15
「だらっっしゃああああああああああああああ!」
神奈先輩の絶叫とともに、その渾身のドロップキックが勇者カルガオーの後頭部に炸裂した。
「ぐおおっ?!」
「わぷっ?!」
カルガオーは前にのめるように倒れ、その真ん前で黒の波動を放っていた魔王アナスタシアも当然、巻き込まれる。
黒の波動が止まった。
ずおっと、上から下へ、活力というか『生命力』とでも言うべきものが戻ってくる。と同時に、それが先程まで奪われていたことを実感して心寒くなる。
どさどさっと後方でチャコさんたちが倒れ込む。距離があったとはいえ彼女らは勇者でも異世界人でもない普通の人だ。黒の波動のプレッシャーは俺たち以上に感じていたのだろう。ぜいぜいと息はついているようなのでとりあえず安心する。
それよりも、今は魔王の動向だ。あとドロップキックした先輩。
「早く起きろ! 重いぞ!」
勇者の下敷きになって顔を真っ赤にした魔王がぺしぺしとカルガオーを叩くと、一瞬意識が吹っ飛んでいたらしい勇者はうーん、と唸って起き上がった。
「む? 何だこの柔らかい感触は……」
「どこを触っているのだアホ!」
むろん起き上がりざまのラッキースケベも欠かさないカルガオー。そういう無駄なところだけラブコメ体質な奴だな。
とまれ、先輩の判断はナイスだった。
魔王を攻撃しても、少なくとも一撃で割れるとは思えない。かといって勇者を割ってしまっても魔王の怒りに火をそそぐだけだろう。得物を使わずに割る心配のない肉弾戦で勇者をふっ飛ばし、魔王を巻き込んだのは最善手と言うほかなかった。
このままうまくラブコメ空間に引き戻して、『はあ、怒る気も失せた』とかなんとか言わせる展開になれば、丸く収まるんじゃなかろうか。
などと思っていたら、さらに神奈先輩の右回し蹴りがしゃがんだままのカルガオーの側頭部に炸裂した。
「ぬわーーーーっ!」
ある意味勇者らしい叫び声を上げて吹っ飛ぶカルガオー。得物での攻撃でなくとも痛いものは痛い。今のはかなり効いただろうな。
というか先輩、それ以上勇者を痛めつけて、魔王の怒りを買うのはまずいですよ!
と言う間もなく、やはり魔王が憤怒の表情で立ち上がった。
「何のつもりだ、きs」
「ふざっっっっっっっっっけんな!」
立ち上がった、が。神奈先輩の怒りの方が、それを上回った。
先輩は魔王を無視してつかつかとカルガオーに歩み寄ると、その胸ぐらを掴み上げる。ちなみにカルガオーは未だに縛られたままなので、されるがままである。
「あんたは! あんたが! なんなのよ!」
「神奈先輩、怒りのあまり言葉になってませんよ」
後輩らしいフォローを入れておくと、先輩はふーっと一度深く息を吐き出して、あらためてきっとカルガオーを睨んだ。
「あんたが大切にすべきものは、一体なんなのよ! ぽっと出のあたしなんかじゃないでしょうが!」
カルガオーは、恐らく初めて見たであろう神奈先輩の激情に、眼を白黒させている。俺はシリアス展開を予感して、相変わらず後ろで「ふるさと」を吹き続けていた塔子の口を押さえて演奏を止めさせた。
「なんかもうちょっとムードのある曲を頼む」
塔子はぐっと親指を立て、新しい曲を吹き始めた。
うん、高山に咲く花を讃えるあの曲か。メロディーも綺麗だし、凛と咲くエーデルワイスの花は神奈先輩にぴったりだ。塔子にしてはいいチョイスだと感心する。
……そんなやりとりをよそに、先輩はカルガオーを睨んだまま、びしっとアナスタシアを指差した。
「この子は! 私たちみんなの人生を合わせたよりよっぽど長い時間、あの陰気で陰湿でカビ臭い塔で寂しく暮らしてきたのよ!?」
「……そんなに悪いところじゃないんだが」
いきなり実家をdisられてぽつりと呟くアナスタシアだったが、もちろん頭がヒットした神奈先輩には届いていない。
「そんな子が、どこがいいのか分かんないけど、あんたを慕ってくれてるんじゃないの! それを何よ、あなたがかける言葉といったら『君は心優しい魔王だから』とかそんなのばっかり。アナスタシアの気持ちなんかぜんっぜん考えないで、自分のイメージを押しつけてるだけじゃないの!」
先輩は、どこかアナスタシアに自分を重ねているようだった。世間からの畏れ敬うべき魔王というイメージ、カルガオーからの心優しき魔王というイメージ。違うように見えて、どちらも一方的なイメージでしかない。
勇者の胸ぐらから手を離し、ふう、と呼吸を落ち着けた先輩は最後に一言こうつぶやいた。
「……あんたが見ててやれるのはこの子の人生のほんの一部なんだから。……その間ぐらい、ちゃんとアナスタシア本人を見ていてあげなさいよ」
「カンナ……」
すでにアナスタシアの表情に怒りはない。神奈先輩は熱く語ったのが恥ずかしかったのか、頬を染めながら、
「悪かったわね、アナスタシア」
と頭を下げた。
「こんなこと言いながら、私もあなた個人のことなんて考えてもなかったわ。魔王をどうする、魔王だからどうなるって風にしか考えてなかった」
そう言って神奈先輩は、打ちのめされているカルガオーの方もちらと見て、
「……勇者の方も、そうね」
と言った。こちらの方にはさすがに蹴り回した後なので、素直には謝れなかったようだ。
「カンナ様……」
「様はやめてよ。分かったでしょう。私はあなたが言うような高潔な女神のナンタラでもなんでもない。……ただの高校生よ」
「……いえ」
カルガオーはすっくと立ち上がる。
「あなたはやはり私が思っていた通り、高潔で慈悲深い方でした。この勇者カルガオー、いえ、カルガオーは、目が覚めました」
やはりきらきらと尊敬の眼差しを先輩に送るカルガオーに、こいつまだわかってないんじゃないかとちょっと思ったが、カルガオーはついでアナスタシアにつかつかと近づくと。
いきなり跪いて頭を地面に擦りつけた。
「……すまなかった、アナ」
「お、おい、やめろ、顔を上げろ」
それでも勇者は顔を上げない。
「私は、カルガ家の勇者として教育を受けてきた。勇者の職責は何か、魔王とはどういう存在か、そういうことを小さい頃から教えられてきた。だが、勇者を継いで初めて君に会ったとき、今までに学んだことは全て忘れようと思ったんだ。こんなに可憐な少女が恐ろしいことをするはずがない。私は魔王としてではなく、ひとりの少女としてアナと接しようと決めたのだ」
「……」
アナスタシアは頬をあからめてうつむいた。
「だがそれも結局、裏返しの押し付けに過ぎなかったのだね。私は勝手な思い込みでアナを理解したつもりになっていた。その結果君を蔑ろにすることになって、怒らせ悲しませてしまった。私は最低の勇者、いや、最低の人間だ」
「……そんなことを言うな、カルガオー」
アナスタシアは、おそらく涙を流しているであろうカルガオーに優しく語りかける。
「確かにお前はバカだし、思い込みも激しいし、勇者としては失格だが……。わたしが接してきた人間の中では、その……うん、嫌いじゃない方だぞ」
そう言うアナスタシアは嬉しそうだった。年相応の……いや、年相応ではない見た目通りの、少女の微笑みを浮かべていた。
彼女がこんな微笑みを浮かべられるようになったのは、なるほどカルガオーが彼女をただの魔王とは見ていなかったからだろう。正直『あほーーー!』と叫びたくなるような行動をしてるとこしか見たことないこのカルガオーだが、アホなだけで悪いやつではないんだな。
……しかし、いい話なんだが。
上半身を縄で縛られた筋肉ムキムキの大男がゴスロリ少女の足元に額を擦り付けてるという、絵面は最悪なんだよなあ。
「カンナ」
カルガオーと和解したアナスタシアが、神奈先輩に呼びかける。
「……何というか、元は私たちの問題だったのに、巻き込んで悪かったな」
「いえ、私たちのほうこそ……よそ者が妙に首を突っ込んじゃったわね」
先輩がアナスタシアに歩み寄る。
「ありがとう」
「ええ、ありがとう」
そして二人は、がっちりと女同士の握手をした。
「一件落着……か?」
「だいぶ想定とは違う形でしたけどね……」
「いい話だねぇ~」
まだ起き上がれないでいるレジスタンス三人組が呟いた。
二人が握手しているバックで、塔子のたて笛にも感動的にビブラートがかかる。確かこの曲の歌詞は、高山に咲く花に祖国を守ってくれ、と願いを託す曲だったはずだ。となると、勇者と魔王にもぴったりの曲なのかもしれない。
美しい笛の音と、女同士に生まれた美しい友情にさわやかな気分になりながら、俺は思った。
ああ、俺なんにもしてねえなあ、と。
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