4

 パクトゥとは、餃子に似たこの世界の食べ物である。

 作り方は簡単。


1.白い粉を少量の水で練る

2.1を適量取って、棒で薄く伸ばす

3.2に軽く蒸したチチェンの肉と薬味を入れて包む

4.茹でたら完成


 レジスタンス娘たちに協力することになった翌日の昼下がり。


 俺はせっせと1~3の工程を繰り返し、生パクトゥを並べていた。


「パクトゥそば、大盛り1、普通2でーす」

「あいよー」


 ジルさんのオーダーを聞いて、チャコさんがぱたぱたとこっちに駆けてくる。大盛りなら5個、普通盛りなら3個だから、計11個か。俺は生パクトゥの山から11個取って、横の皿に乗せておく。


「はいどうぞ」

「おい、もらってくぞ……って用意がいいな。ずいぶん手際がよくなってきたじゃないか」

「どもっす」


 軽く返事をして、またすぐにパクトゥ包みに戻る。


 チャコさんの店は想像以上に繁盛していて、昼時には次から次へと客がやって来ていた。ジルさんとロッテちゃんは客の相手で精一杯で、厨房を手伝っているのは俺一人。手を止めている暇はない。


 最初のうちはちまちまと一個ずつ作っていたが、それでは注文のペースに追いつかないことに気づいた俺は、少し頭を使うことにした。


 まず白い粉はあらかじめ大量に練っておく。そしてそこから団子大の塊を5~6個ほど作って並べ、それをすりこぎで一気にごろごろっと伸ばす。あとはそこに肉肉肉肉肉、薬味薬味薬味薬味薬味と乗せ、包んでいくのだ。


 要は工程をある程度ひとまとめにして効率を上げただけなのだが、やってみると効率が上がるだけでなく、まとめて具を入れるため具量のばらつきも防げる。


 チャコさんも形が良くなってきたと褒めてくれたし、単純作業に見えて、意外と工夫のしがいがあるものだ。


 ……。


 黙々と生パクトゥを包みながら、はたと手を止める。


 俺なんでチャコさんの店で働いてるんだっけ?


 確か今朝、


「せっかくだからこっちの世界の料理を教えてやるよ」


 と言われて、やってみたら


「うまいじゃないか! 異世界の人間は手先が器用なのか?」

「まだまだ材料あるからな! 好きなだけ練習してくれ」


 などと褒められていい気になって作っていたら、いつの間にかお客さんが入ってきていて……。


 あれ? 俺おだてられていいように使われてる?


 そう思ったところにジルさんの声が飛んでくる。


「注文お願いしまーす! 大盛り5! 大盛り5ですよー」


 大盛り5ということは……25個! ストックのほとんどがなくなってしまうではないか!


 俺は余計なことを考えている場合じゃないと、またせっせと手を動かすのだった。



「レンタロー君、おつかれー」

「お疲れ様です、ロッテちゃん」


 ランチタイムが終わり、人がまばらになってきたところで俺とロッテちゃんは裏手に引っ込み、まかないのパクトゥそばを頂いていた。


「はぐはぐ……おいし~。レンタロー君の作ったパクトゥおいしいね~」

「はは……いや、俺は包んだだけですから」


 と言いつつ、単純に嬉しい。バイトなんかしたことがなかったが、これが労働の喜びというやつなのだろうか。


「今日はありがとね、手伝ってくれて。チャコさん達もいつもよりお客さんさばけたーって喜んでたよ」

「いえそんな、手伝ったというか……なんかいつの間にか手伝わせられてたんですけどね」


 まあ、喜んでくれたならいいか。「レジスタンス活動とはいったい……」とか、言いたいことはいっぱいあるが、飯と寝床を提供してもらえるだけでもありがたい。


 表向きはパクトゥそばの店主なんだから、きっとそう毎日毎日レジスタンス活動をするわけでもないのだろう。正直あんまり熱心にやられても神奈先輩に対する申し訳無さとかそういう感情が整理しきれないので、少し間を置いてもらえるのは逆にありがたいのかもしれない。


 などと考えながらずるずるとそばを啜り、労働の対価にほっこりとしていると。


 店の方から、聞き覚えのある声で、聞き覚えのある台詞が聞こえてきた。


『われ、お金ない!』


 舌っ足らずな女の子の声。


『でもおなかすいた! たのもう!』


 最近聞いたことのある感じの口上に、俺とロッテちゃんは同時にぶふっと噴き出した。たぶんチャコさんとジルさんも店の方で噴き出しているだろう。


「……レンタロー君のお知り合い?」

「……たぶん、いや、絶対そうです。ちょっと行ってきますね?」


 俺はここにいるはずのない人物の登場に頭を痛めながら、店の方に出ていった。



「へへ、お嬢ちゃん、お腹すいてるのかい? おじさんが奢ってあげようか……?」


 表に出た俺が見たのは、店頭で堂々と挙手をする黒髪黒眼の幼い少女。そしてその子に中年のおっさんがニヤつきながら声をかけている場面だった。どこからどう見ても犯罪臭しかしない。


「ありとう、ご馳走なる」

「ご馳走になるなっ!」


 俺は突っ込みつつ、すばやく出ていっておっさんを蹴り出した。


「おお、金づるが……」

「知らない人にご飯をたかったらいけませんっ!」

「お前が言うなよ」


 チャコさんに突っ込まれるが、気にしない。


「レンタロー君、その子は……」

「お知り合い……ですよね?」


 ロッテちゃんとジルさんがおずおずと尋ねる中、少女はようやく俺の存在を認識したようで、眼を輝かせた。


「おお、兄」


「「「兄!?」」


 三人が同時に、驚きの声をあげた。





「はふはふ、うん、これうまいな兄。おかわり」

「はいはいっと……」


 昼時が終わり、準備中の札を出した店内で、さきほどの少女がパクトゥそばをうまそうに食べている。サイドテールの髪型に、前髪を短めぱっつんに切った、かなり幼く見える少女。


 そう、まぎれもなく俺の妹である。


「……で? 説明して頂けるんでしょうね?」

「いやあ、俺もなんで妹がここにいるのか意味不明なんですが……」


 妹は眼をぱちくりさせながらパクトゥにかぶりついている。マイペースな奴なので、食い終わるまで説明してくれる気はなさそうだ。


「とりあえず俺の妹で、斎条塔子さいじょうとうこです。こう見えても中学生です」

「こう見えてもとはなんだ、兄」


 食いながらもちゃんと突っ込みを入れてくるが、こいつが未だに小学生に間違われ続けているのは事実だ。


「えっと、チューガクセーっていうのは……?」

「ああ、すみません。その……『コーコーセー』になる一歩手前の職業です」


 こう説明しておいたほうが分かりやすいだろう。


「『コーコーセー』の次は『チューガクセー』、また変なのが増えんのかよ……」

「まあまあ姉さん。レンタローさんの妹さんってことは、味方なんですよね?」

「それは俺も、本人の口から聞いてみないことには何とも……」


 これで妹が、「兄を連れ戻しに来た」とか言い出すとだいぶ面倒なことになるわけだが。


「にしても、かわいー子だねえ~。レンタロー君にはぜんぜん似てないね~」


 と、そばを食う塔子をじっと見つめるロッテちゃん。それはどういう意味ですか。いやまあ「レンタロー君に似てかわいいね~」などと言われてもそれはそれで困るのだが。


「げふー。ごちそう様でした」


 と、食い終わった塔子は手を合わせてぺこりと頭を下げた。お行儀がいいのは結構だがげふーと言う癖はなんとかならんのか。


 皆が見守る中、塔子はきちんと箸をそろえて置くと立ち上がり、脇に置いていたキャラもののリュックを背負い直して……。


「っておい! 帰ろうとするなっ!」

「……おお!」


 ナチュラルに踵を返して店を出ていこうとする塔子を、リュックを掴んで引き戻す。


「何しに来たんだよ! いっぱい食べて満足して目的忘れてただろ!」


 我が妹ながらぼうっとしているにも程がある。中学でちゃんとやっていけてるのだろうか。


「おお、そうだった忘れていた」


 と、塔子はリュックを漁りはじめた。ちなみに他の三人は、塔子のマイペースさに呆れてぽかんと見守っている。


「はい兄。わすれもの」

「忘れ物? いったい何が……げっ」


 妹が手渡してきたのは、俺がわざと忘れていった夏休みの宿題だった!


「母から。兄が忘れ物してるから届けてこいって」

「余計なことを……」


 せっかくファンタジーな異世界にいるんだから、現実のことを思い出させないでほしい。


「えっと、よく分からないんですけど、その帳面とか紙束をレンタローさんに届けに来ただけってことですか?」

「そうみたいです」


 ジルさんは真顔になり、


「前から思ってたんですけど、そっちの世界の人は、えらく簡単に違う世界に来るんですね……」


 と呟いた。まあそのあたりは現代人なのでしょうがない。


「しかしよくもまあ、あっさりとレンタローを発見できたもんだな」

「いや、ホントそうですよ。母さんも無茶するなあ……。塔子、来てすぐに兄が見つかったからよかったようなものの、今日中に見つからなかったらどうするつもりだったんだ?」


 尋ねると、塔子は不思議そうに首をかしげた。


「……? われ来たの、昨日から」

「ええっ!?」

「われも兄のすぐ後に出発した」


 どうやら俺が不退転の決意で出発した後、俺の部屋に掃除に入った母さんがわざと忘れていった宿題を発見し、塔子に届けてくるよう頼んだという話らしい。 


 ……あれほど部屋の掃除には入らなくていいと言っているのに。


「じゃ、じゃあじゃあ、昨日はどこに泊まったの? 何食べたの? ずいぶんお腹すいてたみたいだし、ひょっとして……」


 と心配してくれるロッテちゃんに、塔子はぶんぶんと首を振った。


「心配ない。ちゃんと食べて、やど泊まった」

「お前、その金はどうしたんだよ」

「その辺のおじさんに、なんでもするからおごってくれと言ったら出してくれた」

「「「「 おいっ! 」」」」


 全員の総ツッコミが炸裂する。


「だだだだダメだよトーコちゃん! 女の子がなんでもするとか言ったら! あ、危ないことなかった? なんか変なことされなかった?」

「危ないこと、ない」


 全員がほっと息をつく。


「よ、よかったあ~。いい人だったみたいで」

「夜中にわれの部屋に来て『はあはあ、わかってるよね?』とにじり寄ってきただけで」

「前言撤回! 危ないよ!? 危ない人だよ!! だだだだ大丈夫だったの?」

「うむ」


 と言って妹は、リュックサックからたて笛を取り出した。なんで中学生にもなってたて笛を常備してるんだ、と思いきや、塔子はそれをぶん、と軽く素振りして言った。


「これで殴ったら割れた」

「!! 割ったの!?」


 と、さっきから皆の心情を代弁してくれているロッテちゃん。突っ込みをお任せしてしまって申し訳ない。


「割れたということは、それがトーコちゃんの得物ってことですよね……」

「ああ、さすがはコーコーセーの妹、チューガクセーだ。小さくても侮れねえってことか……」


 などとジルさんとチャコさんは感心しているが、感心してる場合じゃない。


「あのな塔子。知らない人について行っちゃいけないっていつも言ってるだろ? さっきの食堂でのこともそうだ。赤の他人にたかるなんてもっての他なんだぞ」


 なんだか他の三人が真顔で俺を見ているが、今は危なっかしい妹の教育が優先だ。


「というか今ナチュラルに『割れた』って言ってたが、割れることの意味とか知ってるのか?」

「うむ。色んなおじさんに聞いた。情報収集は基本」


 変なところで要領がいいな、こいつ。


「……情報収集はともかく、知らない人について行ったり、食べ物をもらったりしたらダメだからな。わかったか?」


 と諭すように言うと、塔子は力強く頷き、


「したらダメ。わかった」


 と言った。すごい不安になる回答だな。前半部分もちゃんと聞いてた?


「……はあ、まあ用は済んだみたいだし、俺はいったん妹を送ってきますよ。またふらっと危ないことをしでかしそうだし」


 俺がそう言うと、三人ともうんうんと頷いた。会って間もないが、何をしでかすか分からない妹だということはじゅうぶんに伝わったらしい。


「じゃ、妹にそば食わせて頂いて、ありがとうございました」


 と、塔子の頭を掴んでお辞儀をさせ、連れて行こうとすると……


「あ、忘れてた」


 と、塔子が声をあげた。まだなんかあるのか。


「夏休み中、われも兄のところで世話になってきなさいって」

「はあっ!?」


 そんな『親戚の家に世話になってきなさい』みたいなノリで異世界に送り出してこられても!


「ついでに、兄が変なことしないか見張ってこいって言われた」

「母さん……。俺はこんなぼんやりした妹以上に信用されてないのか……?」

「うん、出かける時の兄、ストーカーの眼をしてたからって」


 俺をじっと見つめる塔子に、ふいっと眼を逸らす俺。いや、別にやましい事があるわけではないのだが。ないのだが。


 しかし、こいつを預かるとなると、俺の一存では決められない。


「あのうチャコさん、そういう事らしいんですけど、居候もう一人増えてもいいですか? こいつ結構食いますんで、無理なら追い返しますけど……」

「ふふん、何を言うレンタロー、我々の仲じゃないか。もちろんいいとも!」


 おずおずと頼むと、意外とあっさりと承諾してくれた。


「それじゃ……」

「ただし!」


 と、チャコさんはびしっと塔子を指差す。


「我が家に住まうからには、そこのトーコにも当然レジスタンスの一員となってもらうぞ!」

「「ええっ?」」


 と声を上げたのは俺達ではなく、レジスタンス幹部のふたりだった。


「姉さん、こんな幼い子ですよ?」

「そうだよー、戦ったり危ないことさせるのは……」

「なに、別に戦うばっかりがレジスタンス活動じゃないだろ。それにさっき聞いた通り、自衛できるだけの力はあるみたいじゃないか」


 確かに塔子の話によると、たて笛がこの世界における「得物」として認識されたらしく、神奈先輩のシナイ・ブレードや俺の折り畳み傘同様、なぜか超高威力を発揮しているようだ。


 けっこうしたたかな所のある奴だし、このたて笛があるならそうそう危ないことはないとは思うが……。


「というわけだ、トーコ、レジスタンスやるか?」

「レジスタンス? お前、レジスタンスなのか?」

「こら、“お前”はやめなさいっ」


 ぴしっと塔子を小突く。


「いや、いいさ、考えてみれば名乗ってもなかったからな。あたしはレジスタンス組織『竜の牙』のリーダー、チャコだ。あたしの組織に入るか?」

「はいる」

「即答!? お前レジスタンスの意味わかってんのか?」

「権力に対して自由と開放を求めてする抵抗運動のこと」

「……よくわかってんな」


 ぼーっとしている様に見えて、いらんことはよく知っている妹である。


「権力は嫌いだからレジスタンスやる」

「お前に何があったんだ……」


 妹の歪な成長に頭を抱える俺をよそに、チャコさんと塔子はがっちりと握手をしていた。


「それじゃあんたも今日から立派なレジスタンスだ。よろしくな、トーコ」

「おう、よろしくなチャコ」

「こらっ!」


 とまた塔子の頭を小突く。


「よろしくお願いしますだろうが! あとさんを付けなさいさんを」

「よろしくな、チャコさん」

「前半部分も聞いてくれよ……」

「まあまあ、子供なんだからいいじゃないですか」


 と、ジルさんにたしなめられるが……幼く見えるけどもう中二なんですよ? 学校で上級生にシメられたりしてないかお兄ちゃん心配である。


「私はチャコの妹で、ジルです。よろしくお願いしますね? 小さなレジスタンスさん」

「うむ、よろしくジルさん」


 ジルさんは意外に子供が好きなのだろうか。見たことないぐらい優しい笑みで握手をしている。


「じゃ、最後はあたしだねー。わー、手ぇちっちゃい、やわらかい! あたしはロッテちゃんだよー、よろしくね!」

「よろしく、ロッテちゃんさん」

「ロッテちゃんさん!?」


 『さんを付けろよ』という俺の指示を忠実に守っているらしい。偉いぞ。


「あ、あのねトーコちゃん、そこはちゃんだけでいいんだよ? ロッテちゃんで」

「だがなロッテちゃんさん、さんを付けないと兄に怒られるのだロッテちゃんさん」

「それわざとやってるよね!?」


 かくしてレジスタンス組織には小さな仲間がひとり加わり。


 俺の日課には、夏休みの宿題が加わったのであった。

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