hide creature17
静かな店の中、アギリはあくびをした。
時計はもう午後10時を指している。この時間帯は全く客がこない。アギリはいつも夕勤なのだが夜勤の人が休んだので代りをしている。どうせ暇なので特に問題は無いし働いた分だけお金は貰える良心的な店だった。
hide creatureに来てから早3週間、あそこにもなれてきたにもかかわらず、まだ全メンバーとの顔合わせができていない。
どうやら部屋に籠りっきりで全く共同スペースに顔を出さない者、hide creatureにすら全く顔を出さない者もいるようだ。KPいわく全員そろうことはなかなかないらしい。基本的に個人の自由を第一に尊重しているからだとの事だった。アギリも入所当時はもっと窮屈かと思っていたが実際こうしてバイトを行っているわけである。
アギリは椅子に座りカウンターにおいてあった求人雑誌をパラパラとめくった。
この前店長に言われたのだが店の老朽化により改修工事をするらしい。しばらく店を閉める必要があるので、アギリはしばらくの間別のバイトを見つけなければならなかった。
工事が始まるまでまだ1ヶ月くらいある。アギリはそれなりの余裕は持てていた。見つからなかったらまたあそこでクロウを探して討伐すればいい話だ。
求人雑誌を眺めているとがちゃりとドアの開く音が聞こえた。そちらを見るとバックヤードから店長が出てきた。
「この時間帯はお客さん全然こないのよ、退屈でしょ?」
店長がアギリにそう話しかけた。アギリは眉を八の字に曲げて笑った。いわゆる苦笑いだ。
「まあ、そうですね………」
店を占めるまではあと1時間はある。それまで求人雑誌で暇を潰そうかとアギリは考えていた。
ふと、アギリは店長が手に何か紙を持っているのに気がついた。
「それ、なんですか?」
「ああ、これはね………」
そう言ってアギリに紙を渡した。
どうやらチラシのようだ。上のほうに大きく「自警団資格習得講座 参加者募集中!!」と、書かれていた。
「アギリちゃんは何か資格とか持ってるの?」
店長にそう聞かれた。
「いや、何も持ってないですねぇ……」
ちょうどそのとき、チラシを見たこともあってかアギリの頭にある考えがふいに浮かんだ。
「せっかくだからなんか資格とかとろうかなぁ…」
「そうね!丁度長期休暇になるしいいんじゃない?」
店長の言った通りに結構長い休みになりそうだ。この休みを利用してそういうことを利用しても言いかもしれない。
「けどなに受けよっかなぁ………資格ってたくさんありますよね」
「うーん……あ、アギリちゃんこの前能力診断検査うけたって言ってたでしょ?結果どうだったの?」
アギリは店長にそう聞かれた。
「あ、あれですか。結果A判定でした」
「すごいじゃない!!」
「え、や…………あ、あははは…………………」
アギリは笑ってはいたが顔はひきつっていた。今だに器具のことが引っ掛かったままだった。
「じゃあ能力を使える資格とかとってみれば?」
店長がアギリにそう言った。
「能力を使える資格?」
店長の言葉にアギリはいまいちぴんと来なかった。
「ほら、今能力を使う仕事は多いじゃない。例えば…………これとかね」
そう言って店長は求人雑誌をめくりとあるページを開いた。そのページ一面には資格を取るための講習会の案内が書かれていた。
店長はその中の一番右上の枠を指差した。
「ハンター資格とかもそうでしょ?」
「あー、言われてみれば」
その他にも能力を使える資格は色々あった。工事現場とか、警備委員とか。
「アギリちゃんよくクロウとかとってたでしょ?こういうの向いてるかもよ」
「よく、ではないんですけどね………」
アギリは店長の言葉を訂正した。だが店長の言った通りだ。
「それならこれもそんな感じですよね」
アギリはそう言って店長に渡された紙を見た。あの「自警団資格講座参加者募集中」がでかでかと書かれている。
「あ、そうだ。そっちもそうだったわね」
店長はアギリから紙を受けとると壁にペタッと張り付けた。日焼けした壁に真新しい白がよく目立つ。
「私の知り合いにね自警団の人がいるんだけど………人手不足なんだってね………………みんなハンター志望なんだって」
「へぇ…………なんか意外ですね。自警団の方がなんかヒーローっぽい感じが」
アギリがそう言うと店長は首を横にふった。
「自警団はね、どっちかというと公の場で能力を濫用した「人」をとりしまるでしょ?それでなんだか固いイメージがついちゃうんだって」
店長はそう言った。
「ふーん………けど、ある意味穴場ですよね」
アギリは店長にそう言った。それにあわせて店長は微笑みながら「そうそう、穴場」という。
アギリの口がにやりと口角を上げた。今度ジャスティーに相談してみよう。
「よし…………じゃあ受けてみよっかな」
***
ジンは機嫌が悪かった。共同スペースのソファで優雅に惰眠を謳歌していたのだが突然一本の電話が入った。
出てみると同僚から今から言うところに今すぐ来いということだった。最初はぐずぐず行きたくないの一点張りをしていたのだったが、丁度そこにいたジャスティーに聞かれてしまった。
彼に
「行け」
と圧をかけられた。
(あの人怒るとやばそうなんだよなぁ………)
ジャスティーの貼り付けられた笑顔を思い出しながらジンは言われた場所に到着した。路地裏の入り口だ。
路地裏に入るとすぐに何人かのチンピラがのびていた。所々負傷している。
声をかけてみるも反応がない。もう終わったのかと思ったのだが、奥の方から声が聞こえる。何かしら匂いもある。
ジンが更に奥へと進んでいくと……
「いた…………」
男たちが暴れている。その中に見慣れた姿が混じっていた。灰色の髪をした青年。頭には犬のような獣の耳が生えている。
青年は男3人とやりやっているのでジンが来たことに気づいていないようだ。なんとか取り抑えようとするも、一人だけではさすがに苦労するだろう。
ジンは物陰に隠れて様子をうかがっている。男たちは麻薬でもやっているのだろうか、やけに興奮している。能力もバリバリ使っている。
そう様子を伺っていると、男二人がジンの近くへと接近してきた。男たちは青年に集中しておりこちらは全く気づいていない。
ジンは占めたとばかりに飛び出した。
ジンに気づいて驚く男たちに容赦なく回し蹴り、手刀を入れる。急所を狙ったので男たちはものの数秒で沈んだ。
青年はようやくジンに気づいたようだ。驚いた目でこちらをみている。
男もこちらをみていた。男の目は酷く血走っていた………が瞳はどす黒く淀んでいる。それに目からは黒い汁も漏れている。
「完全にこれは……………」
ジンはそう呟いた。それと同時に男は獣のような唸り声をあげてジンに突っ込んできた。もはや人間とは思えない。そういった具合であった。
ジンは男をぼんやりと眺めているだけだった。
そして男の手がジンに接触しようとした瞬間、男の目の前からジンが消えた。
正確には彼は男の横を抜けて背後に回ったのだった。そしてジンは渾身の力を込めて男の背中を拳で殴った。
男の体は吹っ飛びはしなかった。何故ならジンの拳は男の体を貫いていたからだ。ブチッ、バキッと肉が裂け骨が砕ける音がする。
だが飛び散るのは真っ赤な血や肉片ではなく黒くどす黒い液体や塊だった。
男は黒い液体をぶちまけながらその場に倒れた。
ジンは動かなくなった男を見下ろした。まもなく男の肉体は黒い蒸気をあげ始める。あたりにジュウっと、いう音が響く。その場には男が着ていた衣服だけが残されていた。これも液で真っ黒に汚れている。
手に付いた黒い液体を嗅いでみると酷く臭い。ヘドロみたいな匂いがする。
「なあ」
背後から声がした。ジンが振り向くと青年がこちらに歩み寄ってきた。
「服………すごいことになってるけど……」
青年に言われ自分の服を見てみると着ている白いTシャツには大量の黒い染みができていた。
「あー…………まあ落ちるし」
ジンはとくに気にしてないようだった。パンパンと軽く服を払った。
「シルバーの服も所々破けてるじゃん」
ジンは青年…………シルバーの服を指差した。破れた服の下の肌が切れて血が出ているところもあった。だが傷はかすり傷程度でシルバーも「大丈夫大丈夫」と軽い返事をした。
彼はジンの所属している自警団にいる。この2人の所属してる自警団は動物関連の能力を持っている者が多いので「動物園」とか呼ばれたりしていた。
彼ら二人の能力は見た目からも分かるように「犬」だ。厳密に言えばシルバーは「狼」にあたるらしいが似たようなものだろう。一言で言えば犬らしいことならなんでもできる。犬の気持ちも何となくわかる。
一応シルバーの方が2つ上なのだがシルバーは敬語を使われるのが嫌いらしくため口でいいとジンは言われている。
ジンはそんなシルバーの返事を横目にしできた黒玉を拾い上げた。
あの男は完全にクロウに汚染されていた。
クロウの主な活動源は動物の精神力だ。クロウは動物から精神力を吸収するためありとあらゆる動物に寄生する。もちろん人間にも。
そして、宿主の精神力を蝕み尽くすとまた別の宿主を探す。その捨てられた宿主はクロウが抜けるとビー玉ほどの黒玉となってしまう。
クロウに寄生されると3日以内までにクロウを引き離さなければこの男のような、人間の皮を被ったクロウになる。こうなるともう宿主ごと壊すしかないのだ。
幸いポケットに財布があったようで、免許書とかがあれば身元がわかるかもしれない。遺族に説明をする時は少々堪えるが。
ジンが黒玉をポケットに入っていたジッパーにいれると、シルバーは隣で伸びている男のポケットを漁っていた。漁ると空の細いボトルが数本出てきた。
「なんだこれ」
ジンがボトルを手にとり月明かりに透かしてみる。ボトルの中にはまだ黄色っぽい液体が少し残っている。匂いはほんのりと香る薬品独特の刺激臭………といったところか。
「ブースト薬だな、これは」
シルバーはそう言って他の男のポケットも漁り始めた。2人だけで空のが5本未使用が2本。多分他のチンピラたちも何本か持っているだろう。
ブースト薬とはは近年弱い能力の救済などに使われている薬品のことだ。効果は一事的な能力の強化、身体能力の向上だった。
その効果に反して薬が切れてくると体の倦怠感などの副作用がでる。
医療用のきちんと調合されたものならばそれくらいの副作用で済むのだが、裏社会で出回っているものはより強い効果があり肉体や能力の効果だけでなく、感情が高ぶり興奮状態になる。
もちろん副作用も体の倦怠感だけではない。体にも負荷はかかるし、幻聴、幻覚などの薬物依存性に近い症状がでる。さらにこういったものを大量接種するとオーバードースを引き起こすことがあり最悪の場合は死に至る。
ちなみに裏社会のブースト薬は違法薬物扱いである。正規のものも処方箋を書いてもらい決まった量を服用しなければならない。
「よし、こんなもんか………」
シルバーは集めてきたボトルをひとつの所に固めた。ざっと見ただけで15本くらいはありそうだ。
「多いね」
ジンがぼそっと言うとシルバーは頷いた。
「わりぃな、いきなりよんで」
「せっかくだらだらしてたのに…………」
シルバーの言葉にジンは悪態をついた。シルバーはさらに「ごめんって………」と眉をハの字にまげた。
2人が地べたに座ってそんな会話をしていると遠くからサイレンの音が聞こえてきた。シルバーがおそらくやりやう事になる前に連絡を入れておいたのだろう。
「お、やっときたか…ほら最後の仕事!やるぞ!」
シルバーは立ち上がった。
「えー………」
「や、る、ぞ!!!」
そうぐずっているジンをシルバーはずるずると引きずっていく。ジンは「あー……」と抜けた声をあげシルバーに引きずられていった。
その後ジンがhide creacherに戻ってきたのは結局約2時間経ってからの事だった。
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