hide creature21

「__今社会にはテロリストやら犯罪組織がたくさんあるわけだが、昔はそんなのの上にさらにでかい裏社会の組織___所謂「極道」ってやつさ。今のテロ組織とかそんなのとは比べ物にならない規模のがざらにあったわけだ。けど近年、政府のはからいによってだいたのやつは摘発・解体されていった。その中で生き残ったやつらは政府に監視されながら細々と生きてる__」


 そういうとマーダーはさらに「黒狼もそういつやつの類いさ」と付け加えた。


「昔の極道とかは今じゃあほとんどが犯罪組織扱いだもんね。いくつも見てきたよ」


 ジャスティーは皿に残っていたパセリをつまんだ。もしゃもしゃとそのまま他の皿に残っていたレタスなどにも手を伸ばす。


 ジャスティーは本当によく食べる。さっきも追加でまたサンドイッチを注文していた。それはもう既に彼の胃袋の中に収められていた。彼いわく、燃費は激悪らしい。


「黒狼はそれと同時に俺たちの脱会が重なった。主戦力が二人も消えれば大きな痛手だな」


 マーダーはそう嘲た。人格が入れ替わると彼は表情豊かになる。


 マーダーいわく、黒狼の傾向としては大きな抗争などを好まず隠密な暗殺を主な戦力としていたらしい。そんな黒狼が暗殺のプロフェッショナルを二人も失うとなると大幅な戦力衰退となっただろう。


「私達が抜けてから2年くらいがたつ訳だが……最初の内はそりゃ追ってとかがいたわけだがいまさら引き戻そうとするか?普通」


 ラーヴァの発言にジャスティーも頷いた。

 裏切り者を再び引き戻そうとするところなんてあるのだろうか。


「まあ普通は考えにくいだろーな」


 マーダーは水を一口のんだ。


「俺たちが抜けてしばらくしたあと、黒狼の頭が変わったらしいな。……まあ何で変わったのかまではしらねぇけど」

「うん、そうそう」


 そのことはジャスティーも知っていた。が、


「え、それ本当か………?」


 ラーヴァがそう言葉を発した。それにマーダーとジャスティーはぽかーんとする。


「………それマジでいってんの?」

「うんマジで」

「えぇ……」


 マーダーとジャスティーは二人揃って呆れた顔をした。

 ラーヴァは黒狼を抜けてから極力裏社会関係の事は避けていたらしく自分が抜けたあとどうなったかも、全く調べたりしてなかったようだ。


「いや、もう裏社会の事とは関わりたくなかったから……」

「………はあ、まあいいや…すっかり丸くなって…………で、その変わったのがこいつ」


 そう言いジャスティーは懐から一枚の写真を取り出した。二人はその写真に注目する。


 写真には若い男が一人写っていた。ちょうど車から降りるところを望遠で取ったものだ。明らかに盗撮だとわかる。


「黒狼の今の頭「鏡池 トオル」だよ」


 ジャスティーがそう言った。


「鏡池……」


 そう呟きラーヴァが口を開いた。


「こいつは……元々黒狼の幹部だな」


 それに対してマーダーも頷く。


「おそらく引き戻そうとするのはこいつの方針……黒狼の復権でも計らっているんだと思うな」


 ジャスティーはそう言って更に続けた。


「んで、二人にこいつに関して知ってることはないかと………」


 ジャスティーは二人にそうたずねた。が、二人とも顔をしかめて「ううーん……」と唸った。


「こいつは幹部の中でも先代の側近的な存在だったな」

「ほうほう。で、その他は?」

「それだけ」

「へ?」

「それだけ」


 ラーヴァの返事にまたもやジャスティーは「へ?」という返事をした。


「え、嘘…………」


 ジャスティーは助けを求めるかのようにマーダーの方へと視線を送る。だが、マーダーも困ったような顔をするだけだった。


「幹部といってもな……こいつはほとんど俺たちの前に姿を表さなかったんだよ。雲のような存在だ。だからこいつのことは能力すらもわからねぇわけだ……」


 マーダーはお手上げのように肩をすくめた。


「ええ………嘘だろ……」


 ジャスティーはそう呟き困った顔をした。そのついでに水を飲んだ。そしてコップをとんと頼りなく置いた。


「これから忙しくなるなぁ……多少ここで情報集められると思ったのに…」


 そう言うジャスティーにマーダーはなだめるように「あ、別に全くねぇ訳じゃねぇからな」と言った。


「たしかに情報は少ねぇと思うけどさ……噂で聞いたことがひとつある」


 その言葉にジャスティーとラーヴァの視線がマーダーの方を向く。


「鏡池は目的のためならどんなことでも厭わない」


 マーダーはそう言った。ただ、静かにそう言った。


「………それだけか?」


 ラーヴァが呆れたような顔で言った。


「おいおい………真面目に聞けよ。こういう人間が一番やべぇんだからさ」


 マーダーは笑っているものの目は真面目だった。


「…………どんなことでも厭わないということは第三者も巻き込まれるかもしれないってことか」

「そう、正にこの前ラーヴァの知りあいが襲われたのも鏡池の指事だろ。正面からラーヴァを探すより関係のある人間を狙う方が効率がいいと考えたわけだろうな」


 ジャスティーの言葉に対してマーダーが答えた。


「先代もそっちよりだったけどな……あいつはもうやべぇってきいた。そういうやつと金を積めば何でもするやつほど恐ろしいもんはねぇ。気をつけろよ」


 ジャスティーとラーヴァはその言葉に暫く固まったままだった。


「……うん、気をつけるよ」


 ジャスティーがようやく口を開いた。


「もう遅いし帰ろうか」


 ジャスティーは続けて仕切り直すように言った。


「そうだな……もう12時じゃんか」

「うし、帰るか」


 3人は席を立ち、レジへと向かった。レジ横のさっきはだれもいなかった出入り口付近のカウンターにスーツ姿の男が一人座っていて店主と何か話をしていた。


 店主はこちらに気づくと「あ、お会計ですね」といいレジにたった。


「僕全部払っておくから先帰っててよ」

「え?いいのか?」

「うん、呼んだのは僕だしこれ経費で落ちるから」

「………じゃあ甘えて……また後でな」


 マーダーとラーヴァはジャスティーにそう言い、店の外に出た。毎度思っている事だが、経費とはなんだろうか。


 飲食店街は居酒屋数件を残しほとんどが灯りを落としていた。人もほとんどいない。なんだかんだで結構話していたようだ。


「もうここで使っちゃおうぜ」


 マーダーがそう言い前の店の壁にべたべたとあの液体を塗りたくリ始めた。ラーヴァは誰かこないかと辺りをキョロキョロ見回していた。


「なあ……」


 壁に塗りながらマーダーがラーヴァに向かって話しかけてきた。


「なんだ?」

「お前、さっき襲われかけたんだって?」

「ああ………」


 ラーヴァはちょうど二時間ほど前に起こった出来事を思い出した。まだそれほどしか経ってないのに酷く前の事のように思われた。


「そうだな、たしかに襲われた………。あちらが殺し屋でも雇ったのか、それとも組の奴らなのかはわからないけど」


 ふうん、と言うとマーダーは瓶の蓋を閉じた。そして、ラーヴァの方を面と向かって向き合った。


「そのとき、やっぱり戦っただろ?」

「そりゃ、もちろん」


 マーダーは真っ直ぐとこちらを見ている。ラーヴァもただ彼を見据えていた。しばらく互いに見つめあった後、マーダーの方からこんな言葉が飛び出した。


「誰か、殺したか?」


 マーダーは静かに、ラーヴァに向かってその言葉を向けた。


 あたりの音が一気にかき消された。実際にかき消されて訳では無いが小さく聞こえていた周りの音が一瞬にしてさらに音量のダイアルを捻ったかのように小さくなった。


 ラーヴァはそんな気がしたのだ。


「いや、だれも」


 静かな空間に淡々とその言葉が吐き出された。マーダーはふうん、と若干関心が薄そうなふうに呟いた。

 この話題を何故ふったかの本質はどうやらそこではないらしい。


「本当に丸くなったなー、って………まあ、俺も多少はそうなってるだろうけど俺は追っては何人か始末したことあるしな、お前はそれすらも殺しはしなかったんだろ?…………やっぱり「大事な人」がいるとそうなるもんなのか?」



 大事な人。


 マーダーの話した内容の中にそんな言葉が混じっていた。


 ラーヴァが真っ先に思い浮かべたのは無造作な長い黒髪を一つに束ねたボーイッシュな少女の姿だ。半分だけ血の繋がったただ唯一の家族で、可愛い妹だ。


 あの子が笑えば自分もとても嬉しくなって笑いたくなる。悲しむ姿を見るとこちらも胸が締め付けられるかのように悲しくなる。

 もし、自分が今までの歩んできた道を話せばあの子はどんな顔をするのだろうか。


 そんなぼんやりとした思考をすると一瞬だけ黒い影が脳内を覆った。それは直ぐに消えていったが、頭の中はぐしゃぐしゃとかき混ぜられたかのようにくらくらしていた。


 ふと、マーダーの方から視線を感じてラーヴァはそちらに目を移した。


 ラーヴァを見ていたマーダーの眉が微かに動いた。


「………お前、今めちゃくちゃ変な顔してたぞ……」


 ラーヴァは弾き飛ばされたような感覚を覚えぎょっとして思わず顔に手を当てた。


 マーダーがくすりと笑った後、申し訳なさげな表情を作った。


「悪いな、変な質問した」

「…………いや……いい」


 頭では冷静を装っていても、顔には出てしまっていたようだ。ラーヴァはしばらく顔に当てた手を戻せなかった。


 マーダーは頭の後ろで手を組んで、ニコニコしながら口を開いた。


「お前昔より表情が出てきよな。前は仮面貼り付けたみたいに仏頂面ばっかで。俺もそうだけどやっぱ毒か抜けたのかな?………相変わらずぶっきらぼうなとこはあるけどさ」

「多分ぶっきらぼうなのは生まれた時からだな」


 マーダーは口を大きく開けて笑った。スーサイドの時はこういった笑い方はしない。二人の性格は実に対照的だ。


「はぁー………おもしれーこと言うじゃんか。」


 思いっきり笑ったマーダーが目の辺りを擦った。


「お前こんな冗談も言えるようになったんだな。感心したわ」

「お前は私をなんだと思っている」

「仏頂面の冗談通じなかったぶっきらぼうな女」


 ラーヴァはそれを聞くと、むっとしてマーダーの体を軽く小突くのだった。


 茶番を幾分か繰り広げた二人は作られたワープホールに入っていき、その場を後にした。


 二人が通ったワープホールはやがてみるみるうちに縮んでいき、跡形もなく消えていった。




 ***



 マーダーとラーヴァが店を出ていくのを見送った後、会計を済ましジャスティーはカウンターの椅子に腰かけた。


「あら、あなたは帰らなくていいの?」


 店主____グランデが声をかけてきた。


「うん、僕はまだ用があるしね………しかし君さ、どんだけ店経営してんの。他にキャバクラとかやってなかったっけ?」

「こことキャバクラとホステスとスナックの4店舗よ。日替わりで回ってるの。すごいでしょ?」


 グランデが笑って飲みのもを一つにカウンターに差し出した。サービスのオリジナルカクテルだ。


 ジャスティーはそれを一口飲むと隣に座っているスーツの男を見た。


 男はワックスできっちりと固めてある鈍い茶髪を掻いていた。男の前にもジャスティーのと同じカクテルが置かれていた。


「今日は同僚同士で飲み会か?」


 こちらの視線に気付き男が茶化すようなふうに気いてきた。


「元、同僚だし飲み会じゃないよ、情報提供を求めただけ」

「………黒狼のね」


 グランデの言葉にジャスティーは無言で頷いた。


「二人に聞けば近道になるかなーって思ったんだけどさ………特にめぼしいことはなかったよ」


 ジャスティーはそういいため息をついた。やけになったようにカクテルを一気に飲み干した。柑橘系の甘酸っぱい匂いが鼻を抜ける。


「まあ、仕方ないな。噂じゃああの若頭が裏で情報の流出を阻止しているらしいし」


 男はジャスティーと同じように飲み物を飲みそう言った。


「で、こうなったら貴女方情報収集のプロに任せるしかないと……」


 ジャスティーは二人に面と向かった。


「そうね、黒狼が昔のような権力を復活させる前にどうにか止めないとね…………黒狼は裏社会の網が広かったらしいし……」

「だな。俺たち情報収集の仕事にも支障が出る」


 男は深刻そうな顔をした。


「なんとしても尻尾をつかむしかないんだ今は……どんなことでもいい、情報を集めてほしい。なるべく僕も動いてみる」


 ジャスティーの声は相変わらず感情が読めないままだが顔は真剣だ。その様子にグランデと男が頷いた。


「わかったわ。なるべく情報をかき集めてみる」

「仲間にも話して協力してもらう。人手は多い方がいいだろ?」


 二人の言葉にジャスティーは「ありがとう」と言った。


 テーブルの飲み物の氷が溶けてカランと音を立てた。

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