第11話 600年に渡る彼女との約束

 赤城の開けた中部格納庫から中へ入ると何もなく、薄暗い空間が広がっていた。

 例えで表すなら立体駐車場をこれくらい広くしたらこんな感じになるんじゃないだろうか。


「こんな所に艦載機が70機近くも搭載されるのか」


「はぁー、私だったら空を飛んで敵まで近づいて、魔法でドーンとか剣でグサッってだけの単純なお仕事なのに……」


 エリは「これが非力な人間の知恵ですか……」と気だるそうに辺りを見回していた。


「まあ、そういうなよ。これだって当時の人の知恵だったんだぞ」


 発艦がめんどくさいとか帰還した時の搭載がだるいとか甲板が脆いとか無意味な機銃とかは突っ込まない。


「それじゃ、他へ行くか」



 俺達は中部格納庫の側面についている斜め60度くらいはある急な階段を登り居住区を通る。


「……やっぱりか……」


「うわっ! 何ですかこの拷問部屋みたいな空気がする場所は!?」


 やっぱりここも史実通りだった。

 煙突が横についているせいで普通に窓を開けたら煙だらけになってしまう。だからここの区画にある窓は開ける事ができない。

 といっても、赤城は今起動していないから開けても問題ないのだが、念のため開けない。

 この区画は居住性が悪い事から通称"人殺しの長屋"という名前がついていた。

 それに反比例してなのか艦飯の中では、とても旨かったそうだ



 その区画を抜けて飛行甲板に出る。

 そこから回りを見渡すと初めて海を見た時のような何とも言えない気持ちになった。


「水の海ではなく草の海に浮かぶ赤城か……」


 ここは結構高い標高のハズなのだが体をよろけさせるような強い突風はなく、優しいそよ風だけが流れる。


 そんな感情に浸っている俺にエリは腕をいきなり組んできた。


「やっぱりご主人の判断は正しかったんですよ! だってこんなに豊かなで優しい国を守ることができたのですから」


 俺が…この国を守ったのか。なんか実感がない……のは当たり前か。前世の記憶なんて全くないしな。


「前世の俺は凄い奴だったんだな」


「いえいえ、記憶こそ失っていますが魂の本質は変わりませんからご主人も同じです」


「本質?」


「はい、本質です。ご主人の前世、コウさんはすぐに助けてしまう習性がありましてね」


 習性って……俺が動物みたいじゃん。


「それでご主人も同じく、あっちの世界では轢かれそうになった猫を体を張って助けたり」


 なんで知ってんだよ。まだ会ってないだろ!


「ヤクザに絡まれた人を身代わりになって助けたり」


 ちげぇ! あれはホモに捕まって成り行きであんなことになってしまったんだ!


「クリスマスの夜、歩きすぎて動けなかった"私"を助けたり」


「えっ……?」


(今エリはなんて言った? 私を助けた?)       


「ご主人が20歳の時、足を痛めて動けなくなった私をおんぶして自分の家まで運んで、手当してくれたんですよ。覚えて……ませんか?」


 エリは心配そうに俺の顔を覗きこむ。


(あぁ、あの時助けた12才くらいに見える銀髪の女の子はエリだったのか)


 俺は覚えている。あの日の事を。


        Д


 そのクリスマスの日、俺は何もする事が無かった。だから暇潰しにと近くのイルミネーションが輝く道を一人で何も考えず歩いていた。


 少ない友達は皆、バイトが入っているとか彼女と過ごすわとかで誰も空いていなかったのだ。あの学でさえ「今日は紗枝ちゃんと過ごすからゴメン」と彼女とのデートを優先した。


「ったく、こんな日にバイトとかあり得んわ。あとリアルは破ぜてくれ」


 俺はブツブツと一人事を言いながら一人で町を歩いていると、ベンチに一人の銀髪少女が「いてて」と靴を脱いで足首をさすっていた。

 少女の足は少し離れた位置にいる俺でも分かるように真っ赤に腫れていた。


 俺は気の毒に思い「なあ君、凄い足首腫れてるけど大丈夫か?」と話しかけてしまった。

 するとその少女は「大丈夫ですからほっといてください」と無愛想に返答した。


 あの時の俺は馬鹿だったんだろうと思う。


 俺はそんな少女をほっとく事ができなくて、ほぼ無理矢理おんぶして近くの俺の家まで連れていった。普通、そんな事したら警察沙汰になるだろうに。

 まあ、その少女が騒がなかったお陰で刑務所生活をせずに済んだのだが。


 家に連れてくると俺はリビングのソファーに座らせ、救急箱を取るため押し入れを開けて探す。

 今年、上京してきたばかりなのに押入れが酷い事有様になっている事なんて誰にも言えない。


「どうして貴方は見ず知らずの私を助けたのですか? 人間というのは自分を優先するものではないのですか?」


 ガラクタの山から救急箱を探している時、少女はまるで自分は人間ではないような話し方で質問してきた。

 俺と同じように虐められてきた子なのだろうか。


「まあ、世の中にはそういう奴もいるかもしれない。……いや、そういう奴の方が多いだろう。だがな」


 俺は救急箱をやっと見つけて少女の方へ持っていく。


「その世界の中でもこんな感じのお人好しの馬鹿は一人くらいはいるんだぞ」


 俺は少女にそう笑いかけながら、救急箱を開けてシップとテープを取り出す。

 そんな俺の言葉を聞いた少女は「……もしかして貴方が……!」と、まるで一番の宝物でも見つけたような顔をする。


「ん? 何がだ?」


「いえいえ、何でもありません♪」


「お? おう……。そうか」


 さっきの無愛想な顔からうって代わり、心底嬉しそうに俺に微笑みかける。

 始めて会ったハズなのにその表情が何故だが俺は"懐かしい"と思ってしまった。


 シップを張り、テープで三回巻いてハサミで切る。

 手当が終わった後、俺は品川駅までおんぶしてその少女を送ることにした。



 街灯が少なく家の明かりくらいしかない薄暗い道中、少女はいきなり抱きしめ力を強くした。


「えっ!? 君は何をして……?」


「気にせずに気にせずに♪ 私の願いがようやく叶って、機嫌が良いだけです♪」


 少女は本当に上機嫌であった。


「願い?」


「はい、私の一番大切な願いです」


「そうか。それは良かったな」


「はい! ありがとうございます」


 それから特にそのご機嫌な少女との会話はなく、ただ駅まで歩き続けた。



 着くと俺は少女をゆっくり降ろす。少女は俺から離れて後ろに手を組みこちらを向く。


「ありがとうございました、お兄さん♪ それではまた会いましょう」


 少女はそう言い残して改札を通りすぎ、ちょうど来た電車に乗り込んで行った。


「また会いましょうって、どういう……?」


 それからその少女と会うことはなかった。


       Д


 今思えばそれからだっただろう。俺が何度も殺人事件や交通事故に巻き込まれるようになったのは。 


(これって、やっぱり"そういうこと"だよな)


「なあエリ。お前は実は、俺を殺した理由を忘れてないよな?」


 エリはふふっと笑い「バレましたか」と舌を出す。 


「私が殺した理由……。それはご主人とまた一緒にいたかった。ただそれだけなんです」


 エリは何処か寂しそうだった。


「私は結局、約束を守れない女なんですよ。……あの時、コウさんと、"もう人は殺さない"って約束したのに……。あっちの世界でご主人を殺して……」


「ん? 別に俺を殺さなくてもクリスマスの日みたいに現実世界にいればよかったんじゃ」


 エリは甲板の端に座り、俺も座るように手招きしてきたので俺も端に座る。


「私はですね。あっちの世界に行けるのが年に一回だけだったのです」


 エリはあの時を思い出しているのか寂しそうに語る。


「生きとし生けるものは、自分の住む世界から抜けるには死ぬ以外にないのです。それは死ぬことができない天使にも例外なくあります」


「死ぬことができない?」


「はい、私は死ぬことができません」


 エリは手を前に出し「オープン」と呟く。

 すると淡く光る、俺の身長くらいはあるだろう長剣が出現する。


 エリはそれを右手で持ち左腕に置き、スッと引いて切る。


「エ……エリ!?」


「大丈夫ですよ。ご主人」


 俺はエリの左腕を掴み見ると……血が流れ出ている切り傷が徐々に消えていき、数秒すると傷の跡が完全に無くなる。


「えっ……これは……?」


 エリは「クローズ」と呟き、剣を消す。


「これは天使が持つ再生と言う神からの恩恵……呪いでしてね。どんな致命傷を受けても直ぐに回復してしまうんです。そして……歳も取らなくなってしまいます」


 何故エリがその能力を呪いと言い変えたのか俺には分かった。

 俺だってそんな能力を持ったら神様を恨むかもしれない。

 親しい者がどんどん死んでいく中、自分だけ永遠に生きていくなんてまさに地獄だろう。


「それで話を戻しますが……私は女神ヘラを毎年脅して20時間だけという条件付きで何とかご主人のいた世界に行っていたのです」


「20時間だけ?」


「はい。365日に20時間。それ以上は神様の力でも無理だそうです……」


 エリは言い終わると俺の膝に頭を乗せてきた。

 俺はそんな彼女の行動に当たり前といった感じで特に驚かず、普通に頭を撫でる。


「ふふっ、やっぱりこの感じ……コウさんです……」


 俺を見て嬉しそうに笑った後、草原の広がる方へ顔を向ける。


「本当に……長かったです。コウさんを見つけるまで……」


 顔を見ると涙がスゥと滴り落ちていた。


「私は……600年以上……コウさんを探し……続けたんですよ……?」


「600年……!?」


 それだけの膨大な時間、エリは諦める事をせず俺を探し続けていたって言うのか!? 


「その……何処に転生しているかも……分からないっ……! コウさんを……探してっ……!」


 宛もなくこの広い世界、それも限られた時間で探すなんて、ほぼ不可能に近かっただろう。


「だから……コウさんを見つけた……クリスマス……。私は……本当に……うれしくっ……ひっぐ……! うっ……!」


 エリは悲しみの感情に邪魔をされ最後まで言い切る事なく泣き出した。


 俺はそんな彼女の体を起こし、ゆっくりと抱きしめ頭を撫でる。


「ぁ……あぁ……。ありがと、な……エリ……」


 会ってから一日しかたっていないはずなのに、何故だかそんなエリを愛おしいと思ってしまう。


「コウ……さんっ……」


 エリは俺を優しく抱き返し、



「どう……いたしまして……!」



 いっぱいに笑うのであった。

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