第9話 前世から大天使に愛されていました

 エリが客室を出ていき少しすると扉がガチャと開き執事の爺さんが紅茶セットとケーキの乗ったスタンドを台のせて持ってきた。

 どのケーキも現実世界のでは見たことがないフルーツが乗っている。こっち側特有の果物なのだろう。


 そして執事の後ろにいた黒髪の美少女メイドがティーカップに紅茶を注ぎ俺とローウィンさんの前にカチャリと置く。

 

 うーん、やっぱり思う。


(異世界には可愛い子しかいないの? こっちに来てからブスな人、一人見てないんだが……)


「あの……私に何か付いているのでしょうか?」


 俺がずっとそのメイドを見て考えていると少し迷惑そうな表情で聞いてきた。


「あ、いや、可愛いなーなんて」


「あっ、そうですか。それでは失礼します」


 そのメイドは俺の言葉に全く動揺した感じもなく、クールな顔をして離れていき、一度軽くお辞儀をしてから客室を出ていく。


(くっ……これが現実なんだ! そんなの最初から知っていた事だろうが光輝!)


 それを目の前で見ていたローウィンさんは「はっはっは!」と俺に指を指して腹を抑えながら笑う。


「ははははは! まさかマリを口説こうとするとはな!」


「マリって今のメイドですか?」


「はぁはぁ。あぁ、そうだぞ。そしてあいつは男が大嫌いなんだ」


 あぁ、なるほど。だから少し殺気を感じたのか。手を出したらぶっ殺されそうな雰囲気出てたもんなー。


「でもそこの執事の爺さん、バトラーさんだけは例外でな、なんと凄いなついているんだよ」


 なんでそんなペットみたいな言い方するんですかね。それだとまるで犬とか猫じゃん。

 クールな子がデレデレって……なんかいいな。


「それでマリは獣人なんだけど――」


「ケモミミだとっ!?」


 俺はそのワードに反応し勢いよく立ち上がりローウィンさんの方にグッと顔を近づける。


「うぉ!? どうした光輝! 俺なんか変なこといったか!?」


「Do you have Kemomimi in this world!?」


「ちょ!? お前どこの国の言葉を話してるんだよ!?」


 ローウィンさんは俺の英語に「はっ!?」と動揺していた。何で日本語は大丈夫なのに英語は駄目なのだろう。

 バトラーさんは俺の英語を分かったように「ふむふむ」と聞いていた。


「はい、この世界には頭に獣の耳が、後ろには尻尾がある、獣人という種族が存在しております」


(なにぃぃ! この執事さん、Englishが分かるだと!? もしかして英語ってこの世界の何処かの国が使用しているとか?)

 やっぱりこの世界は現実世界に色々と酷似しているようだ。


「そうかーケモミミいるのかー」


 そんな夢のような国があるなら今すぐ行きたいわ。


「だがな、今その国と戦争中でな。見るとしたら戦場、それも男の獣人しか無理だぞ」


「えっ? 戦争?」


 ってことはやっぱり、あの?


「あぁ、二次元LOVE国とな」


「よし、じゃあちょっと制圧してきます!」



 即答であった。



「いやいや! 無理だぞ今は! 国力が段違いだしな!」


「大丈夫です。俺一人で国を潰すくらい簡単ですよ!」


「やめろっ、光輝! 乱心するなっ!」


「無茶です! 光輝様! お止めください!」


 俺は部屋を出ていこうとするとローウィンさんと執事のハドラーさんに腕を捕まれる。


「くっ……は、な、せっ! 俺にはっ! ケモミミ大国がっ!!」



 そんな時、目の前の扉が開き、メイドにおんぶされたナチェが入ってきた。


「騒がしいですが皆様、どうなされたですか?」


「あっ! ナチェリー様! この馬鹿を止めてください! このままだと一人で二次元LOVEに突っ込みに行ってしまいます!」


 ナチェは説明を受け俺を見て「なるほど」と理解したような顔をする。そして何か思いついたように「あっ、そうだ」と呟く。


「光輝様。我がヴァルキリーは6日後に二次元LOVEへ反抗作戦を行います。その時光輝様には先発隊隊長として前線に出てもらえませんか?」


「先発隊?」


 俺は力を抜いてナチェの話を聞くことにした。


「はい、光輝様の強さは私が一番知っております。そこで戦場で一番重要な役割を任せたいのです。だからお願いします! "お兄様"!」


「よしきた! 兄貴に任せろ!」



 またしても即答であった。



 ちょろすぎ? いやいや、こんな頼まれ方したら絶対断れないわ。

 それに何故か俺はナチェを助けてやりたいという、保護欲に近いものを感じるんだよな。


「ありがとうございます! "お兄様"ならそう言ってくれると信じておりました!」


 ナチェは俺の返答に嬉しそうに「えへへ」と笑う。

 もしこれが計算された笑みだとしても俺はわざと騙されてやんよ。


 後ろから「うわぁーちょろいなー」と聞こえるが気にしない。

 横からは殺気を感じるが気にしな…………いや無理だわこれは。


 横を向き窓の外を見ると人の姿に変身したエリが頭だけ出してこちらをジィィィと睨んでいた。なんかもう祟られそうなレベルで。大天使様マジ怖いっス。


 それに気づいたナチェは「あはは……」とぎこちなく笑い「今日は取り敢えずお休みください。詳しくは明日話しますので」と言い、執事に身の回りの指事をだす。



(あっ、そうだ。いいこと考えた)


「なあ、ナチェ。どこでもいいから縦400m、横60mくらいの敷地をくれないか?」


「えっ? えぇ、いいですけど。何に使うんですか?」


「それは見てからのお楽しみって奴だな」


 ナチェは?とした表情で「それでは楽しみにしてます」と言い、また執事のバトラーさんに指示をだす。

(執事って有能過ぎる)


 俺はナチェ言葉に甘え、城の近くにある宿屋に泊まる事にした。


       §


 辺りが夕日に染まる頃、俺達は迷路のような道中を抜けて城門を出て近くの宿屋に向かう。

 俺はエリに「今日は色々あったなー」とさりげなく話を振るがプイッと拗ねて無視をされてしまった。 


(やばいなこれ。滅茶苦茶気まずいし、あと回りから痴話喧嘩? なんて囁かれてるし。くっ……、どうしてそこまで怒っているんだ?)



 そんな視線にブスブスと刺されながらやっと二階建ての宿屋に着く。

 俺はカウンターにいるおじちゃんにハドラーさんの名前を出すと「ナチェリー様の友人様ですね。承っております」と部屋の鍵を渡してきた。

(俺って友達枠だったのか)



 部屋に着くとエリは天使の姿に戻る。どうやらその姿の方が色々と楽なようだ。

 エリと目が合うと「やっぱりご主人は節操なしでしたね!」とフンッと拗ねる。


「いや、あれは、その……男の性質といいますか……」


「男の性質じゃなくて、それは、"ご主人の"、性質ですよ!」


 エリは腕を組み、なんか凄い怒っている。


 どうやらエリは俺が女にデレデレすることが気に食わないらしい。つーかそんなの人の勝手じゃないか?

 どうしてエリは俺にこんな当たりがキツいのだろうか。そんなに気に障る事なんて俺は何もしていないハズなんだが。


 俺はここでエリの本意を聞いてみることにした。


「なあ、エリ」


 俺が名前を呼ぶと「何ですか?」とこちらに顔を向けずに返答する。


「エリってさ、俺が嫌いなのか?」


「えっ?」


 エリはこちらを振り向き驚いたような顔をした。


「俺は嫌われるような事をした覚えはないんだが……実際の所、どうなんだ?」



 俺が聞くとエリは立ち上がり、目の前に寄ってきて赤く透き通った瞳で俺の目を真っ直ぐ見据えてきた。


「私は、ご主人の事を"これまでの人生"、嫌いだと思った事は一度もありません!」


 そう言い切り、俺に抱きついてきた。


「え……エリ?」


「辛辣に言ってしまったり、他の女でデレデレしている所を見て嫉妬してしまったりするのは、大好きだからこそなんです……。ごめんなさい、ご主人……」


 エリは俺の胸板に顔を埋め、ぎゅっと抱き締める腕に力を入れる。まるで、もう離したくないと言わんばかりに。

 そこで俺は確信に変わった。


「なあ。やっぱり俺とお前って初対面じゃないよな」


 エリは顔を上げて嬉しさと悲しさが混じったような複雑な表情で俺の顔を見る。


「やっぱり……わかりましたか」


「あぁ、今のお前の様子を見て確信に変わった」


 エリは俺をベットに座らせ、その隣に座り俺の左手を両手でぎゅっと握ってきた。

 そして懐かしむように語りだす。



 私は数百年前、地上に住むある男の人に興味を持ちました。その人は善悪をはっきりと言える人で、虐げられる人の間に入り助けるため、よく争いをしていました。相手がどんなに数がいても気にせずに。


 私はそんな正義感のある人と一度話しをしてみたくて、いつものようにボコボコにされ町の外れの湖で傷を洗っている彼に人の姿に変身して近づきました。

 私は「貴方はどうしてやられると分かっていながら助けようとするのですか? 貴方は他の人間と違い馬鹿なんですね」と小馬鹿にしながら言いました。  

 するの彼は「そんな馬鹿がいるから助かる人だっているんだ。だから俺はその人達のために道化を演じ続けるさ」と笑いながら私に言い返してきました。


 私はそんな見返りを求めない彼に興味を持ち、毎日のようにそこの湖で会い、意見を語り合いました。

 話せば話すほど、人間と天使の価値観の違いが明らかになっていき、どうしてそんな行動をするのか、という理由が段々分かってきたのです。

 それで私はますます人間の見本のような彼に興味を抱きます。



 そこでエリは一度、語りを止め俺を見つめる。


「エリ?」


 エリは俺を見て決心したようにして口を開く。


「そしてその彼とは"ご主人"のことなのです」


 まあそんな気はしていた。


「そうか。やっぱりな」


 俺はエリのその言葉を聞いて今までのモヤモヤしていた物が少しずつ払拭されていく感覚がした。


「ご主人は、驚かないのですね……」


「いや、驚いているよ。ただ府に落ちて納得してしまっただけだ」


 俺がそう答えるとエリは「ふふっ」と口を押さえて笑う。


「やっぱり"コウ"さんは変わりませんね。適応能力が高いといいますか、図太いといいますか」


「コウ? それが俺の前世の名前だったのか?」


「はい。コウ"バルフェルト"と言う名前でした」


「バルフェルト?」


 バルフェルトって確かナチェの苗字だったよな。まさか俺ってナチェの祖先だったのか?


「はい。初代国王、ロウバルフェルトの兄でした」


「まさか……そんな事があるなんてな……」


 ってことは、俺からするとナチェは曾×7姪孫(てっそん)ってことか。


(さっき守ってやりたいって思ったのはもしかして自分の孫だからだろうか?)


「そして女神ヘラに契約を取り付けるよう私に頼んだのがご主人です」


「えっ……マジで?」


「はい、マジです」


 なんだ。人間が馬鹿なんじゃなくて"俺が"馬鹿だったんじゃん。なんでそんな駄女神に契約なんかしようと思ったのだろう、俺は。


「でも、ご主人の判断は正しかったと思いますよ。だって契約をしていなければ今ごろあの国は消滅していましたから」


「はぁ!? 消滅!?」


「そうです。ご主人は黙示録という出来事を知っていますか?」


 黙示録ってあの、ヨハネの黙示録の事だろうか。

 イナゴの大群が人を襲ったり、空から色々降って飢餓で死んだり、地面がぶとう酒でいっぱいになるとかあれか?


「多分、主人が今想像している事で合っていると思います。それらが契約して少したった後、全て起こりました」


「全て?」


「はい、全てです。サタンが解放され人々を争そわせたり、死の騎士が深淵から出てきたり、尻軽女が殺されたりも含めてです」


 どうしてバビロンの大淫婦だけそんな可愛そうな表現をするのだろうか。恨みでもあるのか?


「つーか、山脈ができたくらいじゃそんなの防げないんじゃないか? だって空から降ってきたり地面からニョキって出てきたら終わりじゃん」


「いえいえ、山脈は副産物のような物です。必要なのは"神の加護"を受けていますよ、と言う事実なのです。そうすることで他の神はその範囲を手出しする、事ができ、ません……」


 なるほど。神様版領土不可侵条約って感じか。


「ですが、逆に言ってしまえば……その外に出ると……殺されて……しまいます……」


「エリ?」


 話すエリは今にも泣き出しそうで、とても辛そうだった。


「そして、黙示録中、第六のラッパ吹きの合図で……私は…………」


 エリは途中で口をつぐみ、下を俯く。

 俺はエリの顔を横から覗きこむと罪悪感に蝕まれたような顔をして涙をポタポタと流していた。


「何が、あったんだ? エリ……」


「わたしは…………わたしはっ……」



 ――コウさんを、殺しました――



 俺はエリが言った言葉に驚く。


(どうして親しくなって、愛してしまった人間を殺してしまったんだろう。もしかしてそうしなければならない理由でもあったのだろうか)


 エリは崩れるようにして俺の腰に抱きつき「ごめんさない、ごめんさない」と泣きながら謝罪の言葉を言い続ける。


 俺はそんなエリが泣き止むまで頭を撫でながらただ付き添うのであった。



 結局、どうしてそうなったのかの理由を聞くことができなかったが分かった事が1つある。

 それは、エリと名乗る大天使ガブリエルに"数百年に渡り愛され続けていた"ということだった。

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