hide creature15
「大丈夫?起きてる?」
と、いう声とともに頬にペチンと軽い痛みが走る。
ガクトが目を開けるとぼんやりとした視界に自分の顔付近に座り込む青年の姿が目にはいる。青い目でガクトの顔をのぞきこんでいた。青年の髪は真っ白で左右に獣の耳みたいにぴょこんと跳ねた癖っ毛がある。
ガクトが起き上がろうとし、半身を起こすと頭がズキッと痛んだ。いまだに血が止まっていないのか傷口から血が垂れてきた。垂れた血が地面に赤黒い染みを作る。
傷口に手を持っていこうとするが、青年に手を止められた。触るなということだろう。
「うん……………大丈夫だ。ジン」
青年……ジンはため息をついて「大丈夫そうじゃないじゃん」と気だるそうに呟いた。
ジンはポケットからハンカチを出すと、ガクトにそれで傷口を押さえるように指示した。ガクトが指示通り、ハンカチで傷を押さえるのをみると、欠伸をしながら首をぽりぽりとかいた。首をかく右手には返り血がついていた。
ガクトは能力の面は長けていたるのだがこういう対人戦はからっしきだった。
それはそうだろう。なんせ自分はプログラマーであって自警団やハンターの類いでは無い。むしろ動くことは億劫で嫌いだ。
ジンはすっかりのびている人間に近づいて懐をごそごそと漁った。するとスタンガンやらナイフやら物騒なものが出てきた。
そのなかに一枚封筒が混じっていた。ジンは封筒の中身を取り出した。白い紙になにか文字が書かれていた。
「なんだこれ」
「もしかしたら……指令書か?」
「うーん……それっぽいけど何語だ?これ……」
ジンは書類とにらめっこをしていた。とにかく英語とかではないことはわかった。ジンに紙を貸すようにガクトは言おうとした。
が、また傷が激しく疼き始めた。
「………………っ」
顔を歪めて傷口を押さえるガクトをみて、ジンはガクトのズボンのポケットを漁った。あの黒い液体がはいった小ビンを見つけるなり開けていそいそと乱雑に壁に塗りつけた。
「もたもたしてられないね。さっさといこう」
「………そいつらは、どうするんだよ………」
「KPさんのほうに連絡いれたよ。多分任せていいと思う」
それを聞いてガクトが疑問を口にした。
「……お前の……とこに入れれば…よかったんじゃねぇのか…?」
「やだよ。俺がいろいろ話しなきゃなんないでしょ?めんどくさい」
自警団に入るには免許をとる必要がある。ジンはまだ仮免許ではあるが自警団に身をおいていた。
だが極度の面倒くさがりで別々の自警団でありながらよくKPに仕事を押し付けていた。KPはとくに何も言わずにこれを引き受ける。これがお決まりである。
「立てる?」
ジンはガクトにそう言った。
ガクトはなんとか壁を支えにしながらよろよろと立ち上がったが足元はふらついている。一歩踏み出してみるがバランスを崩して倒れそうになった。どうやらまだ頭が揺れているようである。
ジン「無理か……」と呟きガクトにかけよりガクトの肩にてをまわした。ガクトのほうが背が高いので若干引きずるような感じになっている。
ジンの体にガクトの体重がかかる。そのときジンの眉が動いた。
「思ってたより軽いんだけど」
「あっそ……」
「ちゃんと食べてんの?」
「………………………」
ガクトはぶっちゃけ最近カロリーメイトしか食べていなかった。それを話すとジンの顔が引きつった。
「ちゃんと食べなよ。体に悪い」
「お前、そういうとこは厳しいよな……」
「だって健康な方がめんどくさい事にならないじゃん」
ジンが何言ってるのと、当たり前かのような顔をしている。真面目なのか、そうでないのかよくわからなくなるような答えだった。
***
ジャスティーはテーブルの上に並んだ診断結果を眺めていた。
まだランク付けはされておらずランクのところは白く抜けている。この診断結果をこの会議に揃っている5人でじっくり四日間かけて判断する。別に四日もかけることもないとジャスティーは思う。
ほとんどの者は見た感じだいたいB~Eだった。今からはテーブルに残された3つの診断結果について話合われる。
「えー……今日診断をされた三人ですが……結果を見た感じAは確定してもいいかと…」
ジャスティーの右に座っている黒髪の女がそう言った。その場の全員は納得したような顔をした。
「たしかにそうだな。まずA判定を下しても問題ないだろう。」
ジャスティーの目の前にいる男が頷く。彼の個性的な髪形に思わず目がいってしまう。
そういえばこの会議に出席しているものはジャスティーとルーシー以外見た目に癖のあるものが多かった。隣に座っている黒髪の女も顔によくわからない入れ墨がいれてあった。
「本題はこれからですね……………」
一番窓側の席に座っているルーシーがそう仕切り直した。窓の外のネオンサインが毒々しい色をはなち光っていた。もう夜も遅いのだろう。
「この3人にS判定をつけるかどうか……」
ジャスティーは静かに呟いた。
この3人…アギリ、ミズキ、ハルにSランクを与えるかの会議だ。
「まずこのサイコ系の二人ですが」
顔に入れ墨のある女が口を開いた。
「難しいところだな………サイコ系でSランクはまだついたことがない」
ジャスティーの斜め左に座っている男が口をひらいた。髪は腰くらいの長さまでありところどころ青のメッシュが入っている。そのメッシュもビビットカラーで窓の外のネオンのように毒々しい。
「そうですね……これを期にSランクをつけるか。あるいは今後の基準とするか………」
「別につけてもいいくらいではあるけどね」
ジャスティーは椅子にぐいっともたれた。
「皆様はどうおもい……」
ルーシーがそういいかけたとき、ジャスティーの電話がなった。
一斉にジャスティーの方に目線が行く。だが、電話を切るようにとがめるものはいなかった。
この携帯はhide creatureの業務連絡用だった。ジャスティーは事前にこの事を話してあった。ここにいるメンバーは全てhide creacherの事を知っている。
「失礼」
ジャスティーはそう言って立上がり部屋の外にでていった。そしてしばらくすると戻ってきた。
「すみません。hide creatureのことで少し不祥事があったみたいで……今すぐ来てくれと」
ジャスティーがそう言うと、ルーシーはうなずいた。
「わかりました。後のことはまかせてください」
ジャスティーは一礼してそのまま「失礼しました」と、いい部屋を後にした。
電話はジンからだった。ガクトが何者かに襲われて怪我をしたらしい、という内容だった。ジャスティーもこの前つけられていたことがあった。それとなにか関係があるかもしれない。
ジャスティーは部屋を出てすぐ壁にあの液体をベタベタと塗りつけた。塗り終えるとそのままワープホールへと入っていった。
ジャスティーがワープホールをでるとワールドツリーの下にちょこんとジンが座っていた。そしてジャスティーを見るなり「おかえり…」と言いあくびをした。その手には細かくこびり付いた血がついていた。
「手、血ついてるけど……」
「ああ………こへかへりちぃ……」
あくびをしながらジンは答えた。
「ガクトは?」
ジャスティーはそれが気になった。どこを怪我したのか、怪我の程度もなにも知らされていない。顔には出ていないが心配しているのがジンにはわかった。
「もう手当てもしてもらって寝てるよ。頭を強く殴られたっぽいけど異常は多分ないって」
「そう」
弱冠その声には安堵の色があるようにジンは思えた。
ジンは目を擦りながら立ち上がった。そしてポケットのなかから二つに折られた封筒をだした。それをジャスティーに渡した。
「襲ったやつらの懐をあさったらでてきた」
ジャスティーは封筒を受けとりさっそく中をみた。紙が一枚入っていてその紙にはアルファベットに似たなにかが書き連ねてあった。なにかの言語であるかは間違いないが、ジンにとってはてんで読めたものではなかった。
が、ジンはジャスティーもこの文を読めないのではないか、という心配は全くしていなかった。そもそもジャスティーに連絡をいれたのも彼なら読めると確信をもっていたからだ。
以前ジャスティーと二人で過ごしていたとき、何回かジャスティーの携帯に連絡がでた。そのとき電話に出て話をしているジャスティーをジンは思わず二度見してしまった。
その電話の言語が全て違うにもかかわらずジャスティーは流暢に会話をしていたのだ。
よく見慣れて聞きなれた言語から、いったいどこの国の言葉かと訪ねたくなるようなものまで。特に弊害もなく、つらつらと話してたまにげらげらと笑っていた。
言語オタクとはまさにこの事なのだろうとジンは実感した。
ジンはときどき何かを呟きながら読んでいるジャスティーをじっと見ていた。
ジャスティーは読み終えると紙から顔をはなして「んー…………」とうなり頭を掻いた。
「何て書いてあったの?」
ジンはジャスティーにそうたずねた。だが、彼は首を横に振った。
「だめ?」
「うん、ちょっとね………これどこの言語?」
ジャスティーは肩を竦めた。
「言語オタクにもダメな言語ってあるんだ」
「ちょっとそれどういう意味」
「そのまんまの意味」
ジンに言われて、ジャスティーは参ったというふうに頭をかいた。だが読み物は好きだし辞書は片っ端からかじるように読んだこともあったので否定はできなかった。
「まあ………とりあえずこれは預かっておくよ。上に回してみるから。」
「了解。じゃあ、俺は行くよ」
ジンはそれを言い残して、広場を後にして自分の部屋へと歩いていった。ジャスティーはその背中が見えなくなるまで見送っていた。
ジャスティーはジンの姿が見えなくなると、あの紙を取り出して開いた。そしてそれを黙々と眺めた。
ジンには悪い事をした。ジャスティーはそう心の中で詫びた。
だが、彼は面倒なことに巻き込まれるのが大嫌いである。それならこれは真実は教えない方が良かったのではないか。
なにせ、これを知ってしまったからにはめんどくさい事に巻き込まれるのは確実なのだから。
ジャスティーはそう思いながら目の前の文字の羅列を読み直していく。
これは文字ではなく暗号だ。ある一定の人物のみが解読法方を知っている。これを使うのはずいぶんと久しぶりだった。そしてこれから起こりうることも想像することが出来た。
ジャスティーはひと通り読み直すと、紙を乱暴に裏向けた。裏にはもちろん何も書いてない。
………普通ならばそうであるはずである。
その白い面の下の端の方。そこには小さく、逆三角形が刻まれている。その三角形の中には、目のようなピクトグラムが守られるように書き込まれていた。
ジャスティーはその目に睨まれているような気がした。背中の筋の血の気がすうっと一瞬だけ引いていくような気がした。
ジャスティーはその目を睨み返して、紙を折りたたむと乱暴にズボンのポケットに突っ込んだ。
そして、また壁のワープホールに入るとしばらくhide creacherに戻ってこなかった。
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