E.N.S

アーキトレーブ

ノットワンナイト

 海が見渡せるビルの屋上。夜風は冷たくて、足下には街灯が星のように輝いて、車のライトが川の流れのように滑っていた。

 もうさようなら。私は夜に帰るつもりだった。

 夢のような世界がもしあれば、私は変わることができたのだろうか。


 ビルの柵の向こう側。一歩踏出せば、後は加速して私はこの世界から退場する。

 コンクリートの踏み台から見ても、満月は遠くて掴むことができなさそうだった。


 遠くに観覧車が回っている。思い出の場所だった。それを見れる場所で消えたかった。時刻は二十三時五十九分。あと一分で私の誕生日だった。


 何もない夜がこんなに綺麗な世界だとは知らなかった。

 でも、これ以上生きていても意味がなかった。


 観覧車の照明が揺らめいて、海に写っていた。


 ゆらゆらと揺れる風の中、


 待ち焦がれた夜の闇。


 観覧車が四つのゼロを表示した。


 右足を持ち上げようとすると、声をかけられた。


「要らないならその命は私が貰う」


 隠れ潜んでいた夜の闇。

 それが悪魔の商人との出会いだった。

 そして、私はちょっとだけ夜の世界の住人になった。

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E.N.S アーキトレーブ @architrave

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