セッカとユキ
空唄 結。
もう。まだ。
しん、と冷たい空気が張り詰めている。少年のように若く見える男とあまりにも大人びた少女が言葉も交わさずに歩道を歩いている。彼等の間には沈黙が横たわり、車の通り過ぎる音だけが異様に響いていた。が、驚くほどに二人の間の空気は熱を帯びている。優しくも烈しく、そして柔らかく緊張した、甘やかで、でも何処かよそよそしい、そんな空気。
「ねぇ」
少女が口を開いた。楽しげなのにそれは少しばかり硬い。
「どうした?」
男が答える。微笑ましげな優しい声で、少女の言葉を促す。
「私達、もうすぐ出会って二年になるのよ」
弾む気持ちを抑えられないように少女は言う。表情は少しの浮つきも見せないが声に滲み出ている辺りが、未だ彼女が少女たる所以である。
「そうか、もう二年なんだ。早いね」
感慨深いというように男は溜め息を吐く。深い満足が少女にも伝わり、彼女の頬は自然と緩んだ。
「あっという間ね。これまでの人生の中で最高の二年だったわ」
もう思い残すことはないわね、なんて少女の言葉に男は驚き、そしてゆっくりと微笑み、告げる。
「まだだよ」
「何が?」
少女は目を丸くする。自分は何か悪いことを言ってしまっただろうかと不安になりながら。
「二年なんかじゃ足りないよ。僕らはまだまだこれからずっと先の未来まで最高の時間を更新していくんだから」
「……随分自信があるのね」
「あるよ。あるさ」
男は立ち止まり、少女の指先に少し触れ、指を絡ませる。少女はぴくりと震えながらも受け入れ、男の顔を恐る恐る見上げる。
「僕も同じだから。この二年は人生最高の二年だった」
少女は泣きそうな表情をどうにか引き締め、そして、馬鹿ね、と呟いた。
「馬鹿でもいい。君と歩くことを許されるのなら」
「本当に馬鹿よ。誰も許さないはずないじゃない」
しん、と冷たい空気が張り詰めている。少年のように若く見える男とあまりにも大人びた少女が見つめ合い、微笑み合う。彼等の間の沈黙は、穏やかな熱を持ちながら膨らみ、そして弾ける。弾けながら降り注ぎ、降り注ぎながら積もっていく。甘くて脆く、今すぐ解けて消えてしまいそうなほどに儚い熱。永遠など望まない。でも今がずっと続けばいいと二人は願う。
「まだ、二年だよ」
「まだ、二年なのね」
年月など関係ない。人生のうちの何分の一だとしても、この優しい月日は何物にも変えられない。二人は再び歩き出す。寄り添いながら、でもいつ離れてしまってもいいように、「今」を重ねていく。ささやかな幸せがいつか両手から零れるくらいに膨らんでいくように。一つ一つの幸福が互いに刻まれていくように。見えない愛を捕まえていくように。
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