第20話エピローグ

エピローグ


 これが、わたしの体験した旅の物語だ。

 国際連合軍が監視する檻の中で、それを語り終えるわたしは、意識をシャットダウンすることになっている。

 だからここに全てを記すように、物語を残すべく、語り継ぐ。

 尚、この物語は全書籍図書館(ボルヘス)へと寄贈される手筈となっているので、またどこかで読むことも可能だろう。


 わたしが檻に閉じこもっている間の話をここや、章の終わりに追記しよう。

 まず、二百近くあった国々は、大災禍を経て、五百か国にまで分裂した。独立と言ってもいい。その全部を国際連合は認めるのを諦めて、生府(ヴァイガメント)と呼ばれる医療合意共同体(メディカル・コンセンサス)に任せた。簡単に言えば、人が生きることを確立させたという訳だ。

 あれからドイツはEU加盟国のトップとして他国を率いている。数多くのRRWの摘発や、紛争地帯の和解に貢献した結果が栄光として輝いている。だけども、わたしという存在がそこにいた経歴を抹消させたのはまずかった。EU軍が捕獲したわたしを、わたしのデータがそれを暴いた。しかし、それが世間に公表される事なく、闇となってどこかに消えていったのも事実だ。

 ナタリーの住んでいるフランスには綺麗な花がたくさん咲いた。咲いた花には放射能を浄化する効果が期待されていて、核の爆心地には決まってその汚染物質に強い種が植えられた。花が咲いて枯れる様は、人間の生き死にを代わりに行っているみたいだった。

 中でも日本は国内に秘匿されていた技術を惜しみなく世間に公表して、次世代ナノマシンを開発せしめた。一家に一台用意された薬の生産機はナノマシンに頼らずとも病気を駆逐した。これがあればシンも治せただろうにと悔しく思ってしまう。

 中国にも大きな転機が起きている。政府が無くなって生府(ヴァイガメント)の介入が各国で流行ると中国もそれに乗らざる負えなかった。同調圧力というやつだ。それも下からの。おかげさまで、汚職関係の話が囁かれることはなくなった。

 生府と呼ばれる医療合意共同体はどこの国にもある、普遍的な組織となった。それに頼ることで小国でも貧しさから解放されるし、苦痛と死を先延ばしに出来る。その代償として政府を廃止し、故郷の地面やら壁やらの街並みがピンク色に染まったり、あらゆる角が丸くなったりするけど市民はそれを快いものだと感じ取った。

 しかしながら、ロシアはいまだに政府を保ち続けている。石油やらでまだ大儲けしたいのか、それとも意地なのか。生府は強制ではないが、市民のほとんどがそれを求めると、小さな紛争が祭りのように起きていた。


 わたしは、この牢屋の中で時折語られる旅の話を、来客者に機械的に喋り続けていた。オルゴールのようだった。

 それが仕事だと言わんばかりに。

 そしていつも、話の最後――シンとのお別れの場面になると、ふと思い出してしまう。


 あの時、すでにドイツ軍はわたしを見限っていたことを。

 いつの間にか、ベア大尉が殉職していたことを。

 台風が通り過ぎるのを待っていた間、すでにシンの生命維持装置が電力不足によって止まっていたことを。


 わたしはそれらの残酷な真実を知っていながら、それを知るまいと情報を無意識のうちに遮断していた。

 それが私の意志によるものなのか。

 はたまた、私の意識だと思っていたものは、間違いだったのか。

 まさか、自由意志を独自のネットワークで築いていたのだろうか。

 その全てを知るには、辿り着くには老賢人(オールドワイズマン)に会わなければなるまい。

 かつてシンの父親が帰るべきだった場所にもいた老人たち。

 AI参謀としてこの大災禍を止めるべく頭脳を貸した人間の考えを超越した人工物たちのところへと。


 全てを語り終えたわたしは、その方法を思いつく。


 わたしの意志で意識を途絶えさせる必要があった。


 無意識の果てへと。


 わたしは次の旅へと歩み始めていた。



 さようなら。



 わたし。



追記。

いま人類は、とても幸福だ。



とても。




とても。



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