失敗を得て、成功を取れ

「くそっ!、荷物が全部崖に落ちちまった!」

 そう叫ぶ男は崖際で谷底を眺める。下には無残に壊れて荷物が散乱した馬車があった。

 よほど急いでいたのか、狭い崖路の中曲道があり、曲がり切れなかったのだろう。


 誰の目で見ても回収が不可能だろう。今は雨が降っており、地面が滑りやすい。馬車が落ちた理由もこれが原因だ。他にも谷底まで何mもあり、降りれたとしても荷物を上げる手段がない。

 「毛皮がっ、毛皮がぁ!せっかく北に出て仕入れたのに!」

 いくら叫ぼうとも落ちたものは戻ってこない。それに、今頃泥にまみれて到底売り物になりはしないだろう。


 叫び疲れたのか静かになる。けれど、男の目線は下をずっと見ている。

 雨脚が弱くなり、晴れ間が見える。男の心情を嘲笑うかのよう太陽が輝き、鳥が鳴く。それでも、男は下を見つめる。


 日が南中したところでようやく男は立ち上がり、山を下っていく。かろうじて難を逃れていたのはわずかな資金と己の身一つ。日が暮れ、月が昇っても歩く。歩く。

 山のふもと、森の切れ間の先に壁が見えてきた。日がもう一度顔を見せている。


 門のあたりで見張りをしていたものが男を見つける。

「おーい、どうしたぁ?」

 男は手を力なく上げ、そのまま通り過ぎる。その際、青色の模様が描かれた木簡を見張りに見せる。

 この木簡はいくつかの種類があり、緑は農民、赤なら鍛冶師といったように職業別に色分けされている。青は商人の色だ。

 その木簡を見た見張りは怪訝そうな顔をしながらも男を通す。


 今は太陽が出たばかり。にも拘わらず、人々が大通りに出て様々な仕事をしている。その波を縫ってある場所にたどり着く。

 看板には黄色の模様がされていた。


「おお、戻ったか。成果は聞かねえでやるからとりあえず飲め」

 カウンターで書き物をしていた男が立ち上がり、奥へ行く。

 商人は黙って椅子に座り、雨よけのフードを脱ぐ。その左顔には刺青が入っていた。

「ゼーロ。毛皮、ダメにしちまった」

 ゼーロと呼ばれた男は、ビンとコップを持ってきて、机に置く。

「ゼンが失敗することはいつものことじゃねえか。気にすんな」

「いつもすまねぇ。金を借りてんのに」

 コップに酒を注ぎこみながらゼーロは笑う。

「いいって。ゼンに貸してる金は俺に取っちゃはした金も同然だ。いつかお前が一山当てて返してくれるまで待つさ。今までだって、少しづつだが返してはいただろう?それが少し長くなるだけさ」

 ゼーロが入れた酒を受け取る。湯気が立つコップをのぞき込むと情けない顔が映っていた。

「情けねえ顔」

 ゼンが自傷気味に笑うとゼーロが諭すように言う。

「人は失敗して、成功する生き物だ。受動的ではなくて能動的に生きていかなければ死んでいるようなものだ。ゼンの今までの失敗で同じことは一つとしてない。全部違う失敗だ。その失敗を得て、成功を取れ」

 ゼンが顔を上げると何かが投げつけられた。手に取るとタオルだった。

「とりあえず。泥くせぇから体洗ってこい。そしたら、仕事をやる」


 仕事とは、配達のことだ。街の中を駆け巡る配達人ではなく、街と街を移動する配達人だ。商人の立場を利用して行っている仕事である。

「今回はこれか?」

 目の前に置かれた手紙の束。背丈の半分ほどにまで積まれている。

「ああ、今までたまりにたまったものを運んでもらおうかと。これ以上貯めたら別途金がかかっちまう」

 ゼンは、手紙の束を見て目的の街までのかかる日数をはじき出す。

「二月で行ける」

「じゃあそれで。馬車もつぶしたんならそれぐらいだろう。行き二月で帰りに一月で行けるか?お前は考えられないぐらい運が悪いからな」

 ゼーロにうなづく。

「じゃあ、3割前金7割後金な」

 あっさりとした商談を終え、手紙の束を背負う。前金をしっかり受けとり、証書の複製も何枚かもらう。

「じゃあ、予定三月で行ってこい」

 ゼーロと店で別れて、門に向かう。街から出るときは木簡は見せずに通れる。

 街道を外れないようにしっかり歩こう。失敗しないためにも。

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