16

「アツカンは行き渡りましたか?」


 ジルさんの問いに、口々におーと答える。まあこの場には六人――レジスタンスの三人と俺達兄妹、そして神奈先輩――しかいないので、見ればわかる。ただの確認だ。


 チャコさんが杯を持ち上げ、音頭をとる。


「じゃ、魔王との和解と、我々レジスタンスの目標達成に――」

「「「「「「かんぱーい」」」」」」


 魔王と対峙した翌日。


 チャコさんは店を貸切りにして、俺たちのために腕をふるってくれていた。テーブルの上にはパクトゥ料理のほか、見たことのない料理が大量に並んでいる。


「しかし、レジスタンスなんて結成されていたとはね」


 温めたアツカンを啜りながら、神奈先輩が嘆息した。


「ああ、まさか国主様と行動を共にするとは思っていなかったがね」


 チャコさんがそう言って笑う。


「だが、今では正直、あんたが国主のほうが面白くなりそうだと思ってるよ。……譲っちまって、本当に良かったのか?」


 昨日、魔王アナスタシアと和解した後のこと。


 アナスタシアはとりあえず、塔に戻ることにした。「気が向いたら遊びに来い」と言い残して。勇者カルガオーは一緒について行くと言ったが、顔を赤くしたアナスタシアに「人間の問題を先に片付けてこい」と怒られていた。


 そして我々は街に戻り。


 神奈先輩は顛末を説明すると共に、前国主ショシュトフに国主の座を返すことを宣言したのだった。


「いいのよ、どうせお飾りだったし……やっぱり国主なんて、余所者がお遊びでやれるようなもんじゃないわ」


 そりゃ、そうですよね。


「それに、私たちは元の世界に帰らないといけないからね」

「……それも、良かったんですか?」


 先輩の英雄になりたいという願い。これも、叶ったかというと微妙なところだった。なぜなら、上半身簀巻きのままのカルガオーを連れて帰った我々への視線は、民衆の「正直関わりたくない」という意志をひしひしと感じるものだったからだ。


 カルガオーを縛ったままだったのは、忘れていた……わけではない。「なんかむかつくからこのままにしときましょう」と先輩が言ったからである。


 それで唯々諾々と縛られたまま大人しくしてるカルガオーもカルガオーだが、ともかくそんな状態だったので、とても「凱旋する英雄一行」という雰囲気には見えなかったのである。


 魔王とのやり取りに関しても神奈先輩は大部分の説明をカルガオーに任せた。街の人のほとんどは、魔王説得に際して神奈先輩が中心的な役割を担ったとは、知らないままだろう。


「んー、そうね。英雄になりたいっていうのは言葉のあやっていうか……別に人からちやほやされたいわけじゃないのよ。そんなの元の世界でもされてたわけだし」

「そうでしたね」

「だからそうね、私がやりたかったのは……冒険かな。自分の力で何かを切り開いてみたかったの。でもそれはたぶん、元の世界でやるべきことだから」


 そう言って笑う神奈先輩の顔は、少し大人びている気がした。


「しかし一時はどうなることかと思いましたね……。黒の波動とか、本当に死ぬかと思いましたし」

「ホントだよね~。あたしなんてもう、消えちゃうかと思ったよー」


 ロッテちゃんは言いながらあの時のことを思い出したのか、身体をぶるりと震わせた。


「ええ、本当にトーコちゃん様様ですね」

「ふんー」


 ジルさんたちに褒められて、塔子は自慢げだ。頼まれてもいないのにたて笛を出して吹き始めると、ロッテちゃんなんかもノリノリで「ありがたや~」なんて拝んでいる。楽しそうだ。


「……しかし、あたしらは脇役もいいとこだったけどさ」


 塔子たちがはしゃいでいるのを見ながら、チャコさんが隣に座る。


「あんたらのおかげで、なかなか面白い冒険を間近で見ることができた。礼を言うぜ」

「……礼を言われるようなことなんですかね?」


 裏を返せば、チャコさんたちを巻き込んで殺しかけたとも言えるのだが。


「あたしらはもともと、何か面白いことがやりたくてレジスタンスを結成したわけだからな。あんま大した活動もできなくて、意味がないかと思いかけてたとこだったんだ」


 チャコさんはジルさんとロッテちゃんを見ながら続ける。


「でも、おかげであんたらと出会えて、いろいろ珍しい体験ができたわけだからな。今ではレジスタンスを立ち上げて本当に良かったと思ってるよ」

「……それ、私の前でしみじみと言うことなの?」


 少し前まで権力側代表だった神奈先輩がそう言うと、チャコさんは笑った。


「そう言われても、別にカンナに不満があったわけじゃないからな。しいて言うなら、退屈な日常に対するレジスタンスだった、ってヤツかな」

「姉さん、クサいですよー」

「チャコさんかっくいー、ひゅーひゅー」


 ジルさん達に混ぜっ返されて、チャコさんは「うるせえっ!」と赤くなりながら一喝する。


「……コホン。ともかく、あんたらはすぐにも元の世界に帰っちまうんだろ? だから、礼は言っとこうと思ってな」


 と、チャコさんは俺たちの方に向かって手を差し出した。


「……なんつーか、この世界に来てくれて、ありがとな」

「こちらこそ、ありがとうございました、チャコさん」

「……有難うね」


 俺と神奈先輩と順番に握手を交わす。チャコさんは言うことを言うと、照れを隠すように


「おし! トーコ! お前も握手すんぞー!」


 と、塔子たちの方に行ってしまった。


 ふたり取り残されて、俺と神奈先輩は目を見合わせる。チャコさんのせいでちょっとしみじみモードに入ってしまったので、なんとなく照れくさい。


「ま、その、この流れで言っておくけど……」


 神奈先輩は俺から眼をそらしながら、


「あなたも、ありがとね。いろいろ」


 とものすごい小声で言って、目をつむってアツカンを啜った。俺がラブコメ主人公だったら聞き取れていないところだ。


「……そんなに照れなくても、普通に言ってくださいよ」

「……うるさい」


 照れていることは否定せずに、神奈先輩は頬をふくらませる。そんな可愛い反応をされると、こちらが照れてしまう。


「……まあ正直、俺は大して役に立ってなかったですけどね」


 と、照れ隠し半分、本音半分のことを言った。が、神奈先輩はふふっと笑って、


「そんなことないわよ、レンタロー君がいてくれて良かったわ」


 と、珍しくフォローしてくれる。


「本当ですか! ……例えば?」

「例えば……」


 先輩はしばらく考えたのち、


「……塔子ちゃんの笛は役に立ったわよね」


 と言った。俺じゃないんですが。


 塔子は俺を追ってこの世界に来たわけだからある意味俺のおかげではあるのだけれど、そんな間接的なのはなあ。


 ちなみにその大活躍だった塔子は、今もこの送別会にBGMを提供して、ロッテちゃんに合いの手を入れてもらったり拍手されたりしてご満悦な様子だ。


「ま、私にとっては、レンタロー君があの場にいて、一部始終を見てたってだけで価値があるのよ」


 先輩が慰めるように言う。


「ほら、元の世界に戻ったときに、向こうじゃ絶対に見せないような私の一面を知ってる人がいてくれる、っていう意味でね?」

「……というと?」

「だって、レンタロー君はもう、私に美化された幻影を見ることはないでしょう?」


 と、神奈先輩は照れくさそうに笑い、その笑顔にどきりとする。


 確かに俺は、この世界で神奈先輩の新しい一面をたくさん見ることができた。


 俺は、カルガオーが言っていたように、高潔でカッコイイ先輩、というのも虚構ではないと思っている。でも、先輩はそれだけじゃなくて、熱かったり子供っぽかったり、いろんな側面を持っているのだ。


 それを俺だけが知っていると思うと、自分が活躍できなかったことなど些細なことに思えた。


「あ、でも誰かに喋ったら殺すわよ」

「……そこは、『二人だけの秘密ね?』ってウインクするところでは?」


 と言うとげしっと蹴られた。調子に乗ってすいません。


「だいたい、あなたの目的は私を連れ戻ることだったんでしょう? なら目的達成じゃない」

「そうなんですけどね、やっぱ俺も男として、冒険の主役をやってみたかったなあとは思うじゃないですか」

「それなら」


 先輩はいたずらっぽく笑う。


「今度はあなたの方が、一人で異世界に行ってみればいいじゃない」

「……そしたら先輩が連れ戻しに来てくれます?」

「絶対いかなーい」

「ひどいっ」


 それなら、俺ひとりで異世界に行くのはやめておこう。


「でも俺は、また先輩が異世界に行ったら、たぶん追いかけていくと思いますよ」

「……」


 先輩は複雑な表情になって、アツカンをごくごくと飲んだ。


 そのまま微妙な空気になって、お互い無言でアツカンを飲む時間が過ぎる。でもなぜかそれは気まずい沈黙ではなく、充足感のようなものがあった。


「おーいそこ、二人だけでいちゃいちゃしてないで、こっち来いよ。焼きパクトゥできたぞー」

「もう姉さん、邪魔しちゃダメですよ」


 向こうのテーブルから、チャコさんたちに茶化される。


「そうね、レンタローくん、行きましょうか」

「……はい」


 神奈先輩は茶化されるのを特に否定もせず。


 俺たちは別れを惜しむように、夜遅くまでアツカンを飲んで、語り合ったのだった。

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