交錯夜想曲
交錯夜想曲①
――嗚呼、そうか。
最初から、失ってなどいなかったのか……――
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海上都市ポセイドンは世界の交易の中心であり、同時に種族の
ある
身体の造りの違いは生き方の違いであり、生き方の違いは文化の、考え方の違いである。
だから、文明圏各地の“平等”は、各々が言葉通りの“平等”と比べて多少
どんなに綺麗事を抜かしたとしても、自分とは異なる種族を真に受け入れる事は中々難しい事であるらしい。
だから、珍しいのだ。平等にありとあらゆる種族を制限無く受け入れて、結果として歪な要素を幾つも内包し、それでも瓦解せずに上手く回っている、ポセイドンのような中立都市は。
「おう、其処のお前」
海上都市ポセイドン下層、旧海港区。深夜を回っても入港と出港が繰り返される新海港区とは違い、既に港としての前線を退いているこの場所も、船の出入りが完全に途絶えている訳ではない。ポセイドンの下層がまだ上層だった頃から特定の店と契約を続けている交易船や、古くから漁業を生業としている者。何か目的があって真っ直ぐに下層に入ってくる旅行者や、故あって正規の手段では入国ゲートを突破出来ない入国希望者など、そういう連中が集う場所になりつつある。
だからその男が二人組の守護騎士に呼び止められたのは、ある意味では当然の事であったのかもしれなかった。
「……何か?」
とにかく、
「突然お呼び止めして申し訳無いっス。自分達は守護騎士の者で」
「悪ぃが、ちょっと捜査に協力して貰いたい」
対して、男を呼び止めた守護騎士の二人も、中々に個性的な者達だった。
一人は、中肉中背の中年、人間族の男。守護騎士の制服に身を包んではいるものの、その眼光は見た者が思わずギクリとしてしまう程に鋭く、また陰を帯びている。警察組織の者とは言え、何の疑いも掛けられていない一般人に対しては最低限の礼儀を守るべきというのが守護騎士団のスタンスではあるが、彼の場合は口調そのものが何処か粗暴で、話す相手に威圧感を与えている。騎士団にも色々居るだろうが、その中でも彼は間違いなく問題児にあたるタイプだろう。少なくとも彼と相対する者の殆どは、きっとそう思うに違いない。
そしてもう一人は、縦に細長い青年。相方と同じく人間族の若い男で、とにかく常に笑っているような柔和な表情が印象的だ。普段は警察機構として機能する上、いざという時はポセイドンを守る軍隊となるのが守護騎士団である。対テロ用として荒くれ者が集う金剛隊や、守護騎士団の中でもエリートのみが集う黒曜隊程ではないにしろ、守護騎士団団員はその全てが戦闘訓練を義務化されており、年に二回はその成果を確かめるべく大会のようなイベントまで催されている。笑顔を常に浮かべていて、背は高いがどちらかと言えば華奢、『枯れ木のような』という形容が異様に合うこの男が守護騎士の制服に袖を通しているというのは、この都市のヒトビトが見れば相当な違和感を感じる事だろう。
奇妙な二人組である。そして実を言えばこの辺りでは有名な、それも悪い方向に有名な二人組でもあった。
「……私は、ついさっきこの都市に着いたばかりだ。警察機構の者に呼び止められるような事は、何もしていない筈だが」
「『まだ』が抜けてんじゃねぇのか、デカブツ。大体、俺がお前に目を付けたのは見てくれだよ、見てくれ」
「ちょっと、先輩! すいません、後でこの人にはよく言って聞かせておきますので」
「いや、構わない。確かに、見てくれの怪しさなら、私は一級品だからな」
慌てた様子で頭を下げる後輩――相方を先輩と呼ぶのだから、彼は間違い無く後輩だろう――を見て、もしかしたら
「だが、私も暇ではない。捜査の協力なら承るが、根拠も無く拘束すると言うなら正当な権利として抗議させて貰う」
「ほぉ? アンタらが”抗議”と来たか。そりゃ隠語か? それとも弄くられてんのは身体だけじゃないのか?」
「――!」
歯に衣着せない先輩の台詞は、留まるところを知らない。ヒトの家に土足でズカズカと上がり込むような遠慮の無い物言いに、巨男は不意を衝かれたように軽く目を見開いた。
が、彼が何か言葉を口にするよりも、後輩が慌てたように言葉を滑り込ませる方が早かった。
「申し訳無いッス! 先輩、今本当に気が立ってて! 最近ここら辺で子供を狙った誘拐事件が多発してて……」
「おい、俺が見境の無い単細胞みたいな言い方すんな。テメェの目は節穴か? 街中でこんなバケモノ見掛けたら、ガキ共を攫ったのはコイツなんじゃないかって疑うだろ? まさか喰ったんじゃないだろうなって――」
「自分が疑いたいのは先輩の常識と正気ッスよ! 良いからアンタはちょっと黙ってて欲しいッス!」
「先輩と後輩」という自分達の立場よりも、「身内の暴走が目に余る」という感覚が強くなったようだ。ゆるゆるふわふわした見掛けや雰囲気からは想像が付かない毒舌を以て、後輩は先輩を黙らせに掛かる。とは言え、人間の見掛けや纏う雰囲気というのはやはり強力だ。少なくとも傍から見ている分には、彼からは怒りの雰囲気というか威圧感というか、その手のモノを想起させる迫力が全く感じられなかった。
「……いや、いい」
とは言え、もしかしたらその迫力の無さこそが功を奏したのかも知れない。巨男は、特に腹を立てた様子も無く口を開いた。
「良い先達を持ったな。素直に教えを請い、良く学ぶと良い」
「え……?」
「とは言え、子供の誘拐事件か。悪いが、有力な情報は何も。さっきも言ったが、私もこの都市には着いたばかりでな」
言いながら、巨男はトレンチコートの懐から、その掌には不釣り合いな小ささのパスポートを取り出した。やましいところなど無いと言わんばかりの巨男の態度に思わず気圧されたのか、それとも先程の先輩の暴走気味な態度をやましく思っているのか、後輩は何処か畏まった態度でそれを受け取る。
「ええっと……ロイド・バッファロー……さん? サパルトランドから?」
「うむ。この都市には商談目的で訪れた」
サパルトランドは世界に複数存在する大陸の一つであり、文明圏としては辺境に分類される。乾燥した大地、砂漠と岩肌の世界であり、文明圏とされている地域もあるものの、同時に
「サパルトランド」で「商談」と来れば、大抵のヒトビトがイメージするのは宝石だ。もう少し踏み込んだ知識を持った者なら、「レアメタル」といった単語を持ち出してくるかもしれない。要するに多くの鉱脈を抱えた宝の山であり、命知らずの傭兵を雇って鉱脈を確保し、流通ルートを確立して売り捌くといった商売も、別に珍しいものではないのである。
後輩も、或いはそんな背景を想像したのかも知れない。特に怪しむ様子もなくパスポートに差し出し返すと、会釈のつもりか巨男に軽く頭を下げた。
「いや、急にお呼び止めして申し訳無かったッス。商談、上手く纏まると良いッスね」
「ありがとう」
顔の下半分を覆う無骨なマスクの下で、もしかしたら巨男は微笑んだのかもしれない。その図体と纏う威圧感からは想像出来ない穏やかな声で言葉を紡ぎ、彼はその場を後にした。
「……何だか、山みたいなヒトでしたねぇ」
「山? ボルケーノの間違いだろ」
「もー、またそんなこと言って」
ポセイドン下層の街並みに消えていく巨大な背中を見送る二人の守護騎士だったが、性懲りもなく偏見に聞こえる言葉を吐いた先輩に対し、後輩は嫌そうに眉を顰める。
「自分、先輩のそういう所マジで信じられないッス。何なんッスか、あんな優しそうなヒトに向かって」
どうやら、割と本気で怒っているらしい。聞く者によっては、深く胸を抉られるような鋭い言葉だった。
が、そんな言葉を向けられた先輩は、逆に呆れたように
「……お前、アレが何なのかマジで気付いてないのかよ?」
「??」
一度は先輩に向けた視線を、後輩は再び巨男の背中に戻す。図体が大きい分、その背中は中々街並みに溶け込む様子を見せなかったが、それでも何時かは溶け込んで、見えなくなってしまうだろう。
「……ま、いいか」
結局、後輩には先輩の言う“巨男の正体”は分からなかったようだ。後輩が何か言うよりも早く、先輩の方が溜息を吐いて、巨男が去った方向とは正反対の方へ踵を返す。
「化物と言っても、アイツらは誇り高いからな。俺達の調べてる件にはまず関わらんだろ」
「先輩? 何一人で納得してんですか、先輩!」
「おう、ボサッとしてないでサッサと行くぞ」
「先輩!? ちょ、待って下さいってば!!」
後輩の慌てて呼び止める声にも、先輩は足を止める気配は無い。足早に海沿いの道を歩いて行ってしまい、街灯の光が届かない闇の中に消えて行ってしまう。後輩も小走りでそれを追い掛けて行ってしまい、その内その声もすっかり聞こえなくなってしまった。
統一暦三七六四年九月六日午後十時二五分。
これは、“最初の犠牲者”が出るほんの数時間前の出来事であった――
○ ● ◎
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