第21話 新年


 昼夜の別なく賑わっている街も、一際賑わいを増す時期というものがいくつかある。

 そのうちの一つが、年の瀬と後に続く新年の祝いだろう。


 朝日が昇りきってしばらく、多くの店が道に出て祝い振る舞いをしている中を通り、北の外れにある妓館へと着いたシシュは、入り口の灯り籠に火が入っているのを見て驚く。

 さすがに新年ともなると、夕からしか開かない館も戸を開くらしい。

 館の主を呼びに来た青年は、戸口をくぐって更に驚いた。


「あ、シシュ」

「……珍しい格好をしているな、サァリーディ」


 客を迎える為にか上がり口の前に立っている少女は、いつもの白い着物ではない。

 青と薄灰の晴れ着を纏い、艶やかな銀髪も飾り紐をあしらった簪で豪奢に結い上げていた。

 繊細な美貌は珍しくはっきりとした赤の紅を刷いていて、少し大人びた印象を見る者に与える。

 娼妓ではないことを示す為、普段はあっさりとした格好をしている主の彼女も、祝いの席では装いを変えるのだろう。


 シシュは華やかに完成されたその姿に少しだけ怯んだ。踵を返して帰ろうとするところで、走りよった少女に制服を引っ張られる。

「なんでいきなり帰るの」

「いや用事を思い出した」

「用事がないと来ないのに何言ってるの?」


 不思議そうに聞かれても、用事が消滅しそうなのだから仕方ない。

 溜息をつく青年に、サァリは懐こく笑いかけた。


「折角だから広間にどうぞ。皆が着飾ってるから壮観だよ」

「いい。疲れる」

「入手困難の銘茶をお出しします」

「今日はつられない」

「化生が出たの?」

「ああ」


 いつもの調子であっさりと問う少女に、シシュはつい頷いてしまった。

 しまった、と思ったがもう遅い。サァリは真面目な顔になる。


「分かった。着替えるからちょっとだけ待ってて」

「いい! そんな格好をしてるのに着替えるな!」

「だってこれじゃ走るの大変……」

「俺が一人でやるからいい! 店にいろ!」


 他の化生斬りであれば、巫の彼女を同伴してもあまり走らせたりはしないそうなのだが、自分が連れて行くとどうしても街中を延々走り回ることになってしまう。

 どうしてそうなるのか、他はどういうやり方をしているのか気になるが、今日はそれを追及している暇はない。

 シシュは彼女の手を解くと走り出した。サァリが慌ててその後を追いかけてくる。

「ちょっ、待って……」

「帰れ!」

 とりあえず後ろを振り返らないで全速力で走る。

 少女はいつもの半分くらいの速度でもたもたと駆けてきたが、すぐにその姿は見えなくなった。

 シシュは街の雑踏に紛れて更に彼女を引き離す。


 夜、いつもの三倍の時間をかけて仕事を終わらせ、巫の機嫌伺いを兼ねて館を尋ねると、サァリはかなり根深く怒っていた。

「綺麗だったから勿体無いと思った」と本当のことを吐かされて許してもらった青年は、次からは要請を出す日は考えようと、しみじみ学んだのである。

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