交錯夜想曲④

「すまん。まさかアイツが魔導具以外の事に興味を持つとはな」


 彼は、セシリアが自身の事について色々聞かれる事を好まないのを知っている。セシリアが直接彼に向かって零したことは無いが、彼はセシリアが入団した当初からセシリアの面倒見てくれているのだ。ファングバイトの名前を名乗る度に似たような好奇の視線を向けられているのを目の当たりにし、セシリアの心中を薄々察してくれているようだった。


「まぁ、お前の場合は少し特殊だからな。この街の連中なら、色々と珍しがるのも分からんでもない」


「はい」


 海上都市ポセイドンは、嘗て異端とされた魔術師達が自らの為に作り上げた“最後の楽園”である。異端の魔術師達は優れた魔力と独自の発想を以て何も無い海上に隠れ里を作り出し、当時何処にも存在しなかった「ありとあらゆる者を受け入れる場所」を世の中に産み出すという偉業を成し遂げた。しかしポセイドン建造に携わった者達は多くの場合、才能はあっても協調性を持たなかった。独自の発想を持つ故に偏屈なものが多く、また苛烈極まる迫害の経験が、彼等の人間不信をより確固なものとしてしまったのである。故にポセイドン建造に携わった魔術師達の殆どは、自らの工房に閉じこもったままひっそりとこの世から去って行った。場所を作るだけ作った後は自らの世界の中に閉じこもり、後からやって来た難民の面倒を見る事も無く、好き勝手に生きたのである。


 ルキウス・ファングバイトは、そんな異端の魔術師達とは異なる道を選んだ数少ない例外の一人だった。隠れ里を作り出したは良いが、次第に増えていく住人達に食料が追い付かなくなっていく現状や、様々な思惑から様々なやり方で接触してくる諸外国の態度を目の当たりにして、彼はポセイドンを隠れ里ではなく、一つの立場を持つ"国"として成長させるべきだと考えた。本来は専門外である交易の事を学び、術式、その他を問わず自身の持てる知識を総動員し、時には仄暗い事にも手を染めながら、彼は交易や外交関係に尽力した。その結果、ファングバイトの名は今のポセイドンの基盤を支える"六貴族"の一柱に数えられる事になったのだ。その後、時が流れて時代が移り変わっても、真の意味でポセイドンの基盤となった偉人達の末裔、そして今も尚ポセイドンの運営の各方面には絶大な影響力を持つという事で、六貴族の動向はポセイドン内では基本的に大きく報道される。


 ファングバイト家現当主にして大商人であるオード・ファングバイトが、それまで存在すら公表されていなかったセシリア・ファングバイトを突如世間に"お披露目"した時も、ポセイドンは大いに湧いた。オードが"お披露目"の理由を「時期が来た」とだけしか説明せず、詳しい経緯は何一つ明かさなかった事も、ポセイドン市民の想像力を大いに掻き立てた。


 良い方向にも、そして悪い方向にも。


「ま、とにかく収穫らしい収穫は無しだ。早いとこ屯所に戻るとしよう」


「はい」


 暗くなった雰囲気を切り替えるように、ヨグは不意にそう言った。それまでセシリアに歩調を合わせていたのが、急に早足になったのは、セシリアにゴチャゴチャと余計な事を考えさせない為だろうか。巨大な集合住宅にも似た雑多で薄暗い街の中を、ヨグの早足についていくのはセシリアにとっては結構大変で、お陰でセシリアはその後、近くに停めてあった守護騎士団用の車両に着くまで余計な事を考えずに済んだ。


「……幻滅したか?」


「はい?」


 扉を開けて車両に乗り込む寸前、不意にヨグがそんな事を言った。


「正義の味方である筈の守護騎士が、アイツみたいな小悪党を野放しにしているのを目の当たりにして、さ」


「……いえ」


 アイツ、というのはストレンジャーの事だろう。


 以前のセシリアだったら、確かに一言くらいは何か言っていたかもしれない。軽蔑までは行かなくても、ヨグに対して良くない感情を抱いて居たかも知れなかったし、ヨグに対してセシリアなりのやり方で食って掛かっていたかも知れない。


 ……けれど。



 ――”中身が詰まってねぇんだよな。フラフラしてばかりで、テメェが掲げる正義ってもんが見受けられねぇ”



「……」


「言いたい事があったら言って良いんだぞ?」


「……いえ、大丈夫です」


 正義。


 お腹を空かせたストリートチルドレンも、モノを売って日々を生きている商人達も、皆が笑って納得出来るような、正義。そんな正しい答えを見付けられれば、セシリアは再び胸を張ってその言葉を口に出来るようになるのだろうか。


「……」


 正義って、何だろう。


 エンジン音と共に宙に浮き、やがて空中を滑るように走り始めた車の窓から外を眺めながら、セシリアはボンヤリとそんな事を考える。何かを察したヨグもそれ以上は何も話し掛けてくる事はなく、車内は自然と沈黙に支配された。


「……先輩」


「うん?」


「正義って、何だと思いますか?」


「……。それは、俺が答えてしまってもいい問題か?」


「……」


 言ってしまってから後悔したセシリアだったが、ヨグの声音は怪訝そうでもなく、苛ついた様子も無く、不思議と優しかった。


 自分の態度が色々と礼を欠いている事は自覚していたが、セシリアは窓の外を眺めたまま、黙ってかぶりを振る事でヨグに対する返答とした。


「せいぜい悩め、若者」


 静かに笑ったヨグの声は、相変わらず優しい。


 幻滅だなんて、そんな事が出来る筈も無いと思うセシリアであった。



 ○ ● ◎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る