hide creature22
「とうとう来ちゃったか…………」
アギリはリュックの中に長い間使わずに部屋に放置してあったノートなんかを詰めてhide creatureを出た。引越しの時にもったいぶって処分しなかったことをあの時の自分にありがたく思った。
ワープホールを出て近くの駅から電車で15分弱。どうやら朝の通勤ラッシュと重なったらしく、久しぶりに乗った電車は満員のギュウギュウだった。息が詰まるかと思った。
直接会場付近を出口にしなかったのはまだ一度も訪れたことがなかったからだ。どうやらこのワープホールは一度訪れたことのある場所で明確なイメージのある所に限定されるらしい。
あと、人目が多いと後々まずいことになるだろう。
フラフラとしながら電車から降りて暫く歩き、ひとつの大きな建物の前にたどり着いた。縦に伸びた圧倒的存在感を放つビルだ。この前の能力診断検査をうけた所よりもより大きい。ざらに30階は越えているだろう。
アギリは建物の一番上にある「クオリィティフェイションカレッジ」とかかれた看板を見上げた。相変わらず名前は長い。
「しかし………本当におっきいなぁ」
クオリィティフェイションカレッジは世界規模で展開する資格習得に特化した予備校みたいな物だ。一般的なものから世間じゃ全く広まっていないものまで。ここにいけばどんな資格でも取れると言われている。
しかも今回アギリがやってきたのはその数あるなかでもトップクラスの大きさを誇る場所だった。
前いってた授業料の件は、自警団資格を取りたい子がいるとジャスティーが言っただけで、即経費で落とすことが確定したらしい。
即決していいのだろうか。
アギリは早速中に入った。
中は人でごった返していて、だだっ広いホールに、いくつか受付カウンターが設営されている。それぞれのコースに別れているようだがどこもかしこも長蛇の列になっている。
きょろきょろとカウンターを探すうちに気づいたことだが、何やら制服姿の学生が多かった。
だが、ここでは人が多すぎてカウンターを見つけることが難しい。身長はこの国の女子の平均くらいで、アギリは特に背が高いわけではないので視界は人の頭に埋もれてしまっていた。
アギリは人と人との間をなんとかすり抜けて一度人が少し空いているところにたどり着いた。たどり着くなりため息を付いた。
「はぁ………なんか最近人の多いとこばかり行ってるよなあ……」
独り言とため息を付いて、ちょうどそこにあった自販機でお茶を購入した。
某有名メーカーの「うまい お茶」である。名前がだいぶストレートだ。たしかに美味しいので問題はない。
財布を開き、釣り銭を財布に入れながらアギリは一枚のカードを取り出した。そのカードには自分の顔写真が貼り付けられている。若干無理に笑おうとしているのかぎこちない。
このカードは能力診断検査を受けると発行されるカードだ。自分の診断書の情報ををここに記入され携帯できるようしたものだ。たしかにあの診断書をいちいち持ち運ぶには面倒だ。
今回、必須持ち物の中にこれが含まれていた。おそらくカウンターの受付で使うものだろう。
アギリは辺りに目を凝らし、自警団資格のカウンターを探す。が、一見した感じだとここから見当たらない。もう少し奥の方にも立て看板があるようなのでその辺なのだろうか。
アギリがカバンにお茶をつっこみ財布にカードを戻しながら歩き始めたそのとき。
「うわっ!!」
「わっ!!」
誰かにぶつかってしまった。その際にアギリは財布を落としてしまった。幸い小銭を入れるところのチャックは閉めてあったので中身は盛れださなかった。
目の前には尻もちをつく、白い学ランを着た少年の姿があった。
アギリは転ばなかったが向こうはどうやら衝撃でバランスを崩してしまったらしい。後ろには何故か黒いスーツを着た厳つい男が二人付いていた。心配そうに大丈夫ですかと声をかけている。
「あっ!……ごめんなさい、立てますか?」
アギリは財布を拾い上げ、少年に手を伸ばした。そのとき少年の顔をよく見た。顔つきからして、少年の歳は自分と同じか一つほど上に思えた。
少年はキッっとアギリを睨みつけた。そして、手を払い除けると足元に落ちていたカードを拾い上げると立ち上がった。身長はアギリより少しだけ高いくらいであった。ラーヴァよりは低い。
パンパンと睨みつけたままホコリを払っている。
なにか感じが悪い。
「次からは前を見てあるけ」
少年はそう吐き捨てるとそのまま人混みの中に消えていった。後ろに立っていたお付らしきうちの一人が慌てて追いかけていく。だが、もう一人はその場に残っていた。
相当強そうな見た目をしている。男がアギリの方を見た。目が合い、体が思わず強ばった。
何かあったら全力で走って逃げれるか?ただこの人混みだ。正直に言って逃げるよりも紛れてしまった方がいいかもしれない。
アギリは緊張しながらもしもの事を考えていた。
しかし、その思考は不要であった。
「…………すみません、御無礼な態度を…」
男は厳つい見た目に反して優しい声だった。そして、紳士かのように体を折ってお辞儀をした。
紳士かのように、というか紳士そのものだった。
「………あ、あっ、いや………こっちもぶつかってしまって………。」
拍子抜けしたアギリは突然現実に引き戻されてしどろもどろになった。とりあえず顔をあげてくださいと男に言った。
男は困った顔をしながら微笑んでいた。
「ゲーデル様は気高いお方であるのですが、他者への人当たりが多少強いというか……不快な思いをさせて申し訳ございません。」
「いや、大丈夫ですので………どうか、お気になさらず………」
ゲーデル、というのがあの少年の名前か。
彼の事を様をつけて呼んでいるところを見ると本当にお付きの人間のようだ。こんな時までお付きを同行させるということは金持ちの類なのだろう。
あの少年の不祥事に振り回されるこの男の姿が思い浮かんだ。なにか不憫に思えてきた。
男はアギリ考えていることを察したのかにこりと微笑んだ。
そして、彼はまた失礼しましたと礼をしながら言うと先に行った二人を追いかけていった。
アギリはしばらく、あのお付きの男の姿が見えなくなるまでその場に突っ立っていた。
彼を見送ったあと、床に落ちていたカードに手を伸ばした。財布は直ぐに拾ったが、カードはそれから少し遅れて落としたことに気づいたのだった。
カードを拾い上げ、早いとこ受付を探す………その予定でいた。
アギリはカードを拾い上げるとそこに書かれていた名前を読んだ。
ゲーデル・クロック・ギャスター 16歳
サウスノーブル学園 1年 社会学・自警団科
能力 氷鳥 B
サウスノーブル学園はたしかこの辺りで昔から名高いセレブばかりのエリート学校だったような気がする。ノーブル学園はそれぞれ、ノース、サウス、イースト、ウエストと世界各地の四校を構え、それぞれが著名人や大物政治家を数多く排出しているとも聞いたことがあった。
社会学・自警団科は聞きなれなかったが、名前からしておそらく社会的な問題や自警団になるための勉強をするのだろう。
実際ハンターや自警団は学校で学科を扱い講座を行ったり、試験を受けたりするところもある。
だが、そんなことは今考えている場合ではない。
アギリはウエストノーブル学園所属ではないし、こんな長ったらしい名前でもない。クロック・ギャスターという姓は歴史の教科書に出てきそうである。
「…………わ、私のカードじゃない!」
焦って思わず叫んでしまった。それが周りの視線を一気に集めることとなった。多数の目がこちらを向いている。だが、いちいち気にしている暇などない。
アギリはあの付き人が去っていった方向を振り向いた。その先には人混みがあるだけである。
ただこんなところに付き人を連れて来ているのは、おそらく自分のカードを取り違えたあの少年くらいだろう。大きな目印をつけているも同然である。
アギリは即座に人混みの中に飛び込み、その中をかき分けて歩き続けた。
先程よりも人の密度が濃い。どうやらこの辺りはハンター資格講座受講者の列があるらしく、ハンター資格という立て看板が4つもあるのが見えた。やはりハンターは人気のある資格のようだ。
アギリはその中でなんとか背伸びをして、辺りを見回した。人の頭と頭の間から見える遠くの景色に目を凝らす。
「いた!」
アギリの目は、遠くに黒色のスーツを着た厳つい男を二人従えた少年の姿を捉えた。やはり多少どころかかなり周りと浮いて見える。
アギリは少年たちを見つけるなり、ハンター資格受講者の列を横切るようにかき分けていった。その列を抜けると急に人の密度が薄くなった。ようやくあの雑踏から解放され、アギリはまたため息をついた。
ため息をつくと幸せが逃げると聞いたことがあるが今日で何回その幸せが逃げているのだろうか。
アギリはまた辺りを見回した。目の前には何かしらの列がある。そして、一つの看板を見つけた。さっそくその看板を読んでみた。
「自警団資格………」
どうやらここが自警団資格受講者の列らしい。たしかにハンターとは違い、列の数は半分ほどしかなく人も少なかった。並んでいる人が着々と受付を済ませている。
そして、その列の一番後ろにあの目立つ目印をつけた少年が並んでいた。彼もこの講習を受けにきたようだった。
「あのー………」
アギリは声をかけながら少年に近寄っていった。声に気づいて、少年と付き人がこちらを振り向く。
「………なんだ。…ん?お前は……」
少年はアギリの顔をみて唸った。彼の付き人が「先程ぶつかった方ですよ」と、耳打ちするのが聞こえた。少年は「ああ」と、ほんの一瞬思い出したような顔をした後、またあの睨みつけるような目付きに戻っていった。
「なんだ。文句でも言いに来たか」
少年が口を開いた。これまた随分と威圧的である。後ろの付き人は完全にアギリの事を覚えていたようで、困ったような顔をしていた。アギリは一瞬そちらを見て、大丈夫ですと視線を送っておいた。
「文句……じゃ、なくて……カードを」
「カード?」
「カード間違えてます。えーと……ゲーデル・クロック・ギャスターさん……?」
アギリが少年の名前を言うと、少年は驚いたような顔をした。
アギリは直ぐに持っていたカードを彼に見せた。たしかに、カードに載せられている顔写真は少年の顔と一致する。
少年はポケットに目を突っ込んで、カードを取り出し内容を確認した。
アギリ・アレックス 16歳
能力 エネルギー増幅及び身体能力強化 A
アギリの名前は簡素だが能力欄が長ったらしかった。いまいち不明な点もあるのでこういう長いものとなったとのことらしかった。
少年はカード、アギリ、カード、アギリ、と何度もその二つを見返していた。
「………これは、お前のカードなんだな……?」
「そう。で、これがあんたのカード……」
「………………」
アギリはカードを渡すと少年はアギリに自分のカードを渡した。そして、少年はしばらくカードを直視していた。
「……取り違えたのか、そこは謝る」
「いいよ、ぶつかっちゃったのはこっちだし」
アギリがそう言うと、少年もといゲーデルは眉間に皺を寄せた。いきなりタメ口で話されたことが気に食わなかったようだった。別に歳は一緒だったので問題はないはずだが。
少年に変わって後ろの付き人が口を開いた。先程のあの紳士だ。
「わざわざお手数お掛けしました……本当にありがとうございます」
もう一人の付き人も揃って頭を下げようとしたのでアギリは慌てて二人を制した。
「いやいや!たまたま私もここの講座受けるのでそんなことはない、です………」
それを聞くと付き人が「ほう」と呟いた。そして、二人で何かを話した後こう話を切り出した。
「それはそれは………ちょうどゲーデル様もここの講座を受講する予定でして……。そう言えばまだ名前をお尋ねしていませんでしたね……わたくしはイム・リー。そちらはトウル・チャンです」
隣にいる付き人も「トウル・チャンです」と言うと軽くお辞儀をした。
「わ、私はアギリ・アレックス…です」
こんなふうに自己紹介をする人間は映画の中くらいしかいないと思っていたのでアギリは少し驚いた。
ゲーデルは二人の間に挟まれて、その光景を見ている。
「では、アギリ様」
「はい!………なんですか」
イムにアギリ様と呼ばれて、変な力が入り最初の返事が大きくなってしまった。
「お願いがひとつあります。実は先程連絡がありましてわたくしどもはここを離れなければならないのです。ですがゲーデル様を一人にするのは少し心配でして……」
「なんだ?俺は一人でも……」
「先程カードを取り違えたり、近くの椅子に足をぶつけて転びそうになったり、人混みで流されそうになったりということもありますので……」
「おい!」
ゲーデルは慌ててイルを止めようとするも彼はそのまま続けた。
「大変厚かましいことは承知です。どうかゲーデル様と一緒に行動していただけませんか。いくらかお礼もしますので……」
ゲーデルは驚いたように、アギリの方を見た。たしかに言いたいことはアギリにもわかった。アギリも現に少し驚いたような顔をしていた。
「こ、こんな初対面のやつに任せてだいじょうぶなのか!?そもそも離れなければならない用ってなんなんだ!説明しろ!」
「お父様からの呼び出しです。火急の用ができましてそれを見て欲しいと」
ゲーデルはその用を無視しろと言いたかったようだったが、イルの言葉に悔しそうに口を噤んでしまった。どうやら父親には逆らえないらしい。それを考えると本当に育ちは良さそうだなとアギリは思った。
やいやい言ってるゲーデルとイルのやり取りを見ていて、アギリは二人に割って入った。
「わかりました。でもお礼はいりません。それを条件でお願いします。ちょうど行先は一緒ですし………えと……、これも何かの縁……かなって……」
アギリはぽりぽりと頭をかきはにかみながら答えた。イルは悪い人間ではなさそうだし、こういう上から目線の人間の命令に振り回されているのを見ると気の毒になってきたのだった。
アギリにとって少しくらい頼みを聞いてやるくらいなら別にどうってことなかった。
ゲーデルが驚いたような顔のままアギリを見たのに対して、イルは眉を少し動かした。
「本当にありがとうございます。この御恩忘れません」
イルはそう言うとトウルと一緒に頭を下げた。本当にこの二人は紳士だなとアギリはお辞儀をし返した。
ゲーデルは驚いた顔のまま二人を見返していたが、なにも言うことが出てこないようだった。
イルとトウルは「失礼しました。よろしくお願いします」と言い残し人混みの中に消えていった。
アギリとゲーデルはその場に残された。アギリは消えていく二人に手を振っているのに対して、隣でゲーデルは頭を抱えていた。
「まあ、少しの間だけどよろしく。坊ちゃん」
「坊ちゃんって言うな!ゲーデルだ!」
ゲーデルが頭をあげて、アギリに言いつけた。
二人はそのまましばらくなにも言わず、受付の順番を待った。アギリは単純に話題がない、ゲーデルはそもそも見ず知らずのやつと話したくないというのが主な理由であった。
ぼんやりと時間の流れを待っていると、とうとうゲーデルの番になった。アギリは後ろから、彼の様子を眺めていた。カウンターのスタッフに促され何やらカードを機械で読み込んでいる。
だが、しかしアギリが目を奪われたものはそこではなかった。
ゲーデルの番が終わり彼が端に避けると、「次の方どうぞ」と言う声につられてアギリはカウンターのスタッフと対峙した。その声は一度聞いたことがあった。
きっちりとセットされた青髪の男。右目には白い眼帯をしている。そして、首元にLと彫られた刺青。アギリの想像していた声の主と全く同じだった。
「あれ?アギリじゃん!」
「え、Lさんこそ……何してるの?」
向こうも気づいたようだった。Lは気さくな笑顔をアギリに向けた。
世間は狭いと言うがこういうことなのだろう。アギリはその言葉の意味をよく理解した。
「俺?俺はここで講師として働いてんだよ。にしても自警団試験受けるのか?」
「そう。ちょっとバイト先がしばらく休みになるからその間に取ろうと思って」
アギリはそう言いながらLにカードを渡した。彼は「へぇー」と言いながら機械にカードを読み込ませた。その後、アギリにカードを一枚の小さな紙と共に返却した。
「その紙に書いてあるのは部屋と席番だ。じゃあ頑張ってな」
Lはアギリに笑いかけた。この人の笑顔は眩しい。
アギリはLに別れを言うと列を抜けて、ゲーデルの待つ元へと向かった。彼は壁に寄りかかって立っていた。
「お待たせしました」
「遅いぞ………にしても何か話してたようだが、知り合いか?」
またも偉そうにゲーデルにそう尋ねられてアギリは一瞬なんと答えようかと迷った。hide creacherのことはさすがに言えないだろう。あそこは何か特別な人を集めたアパートやシェアハウスのようなイメージがあるのでそのように答えておけば何とかなるだろつか。
「えーと……同じアパートの隣人……」
なんとか絞り出した答えで誤魔化しておいた。ゲーデルは「そうか」と答えた。不審がる様子もないので上手くいっただろう。
それを見てアギリは心の中で胸を撫で下ろしたのだった。
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