。
「ほらほらー、着いたよー」
「……あっ……うん……」
ミズキが軽くハルの肩に手を置くと、ハルは少し体をピクリと震わせて小さな声で返事をした。俯いていてミズキが寄ってきたことにきがつかなかったようである。
アギリはそのやり取りを見ながら立ち上がった。足の筋肉も少々固まっているようで、肉がほぐれていくのがわかった。バイトでは立っているのが基本だったし、座るといっても家では床に直に座っていたりした。
アギリが椅子に長時間座るのは学校に通っていた時以来であったかもしれない。
三人は電車を降りて、音と人で溢れかえった駅の中を歩いていった。
「えーと、多分いまここだよね……」
アギリが壁に設置された案内板の1箇所を指さした。
「そうそう。でー、多分こうだから……」
ミズキがアギリが指さした場所から地図を指でなぞって、そこから目的地までを繋げた。ハルは黙ってそれを見ている。
ミズキの指の終着点は駅に並列する大型商業施設だった。このあたりの再開発時に前あったオフィスビルを改装して、半年ほど前にできた施設らしい。
この系列の会社の施設では最大級の規模を誇ると、完成時のニュースをアギリは見ていた。
特にアギリはそれに興味は湧かなかったが、せっかくなのでこれを機会に行ってみようというミズキの提案により三人で行くことになった。
なんでも、いい服屋やファンシーショップが沢山テナントを出しているらしい。
普通の女の子はこういうものに興味が湧くようである。アギリは微塵も興味が湧かなかったが。
考えれば昔よく見たアニメも、女児特有の中学生くらいの女の子が魔法のような能力を手に入れて、可愛らしいエフェクトと共に変身し皆の夢を守るために戦うキラキラとふわふわとしたアニメよりも、主人公がプラグスーツのようなものを身にまとい、ド派手な爆発や火花などの演出で怪人や悪の組織をバタバタとなぎ倒していく男児向けの戦隊ものの方を好んで見ていた記憶があった。
未だにテーマソングもある程度歌えた。
「多分、あそこを登っていけば出れるよ」
そんな昔のことをアギリが思い出していると、ミズキがある一点を指さした。その指がさす方をみるとエスカレータが設置されていた。
エスカレータには自分たちと同じように、そこを目指す人々が次から次へとそれを登っていった。
「うん、多分間違いないね」
アギリは頷いた。
「ほら、行くよ。」
ミズキがハルの手をぐいっと引っ張り、歩き始めた。ハルは少し驚いて、そのままミズキに引っ張られていった。
本当に性格は対象的だなと、アギリはつくづく思った。
遠くから後ろ姿を見ていると、何となくカップルのようにも見えなくはなかった。
お転婆な彼女が、気の弱い彼氏の手を引っ張りはやくと言わんばかりに急かしているようだ。
顔がそっくりなことに気づかなければ、周りからはそう見えるだろう。
アギリは二人の背中を見ながら、少し後ろをゆっくりとついて行った。
***
人の声と混じって、甲高い電子音が混じって聞こえる。
それもそのはずで、ここはゲームセンターの真ん前のベンチだ。いろいろな効果音や軽やかな音楽が途切れることなく流れてくる。
アギリは先程買ったジュースを少しだけ飲んだ。オレンジの甘い風味が鼻と喉に抜けていく。
「いやぁ、凄かったねー」
隣に座るミズキがにこにこと話しかけてきた。
ハルもこちらを見ている。
アギリはちょうどハルとミズキに挟まれるかたちで座っている。
「まあ、ね………」
アギリは苦笑いをした。
さっきから周りの人の視線がなんとなく自分に向いているような気がして仕方ないのだ。
その原因は恐らく、自分の膝の上に置かれている、とあるゲームキャラクターの限定フィギアのせいだろう。
アギリはそのフィギアをまじまじと見た。自分の好きなキャラクターではないので少し残念だった。
少しほど前、アギリたちはちょっとした買い物を先に済ませて、少し遊ぼうとゲームセンターに立ち寄った。
目的はアギリがこの前ミズキとやっていたSFシューティングゲームをやることだったが、ちょうどそのゲームの大会をやっていたのだった。
ゲームセンターはそれのために集まったそのゲームのユーザーでいつもよりも人が多く、そのゲーム名が書かれたTシャツやタオルを身につけた人が沢山いた。
なんでもこの大会は各地でやっていて、その優勝賞品がゲームのキャラクターの限定フィギアということでファンの中ではなかなかのプレミアがついているらしい。
ファンはそのフィギア欲しさに今日ここに集まったわけだった。
当日の飛び入り参加も可能ということで、アギリはせっかくだからというミズキと一緒に、半分強制的に参加したのだった。
アーケード版をプレイするのは二人とも初めてだった。ハルは誘っても頑なに乗らずに、一人ふらふらとゲームセンターのすぐ目の前にある手芸店に足を運んでいた。
ハルの最近のハマりごとはフェルトマスコット作りらしい。アギリはこの前それで作ったものを1つ貰っていた。
なかなか可愛いシマエナガでちょこんと部屋に飾ってある。
その間に二人が挑戦したゲームの形式は対戦モードのブロックトーナメント式で、同時に8人でプレイして制限時間内にその中で1番高いスコアを取るか、一番最後まで生き残ったプレイヤーが第2回戦に進める。そして、2回戦も同じ形式で進んで決勝となる。
割振りの結果アギリとミズキは別々のブロックとなった。
この大会のゲームレベルは相当難しい大会用設定にされており、飛び入り参加のメンバーは尽くインベーダーの群れに撃破されていった。
事前エントリーはどうやら特典として大会用難易度がプレイ可能となるコードが配布されていたらしい。それで練習を積むわけだ。当然手強い。
ミズキは残念ながら一回戦敗退となった。
一方のアギリは、なんなくインベーダーを撃破していき、なんとそのどうブロックにいた大会の優勝候補の1人に大差をつけての勝利を収めてしまった。
会場のファンたちはいきなり現れた見ず知らずのダークホースに釘付けとなった。
アギリは2回戦をプレイしている時に視線を痛いほどに感じた。
なんなら、わざとミスってさっさと終わらせておけば良かったと思うまでだった。
が、ここまできて負けるのもその優勝候補だったプレイヤーにどうかと思ってしまい、なんなく2回戦も突破してしまった。
ここで会場の熱気は一気に上り、最高潮となる。
アギリは特に頭を使ってプレイしている気はなく、どっちかと言えば対象を捉えた瞬間に手が勝手に動いているという感じだった。
体が流れを完全に覚えているのだろう。
これも、もしかしたら能力の一環なのかもしれないが、アギリは特に能力を使っているという意識も感じないのでちょっと気味が悪かった。
要はこの前の戦闘時のあれと似たようなものなのだろう。
あれ以来、以前よりもましてこのような事が起こるようになっていた。
次々とひっきりなしに現れるインベーダーに瞬時にカーソルを合わせ、すぐにボタンを押して攻撃をぶち込む。
カーソルがまるで自分で意志を持っているかのように画面内を駆け回っていた。
こうして、余所事を考えながらも現にインベーダーを一機たりとも残すことなく殺戮しているわけであった。
制限時間を知らせるブザーがなった時、アギリはフルスコアを収めていて画面にはパーフェクトの文字が輝いていた。
それでアギリは景品のフィギアを受け取り、ゲームセンターの運営に本格的な大会に出てみないかと勧められた。
その勧めには「考えます」と、軽く言っておいた。もともと目立つことはあまり好きではないので、多分出ることはないだろう。
アギリはフィギアの箱にもたれて、ため息をついた。
人の視線のせいか精神的に疲れていた。
「どうしたの?」
ミズキがこちらを覗いていた。
「いーや……なんでもない…」
アギリは、貰った袋の中に手早くフィギアを放り込んだ。せっかくなのでハルが買ったものも入れてあげた。
「私もジュース買ってこよーっと」
「あ、僕も……」
ミズキとハルは立ち上がってそのまま自販機に向かっていった。ベンチには荷物とアギリだけが残されていた。アギリ荷物をひとつにまとめてベンチの端と自分の間に置いた。
先程のゲームセンターにいたファンたちはどこかに散っていき、数人かがクレーンゲームを嗜んでいるほどになっていた。
こうなればアギリに目を向ける人は少ないだろう。ようやく一区切り着いたと思い、アギリは思いっきりベンチにもたれ、ショッピングモールの天井を仰いだ。吹き抜けが酷く明るく眩しい。
「お隣、いいですか?」
アギリはこれが自分に向けてかけられていると理解するのに2秒ほどの時間を要した。
ガバッと、視線を天井から目の前に戻した。
「あ……どうぞ…」
ぎこちないアギリの前には、メガネをかけたスーツの男が立っていた。
「ありがとうございます」
男は微笑みながら会釈をし、アギリの隣に腰掛けた。
こんなショッピングモールに黒のスーツとは、随分とフォーマルな格好である。そういうのが私服になっているタイプの人間かここで働いているものなのか、アギリは判断しかねた。
それに加えて、買い物にしてはいくぶんか手ぶらなような気もした。
男はベンチにもたれ、ポケットから携帯を取り出した。そしてなにか操作をしていた。
アギリは選択肢として、なにかここで仕事をしているか誰かと待ち合わせをしているのかの2択を用意した。
アギリは少しその男を見た後、また前を向いた。さっきのゲームファンは誰一人と見当たらなかった。
「ところで……、あなたはアギリさんですか?」
横から名前を呼ばれた。
そちらにいるのはあの男しかいない。
アギリは驚いて、視線を素早くそちらに持っていった。案の定、男がにこにこと笑いながらこちらを見ていた。一気に警戒心のボルテージはMAXまで跳ね上がる。
「………なんで、私の名前知ってるんですか?」
アギリの頭はそれしか出てこなかった。初対面の人に話しかけられ、尚且つ名前を知られているだなんて今までに経験したことない。
男を警戒しつつも、ついアギリは口を開いてしまった。
「おや、なにも知らないようですね……」
男は一瞬軽く驚いたような顔をしたが、すぐにあの微笑みに戻った。
「私は鏡池トオルというものです」
男が名乗ったものの、アギリには心当たりの最初の文字の「こ」の字の書き出しもなかった。
アギリがますます顔を顰めるのとは逆に、鏡池の顔は一向に崩れなかった。
アギリは君が悪くなって顔を逸らした。こんな変なやつとは関わらない方がいいだろう。まあ、既にこの前変なやつと接触して、変な組織に入ることになってしまったのだが。
「今日はあなたのお姉さんのことで伺わせて頂きました」
アギリは突然姉のことを持ち出されて、鏡池の方をまた向きそうになったがそこは抑えた。早く、ミズキとハルに帰ってきてほしかった。
「私はですね………まあ正式にいえばあなたのお姉さん、ラーヴァ・アレックスはそのとき既に脱退していたのでちょっと違うのですが………私はアレックスの元上司です」
アギリは黙っていた。あえて黙っていたの方が正しいだろう。なにか反応すれば良くないことが起こりそうな気がしたからだ。
「彼女は優秀な部下でしたね。与えられた仕事を的確にかつ迅速にこなしていました。あれほどできたものは彼女以外いませんでしたよ。………しかし、突然私たちの前から姿を消してしまったのです」
最後の方、鏡池の口調が少し名残惜しそうに聞こえたような気がした。
「理由はよく分かりませんがね、それと同時に二人も抜けました。一人は彼女と同じくよくできるものでしたよ。……仕事はちょっと雑でしたが…。もう1人は、私はあまり面識がなかったですがね。末端の人間でした。まさか、彼が二人に対して持ちかけていたとは……迂闊でしたよ」
鏡池はまるで昔話を話すような口調だった。
所々わけのわからぬ箇所もあった。
どこかアギリの関心を誘っているような気もしたが、アギリは興味を示さないふりをした。
ここで突然鏡池の話の話題が変わった。
「あなたはお姉さんが昔なんの仕事をしていたか、ご存じですか?」
アギリは一向に鏡池の方を見なかった。
が、頭の中はその質問のことでいっぱいだった。
鏡池の言葉で思い返してみた。今やっているのは病院の事務仕事だ。
だが、その前の仕事を聞いた記憶がなかった。
たしかに一度仕事を変えたとは言っていたが、その前の仕事にアギリは今まで興味を示したことはなかった。よく考えてみたら、一度も聞いたことがない。
(………お姉ちゃんは、一体なんな仕事をしていなんだろう…)
それだけが頭の中を埋めた。
アギリは鏡池の声により、現実に引き戻された。
「本当になにもおしえてないんですね、これまた……一度お姉さんに聞いてみるといいですよ。あ、あと……」
鏡池がぽつりと呟いた。
「痛い目に会いたくなければ、今からここを出た方がいいですよ」
「…………え?」
さすがに限界でアギリはとうとうそちらを見た。が、その時既に鏡池と名乗った男の姿は消えていた。
ようやく一人になったアギリは、またベンチの背もたれにもたれ天井を仰ぎみた。
あの男は一体なんだったんだろうか。
ラーヴァの元上司だということはわかったが、そもそもなんの目的で自分に接触してきたのだろうラーヴァに用があるなら、彼女の所に行けばよかったのではないか。
それと並行して、アギリの頭の中にはラーヴァの前の仕事のことが駆け回っていた。
よく考えれば今まで気づかない方がおかしなくらいだろう。なぜこんなにも興味を示してなかったのか。さっきの男が上司なら教えてくれてもよかったのに、なにも言わなかった。
今度姉に直接聞くしか方法はなさそうだ。
そう考えていると、またこちらに近づく人影が見えた。
背丈と格好からしてすぐに誰だかわかった。ミズキとハルがジュースを手に持って帰ってきた。
「いやぁー、ごめんごめん。自販機ちょっと混んでてさぁ」
ミズキが笑った。
今度はアギリの隣にミズキ、そのさらに隣にハルという順番で座っている。
二人はジュースの蓋を開けて飲み始めた。となりからサイダーの甘い匂いがただよってきた。
アギリはぼうっとどこかを見て、まだ先程のことを考えていた。
一番引っかかっているのはあの男の最後の言葉だった。あれは何かの比喩なのか、それともただ普通に直接的なものなのか。
どっちにしても結果は良くなさそうではある。
アギリは何故か最近感じてなかった不安に駆られた。
「?どうしたの?元気ないけど」
「……へ?」
ミズキの声により、アギリの思考は弾き飛ばされていった。
「い、いや……なんでもないよ。」
とは、行ったものの漠然とした不安は残っている。
「………今日は、早めに帰ろうか…」
アギリはまとめてあった荷物を引き寄せ、立ち上がった。
「え?……やっぱりどっか悪いの?」
ミズキに加え、ハルも心配そうにこちらを見ていた。ハルは初対面の時よりはいくらか表情を見せるようになったなとアギリは感じた。アギリの様子を見ると二人もベンチから腰をあげた。
「うーん………やっぱ、こーゆーとこ久しぶりでちょっと疲れたのかな………」
アギリがその漠然とした理由の不安をそれにしようとした時。
突然耳を劈くような爆音と共に、建物が大きく揺れた。
「!!?」
地震?
とは思ったものの、当辺りに黒い煙が漂い始め物の焦げる匂いが鼻をついた。ガラスの割れる音、何かが倒れる音、軽い何かが弾けたような音、いくつもの悲鳴も耳に入ってきた。
それから遅れて、さらに大きな爆発が起こった。
再び轟く爆音に、腹の奥から体が震えた。
結構近い場所で起こったらしく、三人に向かって強い風が吹き付けた。
それにはさっきよりも焦げ臭い匂いと、鉄のような強烈な臭いのものが混じっていた。
アギリはそのあまりにも強い風に、押し倒された。アギリ風が収まるとすぐに身を起こした。特に体に痛みはない。
「ミズキ!ハル!」
アギリが煙を掻き分け、二人の名前を叫んだ。二人もアギリ同じく爆風に押し倒されたようだった。すぐ目の前で二人は座り込んでいた。アギリはすぐに二人に駆け寄った。
けたたましいサイレンと録音を流している館内放送がやけに頭に響いた。
アギリの頭の中にある2文字が浮かんだ。
(……………テロだ…)
あの男のいうことはこれだったのだろうか。だとしたら鏡池は何者なのだろう。
アギリはそんなことを思い出したが、それは目の前のことに完全に流されてしまったいつもテレビの先でしか見ることのなかった黒い煙が、今目の前に漂っている。いつも他人事とどこかで思っていたが、あそこにいた人の気持ちがありありとわかった。
「大丈夫!?」
アギリはミズキの前にしゃがみ込んだ。ミズキは座り込んで俯いたが、こちらに気づくと顔をあげた。
アギリを見るなり、ミズキはアギリの腕を掴んだ。アギリは掴まれた時、ミズキの手が酷く震えているのがわかった。
「………ハルは……?」
「……え?」
ハルなら、ミズキの後ろにいる。特に怪我も無さそうで、ゆっくりと体を起こしアギリを見ていた。
それを言おうとした時、ミズキがアギリに詰め寄り、体を酷く揺すり始めた。
「ねぇ!!ハルは!?ハルはどこなの!?ねぇ!!ねぇ!!!」
電車の時よりも揺すりは遥かに激しく、ミズキの声はほぼ泣き叫ぶような声に近かった。
そして、あのいつもの笑顔はどこに行ったのかその目は完全に恐怖にそまり、ぼろぼろと涙を流していた。
アギリは訳がわからなかった。が、これはいわゆるパニックというものだということだけはわかった。
「お、落ち着け!!」
少し悪い気もするが、アギリはミズキの頬を両手で軽く叩いた。しかし、頭の悪い自分にはこれしか方法が思いつかなかった。
ミズキの頬がむにっと潰れる。
「ハルなら後ろにいるよ!!ほら!!」
今度はアギリがミズキを揺すった。ミズキは、恐る恐るアギリのいう後ろを振り返った。ハルはよたよたとこちらに近寄ってきた。
「ほら……僕は大丈夫だから……」
ハルはぎこちないながらも、なんとか笑って見せた。
「あ………」
ミズキの顔はまだ恐怖の色が残っていたが、なんとか正気には戻った。
だが、ゆっくりとはしていられない。
未だに小さい爆発音や、軽い発砲音は続いている。それに加えて、強い熱気を感じるようになっていた。
ここにいれば命が危ない。
アギリは人々が走っていく先に避難口を見つけた。
「あそこに!はやく!」
ハルとアギリは即座に立ち上がった。
が、ミズキは一向に立ち上がらなかった。
「どうしたの!?」
「あ、足に…………力が入らない……」
ミズキはなんとか体を持ち上げようとするも、全く足に力が入らなかった。
アギリは一時的なパニック症状として、体の一部に力が入らなくなることがあるとこの前の講義で習っていた。能力を使おうとしても上手く制御できていない。やはりまだ完全な正気にはなれていないのだ。
「さ、はやく!」
アギリはミズキをおぶることにし、ミズキに背中を差し出した。
一番手っ取り早いのはこれだろう。身体的な自信はあったのでおぶえないことはない。
ハルも手伝って、なんとか体の動かないミズキを背中に乗せようとした時。
バキバキと、上から鈍く大きな音がした。
「!!!」
三人が上を見上げると、割れたガラスや瓦礫が目の前に迫っていた。
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