第16話

鎖の擦れる音が微かに聞こえ、コエは目を覚ました。やけに体が痛く、何かが足りないと感じる。チラッと自身の体を見ると痛々しい傷が見えた。寝起きであまり働かない頭がだんだんと今までの出来事を思い出す。テイラーに遊びという名の拷問らしきものを受け、意識を失い現在に至る。さっきから隣で聞こえる音を発していたのはエルだった。見た感じ怪我がなさそうで安心したが、コエ自身が怪我だらけなのでそこは安心できない。

正直な話コエは呼吸をするのですら痛みが生じるが、そんなこと気にして入られない。

「……え、る…………」

「ッ!……こ、コエッ!……良かった無事……じゃないけど…でも、良かった死んじゃったかと思った!」

「勝手に……殺さないで、よ……」

エルに事情を聞くと、どうやら今いる場所は森の中にある廃墟で犯罪者達のアジトらしい。普段なら何か行動しなければいけないのだが、鎖はキツく頑丈、鎖がないとしても今のコエでは役に立つことは無理だろう。エルの表情がだんだんと暗くなっていく。

「…………エルね、仲間にならないかって、言われたんだ。」

「ッ!?ちょっとま」

「独り言だから、返事しなくていいよ……それでね、ミッシェルって人からね…仲間になるためにはエルが犯罪者になる必要があるって言ってたんだ……でも……でもね、エルね……」

エルの目から大粒の涙が溢れ出した。

「嫌だな!誰かを殺したり苦しめたりするの!!……エル、犯罪者の仲間になんかなりたくないよォ…………ずっとみんなの仲間でいたいよ……」

涙を拭ってやれない自分にコエは腹が立った。小さな女の子が仲間が泣いているというのに、今まで誰にも話せずにいたのだ。手を差し伸ばせない自分に悔やみ、そして恥ずかしさを覚える。

「…………じゃあ、俺も独り言……」

黙っていられない、何か話していないと自分が何かに押しつぶされそうで、特に話したいことなんてないはずなのに口が勝手に動いてしまう。

「……俺ね、昔から俺が大好きだったんだ。ある程度は平均まで出来たし、治癒属性だから怪我したって平気だったし……誰だって救えるって思えていた……でも、案外そうでもないね……今近くにいるエルすら救えないんだもん。俺、自分がカッコ悪い……今、俺は俺が大っ嫌いだ」

それは全てコエの本音だった。泣きたくないのに自然と涙が目に溜まる。声が震える。情けない自分にコエは怒りが湧き上がるのだ。

「今は自分すら治せない。ここまで負傷したことはないから……誰も何も治せないなら……こんなんじゃ……何のために治癒がいるのか分からないじゃないか……恥ずかしい……情けない……ムカつく……今の俺、足でまといの何者でもない……」

エルは初めて見たコエに驚く。エルが知っているコエは自信たっぷりでナルシストでいつも笑っている。

「コエも、泣くんだね」

と、言ってエルは小さく微笑んだ。

「俺だって人間だ……泣く時は泣くよ」

「……コエは泣かないって思ってたから」

「そうかな、俺、結構泣き虫だよ」

「そうなの?」

「そうだよ……というか俺が泣き虫というか皆が泣かなすぎなんだよ……皆……昔に辛いことあったくせに、表に出さないんだ。…………強いよね。」

「コエ?」

「ねぇ、エル……質問しても、いいかな」

「……いいよ」

「……俺さ、アリマ達みたいになにか特別あったわけじゃないんだ……何不自由なく幸せに暮らしてきた。だから……俺、皆の仲間でいるのに相応しくないんじゃないかな」

「どういうこと?」

「皆、なにかに必死なんだ……けど、俺は勝ちたい相手や因縁があるとかでもないし、真剣な皆の隣にいるのに……その、失礼なんじゃないかって……俺、皆の仲間でいいのかな」

暫くの沈黙。コエは少し後悔する。言わなきゃ良かったかなとかマイナスな思考が働く。エルがやっと口を開き

「コエは馬鹿なの?」

と、真顔で言った。

「ば、馬鹿だなんて」

「仲間になる条件に、重い過去必須とかないじゃん……パーティーリーダーはアリマっちだよ?……そのアリマっちが決めたんだもん。仲間でいるのに条件なんて必要ないよ……暗い何かがあろうとなかろうと皆が仲間だって思ってるからコエは仲間だよ。」

にっこりとエルは笑った。エルはお世辞など嘘を言わないことを知っているからこそコエはストンと胸の中で何かが埋まったような音がした。エルの本音だと知っているからこそ嬉しくてたまらなかった。

「…………守らないとね……」

「……?なんか言ったかエル」

「コエ……またエルの独り言ね」

エルの目に迷いなどはない。

「エルね……犯罪者達について行くよ……あのパーティーを守るために」

_______________


「アリマ……あっちに行こう」

と、暗く何も無い空間の中、幼いマリアが手を差し出した。どうしてマリアが小さくなっているんだと疑問に思うアリマだが、アリマも幼くなっている。そのことにさらに驚く。今の状況に頭が追いつかない考えることが億劫でしょうがない。もう、何も考えたくない。

「それでいいんだよアリマ……アリマは何も考えず、私のそばにいればいいだけ……ね?簡単でしょ?……だから、アリマ……早くこの手を取って」

「楽になれるよ」とマリアは笑みを浮かべながら言った。その言葉にアリマは反応する。楽になれる苦しくないとアリマの頭でこの2つの言葉がぐるぐると回る。ゆっくりとマリアの手に近づいていく。

「何してんの」

誰かに手を掴まれ、強制的にマリアの手を取ることを阻止された。マリアは邪魔されたことに腹が立ち相手を睨み、アリマは顔を上げ、手の主を見る。

「………………スバル………………」

アリマの手を掴んでいたのはスバルだった。スバルは特に何かを言うわけでもなく無言で顎でくいっと向こうを指した。後ろを見ると、そこには強い光がありアリマは目を細めた。その光に誰かいた。逆光で顔は見えないが確かにアリマが知っている者達でどこか懐かしくてそして大切な者達。

「……皆……」

「アリマ……」

男がアリマに手を差し出した。そして笑みを浮かべながら

「帰ろうよ」

そう言った。

_______________


「ダメだ……」

「アリマ?」

微かな声だったがゼロ距離のマリアにはしっかりと聞こえた。ボワッとアリマの体から炎が燃え上がる。マリアは咄嗟に隣の木へと飛び移った。さっきまでのアリマとは違い、マリアは怪訝そうな顔をする。アリマはマリアに向け手を伸ばす。

「私な、パーティーリーダーなんだ」

「……へぇ、そうなんだ!流石アリマだね!!…………で?何故それを私に言うの?」

口は笑っていても目が笑っていない。そんなマリアを見てアリマはフッと笑った。笑われたマリアは苛立ち、珍しく真顔でいる。アリマがマリアに向け伸ばした手からは炎が燃え盛る。アリマを中心に炎はアリマを囲う。

「パーティーリーダーと言っても、肩書きみたいなものなんだ。誰も何も命令を聞きやしないし、全くもって勝手な奴ら…………だけどな……私はそれが好きでもあるんだ。気に入っているんだ。」

アリマはマリアを見据える。

「お前には分からないだろうマリア……だからこの話をしたんだ。……この感情を味わえないお前があまりにも"可哀想"だからな。」

その言葉を聞いたマリアは目を見開き、アリマに突進した。マリアは蹴り、それを炎でかわす。アリマが殴り掛かればそれを水で防御する。その繰り返しが続いた。

「ッ!……なんなのさ!いきなり目をキラキラさせてさ!アリマに希望なんか似合わないよッ!!!だって、アリマは昔から私がいないと何も出来なくてさ!弱っちかったじゃん!それにそれに」

「マリア」

マリアの右腕を掴み、アリマは静かにマリアの目を見て言った。

「確かにあった過去の話より、不確かな未来の話をしようか…………マリア」

「は?先のことなんか話してもなんにも楽しくないよ!私はアリマとあの頃の話をしたいんだよ!!ねぇ!!アリマッ!!!」

「…………マリア……もう、終わりにしようか」

「えっ?……嫌だよ……そんなつまらないの……あぁ、そっか…あの頃みたいなアリマもういないんだ。つまらないな……きっとアリマはもっともっとつまらなくなるんだ。そんなアリマは嫌いだな〜」

「私はお前の人をオモチャの様に扱う所が未だに理解できない。する気もない」

「別にアリマに理解されなくてもいいよ……つまらないアリマは」

「もういらない」と言いながらマリアは服の中に隠し持っていたのであろうナイフをアリマに突き刺そうとする。

「まぁまぁ、まりちゃん……落ち着きなって」

結果的にアリマにナイフが刺さることは無かった。なぜならマリアの体をヒノワを始め犯罪者達が押さえ込み、アリマを守るためにカピラタ始めパーティーメンバーが守ったから。

「お前ら」

「遅くなってごめんね!アリマちゃん!」

「はっ!ボロボロじゃん!アリマちゃん情ねーな!」

「うさ公も結構だけどね!」

「助けに来ましたよアリマさん!」

「大丈夫か?アリマ」

「あらあら、こちらも揃っちゃいましたね」

テイラーが呑気そうに言う。サリエラはテイラーを睨みながら

「また会ったな」

「また会っちゃいましたね」

「さぁ、エルエルを返してよね……あとコエコエも」

「コエくんはヒノワと遊ぶから!!無理かな!!」

「それにエルさんも」

「ここは変態の巣窟ですか?」

「変態なのです?」

「ちょっと、バルネシさん変なこと言わないで欲しいですクレアちゃんに悪影響です」

「……その変態に俺も入っているのか!?」

「うるさいな」

「なんで皆がいるの?」

「まりちゃんを止めに来た」

犯罪者達はマリアの押さえ込みをやめる。何をするか分からないのでアリマ達は警戒を緩めなかった。

「嫌ですねー、そんな警戒ばっかりしてると疲れませんか?ほら、コエくんの出番ですよ」

「ッ!……皆……」

「コエ!!」

どこからともなく現れたコエの姿にアリマ達は驚いた。

「お前……手足が……」

「あぁ、抵抗されたので取っちゃいました」

「ていくん!ちゃんとコエくん治るんでしょうね!!」

「治りますよ……ラストアークに入ればね」

「何を言っているんだ」

「ゲームだよ……アリマ」

マリアが愉快そうに声を出す。

「こえっちは返してあげる……でも、えるっちは返さない」

「はぁ!?なにそれ!エルエルは私達の仲間だよ!?」

「……エルさんから言ったんですよ?ねぇ?」

「…………うん」

ミッシェルの背後からエルは姿を現した。いつも明るいはずのエルが今にも泣き出しそうな顔をしている。

「……ほら、ちゃんと言わないと……えるっちはいい子だから、言えるよね?」

「…………みんな!!…………エルは、こっちについて行くことにしたんだ!…………今までありがとうございました!」

無理矢理作った笑顔。皆がエルを呼び止めるがエルは背を向け、森の中へ行ってしまう。他の犯罪者達もアリマ達に微笑みながら消えていく

「さぁ、楽しいゲームをしようかアリマ」

「……エルを返せ」

「ルールは簡単。えるっちを取り返せたらアリマ達の勝ち。えるっちが犯罪者になったら私達の勝ち……制限時間はえるっちが犯罪者になるまで……じゃあ、バイバイアリマ」

「待てッ!」

アリマの伸ばした手はマリアを掴むことが出来ず空気を掴むだけだった。

「…………エル」

「とにかく、ラストアークに戻りましょう」

「……俺達は、負けたのか?」

誰かがそう呟いた。

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