第17話第五部2
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「二十一世紀の核弾頭」
そう銘を売って販売した商売はとても繁盛していた。
アフリカの荒れ地のどこかで、大きな六輪のタイヤに図体のでかい車を走らせて商売をしているアメリカ人がいるらしい。そんな噂がアフリカ中の街で囁かれる。
また、そいつらがその核弾頭を売りにしているということも。
わたしは似合わない高級スーツを着て、お坊さんのような頭を隠す帽子を被り、アメリカのセールスマンを装っていた。
民間軍事資源供給会社(MRS)を立ち上げたのだ。
ブラジルやアメリカで活動していたハードシールド社と同じ戦争請負や警護の仕事、または戦争をする輩に武器や食料、訓練の指揮をする仕事だ。
資金源は中国の研究機関から。中国の貸銀行(メガバンク)――発展途上国の為に金を貸してくれる銀行にその金が振り込まれていた。そこはシンにとってもなじみ深い場所で、シンは毎月のように振り込まれる大金ををずっと貯めこんでいたのだ。
なるほど。初めてシンと出会ったとき、どうしてこんな小さな子が一人旅をしていたのかが理解できた。この大金と過去の記憶とやらで不自由なく世界旅行をしていたのだ。
それをありがたく使わせてもらい、購入した立派な事務所と工場にはAOCの武器庫からもらってきた最新鋭の武器を並ばせていた。
わたしたちが業界に名を上げ始めると、もともとこのアフリカの大地を拠点としていた同業者たちは次々と撤退していった。なぜなら、わたしたちが金ではなく土地と引き換えに売りに出しているのはアメリカの最新鋭の武器で、そのリストの中に平然と紛れているのは「二十一世紀の核弾頭」と名称された高信頼性代替核弾頭だったのだから。
「あいつらは商売なんてする気がないのさ」
武器を背負ってアフリカの大地からせっせと逃げ出すことにした武器商人たちは口々にそう言った。
商品の質が高すぎるのではなく、お金ではなく余った土地と取引していることがいけないのでもなく、それを使われれたら商売をする相手もいなくなってしまうということだ。
戦争とはそう言う物だろう。
わたしはそんな単純な疑問を抱いていた。土地争いなんてくだらない。権力なんて大きくなくていい。
いつの間にか、業界においてわたしは災いの代理人(ミスフォーチュンエージェント)と呼ばれていた。
わたしのしていることはまさに戦争経済そのものの破綻を招きはじめ、さらにはいつの日か起きてしまう終末戦争の引き金を生んでいたからだろう。
アフリカの大地に住まう人々はとても短命で、四十を越えると長生きだと言われている。だから人々は子供をたくさん作り強く育てる。けどそれは間違ったやり方で、生んだ子供たちは早速、戦場で生き残り強くなっていく――狂っていく人生を歩まされていたのだ。
わたしはそんな可哀そうな子供たちの前に立ち銃弾を浴びされながらその小さな体を抱きしめてやるのだ。十分な食事を提供することで自分の運営する民間軍事供給会社に引き込んだ。まるでハーメルンの笛吹き男のような話だろう。エミリアのやりたかったことはこういう事だったのかもしれないと、わたしは子供たちに新しい仕事を与えてわたしの知る国の文化、世界の歴史を教えた。
「世界はとても広い、君たちの理解が追いつかないほどに」
山奥に建設した食料生産工場で子供たちは養豚場とお菓子を作って、銃を手にすることもなく過ごせるかと思っていたけど、現実は上手くはいかなった。
子供たちには子供たちで、嫌いな奴がいる。過去に自分の村を襲った部族の顔、親を妹や弟を殺してしまった人、単純に気に入らない奴。子供たちの中にはそんなバカみたいなことを憎んで考える短気な子が少なからずいて、その子は虐殺と言わんばかりにどこから持ってきたのか分からない銃を手に取って乱射し始めた。桑で頭をぱっかり割った子供の亡骸を豚が匂いを嗅いでいる。
わたしが異常を感じて止めに入った時にはすでに手遅れだった。銃を乱射した子は別の正義感を抱いた子に殺し返されていたのだから。
「だから言ったじゃないですか。彼らの事は彼らに任せるしかないんです」
オブラソワは落ち込むわたしにそう言った。
同じ社員として共に働く、オブラソワを含んだロシア人三名は戦争の最中に飛び込んで無力化する仕事をこなしていた。それが彼らが受け持つ国家からの正式な依頼だったのだ。用心棒、そう呼ぶのが適切だろう。
それが彼らの故国(ロシア)の為になるとは思えなかったが、彼らの目的はいつだって政府高官の暗殺にあった。米国戦士へと武器を供給するために働かされている場所を次々に潰していた。
「二十一世紀の核弾頭」はその政府高官どもの姿をあぶりだすのにはうってつけの代物で、その名称だけで何人もの国家から金持ちが殺されていった。
わたしに至っては全部単独行動で、移動は戦場の真ん中を走ったこともあった。流れ弾が至る所へと当たるけど頑丈な体が取り柄だった。その道が一番の近道だったこともあるけど、やはりわたしの気分がそうさせたのかもしれない。遠くで泣き叫ぶ人々の声。
そこへ向かうわたしはたくさんの人の悲しみと死を目撃してしまうのだ。
わたしの日常は続いていく。
時折メッセージで届く、暗号名ウォッシングベアの指示によって、アメリカ人と偽って、民間軍事資源供給会社の名を背負いアフリカの国々を跨ぎ、主権を主張したい部族や輩に核弾頭を売りつける。
それがわたしの仕事だった。
「これさえ持てば他の武器は必要ありません。なぜなら、これは相手の国を一瞬で亡ぼす兵器ですからね」
嬉々としてそう説明するわたしは、専用の簡易発射台となる核施設の設計図も渡してアフリカの部族や宗教団体、果ては島々にまで赴いて核施設を建設した。
その出張の先々で子供たちを拾い集めては要塞のように大きな装甲車に乗せて、事務所に帰ると工場では虐殺が起きている。その度にわたしはよく頭を抱えて悩ませていた。幸いにも、ここでは人がたくさん死ぬことは事件にはならない。
だから、わたしはまた頑張ろうと根気よく自分に言い聞かせた。
ある日突然、アフリカの紛争がピタリと止んだ。
オブラソワ達に依頼してくる国家がいなくなったのだ。銃器が価値を失ったかのように戦場に投げ捨てられているのを拾う作業に切り替わった。まるで薪に燃やす木を拾うように武器の類は、わたしたちが取引で得た土地につもり積もった。
次の日も、その次の日も平和は不思議なように続いた。
銃声が聞こえなかった日は一日たりともなかったと言うのに、最近はなんていい日なのだろう。今日は誰も血を流していない。飢えをこじらせていない。
そうしてやっと、人々は農業や工業などを発展するのに忙しくなっていった。荒れた大地に品種改良された作物の種が植えられる。
それを行わさせているのは国連の人たちだった。
戦争が収まってまだ一時的ではあるけれど、安全と判断がついたからやっと踏み出せたのだろう。
だから問題の根源と思われているわたしたちに接触を図ろうとしていた。もちろん、わたしたちからしてみればそれは厄介なことで、最悪拘束される事態になるかもしれなかった。
でもそれは起こり得なかった。
なぜなら、わたしにはドイツ軍の指示が内密に飛んできていて、ドイツ軍は国連軍の情報を網羅し、わたしたちと接触させないよう計らってくれたからだ。
国際連合軍が警護を発注した民間軍事会社(PMC)――国連軍が駆けつけた事務所はすでにもぬけの殻で、証拠となる物も見つからなかった。
しかし、食料生産工場は間に合わなくて――ここでも殺し合いは止んでいたのだけれど――国連軍が介入すると、子供たちは元いた場所へと返されていった。
それは保護ではなく、強制送還だった。
わたしはこのことに激しく憤怒したが、ドイツ軍の指示は「構うな」だった。それはもともとわたしの私情だったから。ここでわたしが出て行って捕まろうものならば、ドイツ軍はわたしを遠隔操作で行動不能や爆発にでも操作してしまうのだろう。
命令に背いて、自由意志が奪われるのが一番怖かった。
目の前で崩れていく子供たちの居場所にわたしは手も足も出せなかった。
それからすぐに事件は起きる。
強制送還された子供たちが示し合わせたかのように各地で人を殺し始めた。徒党を組んで口々に不平等を唱え始めた。それは工場で過ごした生活の方が豊かだったからに違いない。
わたしが与えた幸せが、子供たちの日常になってしまっていた。
大きな国家の議事堂に殴り込みをかけては国連軍の警備によって拘束されていく。
勢いはそれだけで収まらなかった。子供たちの言葉に大人たちもついに躍起になったのだ。国家としていまだ認められていない部族たちが核施設で集会を開く。
ボタンを押すか否か。
それを決めたのもまた、子供たちだった。子供たちの――平和の国に住むわたしたちの考えが、皮肉にもボタンを押すきっかけになった。
わたしが教えた世界の歴史を、子供たちは自分の代で終わりにしたかったのだ。国連軍の調査で分かったその事実を、わたしは受け止めきれなかった。
一発の核弾頭が熱感知や音探知などの様々なレーダー網にも全く引っ掛からず、国と呼ばれる国家の首都めがけて飛んでいく。直撃すると、大きなキノコ雲を巻きあげて辺り一面を灰にしてしまった。凄まじい爆風で飛んでいくのは人の肉と建物の瓦礫、そして放射能だった。
放射能汚染が広がると、人体への健康被害が起きるのは周知の事で、人々は留まることを止めてただどこかへと走り続けた。
空が晴れた場所よりも、人のいない場所がいいと賢いことを言ったのは子供たち。
被爆対策を施した防護服に身を包んだ国連軍がクレーターへと赴く。その地肌にはガラスのように溶けて固まった、かつては生き物だった鉱物が燦々とアフリカの大地を容赦なく照り付ける太陽の光を反射させた。まるでダイヤモンドだ。人の遺灰はダイヤモンドとして輝かせることが出来るという。なんて美しい死に方なんだろう。わたしは不覚にもそう思ってしまった。不謹慎すぎる。
わたしはずっとドイツ軍からの指示を待って待機していた。時々届くその指示はいつも同じ内容で、国連軍がわたしの場所にやって来るということだった。一体どこからそんな情報を嗅ぎだすのだろう。
国連軍は五発目の核弾頭が使われた際、すで発射してしまった核施設を突き止めて無力化していた。そこから得た情報を頼りにわたしの存在を集めていた。わたしがお金の代わりに取引していた土地をしらみつぶしに探している。おかげさまで、わたしの立ち上げた会社はすでに存在していないものと化した。
まず、オブラソワが捕まるのが一番早かった。いつものように、戦場から集めて来た銃器を律儀に積み上げていたところを拘束されたのだ。オブラソワはもう疲れたと言わんばかりに、自分にはもう役目はないと言いだして、拷問に口を割った。それからすぐ、他のロシア人二名も居場所が明かされて拘束されてしまう。
残るのはわたしだけか。
放射能の風を受けながらも、装甲車を走らせるわたしは捕まえようのない幽霊かはたまた伝説の類となってささやかれていた。
核弾頭が止んだのは十発目の時だった。
その時すでに、アフリカ全土の土地は放射能によって汚染され、国連軍でさえも、発注していたPMCにこれ以上の滞在は健康上の損害となることを告げて去っていった。だから、アフリカの人々は汚染した大地で荒れていく気候の日々を過ごすしかない。
その中で、自身の持つ核弾頭をアジアに売り飛ばす者たちもいた。わたしが取引した時にはそのような考えを持たない者のはずだったが、汚染された大地で暮らすのはさぞ嫌だったのだろう。売った金で家族や友人をアフリカから逃がしていた。
難民たちが船に乗って地中海を彷徨う。イタリアやスペインは受け入れを拒否すると、国内は不法侵入者で溢れた。その者たちを殺す訳にも行くまい。早々に国外退去となって隣の国に押し付けられた。
最悪な事に、難民の群れは彼方東の戦争が続く土地に続いてしまっていた。
やがて数か月後に、第二波(セカンドウェーブ)と言わんばかりに、アジアの紛争でRRWは使われ始めた。
十一発目、十二発目、十三発目。
難民たちがこっそり持ち込んでいたそれは、自爆テロか、それともなんらかの予期せぬ圧力が製品にかかってしまい不慮の爆発が起きてしまったのかだった。
ただ、その核弾頭が使われることによって変わることのない結果は、何千万人も死と苦痛に巻き込んで、富んだ土地は放射能によって汚されてしまったという事だ。
その頃、米軍戦士とロシアの戦争はどうなっていたかと言うと、オブラソワが予見した通りに、米軍戦士は度重なる戦闘で数を減らし撤退に続く撤退を余儀なくされていた。
完全な敗北だ。
撤退した米軍戦士はイランやアフガニスタンの砂漠で地道な活動に留まっていた。
もはや米軍戦士は一時の話題になっていたが、その定義はかつて自身が打ちのめしたテロ集団と同じ扱いに成り下がっている。
いつか無くなるんだろうな。そう思いながら朝の新聞や自国の戦争のことばかり報道するCNNのニュースに耳を傾ける。まだ宇宙にあるアメリカ製の宇宙衛星は無傷で漂っているのだ。地上で戦い続ける同志を応援し見守り続けているのだ。それがサッカーやラグビーなどのスポーツ観戦と勘違いしているかのように。
そんな勝利などほぼない戦場で、戦士たちは生きることを優先し始めていた。つまりは敵前逃亡だ。
ある者は中央ユーラシアの遊牧民に紛れ、ある者はテロ集団に仲間入りしていた。時にはEU圏内までたどり着き、難民として受け入れてもらうよう懇願した者もいる。
RRWはそんな時にアジア圏内に運ばれた。どこかで隠れ潜む米軍戦士がそれを手に入れると、待ちきれないとばかりに興奮して簡易発射台を積んだトラックをロシアの領土へと近づけていった。
オブラソワ達が捕まることなく健在だったらそれを許さなかっただろう。だけど、わたしにとってそれは自国を含んでいないから止める理由はなかった。
他人事のように放っておいた。
そうして発射圏内まで近づき、そこから放たれたRRWは低高度を保ちながら鳥のように滑空し、針葉樹林が生い茂る林の中を潜り抜ける。目標地点を目指して複雑に舵を切りながら突き進んでいく。それはロシアの最新鋭のレーダーでさえも感知できない、ゆえに迎撃する術はない。
十四発目のキノコ雲。モスクワが核の炎に包まれた時、国連軍は再び立ち上がった。
何か起きてからじゃ遅すぎる。と口を動かすことしか出来ない平和の国に住む人たちは非難し、豪語したけど、国連軍が行動するのにはいつもきっかけが必要だった。
なぜなら国連軍は――国際連合加盟国は国の寄せ集めで出来た安全保障理事会なのだから、あなたではなく誰かなのだから、何かが起きないと――みんなが危険だと認識しないと、判断されないと動けなかった。
誰かがやらなければいけないと口に出す事は、自分は出来ないと言っているのと同じだった。
アジア圏内に運び込まれたRRWは容易に割り出され、簡易発射台と化したトラックを国連軍は幾つも無力化していった。ただ不思議な事に、肝心な高信頼代替核弾頭は見つけられずにいた。
はたして、それはわたしの手元にあった。
わたしは、EUを目の敵にしている国、人々、宗教には核の抑止力を持たせたくなかった。それがドイツ軍からの命令であり、わたしの意志だったからだ。
わたしの舞台はアジア圏内へと移っていた。
EUを憎んでいる買い手に核弾頭が渡った時、わたしは単独で潜入し、それを奪った。初めて人を殺す感覚は不思議と何も感じなかった。死んだのかな、と思うだけで、可哀そうな気分は悲しみは湧き起らない。涙は枯れてしまったのか、いいやきっと人の死に慣れすぎてしまったんだろう。目の前で、頭を銃弾で貫かれ、脳しょうを垂れ流した人だった者の名前を家族を戦う理由をわたしは知らない。赤の他人だったから殺せていた。アフリカではもっと多くの人が死んでいたから、目の前の死が普遍として、当たり前に見え始めていた。
ドイツ軍が率先して紛争の沈静化と称し、表立って戦場を練り歩く。それはEU軍とも呼ばれるほど巨大な軍隊になっていた。かつてオブラソワ達がしていた役目を担っていたのだ。おかげで、それに混りこんだわたしは国連軍には捕まることはなかった。現地で久しぶりに会うベア大尉はわたしに対して頭を下げるばかりだった。
「君には酷な事ばかり押し付けて済まない」
そう言い上げるベア大尉はわたしの活躍によって少佐へと昇進したことを告げた。後ろめたいと思っているのだろう。そのことを自身は誇りに思っておらず、わたしに頭を下げるのだった。
なので秘密裏に、幾つものRRWはドイツ軍の手中にあった。
しかし決してRRWはドイツの所有物だったわけではない。もしそうだったら、撃ち出すことそれさえも止められていたはずだから。
そんな命令がわたしに下っていればそうしたに違いないから。
シンの言う通り、RRWは数が足らなかった。アフリカに住むEUを憎まない主義主張をする人々に手渡すだけで精一杯だったのだ。
本当は、欲を言えばアジアや、オセアニア、南米に住む民族にも核を渡したかった。
抑止力として国を築かせてやりたかった。
手元にあるRRWは、世界を変える――権力を認められた国家や議員が支配する政府を失くすきっかけとして使われていく。
善か無か思考(オール・オア・ナッシング・シンキング)。すべてか、あるいは、ゼロか。全部か、無しなのか。白か黒か、善か悪か、正か邪か。図らずともその思考はシンの信じたマニ教にとても酷似していた。
お前らはっきりしやがれ、そう世界に怒鳴りつけているシンの意志が目の前でどんどん形となっていくようだった。
世界は着々と壊されていく。
十五世紀から戦争をすることが無かったサンマリノ共和国に難民が押し寄せて、火の手が上がるのを人々は嘆いた。少なくともローマ法王は信者を復興活動に全面協力させていた。
京都がRRWの爆心地になると日本列島は地震による地割れで二つに分断されたように割れてしまい、出来た窪地に海水が癒しの水のように流れ込む惨劇の光景が生み出された。元からそこにあったような三角州には被爆した汚染水が流れ始め、魚はおろか緑さえもその川辺から枯れていった。地震と噴火の地、まるで地球が怒りを表したような日常がこの国をさらに脅かした。
中国の環境汚染が限界を超えて工場地帯に生物の死をもたらした時の解決策(隠蔽策)として使用されることになっていた原子爆弾は反対派により見事改案されていた。だが、RRWという代物が中国政府に渡った時、突如として工場地帯でキノコ雲が巻き起こった。そこで働く者たちを不慮の事故としてニュースでは報道され、反対派の活動は虚しく、真実は闇の中に隠された。その数か月後に、まるで呪いかはたまた死人の怨念が形になったかのようにEPWの巻き起こした風は放射能だけではなく環境汚染の問題となった汚染物質が融合して変質――シンの体内で未だ燻り続けているのと同じ凶悪性を持ったウィルスを周りに巻き散らした。
東南アジアに住まう人々が見上げる空には飛行機と称された核弾頭が幾つも飛び交っていた。RRWの量産をしていたのだろうそれは国連軍によって阻止されたが、登録のない核弾頭が幾つも第三国家に流れて行った。まるで振り出しに戻ったかのようだと、評議員たちは頭を抱えている。
それを公表した国際連合は、核弾頭の指名手配を一般の人々にも依頼した。かつてのキューバ危機――いやそれ以上の誰かが持っている核の危険性が隣り合わせになった平和の国に住む人々も他人ごとではないとやっと認め変わっていく。スーパーで棚に並ぶ食料品が枯渇していくのを見て、随分と時間が掛った物だとわたしはうすら微笑む。
CNNではアメリカの領土の中で、たくさんの主義主張を持った人々が代表して集まり、政府との合同で納得のいく平和条約が築かれたと報道されていた。おかげで、アメリカと呼ばれる国の領土はワシントンDCとニューヨークシティの大都市を含んだ東部の端に縮小された。他の場所には名前こそまだ付けられていないが、白人の街、アフリカ系の住処、イスラム教の地といったようにドイツ語のような単語と単語を組み合わせた名称が付けられて独立していった。
多民族国家であったアメリカという国はもうどこにもない。ここでは自らが何者かであることを誇張に表現し、血と神を確立させた人たちが名をあげていた。
そして再び、小国と化したアメリカに――大統領が帰還したホワイトハウスに向けてどこかからか撃ち込まれたRRWが世界で初めて迎撃に成功すると、人々は奇跡と称えた。まだ就任して一か月も経たないお飾りの大統領が祭壇に立ち、アメリカの復活が宣告された。
いや、それはアメリカの復活と言うよりは、未だどこか彼方かで戦い続ける同志に終戦を告げていたのだろう。
人は奇跡に弱いとはまさにそのことで、アメリカン・コミックで描かれた奇跡を見事に再現させたアメリカの活躍によって、あめりか戦士とロシアの終戦及びRRWによるキノコ雲の最期となった。
その頃から、暗号名ウォッシングベア――ドイツ連邦情報局(BND)とは通信が途切れていた。わたしの行動が制限される様子もない。
見放されたとは思いたくなかった。
わたしはまだここにいる。
核を持っている。
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