hide creature23

 二人は来たエレベーターに乗り込んだ。乗客はおらず二人だけしかいない。


「15階の……1501室か」


 アギリがポチポチとボタンを押すとエレベーターはピンポンと音を立てて扉を閉め、上へと登り始めた。


 エレベーターの中でアギリはゲーデルの席番の書かれた紙を見せてもらった。


 15と16 。1つ違いだ。


「じゃあ、隣ということか」


 アギリがぼそっと呟くと、ゲーデルが顔を顰めた。


「これからお前と毎回顔を合わせるのか……」

「おい、それはどういう意味だ」


 アギリの言葉は無視をして、ゲーデルはため息をつくのだった。


 ピンポーン、と軽快な音が響きエレベーターは静止した。階を示すモニターには15という文字が映し出されていた。


 扉が開くと、二人はエレベーター外に出た。廊下は窓から入る陽の光により明るかった。眼下には都会の街並みが広がっている。


「わあ、凄いなぁ」


 窓から外を眺めてアギリは感嘆した。久しぶりにこういう文明じみた光景を見た。

 ゲーデルは後ろからやれやれというふうにアギリを見ていた。


 教室はエレベーターを降りてすぐのところに位置していた。もう既にほとんどの生徒が席に付いていた。やはりほとんどが制服だ。何人かゲーデルと似たような制服も見かけられた。


「制服が多いなぁ」

「そうだろう。基本みんな学校から申し込んでいる。そうじゃないのはお前くらいじゃないか?というか、お前高校はどこだ?」

「行ってない。廃校になった」


 アギリがそう言うと、ゲーデルが驚いたような顔をして何かを言いかけたが、「そうか……」と呟くとそのまま口を噤んでしまった。


 アギリは全てを話してはないが、おそらく廃校になったという言葉に大方察したのだろう。突然の廃校は今の時勢なら有り得ることだった。

 アギリは特に触れられても差支えはないのだがここは彼なりの気遣いというところか。


 アギリが彼に話しかけようとした時、講堂の前の引き戸が開かれた。


 そして男が一人入ってきた。全員の視線が彼に注がれる。

 グレーのスーツに紺のネクタイ、明るいグリーンの長めの髪を後で束ねている。教段にたつと教卓の上に名簿らしきものを置いた。


「はい、みなさん初めまして。このクラスを受持ちます。セド・インセントです」


 講師は軽く礼をした。物腰が柔らかそうで人当たりのよさそうな講師だ。


「あの人が講師かぁ………」

「ああ、そうみたいだな」


 アギリのぼやきにゲーテルが答えた。


「ではさっそく。名前を確認していくので呼ばれたら返事をしていってくださいね」


 そう講師であるセドは名簿を開き名前を読み上げていった。


 アギリは孤児院の出身であり、自分本来の姓は知らない。重要な書類とかには姉の姓である「アレックス」と書いているのだが、いまいち自分の名前に合っていない。

 今回の申し込みもこの姓を使った。


「………さん?アレックスさん?」

「………え、あ、はいっ!」


 名前が呼ばれてはっとなりアギリはあわてて返事をした。

 ぼぅっと姓について思うとこ考えていたら呼ばれているのに気づかなかったようだ。


「なにしてるんだ…」


 横でゲーテルにそう言われた。とりあえずアギリは「ごめん」と返事をした。なんで謝らなければならないのかは不明だった。


 そういえば学校に行ってたときもよくこうだったな……アギリはどうでもいいことを思い出していた。


 前の方でパタンと音がした。その音はセドが名簿を閉じたことによって生じたものだった。いつの間にか全員の名前を呼び終わっていた。


「全員いるね………では、明日から本格的に授業へと入っていきますので資料を配ります」


 セドは資料を前列の生徒に配った。生徒たちは自分のぶんを受けとり後ろへと回していく。アギリ達が座っているのは1番後ろの席だ。席に着く時には資料は二つだけになっていたがとても分厚い。


「うわ、資料にしては厚いなぁ…………」


 アギリは30ページほどある資料をパラパラとめくってみた。字がとても小さいのがわかった。


「まあ、資料は家でゆっくり読んでもらってね。今日は次の授業の説明をして終了です。初回ですしね」


 セドはそう言いながらスクリーンの準備をしていた。準備を終えると天壌にあるプロジェクターのスイッチをリモコンでいれた。同時に部屋の明かりも少し暗くなった。


「本校で最も力を入れているハンター・自警団の資格習得講座……免許習得には最低で二年。このコースは最初の一年で仮免許を取得することを目標としています」


 セドはプロジェクターに写し出されたグラフを指差した。


「この習得において最も特徴的なのは基礎体力の向上を図る実技授業があるところです」


 そう言うとスクリーンの映像が切り替わり体育館のような広々とした空間の映像が流れる。


「これはこの建物内の実技会場です。なぜこのような施設があるのかというと現にハンターなどの試験にはこのような身体能力の試験が存在するからです。試験において最もハードなものではありますがここを突破した時点で仮免許を取得できます。もちろん能力の使用はOK……なので同時進行で能力の強化も行っていきます」


 そんなのがあるのかと、アギリはそうスクリーンをぼうっと眺めていた。


「…………まあ、長々しい説明はこのくらいにしておいて…明日から授業……と、いっても君たちのクラスはいきなりだけどさっそく実技授業を行います」


 その時に講堂内が少しざわつく。


「え、いきなりなのか……」

「うん、そうだね」


 アギリは特になんとも思わなかったがゲーテルの顔には多少の不安の色が見えた。


「まあ、大丈夫ですよ。そんなにいきなりハードなことはしませんし、ナンセンスです。……持ち物も着替えだけで結構ですからね」


 セドはにこやかにそう言った。


「時間もそろそろですし今日はこの辺で。明日今日と同時刻にここに来てくださいね。では本日は解散です」


 セドは去り際に「さよなら」と言い残し講堂を出ていった。セドが出ていくのを見送ると周りの生徒も荷物をまとめ始めた。


「明日も同じ時間にここにくればいいの?」

「そういってただろ。一度で聞け」

「いや、これは確認だよ!確認!」


 アギリの返答にゲーテルはため息をついた。


「明日もお前と過ごすのか……」

「ちょっと何その言い方」


 アギリがゲーテルにそう言ったとき、入口にあのイルとトウルの姿が見えた。ゲーデルは二人に気づくと立ち上がった。


「迎えがきた。俺はもう帰る」

「ん、また明日」


 アギリがそう言うとゲーテルはまたため息をつき、「また明日……」と返し付き人をつれて去っていった。去り際、イルがアギリの方を見て一礼をした。


 あんな言い方しなくてもいいだろ……。


 そうゲーテルの不満を心の中で吐き、明日の持ち物のことを考え始めた。


 動きやすい服といったらやはりジャージだろうか。服にさほど興味のないアギリは自分の持っている数少ない服を思い浮かべた。そこにジャージらしきものは……


「学校の体操服…………」


 高校の体操服がまだ処分せずに残っているのを思い出した。高校は何年か前のクロウの爆発的増加で壊滅状態になり廃校になったのでジャージかぶりの心配はないが、なんか微妙な気分だ。だが買うというのも経費を節約したいアギリにとってこちらも微妙だ。


 アギリは何秒か悩んだのち結論を出した。


 背に腹は代えられぬ、と。


 アギリは荷物をまとめ忘れ物がないか確認したのち講堂を出ていった。


 ***



 外にでるとすっかり夕方になっていた。あの講義部屋の窓にはブラインドがかかっていたので気づかなかったようだ。

 最近暖かくなってきたのではあるのだが日が落ちると少しひんやりしてくる。


「ゲーテル様、車を出してきますので暫しお待ちを……」

 付き人の一人、トウルがゲーテルにそう言い駐車場へと向かった。

 ゲーテルはイルと校舎の前で少し待つことになった。


「そういやお前、俺がいないときにアギリとなにか話していたようだな」

「ん?ああ、あの方のことですか。……ゲーテル様がまたあのようになりましたら何気なく私共にご相談ください、と申しただけでございますよ。ゲーテル様も今後ともお気をつけを」


 付き人にそう言われゲーテルはばつの悪そうな顔をした。


「どうでしたか?今日は」

「特に。明日の持ち物を言われて終了だったな………アギリのやつ、忘れ物をしないといいがな。あいつの人の話を聞いていないのは一級品だ」


 ゲーテルはムスッとしながらそう言った。


「良かったですね。新しいご友人ができて……」

「待て!俺はまだ友人とはいってないぞ!!お前のせいでもあるからな!」


 ゲーテルはイルに向かって怒鳴った。


「でもなんだか楽しそうですよ」


 イルはにっこり頬笑みそう言った。


 ゲーテルはイルの方は向かなかった。が、小さく「………そうだな……」と呟いたのはイルの耳には聞こえていた。

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