hide creature19
静かな部屋にカタカタとキーボードを叩くおとだけが響く。病院の灯りはもうほとんど消えているなか事務室の電気は午後9時になっても依然としてついたままだった。その事務室でラーヴァは一人パソコンと向き合っていた。
この事務仕事はその日の患者数の統計をつくったり資料の作成を手伝ったりするものだった。
前の仕事をやめたときにガクトから紹介してもらった職だ。もともとパソコンはある程度使えたのでこの仕事を進められた。
今日は体調を崩し欠席している同僚の分の仕事まで回ってきているのでかなりハードだった。だが今製作している資料が完成すれば今日の分のは終わりだ。
話を聞いたところ明日には復帰するということだった。
「こうして………できたっ」
軽快なターンっというエンターキーを押す音が響く。画面には保存完了の文字が表示された。
「ん~~~~っ、やっと帰れる」
ラーヴァは椅子に持たれて伸びをした。一度パソコンがフリーズしてデータが飛びかけた時はどうしようかと思った。それもなんとか乗り越えた。
伸びをしていたちょうどそのとき、ズボンのポケットにいれている携帯から振動が伝わる。
ラーヴァは携帯を取り出し画面を開いた。着信の相手はジャスティーのようだ。通話ボタンを推し「もしもし」と言った。
『あ、もしもしー?今どこにいるの?』
彼の声は聞いているだけでは感情が読み取れない。よく聞いてないと重要なことをいっているのに気づかないことがしばしばあった。
そのせいか、ジャスティーの会話にラーヴァは毎回謎の緊張感を覚えるのだった。
「どこって、まだ事務所なんだが」
変な緊張を感じながらそうラーヴァは答えた。
『あれ?まだ仕事終わってなかったの?』
「いや、さっきちょうど終わったとこ」
ラーヴァがそういうと『そうなのか』という声がスピーカーから聞こえてきた。
たまに何となく間抜けに聞こえてしまうジャスティーの声がさらに間抜け感を増した。
「で?何の用なの?」
ラーヴァは携帯の向こうの彼に対してそう言った。こうして電話とはなかなか珍しい事だった。
『いや、ね。夕飯ってもう食べた?』
「んいや、まだだ。帰りに何か買って帰ろうと思ってたとこだ」
それと同時に腹の虫が鳴いた。キュルルルという音が静かな部屋を満たす。
誰にも聞かれていないはずなのにラーヴァは自分の顔が熱を帯びるのを感じた。
『あ、ならさ。今からだけどどっか食べに行かない?僕もまだ食べてないんだ』
携帯からそう聞こえた。
「へえ、用はそれだけか?」
『うん』
「いいよ。どこで待ち合わせる?」
ラーヴァはジャスティーにそうたずねた。
『ちょうど今病院の近くにいるんだ。迎えに行くから5分くらい待ってて』
ジャスティーはそう言った。ラーヴァは「わかった」と言いかけた。
だが、そのとき。
コツ…………コツ……………
と、床のタイルを叩く音が聞こえてきた。
不意なことにラーヴァの動きが止まる。
『ん?どうしたの?』
ラーヴァの異変にジャスティーは反応した。
「いや……………誰か来た………かも」
コツコツという音は更に大きくなった。しかもひっきりなしにコツコツと聞こえている。複数の人物がこちらへ歩いてきているということだ。
『こんな時間に誰かくるの?』
「うーん……たまにあるけど……」
今まで急用のためこの時間帯に人が訪れるということはたびたびあった。だが、こんなに複数のことは今まではなかった。
なにかどこかで不幸でもあったのか?にしては落ち着いているし話し声は一切ない。
ラーヴァはしばらくじっとして音に集中していた。
こうしていると昔を思い出す。このように全ての感覚を研ぎ澄まして、辺りの状態を把握しその場にあった行動を選択する。
コツコツという音は更に大きくなった。だがあるところでピタリと音はやんでしまった。
「止まった………」
『やんだの?』
「多分……ドアの前のあたりにいると思うんだが………」
ラーヴァがそう言ったとき、ドアが開いた。携帯を耳に当てたままそちらを振り向く。
ドア付近には全身黒で統一された男が4人立っていた。
病院で黒といったら喪服か?ラーヴァはそれを連想してしまった。しかしスーツなどの類いでは無い。どちらかと言えば機能性重視の動きやすそうな格好である。
「あの……何か用ですか?」
耳から携帯を離し男たちにそう話しかけた。
と、そのとき、一人の男がいきなりラーヴァの方へと突っ込んできた。
ラーヴァのところまで来ると男は腕を伸ばし薙ぐいてきた。その手にはキラリと光る何かが見えた。
ラーヴァはとっさに後ろにかわした。切れた前髪がヒラヒラと目の前を舞う。男は休む間も与えずどんどん持っているナイフで切り込んでくる。それを後ろ、後ろにへとラーヴァは交わしていった。
こんな病院の事務室でいきなり切りつけてきたことにラーヴァは驚いたが、彼女はさほど焦ってはいなかった。
するすると攻撃を最小の動きで交わしていくなかなか命中しないラーヴァに対して男の顔に焦りが見え始める。
「……………」
ラーヴァは背後をちらりと盗み見た。後ろには壁がそびえ立つ。このまま後ろへ交わしつづければ壁際へと追い詰められてしまうだろう。
男がナイフをまた薙ぎいたとき、ラーヴァは椅子を踏み台にして上に飛んで交わした。
飛んだときに身をよじりその反動を使ってラーヴァは男の顔に回し蹴りをいれた。
男は右に吹っ飛び、鮮血が舞う。男は回りの机や椅子を巻き込みながら倒れた。
ラーヴァは倒れた男からナイフを奪うとまだ入り口付近に立っている男たちの方にそれを向けた。男たちもラーヴァの方を睨み付けてくる。彼らの視線は突きつけているナイフと同じように鋭い。
暫しの沈黙の末、男たちが一斉に飛びかかってきた。ラーヴァも負けじと男たちに突っ込んでいく。
まず一人の男が自分に向かってナイフをつき出してきた。ラーヴァは横に避けながら男の腕を掴み、そのまま投げ飛ばし叩きつけた。
最初に回し蹴りを入れた男の上に思いっきり叩きつけたので下の男が「ぐえっ」と、呻き声を上げた。さらにラーヴァは投げ飛ばした男の頭を蹴飛ばし気絶させた。
失神した男たちを見下ろしている暇などない。
今度は別の男がラーヴァに殴りかかってきた。止めどない攻撃もラーヴァはどんどん交わしていく。
ラーヴァはカウンターで男の顔を殴ると、さらに軸足を引っ掻けて相手のバランスを崩した。バランスを崩すとすかさず相手の頭をつかみそのまま近くにあった机の角に向かってぶつけた。
机の角はある種の置いてある鈍器だ。相手を気絶させることが可能だし、例え負傷しても相手を死に至らせることは少ない。
と、ラーヴァは自分なりの机の角の見解を持っていた。
三人目の男を沈めた後、ラーヴァは最後の一人と向き合った。この中で一番屈強な男だ。男は先程以上の険悪な目つきで睨み付けてきた。
互いに睨みあった後二人はほぼ揃って床を蹴った。そして激しいナイフでの切りつけ合いが始まった。
カキン、と金属のぶつかり合う音が響き、耳元でナイフが空を切る。辺りに置かれていた書類がバサバサと音を立てて舞う。
ナイフの攻防戦は久しぶりだった。男は普段ナイフを使わないのか、ナイフに慣れているとは言えない動きをしていた。
昔の自分なら容赦なく相手の首を狙いそこめがけて刺していただろう。
だが、それはしたくはなかった。もうあの頃とは違うのだ。あそこを抜けたときにもう誰も殺さないと決めたのだ。
ラーヴァは防御の一方だった。どうにかして攻撃を防いでいるのだが、ラーヴァのナイフが刃渡り15㎝ほどに対し相手のは倍ほどの長さがある。
しかも男の能力なのか、攻撃の一つ一つが重いのだ。スピードタイプのラーヴァでは力負けしてしまう。上に飛んで背後に回ろうも男を飛び越えようとするには天井が低すぎる。横に抜けるだけの幅もない。
今回の戦闘はお世辞にも状況が良いとは言えなかった。
ラーヴァのナイフと男のナイフがぶつかり、ガキン、と音がした。
「……!!」
今までの中で一番強い衝撃が自分の手にまで伝わってくる。その強さに思わずラーヴァの手の力が抜ける。男はそれをみるとチャンスとばかりにナイフを横薙ぎに払った。すかさずラーヴァは後ろへと避ける。
たしかにナイフの攻撃は交わした。
だが自分の右頬にピリっと軽い痛みが走った。直ぐに右頬触ると指先に赤い血が付いた。
男をみると彼のナイフを持っている反対の腕の袖から太い針が3本………10センチほど伸びていた。あれで頬を切られたのだろう。
「そんなのありかよ…………」
ラーヴァがそう呟くと男は針を振るいラーヴァに迫ってきた。その勢いにもう後ろへと交わすしかなかった。そう思いラーヴァは後ろへ右足を踏み込んだ。
が、とたんにラーヴァのバランス後ろへと崩れた。
足元の感覚からして、どうやら倒れた椅子に足を引っ掻けてしまったようだ。
(あの野郎、倒れるときに椅子まで倒しやがって…!)
のびている男への悪態もむなしくラーヴァはその場に尻餅を付いた。男は一瞬の迷いもなく、針を振り下ろす。
ああ___これはダメだな。
腕でガードするにも針は自分の腕を貫いてしまうだろう。ラーヴァはぎゅっと目をつぶった。まもなく針は自分に突き刺さる。
はずだった。
___パァン____
暗い視界の中部屋に軽い破裂音が響いた。その直後ドサっと何かが倒れる音が聞こえた。
「………?」
ラーヴァがゆっくりと目を開けると、目の前にあの針を振り上げていた男が倒れていた。近寄ってよくみると男の背中の一転が焦げて煙が上がっていた。
まじまじと男を見ていると入り口のところに誰かが立っているのに気づいた。
ラーヴァはそちらへと視線を移した。
そこには白い煙をあげる銃口をこちらへと向けるジャスティーが立っていた。
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