6

「おお、兄ー」

「ドロップしたか?」

「したー」


 異世界に来てから数日経ったある日の夕暮れ。俺たち兄妹は薪にする木材を伐るため、郊外の林にやってきていた。


 伐る、といっても簡単だ。折りたたみ傘でそのへんに生えている生樹をぺちっと殴る。するとパァンと割れて消滅し、足元に素材としての丸太が落ちてくる、という寸法だ。


 ドロップするかどうかは運次第で、体感4~5本割ればだいたい一本は丸太が手に入るぐらいの確率である。この丸太を得物でない普通ののこぎりなどで切って、家具や薪にするわけだ。


 生樹はけっこう生命力が高いので、普通の得物で伐るのはけっこう大変なのだそうだ。なので俺たちがこっちに来てからは、折りたたみ傘とたて笛で木を伐っている。


 ……「たて笛で木を伐る」とかいう表現の違和感がすごいが、こっちの世界の人たちにしてみたところでパイプ椅子で何度も殴りつけて木材を入手したりするわけなので、もとから異邦人の俺たちにとっては不思議な光景であることに変わりはない。


「そろそろいいだろ。帰るぞ」

「うむ」


 入手した短い丸太を5本ほどリヤカーに乗せて落ちないように紐で結ぶ。この木材にうっかり折り畳み傘やたて笛で触れてしまうと、割れてこんどこそ何も残らないので注意が必要だ。


 二十本近くの樹を割ったので辺りはだいぶ閑散として見える。乱獲に見えるが、これが明日には元通りになっているというのだから不思議である。


 ちなみに樹に限らず、人間も含めてあらゆる生物は割れるとき確率でドロップするし、一日程度で復活するらしい。以前神奈先輩の前で兵士たちともみ合いになった時も、当時は余裕がなかったのでよく見ていないが、何人かは肉と骨をドロップさせていたそうだ。さすがに人のドロップ品は食べないらしいが、ゾッとしない話である。


 もちろん農作物も家畜も例外ではないので、一日一回であれば安定した量を簡単に収穫できる。この世界の人々が文化水準のわりにはいい生活をしているのも頷ける話である。


「おかえりなさーい」

「おかえりー」


 チャコさんの店に帰り着くと、皆が口々に出迎えてくれる。営業時間はすでに終わっている。ロッテちゃんだけはここに住んでいるわけではないが、夕食は一緒に食べていくことが多い。


「トーコちゃんおつかれ~。いつもお手伝いありがとねー」

「たいしたことない、ロッテちゃんさん」

「だからロッテちゃんさんはやめてってば~」


 塔子は可愛がられている、というか甘やかされている。まあもともと夏休みだし、おばあちゃんちに遊びに来た程度には甘やかされてても問題ないだろう。


「チャコさん、晩ご飯まではまだ時間ありますか?」

「ああ、今から作るところだからもちっと待ってろ」

「いえ、いいんです。ちょっと汗かいたんで、先に風呂に入ってこようかと」

「そうか。じゃゆっくり作って待ってるよ」


 チャコさんの承諾を得て、俺が公衆浴場に行く用意をしていると、


「ふろ!」


 と、塔子が眼を輝かせていた。


「われも、ふろ行く」


 と、袖をつかんでくる。そういえばこちらの世界に来てからは、塔子をちゃんとした風呂には入れてやってなかったな。


「あー、一緒に行くのはいいが、この世界の風呂は銭湯みたいなとこだから、一緒には入れないぞ?」

「なんと」

「チャコさんとジルさんも飯の後で行くだろうし、その時一緒に連れて行ってもらいな?」

「むう、仕方ぬい」


 残念そうな塔子の頭をぽんぽんと撫でて、俺は公衆浴場へ出かけ――


「待って。ちょっと待ってちょっと待って!」


 ――と、ロッテちゃんに腕を掴んで引き止められた。


「待って、いまの会話おかしくなかった!? なんかまるで普段は一緒にお風呂入ってるみたいな会話じゃなかった!?」

「え? 入ってますけども……」


 兄妹なのだからどこもおかしくはない。


「いやおかしいって! だって二人は三歳しか違わないんでしょ!? ……トーコちゃんは恥ずかしくないの?」


 ロッテちゃんの問いかけに、塔子は無言で首を傾げて「何を言ってるんだこいつ」という表情で返す。


「え、何その表情!? あたしがおかしいの?」

「落ち着いてください、ロッテさん」


 と、ジルさんが割って入ってくる。


「忘れそうになりますけど、ふたりは異世界から来たんですよ。常識が違っていてもおかしくはありません」

「ふー、はー、そ、そっか。そっちの世界では、兄妹でお風呂入るのは普通なの……?」

「ふつう」

「普通ですね」


 兄妹揃って答えと、ロッテちゃんはまだ興奮覚めやらぬ様子で「そ、そうなんだー。何かドキドキする習慣だねー」と言っていた。何がドキドキするんだろう? と思っていると、


「そうですか、その……そちらの世界では普通なのでしょうが、こちらではおふたりぐらいの年齢の兄妹が一緒にお風呂に入るのは非常に珍しい……というか、あり得ないことですので、こちらの世界ではあまり口外しないほうがよろしいかと……」


 と、ジルさんが非常にやんわりと釘を刺してくれた。


「そうなのー」

「なるほど、教えてくれてありがとうございます!」


 同じように見えてもここは異世界、細かいところでは違いがあるものだ。


 俺たち兄妹はこのようにして少しずつ異世界の常識を学び、日常に馴染んでいくのだった。




 夕食を食べると、皆風呂屋に行ったり、翌日の仕込みをしたり、細々とした用事を片付ける。もちろん俺たち兄妹も出来るところはお手伝いだ。


 それが終わると俺と塔子は地下アジトに篭り、ランプの明かりで宿題をする。どういうわけかこちらの世界のランプは非常に明るいので、宿題をするのに不都合はない。


 塔子の宿題をたまに見てやるが、ぼんやりしているようで勉強はなかなか優秀なようである。宿題のノルマが終わったら、少し話をしたりしりとりをしたりしながら眠りに着く。


 そして健康的に、夜明けとともに目覚めるのだ。




 そんな日々を過ごしてしばし。


 俺はいつものようにすっきりと目覚めると、大きく伸びをした。


 さて、今日もパクトゥの仕込みからだ。昨日チチェン肉を蒸す工程のほうも教えてもらったので、チャコさんに認めてもらえるよう頑張るぞ。


「兄、兄」


 張り切っていると、塔子に袖を引っ張られる。


「どうした?」

「今日も手伝いか?」

「? もちろんだ。お前も慣れない接客を頑張ってるみたいじゃないか、女性客が増えたってチャコさん喜んでたぞ」


 最初はこの無愛想な妹に接客など務まるのかと心配だったが、お客さんに可愛がられつつ案外うまくやっているらしい。


「最初は大変かもしれないが、慣れてくるとだんだん面白さも分かってくるし、お世話になってるチャコさん達に少しでも……」

「兄よ」


 と、言葉を遮られる。


「レジスタンスはいつやる?」

「あっ」


 健康的な生活すぎて、俺はすっかり目的を忘れていることに気づいたのだった。




「チャコさん!」

「どーした、朝から騒がしいな」


 店に出ると、ジルさんとロッテちゃんは店内の掃除を、チャコさんは薬味を刻んで開店準備をしていた。


「レジスタンスですよレジスタンス! すっかり忘れてましたけど!」

「やっぱり忘れてたんですね……便利だから黙ってたんですけど」


 と、ジルさんがさらっと黒いことを言う。


「ていうか忘れんなよ。お前カンナのためにわざわざこの世界まで来たんじゃなかったのか?」

「か、神奈先輩のことは忘れてませんでしたよ! ……たぶん。っていうかそれも含めて、いつ活動するんですか!?」

「店があるからなあ……安息日には店閉めるから、そんときかな」

「週一ですか!?」


 ちなみにこの世界でも一週間は七日である。


「兄、これレジスタンスちがう」

「妹よ、兄もいまそう思っていたところだ」

「うっせーな! 今はもともと雌伏の時だったんだよ!」

「ずっと私たち三人しかいませんでしたからねえ……」


 ダメだ。わかっちゃいたけど想像以上に頼りないレジスタンスだ。


「そもそも国主交代に乗じて、なんか面白いことできるんじゃね? ってチャコさんが言ってできたのが“竜の牙”だからねー。名前も二秒でつけてたし」

「あっ、こらロッテ、ばらすなよ」

「……」


 そんな文化祭みたいなノリでレジスタンスを立ち上げられても。流されて楽しく労働してた俺も俺だが、これからは自分がしっかりせねば。


「俺もこの世界に少しは慣れましたし、一人でも動けると思います。店がヒマなときだけでいいんで、単独で活動させてもらえませんか?」

「んー、初日の時みたいに、単騎特攻しそうで心配なんだよなあ……」

「なら、われもついてく」


 と、塔子が手を挙げる。


「姉さん、いいんじゃないですか? もともと店は二人でも回ってたんですし、トーコちゃんがついてるなら危ないことはしないでしょう」

「……そうだな、手伝いばっかさせてんのも悪りぃし、トーコが一緒なら大丈夫だろ」


 なにこの塔子への妙な信頼感。そして俺の信用のなさ。


「ふんー」


 と、勝ち誇ったように鼻を鳴らす塔子。くそう、兄として負けてはいられない。これはしっかり成果を出して、チャコさん達にも認められるようにしなければ。


「ではお言葉に甘えて、我々は独自に活動させてもらいます! おふたりが驚くような成果を上げてきますからね!」

「……あんまり張り切りすぎるなよ。せいぜい街の視察ぐらいにしとけ」

「レンタローさんは流されやすいですから、トーコちゃんはしっかり見張ってあげて下さいね?」

「だいじょぶ。よっくみてる」


 と、胸を張る塔子。いいのだ、俺の評価が上がるのはこっからなのだから。


「では早速、行って参ります! 塔子、行くぞ!」

「おー」


 こうして俺たちは心配顔の三人に見送られながら、レジスタンス活動に繰り出したのだった。

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