12
光主教。
この街で最大かつ、おそらく唯一の宗教組織である。
といっても、元の世界でいう『宗教』とはだいぶ意味が違うだろう。なぜならこちらの世界では『光主様』は実際にいて、実際に恩恵をもたらしているのだから。
あまり詳しいところまでは聞いてないが、天上におわす光主様の妻が闇の女神で、これが地上を創るために魔王を遣わした。その魔王の力によって生命は割れても復活することができ、人間は繁栄を享受することができる。そして、魔王と人間の橋渡しをするために光主様から与えられたのが勇者であるという。
回りくどいことをやってるなと思うが、神話とはそういうものなのだろう。
俺たち――神奈先輩と塔子、そしてレジスタンス三人組の計五名は、いまその光主教の教会にやって来ていた。
「カンナ様!」
敷地内に入ると、早くも先輩の姿を認めた僧侶らしき人たちが駆け寄ってくる。
「勇者が割れたそうですが、ご無事でしたか!」
「なにやら魔王が来たなどという噂を聞きましたが、いったい……」
ある程度異変があったことには気づいていたようだが、確かな情報がないために余計に慌ててしまっているようだ。神奈先輩はそんな僧侶たちを手で制する。
「ちゃんと説明するわ、講堂に全員を集めてちょうだい。いい? 全員よ。見張りや下働きも合わせてぜーんいん」
「は! しかし全員となると……勇者もそろそろ復活する頃かと思いますが」
「勇者の復活には、彼らを立ち会わせるわ」
と言って、俺たちを指差す。
「心配ないわ、私の腹心たちだから。それより時間がないの、早く集めてちょうだい」
「はっ! 失礼しました!」
僧侶たちは背筋を伸ばし、皆を呼ぶために散っていった。教会でもカンナ様の権威はかなりのものらしいな。
「じゃ、あなたたちは教会へお願いね」
そう言って講堂の方へ歩を進めつつ振り返った先輩と目が合う。しっかりやってね、と言っている気がした。
「はい!」
俺たちはびしっと答えて教会のほうに入る。すれ違いざまに何人かの僧侶がばたばたと慌てて出ていき、教会内には誰もいない。ただ一番奥に光主像が立っているのみである。
光主教では、お祈りやミサ(みたいなもの)はすべて講堂で行われるらしい。そのため講堂は広く、教会は狭い。
では教会は何のためにあるのか、というと、要は勇者のためのリスポーン地点である。
そもそも割れた人がどこで復活するのか、というと、普通はその街で最も長く過ごした場所(大抵は自宅のベッドの中)になる。しかしそこは特別な存在であるところの勇者様なので、リスポーン地点は固定、すなわちこの教会の光主像の前になるのだ。
「じゃ、準備にかかりましょうか」
「はい」
「おう」
「おー」
口々に返事をして、それぞれが勇者復活に向けての準備にかかる。ここがこの作戦のキモで、正直可能かどうかは心配だったのだが、レジスタンス三人組はこういうのが得意らしく、自信満々に俺たちに指示を飛ばしつつ準備を進めていった。
またたくまに準備が終わり、あとは勇者の復活を待つばかりとなった。
「……来るぞ」
光主像がかすかに光をまとい始めたかと思うと、その光がきらきらと部屋の中央に集ってゆく。光はだんだんと輝きを増していき、眩しくて目を開けていられないほどになる。
腕で目をかばって耐えていると、突然ぱあっと光が飛び散った。
「む、何故君たちがここn」
「確保ぉーっ!」
どうせなら、『おおゆうしゃよ しんでしまうとはなさけない』とでも言いたいところだったが、そんな悠長なセリフを言っている暇はない。
俺の合図で、勇者の左右に待機していたチャコさんとジルさんが一斉に縄を引く。と、予め勇者の足元に複雑に組み合わされて置かれた縄が、勇者の体に巻き付いた!
「ぬわっ! 何をす」
ばしっ。
反射的に得物を出そうとする勇者を折りたたみ傘で殴りつける。やはり割れはしなかったが、怯ませるには十分だった。俺はそのまま、縄がからみついて動けない勇者をぽかぽかと殴り続けた。
「ちょまっ、痛い、痛いから! やめっ、はなっ、話し合おう痛い!」
悲鳴を上げる勇者の周りをロッテちゃんが素早くくるくると回って、菰を巻きつけていく。塔子がそれに合わせてたて笛を吹く……ってお前は何をやってるんだ。
あとはその上からさらに何重にも縄で縛れば、勇者の簀巻きの完成である。
「……よし、手も厳重に縛っておきましたので、この体勢では得物も出せないはずですよ」
ジルさんが息を吐き、額の汗をぬぐう。
「やー、我ながら会心の出来だね! 相手が勇者でも案外いけるもんだね!」
と、ロッテちゃんはあっけらかんと笑っている。
「えらく手際が良かったですけど……まさか他所でもこんなことを?」
俺がそう言うと、揃ってさっと顔を逸らす三人。おいおい。なんちゃってレジスタンスだと思っていたけど、実はけっこう影で過激なことをやってたんじゃないか? まあ今回はとりあえず、それが役に立ったわけだが。
「き、君たち! 私に何をするつもりだ! よりにもよって光主像様の前でこのような狼藉を……!」
勇者カルガオーは声を張り上げる。外に聞かれてはまずい、猿轡でもかませるか……と思っていると、
「えいっ」
と、ジルさんが何やらペースト状のものをカルガオーの顔に押し付けた。
「?!?!?!?!?!~!!!」
声にならない悲鳴をあげる勇者カルガオー。床に倒れてぴくぴくとニ、三回痙攣したかと思うと、がんがんと石畳の床に頭を打ち付け始めた。
「ジ、ジルさん、一体なにを……?」
「なに、ただのニョロギですよ」
いまのうちに猿轡をかませてしまいましょう、とジルさんはにっこりと笑った。
ニョロギとは。チャコさんの店でパクトゥに少量入れている、薬味の一つである。……要するに、ワサビみたいなものだ。
それを顔じゅうに塗られたら、そりゃあ悶絶もするだろう。割られたうえに復活するなりワサビを塗りたくられるとは、これこそ踏んだり蹴ったりというものだ。少し同情する。
あっ、しかもニョロギの上から猿轡かませてるや……。鬼だな。勇者は今ではすでにぐったりと動かなくなっている。元の世界なら、死んだんじゃないか? と思うところだ。
「これぞレジスタンス、ふんー」
と塔子は何やら満足している。違うしお前は隅っこでたて笛吹いてただけだろう。
ともあれ。
「これで、第一段階は成功だな」
と、肩を叩いてきたチャコさんに、俺は頷いた。
俺たちの建てた作戦はこうだ……といっても、このレンタローくんが考えたことなので大したものではない。
① 勇者を簀巻きにして監禁する
② 「魔王が怒ったのは勇者のせい」と街の人に説明する
③ 街を救うため、神奈先輩が立ち上がるのだ!
……うん、あらためて言うとほんと大したもんじゃないな。勇者のせいで魔王が怒ったのも本当のことだし、ようするに勇者と魔王がラブでコメってるところに目をつぶっただけだ。
肝心の「どうやって魔王止めんの?」という部分だが、正直あの魔王の脅しは本気じゃないと思っている。
可愛らしい見た目のせいでそんなにひどいことをするように見えないということもあるが、そもそもが勇者カルガオーへの執着からくる怒りなのだし、そのカルガオーの街を壊滅させるようなことはしないはずだ。
神奈先輩はいずれ元の世界に戻るわけだし、そうすれば勇者も元通り魔王を構うようになるだろう。その辺の事情をちゃんと説明すれば、分かってくれると思うのだ。
万一分かってもらえなくても、それはその時に改めて勇者を差し出せばいいという保険もある。神奈先輩に言った通り、許される程度のワガママを通すだけなのだ。
「っし、勇者のほうはこれでいいだろ」
厳重に縛ったカルガオーを箱に詰め、チャコさんはぱんぱんと手を払った。
「わたしたちは、ここで勇者を見張ってればいいんだよね?」
「任せてください、まだニョロギはたっぷりありますから」
ジルさんは心なしか嬉しそうである。ことの原因とはいえ、勇者に少し同情する。
そもそも最初はここまでする計画ではなかった。勇者は普通に説得して街で待機していてもらう予定だったのだ。
だが「大人しく言うこと聞きますかね?」「力づくじゃあたしらじゃ止められんぜ」「面倒だから簀巻きにしちゃえば?」と相談しているうちにエスカレートし、「あいつなら多少手荒にやっても大丈夫よ、むしろいい薬だわ」と勇者に対してストレスが溜まっていた神奈先輩のゴーサインで、簀巻き作戦が決行されることになったのだ。
憐れ勇者、恨むなら自分の人望のなさを恨んでくれ。
「じゃ、あとは頼んだぜ」
俺が勇者に向かって合掌していると、チャコさんから声をかけられた。
「悔しいが、あたしらじゃついていっても割られておしまいだろうからな。凱旋楽しみにしてるぜ」
レジスタンスのみんなはここで居残りになる。残念がっていたが、チャコさんの言う通りちょっとした攻撃で割れてしまうのではそれこそ事態を見逃すことになるから、と断念したのだ。
今頃は神奈先輩も、魔王を怒らせた罪で勇者を拘束し、自分が話をつけに行くという趣旨の信徒たちへの説明を終えているはずだ。
「ええ、あとは俺たちでなんとかやってきますよ」
塔子も頷き、ピヒョローとたて笛で返事をした。塔子も気合が入っているみたいだな。
俺は塔子の手を引いて、神奈先輩と落ち合うべく教会をあとにした。
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