第15話第四部4


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 航空機は動き出す。翼に備えられたエンジンが全開で火を噴く。

 地面を滑っていた滑車が空回りして機体が浮き始めると、急激な重力が後方へとわたしを押し付けてきた。わたしはそれを些細な物だと感じながら、機内を歩く。

 貨物室に積まれた急ごしらえの肉コンテナには、裸の核弾頭が行儀よく収められている。本来はドイツ特製の黒い匣に格納されなければいけないが、それはもうチャイニーズを騙すために使われてしまった。そのために人工筋肉製のコンテナが使われていた。これからは慎重に扱わなければなるまい。

 その傍らにはいまだ辛そうに、酸素マスクをかぶったシンが居座っている。ならば、この航空機を操縦しているのはオブラソワ達だろうか。

「全部は運べなかった」

 わたしの顔を見てそう言ってくる。悔しそうだった。

「そんなことはどうだっていい」わたしはいつもより弱気なシンを見下ろして、「これからどうするんだ」

 そう聞いた。シンは首を振って「数が足りないかもしれない」と嘆いている。

「どうしてそんな弱気になっているんだ」

「俺はもうじき死ぬ――いいや意識がなくなるんだろう」

 それは同じことなのだろう。シンの体に限界が来ていることはもよく理解している。

「君は核を抑止力として使うと言っていた。少なくともわたしは君の力になれる」

 ベア大尉を含めたドイツ軍上層部はそう判断をつけていた。シンの提案した作戦が上手くいった事も評価されているんだろう。

「それがドイツ軍の決定か。笑えるね」

「どうして笑うんだ」

「だってそうだろう、俺たちが今からすることは冷戦の状態に限りなく近づかせること。しかし、その本質は全くの真逆で、代理戦争を演じるのはアメリカとロシアだ。ドイツ――EUの連中はそれを傍観する。こちらに飛び火しないようコントロールするだけさ。

 大国とはとても呼べない共和国たちが核の抑止力を提示することで、国家を主張することが出来る時代が来るんだ」

「何が言いたいんだ……」

「核弾頭の数だけ新しい国が出来上がるのさ」

 独立できるんだ。今までは国家として安全保障理事会に認められて国際連合加盟国に入るのが国の常習だった。でも、そんなことをしなくても核弾頭を掲げるだけで国として認められる、そうシンは分かり易く言った。

「一つの国として独立したい場所はどこにでもある。一番最初に俺はお前に言ったぜ、二つの善と悪。それを正当に分けさえすれば区別はつかなくなるんだ。争いなんてなくなるはずなんだ」

「力が権力になるのか」

 抑止力とはそう言う事だ。核を持つという事はそう言う事なのだ。

 シンが弱気になっていたのはそう言う事だろう。核弾頭の数が足りないと言ったのは。わたしが見る限り、ここにあるRRWの総数は三十発――つまりはそれだけ新しい国が出来上がるのだろう。

 突然、わたしの無意識化にあるセンサーが膨大な熱を感知する。

 巨大な熱反応がわたしたちの乗る航空機の後ろで発生している。

 小窓を覗けば、わたしたちが先ほどまで居たコンクリートの平野、アメリカ軍人が守り続けている場所にキノコ雲が天高く巻き上げられていた。上空から見ると、爆風によって巻き起こった土煙が地上を波のように伝わっていくのがよく分かる。山を登って下り、森林が爆薬のように火災していくと、ビル群が築かれた街にサンタアナの風のごとき熱風が広がっていった。

 わたしの乗る航空機からは核弾頭は射出されていない。ならば誰が、その答えは一つしかない。彼ら、アメリカ軍人だろう。

 自爆したのか。

 そうすることで、ただでは死なないと覚悟を決めたのだ。

 その役目を外国人である私やオブラソワに背負わせる訳にも行かなかった。そして、一人だけ生き残ることさえも。

 この航空機に乗り込んだのはたった五人だけだ。

 もはや、あの場所に引き返すことは出来ないが、せめて祈りぐらいは捧げてもいいだろう。

 わたしは勇敢な彼らにキリスト教の御祈りを捧げた。

 それしか知らないから。


「わたしたちは、核を使わせないために行動していたのではないのですか……」

「できればそうしたかった。しかしな、それは箱が無い時点では難しいのだよ。だからこれからはその核弾頭を無力化処理するしかあるまい」

 無力化処理。

 どこか、ドイツではない遠い他の場所で爆発させろという事なのだろう。

 もしくは、抑止力としてずっと保持してもらうか。

 ドイツ軍はそれを認めたのだった。まだ、少年の年頃の死にそうな彼の提案を聞き入れた。


「これからアメリカはどうなっていくんだろう」

 キノコ雲を見下ろすわたしはそうシンに聞いていた。

「たくさんの小国が出来るだろうさ。国とはとても呼べない権力ばかりだけど、目的や思想が似たり寄ったりする人々が自由に集まれる場所に」

 それはシンが、無名の衆が掲げていた無政府状態ということなのか。

 どちらにしろ、これで故国は核の炎にさらされる脅威はなくなった。わたしと言う存在がそれを絶対許さないから。

 そして、これが環境破壊目的で爆発することもまた、わたしがいることで阻止できるだろう。アメリカ軍人たちはわたしたちのことを信じて核弾頭の事を任せていたけど、それはとても可哀そうで残念だが、わたしたちは、わたしたちの為にこの核弾頭を使わせてもらう。

 他でもない平和の国の維持の為に。

 わたしたちはアフリカの大地を目指していた。

「お前は何がしたい……」シンはそう聞いて生きた。

 ドイツ軍でも他でもない、わたしに。

 操縦桿を握るオブラソワは慣れた手つきで各種のメーターをチェックしながら、幾つものレバースイッチを着陸状態へとシフトしていく。

 降り立つ場所は本当に何もない、枯れた草と動物が点在するサバンナ地方だ。

 流れていく時間――その光景を眺めながら、わたしはしばらく悩むと、いつも頭の片隅に浮かぶ故郷の事――エミリアのことを思い出しながら言った。

「不幸な子供たちを一人でも多く救いたいかな」

 わたしの長い熟考の後の返事に対し、「お前らしいよ」とシンはあらかじめ用意していたかのように即答した。

「君にも言ってるんだぞ」

 シンは力なく酸素マスクの奥で笑い出した。シンの反論が始まるのだ。子ども扱いするなとか、俺はお前よりも立派な大人だとか、そんな分かりきってる事を、雄大豪壮な妄想を言い広げるわたしに容赦なくぶつけてくる。

 わたしとシンの最後の会話はアフリカの大地に安定して定住するまでずっと途切れることなく続いた。それまでずっと一緒だった。

 その時、彼がわたしに教えてくれたこと――大切な言葉を、かけがえのない時間を、わたしは心に刻んで進んでいく。



 人には本質的な死は、明確な死の境界線はない。

 なぜなら人は物語だから。

 文字(テクスト)として記憶されるから。

 イエス・キリストやモーゼのような誰かに崇められる存在――神聖な何かへと昇華していく。

 人類が歩んできた長い歴史に比べれば、それは短くてちっぽけな物だけど、わたしから見ればそれは違う。

 ここから続くわたしの人生にはずっと、シンの姿はちらついて離れなかったのだから。



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