5

「さあ、いよいよ本格的なレジスタンス活動を始めるぞ!」


 チャコさんが宣言する。塔子と合流した翌日のことである。


 今日は週に一度の安息日で、だいたいの店や仕事は休みになり、その代わりに中央通りに屋台が出るという、日曜日と縁日を足したような感じの日らしい。チャコさんの店ももちろん店休日なので、一番自由に動ける日というわけだ。


「兵士の数も減りますので、動きやすいはずですよ」

「いよいよ本格活動かー、腕が鳴るね!」

「レジスタンスやるー」


 塔子もたて笛を振り回して気合十分だ。それチャコさん達に当てないように気をつけろよ、割れちゃうから。


「で、具体的には何をするんでしょう」

「えーと、そうだな……。基本は情報収集、とか? あ、あと仲間集め? なんか妨害活動とかもあるかな?」


 チャコさんの言葉には、なぜか語尾に全部「?」がついていた。


「……なんか考えながら喋ってません? 『いよいよ本格的な活動』とか言ってるし、まさかちゃんと動くのって今日が初めてだったり……」

「そおーんな訳ないだろ! 歴戦のレジスタンスに何を言っているのかね君は!」


 と、どんと胸を叩くチャコさん。何か口調が変になってるし、ぜんぜん信用できないんですが。とはいえ俺もまだこの街のことはさっぱり分からないので、とりあえずはリーダーの言うことに従うことにする。


「じゃ、まずロッテはレンタローとトーコに街を案内……じゃなかった、情報収集と仲間集めだ!」

「あいよー。ふたりとも、がんばろーね!」

「ロッテちゃんさんと一緒だー」

「……あのトーコちゃん、それずっと続ける気?」


 塔子は一度こうと決めたことにはかなり頑固なので、諦めたほうがいいかもしれない。


「姉さん、私は一緒に行っちゃだめなんですか?」

「ジルはあたしと一緒に店の仕込み……じゃなかった、なんか妨害活動とかあるだろ」


 チャコさんに言われて、ジルさんは「久しぶりに屋台巡りしたかったんですけどねえ」とため息をついた。ていうか今一瞬店の仕込みとか聞こえたぞ。


「……本当に活動する気、あるんですよね?」

「あ、あるに決まってるだろ! あれだよ、活動資金の調達だよ!」


 それは普通の店舗経営者だと思うのだが。あと妨害活動はどこいった。そもそも妨害活動とはいったい誰をどう妨害するつもりだったのか、謎である。


「ともかく! レンタローとトーコには、活動よりもまず街に慣れることが大事だろ」


 まあ、それは確かに一理ある。


「では皆さん、私のぶんも楽しんでくださいねー」

「おっけー。行ってきまーす」

「てきまー」


 というわけで。俺たちはとてもレジスタンス活動に赴く工作員に贈るものとは思えないジルさんの言葉に見送られつつ、街に繰り出したのだった。




「……おお!」


 塔子がきょろきょろしながら、興味深そうに声をあげている。


「ここがティールの街のメインストリート、カルガ通りだよー」


 道の両側には商店らしき建物がずらりと軒を連ねている。が、開いている店はひとつもなく、代わりにみっしりと隙間なく屋台が並んでいる。中には商店がそのまま店の前に屋台を出しているところもあるそうだが、ほとんどは安息日専門の香具師がやっている屋台なのだそうだ。


 などなどと、ロッテちゃんが解説してくれた。俺としてはティールっていう街の名前すら初めて聞いたぐらいなので、実際参考になる。


 真っ直ぐに続いた通りは長すぎて見通せないが、この先は国主の館まで通じているそうだ。とりあえず歩いてみよっか、ということで、ふらふらとどこかへ行きそうな塔子の襟首を掴んだまま、ロッテちゃんに街の解説をしてもらいながら歩いていく。


 まず、ティールというのは街の名前であると同時に、国の名前でもあるらしい。元の世界でいう都市国家というのに近いのだろうか。今歩いているメインストリートを中心に街が広がっていて、その外縁部までがティールという国である、ということらしい。


「へー、レンタロー君の世界では、街がいっぱい集まって国になるんだね」

「まあそんな感じです。だから、ティールは俺が思ってた『国』のイメージよりはだいぶ小さいですね」

「わたしたちもあんまり国って言い方はしないからねー。国主様、とは言うけど、ティールは街って感じかな。あまり深く考えたことないけど」


 ロッテちゃんにとっては、ほとんど国=街、という認識らしい。そしてその街を現在統べているのが、神奈先輩というわけだ。小さいとはいっても街ひとつである。さすが神奈先輩はすごい。


「人たくさんねー」


 人混みに紛れそうな塔子をぐいと引き戻す。さすがに日本のお祭りとまではいかないが、人通りが多い。かなり幅広の通りなのだが、街中の人が集まってきているのかと思うほどの人出だ。


 屋台も、日本のお祭りのように「めあたわ」「らてすかーびべ」などなぜか右から読む屋号がでかでかと書いてあったりはしないので何をやっているかわかりづらいが、代わりにそれぞれ声高に特徴的な呼び込みを行っていて賑やかだ。


「安息日で、みんなお休みだからねー。安息日のカルガ通りはがおー車の進入禁止だから、安心して歩けるしね」

「がおー車?」

「がおー車わからない? がおーっていうのはその、おっきな生き物で、ちっちゃな羽が生えてて……」


 ああ。神奈先輩も乗ってた馬車みたいなやつを、がらがらと引いてたでっかいトカゲのことか。えらい可愛い名前だな。


 ともかくそういう交通規制もかけられて、みんなこのカルガ通りに集まってくるわけだ。日曜日だけ歩行者天国になるみたいなものだろう。


「兄、兄」


 だいぶこちらの世界の街もイメージが掴めてきたな、などと思いながら歩いていると、塔子にぐいぐいと手を引っ張られる。


「あれ食いたい」


 と、屋台のひとつを指差している。そこではたくさんの火を噴く石の上に鉄板を乗せ、何かお好み焼きのようなものを焼いているようだった。


「兄に言われても、俺も一文無しだぞ」

「あれは、“はもはも”だねー。いいよ、ロッテちゃんがおごってあげましょうー」


 ロッテちゃんは屋台に駆け寄っていく。心苦しいが、金銭的なことは俺たちにはどうしようもなく、完全にロッテちゃんに頼らざるを得ない。


「兄、ひもねー」


 と塔子が失礼なことを言っている。


「いや、そもそも食いたいと言い出したのはお前だろうが」

「われもひもー」


 と、嬉しそうに言う塔子。なんで嬉しそうなんだ。


「ひも……? 紐がどうかしたの?」

「……何でもないです。こっちの世界の職業にヒモっていうのがあって」

「? レンタローくんの職業はコーコーセーじゃないの? コーコーセーでヒモなの?」


 ロッテちゃんが妙に刺さることを言ってくる。


「……いえその、ただの雑談ですよ!」


 ははは、と笑ってごまかしておく。今現在こちらの世界で女の子に養ってもらっているのは事実なので、ヒモについて詳しく説明するのはまずそうだ。チャコさんたちから「ヒモ高校生」なんて呼ばれかねない。


 ロッテちゃんは怪訝そうな顔をしていたが、気を取り直して屋台の方に向き直ってくれた。


「おじさん、はもはも三つー」

「あいよ、ちょっと待ってな」


 ロッテちゃんからお金を受け取り、おじさんが“はもはも”なるものを焼き始めた。乳白色の生地に野菜などが混ざったものを、鉄板に垂らして伸ばしていく。


 少し時間がかかりそうなので、ついでに何か聞いてみよう。ミッションはあくまで情報収集、遊びに来たわけではないのだ。


「あのー、最近、国主が代わったじゃないですかー」

「あ? そうだな、カンナとか言ったか。大暴れだったらしいな」


 伸ばした生地は、両側の端から少しずつ丸めていく。


「それからその、どうですか?」

「どうってなんだい?」


 おじさんはきょとんとしている。ロッテちゃんは心なしかもじもじとしていて、口を挟むべきか挟まないべきか迷っているといった風だ。


「その……景気、とか? 何か変わったことありますか?」


 我ながら間の抜けた聞き出し方だと思うが、この世界の常識を知らないので仕方ない。おじさんは少し変な顔をしたが、普通に答えてくれた。


「そうだなあ……特に感じないが、しいて言えば兵士がうろついてることが増えたかなあ」


 おじさんはそう答えながら、くるくる丸めた生地の中心に何か肉のようなものを投入し、ひっくり返してぐいぐいとへらで鉄板に押し付け始める。はもはもの出来上がりも気になるが、国主がすげ変わった影響がその程度しかないという話のほうがもっと気になる。武力で国主の座を奪うって、言わば革命だと思うのだが。


「そのおかげで兵士の客が増えて、景気は良くなったかな? はっはっは」


 ……むしろ良くなってるのかよ。


 いやまあ、今日ここまで歩きながら思ってましたけどね。革命的なことが起こったにしては街が平和すぎるし、屋台も賑わってるな、と。


 思わずロッテちゃんの方を見る。「レジスタンスる必要あるの?」という俺の心情を察したか、ふいっと目を逸らされた。


「はい、はもはもお待ち」

「おおー!」


 扁平な長方形に焼きあがったはもはもという食べ物を受け取って、塔子が目を輝かせる。ロッテちゃんはあとで問い詰めることにして、俺も紙で包まれたはもはもを手に取った。絶妙に焦げ目がついて、いい匂いだ。


「あ、最後にひとつ。神奈せんぱ……じゃなくて、カンナのことをどう思いますか?」

「……? どうって、なんか恐ろしい女らしいな。あんまり関わりたくねえなってぐらいしか」

「ありがとうございます。変なこと聞いてすいませんでした」


 俺は一礼して、すでにふうふう言いながらはもはもに食らいつく塔子の襟首を引っ張りつつ、その場をあとにした。




「さて」


 はもはも、は美味しかった。お好み焼きっぽいと思った生地は想像よりももっちりとしていて、中に入っていた謎肉の肉汁がぎちっと凝縮されていた。けっこう腹にたまる感じだ。


 ここはメインストリートのさらに中心の広場だ。こんこんと湧き出す泉があり、街の人たちが手に手に桶を持って水を汲みにきている。俺たちはその泉傍の石段の上に腰掛けていた。


「あれから何人かに話を聞いたわけですけれど」


 隣に腰掛けるロッテちゃんに話しかける。


「街の様子は変わりない、カンナ・ホシクズには関わりたくない。だいたい皆同じ意見でしたね……」

「そーなんだよねえー」


 ロッテちゃんはふう、とため息をついた。


「ぶっちゃけるとね、街の暮らしが変わらないの当たり前なんだよー。実質的に統治してるのは、変わらず前国主のショシュトフ様だから」

「……え?」


 ロッテちゃんが説明してくれたことによると。


 曰く、国主は変わったが、神奈先輩は統治に興味はなく、施政は前国主が神奈先輩の臣下として執り行っているらしい。だからそのことに不満を持つ者はあれど、臣民の暮らしは今までと大差ないのだそうだ。


「だからわざわざ危険なことしてまでカンナを倒そう! なんて人いなくてさー。レジスタンスにも人が増えないわけよ」


 それでたった三人のレジスタンスになっちゃったわけか。


「……じゃあ逆に、なんでロッテちゃん達はわざわざ危険なことしてまでレジスタンスやろうとしてるんです?」

「……義憤に駆られて?」

「なんで疑問形なんですか」


 突っ込むと、ロッテちゃんはあっけらかんと笑う。


「いやー正直、あたしは本気でレジスタンスとか、できるとは思ってなかったからねー。国主変わったんだってー、じゃあレジスタンスいっとく? みたいな、そういうノリで」


 ノリで反政府組織を立ち上げないでほしい。


「たぶん、チャコさんたちもそうだったと思うよ? でも、レンタロー君たちのおかげで急に現実味が増したというか、やれることが増えたから……。逆に今は、何やったらいいかわかんなくなってたり」

「やれること、増えましたかねえ……」


 今日も完全に街を案内してもらっただけで、俺たちが役に立てるようなビジョンはまったく見えてこない。というかこんな平和な街で反政府活動って無理があると思うのだが。


「増えたよー。だって現状、唯一カンナと渡り合える人だからね、レンタロー君は」


 ロッテちゃんはそう言って


「ま、あんまり深く考えずに、レンタロー君の目的を支援する団体ぐらいに思ってくれていいよ。今までも大したことしてなかったしさー」


 と笑った。えらく開き直りましたね。


「じゃ、せっかくだし、もうちょっと屋台見て回ろっか?」

「そうですね」


 あらためて『竜の牙』の無害ぶりを再認識しつつ。


 なぜか「レジスタンスしたかったのに」と不満顔の塔子を連れて、その日は日暮れまで屋台を堪能したのだった。

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