3

「……さて、何がなんだかわからないままここまで来てしまったわけですが」


 俺はいま、チャコさんの店の地下室で、長椅子に座らされていた。もちろん他の二人も一緒である。


 あの後追ってくる兵士たちをなんとか撒いて、ここに隠れたというわけだ。正直この人達も何考えてるか分からないので不安ではあったが、他に行くアテもない。


「いやははは、最初のときはいきなり襲いかかっちゃったりしてごめんねー。でもほら、さっき助けてあげたからチャラって事で!」


 ロッテちゃんがそう言って舌を出す。まあ可愛いんだけど、普通に考えればてへぺろで済む話ではない気がする。


「まあ、話は聞きますよ。で、どうしていきなり俺を襲っておいて、今度は助けにくるような珍妙な事態になったんですか?」

「ふふん、それを説明するにはまず名乗らないといけねえな」


 と、チャコさんがずずいと進み出る。


「パクトゥそばの店主とは世を忍ぶ仮の姿。あたしの正体は……」


 どん、と胸を張る。


「レジスタンス組織『竜の牙』のリーダー、チャコさまだ!」

「幹部その一です~」

「で、わたしが幹部そのニってわけね!」


 チャコさんの名乗りに、ジルさんとロッテちゃんが続く。


「わたしたちは、カンナ・ホシクズの支配に抵抗する地下組織なんです」


 俺がぽかんとしていると、ジルさんが一歩前に出て話し始めた。


「カンナ・ホシクズがいま、国主としてこの一体を支配しているのは知っていますか?」

「いえ……でも、なんとなく偉い人にはなってるんだなーって」


 町の人達も国主様とかなんとか言っていたからな。しかしさすが神奈先輩、この短期間でそこまで出世するとは。


「感心してる場合じゃねーよ。あいつは、力で国主の座を奪い取ったんだからな」


 それから俺は、神奈先輩がこの世界に来てからのことを聞いた。


 持ち前のカリスマで配下を集め、国主の館に攻め入ったこと。

 シナイ・ブレードが強力すぎて、皆為す術もなく割られていったこと。

 そして、追い詰められた国主がやむなく先輩に国主の座を譲ったこと。


 ……何ていうか、市民から『暴君』と呼ばれていた理由が分かる説明だった。だいぶはっちゃけたんですね、神奈先輩。


「これで分かったろ。カンナ・ホシクズの専横を捨て置くわけにはいかねえ。それであたしはレジスタンスを立ち上げたってわけだ」

「まあ、その理由は分かりましたが……。それが何で俺を襲うことになったんです?」

「えっと、カンナはどこか別の世界から来た『コーコーセー』って謎の職業を名乗ってるんだけど……」


 と、ロッテちゃんが口を開く。


「異世界から来たカンナが『コーコーセー』を名乗っていきなり街を征服したんだよ? そんな状態で新しく『俺コーコーセーっす! カンナを探してまっす!』って言ったら……」

「あっ! 仲間がやってきたと思ったわけですか!」

「せいかーい。カンナだけでも厄介なのに、仲間と合流されたら……って、普通思うよね」


 しかも俺は神奈先輩を連れ戻すという目的をめぐって対立していただけで、心情的には完全に先輩の味方なのだから、仲間だと思ったのもあながち的外れでもない。


「ああ。だが昼間のカンナとレンタローのやり取りを聞いていて、お前の目的はどちらかというとあたしたちに近いし、協力できるんじゃないかと思ったんだ。あたしたちとしては、カンナを元の世界に連れ帰ってくれるなら大歓迎だ。それで捕まりそうになったあんたを助けたってわけだ」


 なるほど。一応彼女らの言うことを理解はできた。俺としてはいくら利害が一致するといっても神奈先輩と敵対する組織と協力することには抵抗があるのだが、それはさておき。


「納得しました。ただ協力できるかどうかはともかく、先に聞いておきたいことがあるんですけど」


 俺は胸にわだかまっている問題を先に片付けておくことにする。


「さっきから言ってる『割る』とか『割れる』っていうのは、さっき助けてもらったときの兵士たちみたいに、ぱん、って消滅するやつのことですよね」

「ええ」

「それはつまり……あの人達は、死んだ、ってことですか?」


 重要なことを恐る恐る聞く。が、三人はきょとんとした顔になった。


「ったく、異世界ってのはそんなとこまで違うのか?」

「見た目がだいたい一緒だから、同じような世界なのかと思ってたけどねー」


 と、チャコさんとロッテちゃんが目を見合わせる。どうやらこの世界では当たり前の常識だったらしい。


「割れても人は死んだりしませんよ。次の日には復活します」


 はあ~~~~っ! 俺は大きく息をついた。


 良かった、あの兵士は殺したわけではなかったんだ。いくら異世界とはいえ、初日から殺人者にジョブチェンジしましたというハードなことになってなくて本当に良かった。


「レンタローさんの世界では、割れたら死ぬんですか?」

「いやいや、そもそも割れないです。なんていうか……死んだら死にます」

「……? はあ、よく分かりませんね……」


 ジルさんは首を傾げた。まあ、よく分からないのはお互い様ということで。

 その後もいくつか説明を受けたところによると、なんでもこの世界では、人も物も一定以上のダメージを受けると『割れる』らしい。どのぐらいダメージを受けても割れないか、という許容量みたいなものは人によって違い、鍛えることでも上がる。この世界での『強さ』の一つの指標になっているそうだ。


 そして物体に関しては割れるとそのまま消失するが、人や動植物などの生物は翌朝になると復活するのだそうだ。


「……それって不死身じゃないですか!?」

「そんなことはありませんよ。割れて復活した後はその前に比べて少しだけ弱くなっているんですが、割れ続けてもうこれ以上弱くなれないってところまで弱くなってから割れると、もう復活しません」

「そんな事しなくても、五十年ぐらいで勝手に消滅するけどな」


 と、チャコさんが補足する。


「それが寿命ってことですか?」

「ああ。だいたい五十年前後だな」


 不死身かと思ったら、ガチ人間五十年な意外と儚い種族だった。まあ、病気や事故で死ぬことがなく皆平等に五十年なら、恵まれてるとも言えるのかな。


 しかし、それで三人が俺を攻撃するのに全く躊躇がなかった理由はわかった。攻撃してダメージを与えることが相手の死に繋がらないのなら、社会的にも倫理的にも他人を攻撃することへの忌避感は、俺の世界よりもずっと少ないだろう。


「もちろんこの世界でも、むやみやたらと他人を割ってたら捕まりますけどね?」


 まあそれはそうか。


「しかし、あんな簡単に割れてたら不便じゃないんですか? 俺なんか折り畳み傘でぺちっと殴っただけですし。箪笥のカドに足をぶつけてパァンとかならないんですか?」

「あのなあ、あたしらを何だと思ってるんだ」


 と、チャコさんは呆れたように頭をかく。


「まず、あたしらはよっぽどの事でもないかぎり、『得物』以外の攻撃では対してダメージは受けねえんだよ」

「ああ、その『得物』っていうのもよく分かってないんでした」

「これですか?」


 と、ジルさんはどこからともなくメリケンサックを取り出し、右手に嵌めた。


「そ、そう、それです! 今どこから出したんですか?」

「どこからって言われても……ああ、そう言えばカンナもシナイ・ブレードをいつも出しっぱなしにして背中に括り付けてますし、あなた方は得物を出したりしまったりできないんですね?」


 いや、勝手に納得してないで説明してほしいんですが。


「失礼しました。私達が得物と呼んでいるのは、生まれつき武の神から授かったものですね。人によって形状が違い、自分の意思で出したり消したりできます。姉の棘付き肩パッドや、ロッテのパイプ椅子もそうですね」

「そーそー、こんなふうにね!」


 と、ロッテちゃんが虚空からパイプ椅子を取り出してみせる。なんと、文字通り『どこからともなく』取り出していたとは。それにしても武の神さん、元の世界の常識に照らして考えるとだいぶセンスがおかしいようだ。


「じゃあそれはあくまで武器がそういう形状なだけで、椅子としては使えないわけですね?」

「? ちゃんと使えるよ? ほら」


 と、座ってみせるロッテちゃん。座れるのかよ便利だな。


「ロッテのは普段から使えてずりーよな。あたしのなんかカッコ悪いし、攻撃方法も体当たりしかないんだぜ」


 とはチャコさん。やっぱ気に入ってはいないんだ、棘付き肩パッド。


「私はお姉ちゃんの得物羨ましいですよ。威力は段違いじゃないですか」

「威力つっても、コーコーセーの得物と比べちゃなあ……」


 話を聞くに、神奈先輩の『シナイ・ブレード』そして俺の『フォービドゥン・アンブレラ』は、この世界では超高威力武器で、触れただけで割れてしまうほどらしい。


 それが異世界製だからなのか、俺たちが高校生であることが何か関係しているのかどうかは謎だが、世間では『コーコーセーの得物は強い』ということで定着しているそうだ。


「でも、皆さんの武器も一撃でぱんぱん兵士割ってるように見えましたけど」

「あはは……あれはね、兵士はカンナに割られまくってるから、すぐ死ぬほどじゃないとはいえ、だいぶ弱くなってるんだよねー」


 と、気の毒そうにロッテちゃんが言うところに、


「正直あの兵士たちは、今では街の最弱集団ですね」


 とジルさんがとどめを指した。可哀想に。


「でも弱いとはいえ、あの無理な体勢から当てただけで割るなんて、『フォービドゥン・アンブレラ』でしたっけ? やっぱりコーコーセーの得物は、すごい威力ですよ」


 ジルさんが急に俺の傍に体を寄せてくる。柔らかい二の腕が触れて、どきりとする。


「さすが、コーコーセーですね」


 耳元で囁くように言われ、かあっと頭に血がのぼった。い、いけない、俺は神奈先輩ひとすじなんだから、こんな大人の色香に騙されては……。


「そうそう、誰も敵わなかったカンナと互角に渡り合うどころか、最後は圧してたもんね! レンタローくんはすごいよ!」


 と、正面からはロッテちゃんが俺の手をぎゅっと握り、キラキラした笑顔で上目遣いに見つめてくる。くそう、可愛いじゃないですか。神奈先輩ひとすじとは言え、これで照れるなという方が無理だ。


 そんな俺の様子を見ながら、チャコさんがにやりと口角を上げる。


「おう、そんなレンタローがあたしたちに協力してくれるんだから、千人力ってもんだよな!」

「ちょっ、まだ協力するとは……」


 まずい、これは罠だ。


 こんなハニトラに屈する俺ではない、ここはきっぱりと断っておこう。


「その、いくら神奈先輩を元の世界に連れ戻すことがお互いの利益になると言ってもですね。レジスタンスというからには神奈先輩と敵対してる組織なわけでしょう? 俺としては、神奈先輩の敵に協力するつもりは……のわっ?!」


 むにっ、と腕に押し付けられた感触に思わず声を上げる。見ればジルさんが俺の手に腕をからませ、ぎゅっとそのたわわな胸を圧し当てているではないか。むむむ、こんなに柔らかいものだとは……じゃない!


「ジルさん、そんなことしても俺は……」


 腕を引き抜こうとする俺に、ジルさんはさらにぎゅっと力を込め、小首を傾げて柔らかに微笑む。


「レンタローさん、そんなに難しく考えなくていいんですよ? 私たちだってカンナが憎いわけじゃない、国主を元通りに戻したいだけです。そのために、お互いちょっとお手伝いができたらいいな? って言ってるだけなんですよー」


 むむむ……ぎゅうぎゅうと柔らかなモノが圧しつけられるたびに、それもそうかな、という気になってくる。


「ねー、ダメなの?」


 と、今度はロッテちゃんのターン。ずずいと顔を寄せてくる。


「ろ、ロッテちゃん、顔近いですって……」

「んー、どうしてもレンタローくんが嫌なら仕方ないけど……。あたし、レンタローくんのこともっと知りたかったなあ……」


 意味深なことを言いながら悲しそうな顔をするロッテちゃん。むぅ、そんな顔をされるとこちらが間違っているような気がしてくる。


 言葉に詰まる俺の肩に、3人目の手がぽん、と置かれる。もちろんチャコさんだ。俺のターンはどうやらもう来なさそうである。


「別に無理強いはしないぜ? だが、もし協力してくれるっていうなら仲間だからな、当然このアジトに住まわせてやることもできるし、毎日飯も食わせてやれる。もちろん、他にアテがあるんなら自由にしてくれていいが……」


 と、痛いところをついてくる。確かにここでこの申し出を断れば、またゼロからのスタートになってしまうのだが……。


「ねえ、レンタローさん」

「レンタローくん」

「レンタロー、どうするんだ?」


 ……。


「……わかりました、協力します」

「ぃよっし! 強力な用心棒ゲットだ!」


 俺はいともたやすく陥落し、チャコさんはガッツポーズをした。いやまあ実際悪くない話ではあるのだが……神奈先輩ごめんなさい。


「ありがとうございます、レンタローさん」


 とのたまうジルさんは笑顔はそのままだが、俺が協力を宣言した瞬間から体ひとつぶん離れている。分かってはいたが柔らかさに負けた自分が悔しい。


「やったあ! レンタローくん、これから一緒にがんばろうね!」


 ロッテちゃんの方は、俺の手を握りしめたままぶんぶんと上下に振った。この子だけは純粋に、打算などなかったのだと信じたい。


「ただし! 神奈先輩に直接危害を加えるような事態は見過ごせませんからね! そこだけは譲りませんから!」

「ああ。目的は一致してるんだ。あんたが嫌がることはやらねえよ」


 そこだけははっきりさせておく。あくまで、先輩を元の世界に連れ戻すという点においての協力体制なのだ。


「もっちろん! じゃあレンタローくん、これから四人でがんばろうね!」

「はい! ……って、四人で?」


 おかしくはないのだが、なんかおかしい気がする。


 思わずチャコさんを見つめると、ふいっと眼をそらされた。


「あの……念のため聞くんですけど、この組織に他の構成員って……」

「点呼ーーーー!」

「?!」


 チャコさんがいきなり起立の姿勢を取って手を上げた。


「リーダー!」 とチャコさん。

「幹部その1!」 とジルさん。

「幹部その2!」 とロッテちゃん。


 ……。


「以上!」


 やっぱりかよ!


「そうだよ! あたしたち三人だけだよ! 何か文句あるか!」


 しかも開き直っておられる。


「……竜の牙、でしたっけ? 組織名」

「うっ」

「……いや、いいと思いますよ? 強そうだし。今は名前負けってレベルじゃないですけど、いつか名前に見合う組織になってやろうという意気込みというか、そういうのが感じられて……」

「うっせえ、いいだろ! 強そうな名前つけたって!」

「……だから、いいと思いますよ?」

「目をそらすなー!」


 かくして。


 俺はたった三人のレジスタンスという、風変わりな仲間を得たのだった。

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