聖なる夜の。

 白い息が街を彩るように、偽物の雪が偽物のもみの木を色付ける。十二月、毎年恒例の大イベント。チキンやケーキを売り捌く客引きの声が響き、それを無視して雑踏は忙しなく行き来する。まるで世界中の誰も彼もが幸福であることを疑わないようだ。男は傍らの少女を見下ろす。小さな顔は長い髪とぐるぐると巻かれたマフラーに隠れ、余計に小さく見える。鼻の頭が少し赤く染まっているのが、いつもより少しだけ幼く見えて、何とも可愛らしくて堪らない。ふふっ、と笑ってしまったのを少女は見逃さなかった。

「な、なに?」

「ううん、なんでも」

「嘘でしょ」

「バレたか」

 当然でしょ、と少女は自慢げに、けれども、少しだけ怒ったように頬を膨らませた。それが余計に可愛いいんだけど、とは流石の彼も言わない。そんなことを言ったら、きっと彼女は怒ることが分かっていたからだ。

 触れない距離にある指先が、ほんの少しだけ寂しく、けれども安堵したまま揺れる。いつ壊れてもいいと互いに思っていた時間が、伸びやかに続いていく奇跡を噛み締める聖夜の前日。嘘みたいに輝く町中で、見上げた先に本物の純白が舞い始める。


「ゆき、だね」


 ぴくり、と少女の肩が動く。


「……ゆき、だね」


 傷だらけの小動物みたいだ、と男は心の中で呟く。この小さな肩を今すぐにでも抱き締めてしまえるような覚悟があれば、自分はきっと、一生彼女を護っていけるだろうに、と躊躇することに少しだけ足掻こうと、一歩を踏み出した。

「いつも有難う」

「な、何が」

「何でもいいんだ、理由なんて」

「……良くないわよ、理由は大事だわ」

 少女頬は相変わらず膨らんでいて、けれども確実に緩んでもいた。

「いいんだよ、僕が言いたいっていう理由があるんだから」

「強引なのね」

「割とね」

 ふふふ、と笑い合う。雪は彼等の頭上で祝福のダンスを繰り広げている。ふわふわ、ふわり。

「急ごう、ケーキの予約の時間だ」

「三回目のクリスマス、のね」

 こんなに穏やかな顔をして、こんなに安らぎきった心同士で、笑っていられる未来など、あの頃の彼等は知らなかった。


 あの三年前の、聖夜の雑踏の中で出遭ってしまった彼等の未来地図は、白紙だったのだから。

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