第13話第四部2

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 ほとんど平らな道路が続く山岳地帯を突き進むと、やっと高い山からエリア51の広大な砂地が見下ろせた。

 昼も夜も朝になっても一日中車を走らせると飽きてくるのは仕方ない。わたしは精神的疲労を感じて、よく新聞記者時代に長い労働から解放された時のように眉間を揉み砕いた。

 乾燥した空気がより一層、日差しで厳しいものになる。それはきっと、ここには本当に何もなくて、この場所に陽の光を集めるかの如く周りの山々が雲を遮っていて風は吹いてこないからだ。まるでナスカの地上絵の描かれた乾燥地帯の様だ。ここは遠目から見れば砂地と思っていたが、砂はほとんどない。あるのは岩と枯れそうな草ばかりだ。砂地の色に偽装したコンクリートの乾いた平地の地面がタイヤを滑らせる。

 トラックの行軍はこの広大な平地の端を沿って進んでいく。

 やがて、大きな五階建ての真白い施設が見えてくると、その手前にトラックは並んだ。わたしの運転するアメ車はそことは違う施設に近い場所に導かれて駐車した。車がとまるなり、シンはすぐさま降りて無名の衆の人たちに話しかけられてどこかに行ってしまう。

 多数のハードシールド社の社員たちが後部座席にいる三人のロシア軍人を引っ張り出して連行する。

 わたしはといえば、運転席から降りるなり目の前でバタバタと忙しくする人たちの行動をいちいち目で追って記録していた。つまりはドイツの工作員として現場の観察をしていたのだ。

 ロシア人、三名は別のトラックの荷台に乗せられて、まるで猛獣でも扱うかのように鉄の扉を外側から施錠される。あれではいくら身体強化がなされた彼らでも中からの脱出は出来ない。

「ご苦労だったな、フックスさん」

 わたしは後ろからこっちに近づいてくる誰かに気付いていたがあえて背を向けていた。顔を確認すると、ハンバーガーショップで待ち合わせをしていたアジア系の男だと気付く。

「そっちも無事のようで」

「あの捕虜、きっとシンの駒なんだろうな」

 いきなり核心に触れることを言い出す。

「まさか」

「みんなそう思っているよ、だから警戒している。シンはとても頭のいい子だからね、わたしたちに隠れて画策しているのは確かだ」

「もし、それが起きたらどうするんですか……」

「そうだな、わたしはシンの作戦に同意する、無名の衆としてではなく個人としてね」

アジア系の男が言っている言葉が、冗談や嘘の類ではないと感じる。シンを信頼しているのか。

「しかし、残念だが協力は出来ない」

「どうして」

「それはわたしが、故郷を救うために、他人を捨てて、最善を尽くさなければならないからだ」

 それを聞いて納得した。ここには各国の人たちが集っているということ。そして、核弾頭と言う抑止力を得るために必死な事を。

「わたしも、同じです」

 故国(ドイツ)を守るためにここへ集っている。

 昨日の夜、シンが画策した作戦が上手くいかない場合はシンよりも、ベア大尉の――ドイツ軍の指示を優先するのだ。わたしの個人的な自由意思はそこには介入できない。

 ここには仲間意識なんて絆は存在しないのだ。存在しているのは自己憐憫な感情と、故国の未来を背負う責任だ。

「お互い、全力を尽くしましょう」

 アジア系の男はそう言って握手をしてくれた。ロシア艦のテロ事件やシアトルでの武器密輸に関わっていても、根はいい人なのだろう。

「ところで、シンの医療従事者(メディック)――メイヨウを知りませんか」

 目の前の話が落ち着いたところで、わたしは彼女に用事があったことを思い出す。もちろん、用事があるのはドイツ軍だけど。

「彼女は死んでしまったよ」

 トラックの爆発に巻き込まれたのか、銃弾の雨にさらされたのか。死因は分からないらしい。

「そうですか」

「なにか聞きたいことでもあったのか……」

 中国政府の考えが聞けなくなってしまった、とわたしやベア大尉は思う。それならそれで親しい人はいないけれど他を当たるしかない。

「中国人の人と話したいのだけど……」そう、わたしは目の前のアジア系の男に聞いた。

「中国人、それは中国政府の犬と話したいということなのかな」

犬と冗談みたいに言っている。どうやら、無名の衆の人たちは仲良しこよしの集団ではないことを。ここに集まっている人たちはみな、世界に不満を持ち何らかの事情によって集っていることは確かだが、そうではない者――例えばメイヨウのようなシンを爆弾呼ばわりする中国政府からの回し者を嫌いなようだ。

「そうだ。わたしはその中国政府に通じる人と話がしたい」

 わたしがそう言い切ると、男はついてこいと言って歩き出す。


 自動ドアを潜ると、そこは施設の中だった。というのも、すでに無名の衆の人たちのほとんどがこの施設に入ってしまっていて、中にいるアメリカ軍の人たちと話し合いをしているからだ。

 わたしも人の事は言えないが、アメリカ軍の人たちはとても戦時中とは思えない私服の恰好で、突撃銃を肩からぶら下げている。それもたった五人程度の薄い警備で。

 本当にここが核施設なのだろうか。わたしがそんな疑問を問いかけるが、わたしの無意識化にある高度センサーには多数の無人兵器による警備網がはりめぐらされているのを感知していた。

 網膜や指紋はもちろん顔写真によって認めらた者しかここから先は通れない。ゲートの真横の壁には薄い線が切り込んであってそこに銃器の類が隠されていることを悟る。その先には侵入者を検知すれば作動するマイクロ波を設置された高温の廊下だ。

 人が管理をしなくても、ここにはたくさんの無人兵器が警備しているので、他の州からならず者が襲いに来ても返り討ちにあうだけ。絶対に侵入など出来ないのだから。

 だからそのゲートの前で溜まっている無名の衆の何人かは、その先に向かったアメリカ側から認められた仲間を待っているのだ。頭上にあるディスプレイにはシンを始めとする少年と無名の衆の大人たち、シャツ姿のラフな格好をしたアメリカ軍人が連れ添って歩いていてる。

 その先にRRWが保管されているのだろう。

 ディスプレイの映像はその最後尾にいる第三者が撮影している映像だった。まるでドキュメンタリー番組の様だった。タイトルは核解禁の瞬間、とかだろう。

 アジア系の男はそのディスプレイに釘付けになっている人の肩に手を置くとわたしを親指で指さす。そうしてこちらに顔を向ける人もまた、中国人特有の黄色い肌を持った男性だった。

 顔中に皺を作り、人懐っこい笑顔をこちらに向けて歩いてくる。

「ニーハーオ、フックスさん」

 わたしもニーハオと中国語で愛想よく挨拶する。

「あなたは中国に――」通じている人なのか。

「俺は中国人民解放軍総参謀部の人だよ、なんか用かい……」

 わたしの言葉を先読みしているのか、堂々と自然に自身の正体をあからさまに言ってくる。それもやはりシンと似たような雰囲気――それよりも陽気な気分で。

 その男の顔を見たベア大尉がメッセージを送ってきている。

 目の前の人物は大佐クラス、それも中国政府では一個大隊を指揮する権限を持っている大物だ。

 陽気な男は流石に自分の名前を明かさなかった。

「わたしはここに来たばかりの新参者でして、この集団の創設にも関わっている中国の考え方を聞きたいのです」

 そんな大物だと分かってしまったから、わたしはついかしこまった言い方になってしまう。

「ふーん。そうだね」陽気な男はしばらく悩むと、「まず俺たちの目的だけど核弾頭の廃棄なんだ」

「廃棄ですか……使用じゃなくて」

「使用はダメ、あれって相当危ないものだっていうし。だから他国に使われないように早く廃棄するのが一番」

 そこで言葉が終わってしまい、ベア大尉から素朴な質問が寄せられていたからそれを口にする。

「あなたたちは戦争を望まないと言うんですね」

「それはちょっと違うかなぁ」陽気な男はまた悩んで、「核を使うより人を使った方が俺たちはうれしいのよ」

「嬉しいだって」その言葉に一種の狂気性を感じる。

「核なんてその土地の人や環境ごと全てを破壊してしまうものだから、戦争に勝っても何も得るものはないでしょ、だから核の戦争よりも、人――銃の戦争の方が経済的には上手く回っていくんだよ」

 そんな空恐ろしいことを軽口で言い上げてくる。

 思い起こせばそんなことばかりだ。ナタリーが教えてくれた人工筋肉の原価も、シンの言っていた戦争の仕組みも、イスマイルが語ったジャーナリストの在り方も。全部が人同士、競い戦い合って経済を回している。

 わたしたちはみんながみんな戦争生活者だという事を、この目の前にいる陽気な男――大佐は理解した上で、人を道具のように見ている。それがわたしにはとても許せなかった。

 だけどどうにもできない。この人を殴る権力も言い返す言葉も今のわたしには用意されていないんだから。

「フックスさんも核弾頭を盗み去ろうっていう魂胆かい……」

 今度はあちらから聞かれる。しかもとても核心に触れたことを。

「まさか」

 わたしは平静を取り繕っていそう言うけど、昨日の晩、車の屋根に乗ったシンが提案してきた要求はそういう意味だ。

「隠そうとしても無駄さ。ここにはそういう人たちでいっぱいなのよ。俺も核弾頭はまとめて持ち運びたいけど失敗する可能性の方が高いからね、分散して運ぶ手筈を整えているのよ。その内のいくつかが盗まれるリスクも視野に入れてるわけで」

「それではもし、盗まれる事態に陥ったら……」

「その時は核弾頭を味方に撃つことも躊躇わないね」

 酷いもんだ。なにせ、この陽気な男は無名の衆の中国人以外の全員が裏切ることを知っていて。その内の誰かに向けて撃ち落とす気でいるのだから。

 この場に溜まっている他の者たちもこの会話に耳を傾けているんだろう。核弾頭をトラックに積んだ瞬間、その時が彼らのもう一つの戦いの幕が上がる時である。

 ほら見なよ、と陽気な声で男は頭上のディスプレイを指差す。

「あの核弾頭の隔壁を開く解除暗号コードはシンしか知らないのよ」

「どうしてシンにしか――」

 教えていないのではなく知らないと言った言葉を思い出して思考が詰まる。

「アメリカ側の要求――いいやなぞなぞを解けた者が彼しかいないからね」

「なぞなぞですか」

「このアメリカを虐殺の坩堝に陥れた正体」

 それが解除暗号コードになっているという。シアトルでも起きていたアメリカ人たちの紛争――虐殺。

「それは人でも言葉でも環境でもない――太古の昔から受け継がれている生物の基本――とか言っていたけど、俺には何のことかさっぱりだったね」

 それを解いたのはシン、ただ一人だけだった。

 わたしもそれを聞いただけでは答えは出ない、さっぱりだ。

 それをどうしてアメリカの核施設の解除暗号コードになっているのかは分からないけれど、わたしは一つの仮定を考える。

 その事を忘れないため、なのだろうか。

 人を殺し合わせる正体なんて物を世界中に簡単に知れたら、きっとそれを用いて悪いことをする奴が出てくるんだろう。世界中に人の殺し合いを繁盛させて、自分の国には平和の秩序を永久にもたらすんだろう。

 そんな生き方をする奴が出てくるんだろう。

 わたしはそう仮定する。


 ディスプレイに映るシンたちは、厳重な警備網がしかれた通路の先にある銀行の金庫や潜水艦のハッチを連想する、丸いハンドルが真ん中にとり付けられた隔壁に辿りついた。私服姿のアメリカ軍人が隔壁の扉を開けるためにハンドルを堅そうに回していく。おそらく核攻撃に耐えるためにここまで厚く硬くしているのだろう。

 やっと隔壁が開いて先にある暗闇に明かりが灯ると、現れたのは様々な重火器の類だ。

 もともとこの施設はアメリカ陸軍武器科(AOC)の倉庫で、外に広がる平地のコンクリートはこの場所を隠すための偽装工作だ。コンクリートの下――地下にはこういった武器庫のような空間が広がっていて他国から核兵器を直撃されたとしてもここだけは耐えることが出来、また武器を持ち出すことが出来る。

 核シェルター兼武器庫と言えば分かり易いだろうか。ここは有事の際でも反撃の可能性を見いだせるよう設計した施設なのだ。

 中を見渡せば屋内戦闘を得意としたM4カービンを始めとする対戦車用兵器のスティンガーまでぞろぞろとはれんちなものが揃っている。ここにはその他にも設計中のアメリカの試作武器が転がっていた。

 そういった武器たちが使われることもなくここに眠っている様をディスプレイを映す映像はもったいないと言っているように舐りまわす。ただの好奇心がそうしているだけなのだろうけど。

 上にも左右にもどこを向いても重火器だらけの通路の最中で、アメリカ軍人たちはあれだ、と壁に並んだ赤い数字を点滅させる端末を指差している。端末は幾つもあって、それはこの地下空間の隔壁を仕切る解除暗号コードの入力装置だと言う。

 その一つにシンは近づいて、手を翳し拡張端末による電気信号を読み取って入力する方法なのか、または脳波入力なのかは分からないけれど、指や口を動かすこともなくどこかの隔壁を開けた。空気が開放する微かな音がディスプレイの左右に備え付けられているスピーカーから聞こえてくる。

 シンたちはその方向へと歩みを進めると、たった今隔壁が開いた場所に出会った。

 その中は暗い、のではなく黒い。

 その狭い場所に積み上げるように整頓してあったのは艶消しされた黒い匣たちだった。

 その黒い匣の外観は長細くもなくましてや大きくもない。正方形とまではいかないが四角い匣に銀色の取っ手が取り付けられたまるでコンテナのような代物だった。

 その黒い匣を重そうに滑車が付いた荷台に次々に乗せていく。その作業をするアメリカ軍人の手際といったら乱暴なもので、周りにいた中国人が心配して喚いたほどだった。

「核弾頭をそんな乱暴に扱って大丈夫なの……」

「大丈夫さ、万が一このケース内で暴発しても爆発力を打ち消すための圧縮冷却材が中に詰められているし、その状態の箱を開けても中の機構が汚染物質を中和してくれるように働きかけてるから安心さ」

「それでは、箱を開けて核弾頭を暴発させない限り、周りを巻き込んで爆発する可能性はないのね」

「その通り。でも一つだけ使用上の注意があって、箱を開けた以上もとに戻すことは出来ないんです。開封された箱は核弾頭を処理する機能が弱まりますからね。十分気を付けてください」

 中国人たちはアメリカ軍人にそう言い含められて納得していたみたいだった。

 だとしても、一つ辺り相当のコストがかかっているはずだが、地面に叩きつけても暴発はしないという事なんだろう。

 流石は高信頼性代替核弾頭(RRW)というその名の通り、安心安全な設計になっていた。このRRWの開発にはドイツも少なからず関与していて、その技術がどこに使われているかと言うとこの艶消しされた黒い匣の部分だった。

 それは第二次大戦後、アメリカがナチスの極秘計画を調査していた際、いわゆる太陽砲と名のつけられた、太陽光を宇宙から反射させて地球上への攻撃をするという途方もない計画の一端を見つけたことから始まる。

 国家核安全保障局が着目したのはその副産物だった。宇宙で集めた太陽光を集めて保管しエネルギーに変えてしまおうとする人工太陽炉である。現在ではそれは核融合炉に使われている技術――超電導コイルにあった。

 超電導コイルで作られた強力な磁場は熱温度の上限なく、起きた爆発力を磁場の中で留められ、コントロールする。ただし超電導コイルを稼働させ続けるには液体ヘリウムによる冷却が常に必要で、長時間の稼働は困難を極めた。

 そこで、アメリカは再びこの研究をドイツに持ち込み、二十一世紀の最先端技術によってこの難問を突破した。磁場を圧縮させるという瞬間的な方法でそれを解決したのだ。超電磁コイルの総数を増やし細かく小さくしたナノサイズの磁場発生装置は意志を持つかの如く熱に反応するとドーナツ状の磁場を強めながら狭まっていく。

 アメリカ軍人が圧縮冷却材と豪語していたのは遠からずも当たらずだけど、正式なシステム名はステラレータ式と言う。

 このドイツ特製の黒い匣はそう言った経緯で造られていた。


 施設の外からハードシールド社の社員が大慌てで入ってくる。

 社員はわたしの隣にいる中国人――陽気な男に向かって大声を出していた。

「国連が動き出しました。エリア51にヘリで近づいてくるようです」

 そう言われて、外を見やると周りが騒がしくなっていることに気付いた。トラックの荷台の入り口をこちらに向けて早急にRRWを仕舞いこめるよう準備を整えている。

「そうかやはりリンクしていたんだね」

 陽気な男はどこか真剣みを帯びさせてそう言うと、社員たちが忙しく動き回る外へと飛び出した。軍事資源供給会社であるハードシールド社に警護の依頼を出した中国人民解放軍総参謀部の大佐として全体を指揮し始めた。

 RRWを造っていたのはアメリカだけじゃないんだ、とベア大尉がメッセージを送ってくる。

 国家核安全保障局の働きによって、ということは、少なからず国際連合軍も技術の面では関わっていないにしろ、暗号を解いた時、RRWのしまわれた黒い匣が動いた時などに、なにかしらの暗号電波が国際連合軍に向けて発信される仕組みが極秘裏に設けられていたのだと、彼らは推測していた。

「アメリカ側もその危険性はあると言っていたからしょうがない」

「ここからは時間との勝負だ」

「お互い、神に祈りながら進むとしよう」

 無名の衆はそう口々に言いだして別れを告げた。ゲートから黒い匣とそれを簡易発射するのだろう対戦車無反動砲(カールグスタフ)を幾つも運んだ物騒な荷台がやって来ると、すぐさまその黒い匣の上部に取り付けられた銀色の取っ手を掴んで持ち運んでいく。匣の外見上、どうあがいても一人二つしか持ち運べない。

 いざ、持ってみるとまぁまぁ重いと感じる。およそ五十キログラムという数字を無意識に感じると、相当重い部類だということを思い直す。

 特に身体強化されていないだろう無名の衆の人たちも火事場の馬鹿力でなんとか二つ運んで外に出ると、それぞれ事前に話をつけていた傭兵にバトンタッチをする。

 シンがわたしを追い抜くように元気に走りぬけていく。わたしは元気づけに一言二言、言ってやりたいこともあったが、むしろシンの小さな体に収まっている、短い銃身の下真ん中にドラムマガジンが装てんされた重火器に目を見張った。

「そのはれんちなものはなんだ」

「AA-十二。フルオートショットガンさ」

 ショットガンと言えば、一度の発砲に何十発もの散弾を辺りに巻き散らすことが出来る銃だ。それをフルオートだって。一秒間に何百発撃つつもりなんだ。

 シンは施設を出るとトラックの間へと入っていった。黒い匣を両手に抱えながら、わたしはシンを追いかける。そうしろとベア大尉を始めとするBNDから命令されていた。

 シンはとあるトラック荷台の前にたどり着くと、ストレス発散とばかりに閉じられた荷台に向けて引き金に指を当てた。金属同士がぶつかり合う激しい連続音が木霊する。トラックの装甲は軍用という事もあって銃弾が突き抜けた跡はつかず、なかなかに硬い物だった。中からロシア語の叫びが聞こえる。

「なにするんだ。シン」

 銃声を聞きつけて、あの陽気な大佐が同じ中国人――同胞であるシンに怒鳴りつけている。

 注意されてからようやく発砲を止めたシンは、どうして怒られているのか分からないといった具合で銃器を宙に振った。

 大佐は今しがたシンが銃弾をぶち込んだトラックがロシア人三名の捕虜を乗せた物だと気付く。

「ああ、さっき捕虜を有効活用しようって思いついたんだ、おっさんは囮作戦ってのを知ってるか」

「囮だと、そんな勝手なことを急にね――」

「どうせ俺に核を撃つ気でいるんだろ、だったら俺とこの捕虜の残る――エリア51に向けて核弾頭を使えばいい」

 シンは大佐の怒声に負けず劣らず声を張り合う。

 解除暗号コードを解いたシンはすでに用済みなのだ。

 核弾頭を手に入れた今、爆弾と言われているシンの始末の問題も片付いた。

 これ以上、無名の衆にシンが在籍する意味はないだろう。

 シンの人件費――いや命の価値は、暗号解除コードを解いた時、RRWを手に入れた瞬間からすでに無いに等しいのだ。

「シン、君はここに残り死ぬつもりなのか」

 わたしは大佐の目の前に立ちはだかり、言い合いに参加した。

「ああそうさ、これ以上俺がみんなについて行っても迷惑なだけだろう」

 みんなというのは無名の衆のことだろう。シンの言葉にみんなは作業をしながらも顔を向けていて耳を傾けていた。

「だとしても、だとしてもだ。君には成し遂げたいたくさんの夢があっただろう」

 癌に侵された体を治す夢。戦争経済が巡り回る世界を壊す夢。少年として普通の人生を送りたい夢を。

 布で覆われた少年の夢は果てしなく遠い理想だけど、無理な願いなどではないのだ。少年の言葉に耳を傾けてくれれば、それが世界中の人に伝えられれば、きっと叶う。

 実現可能なはずの夢なのだ。

「フックス」シンはわたしの名前を大声で呼ぶ、いい加減察しろと言い含んでいる。「もう終わりにしたいんだ、こんな苦痛だらけの人生、何が楽しくて生きればいいっていうんだ。俺はな、ずっとずっと死を恐れていたんじゃない。死を歓迎してたんだ」

「嘘だ」わたしは叫んだ。

「この場所なら俺を殺してくれる、ここまで真実を知ってしまえば殺されるだろう、この状態ならきっと死ねるだろう、と。俺はずっと死の隣り合わせになっている戦場の片隅で、ずっとずっと死を願っていたんだよ、死こそが俺の願う最高の夢なんだよ」

 分かってくれフックス、俺はやっと死ねるんだ、癌なんかじゃなくみんなの為に死ねる方が幸せなんだ、と。

 シンは口早にそう言って最後に、血を吐いて前のめりに倒れた。

 わたしはそれを察してRRWが格納されているとかいう黒い匣を放り投げて、シンがの頭が地面にぶつかる前に駆け寄った。なんとか抱きとめたシンは呼吸困難の状態に陥っている。誰かが酸素マスクを持ってきてくれるとすぐさま装着させる。

 とても興奮しながら口を動かしたのだろう、苦しそうな息をついても、顔は言いたいことを全て吐いたように満足げな顔で歪んでいる。

「すでに死ぬ覚悟は整っていたのか」その青い顔を見下ろした大佐は懐かしむようにそう言った。「それじゃあシン、君はここに残り国連軍を足止めするんだ」

 そして核の炎と共に殉職しろ、とその残酷な命令を正式に下した。

「わたしもここに残らせてもらいます」

 わたしは大佐の陽気な顔に面と向かって張り合うように言った。

「ここに核弾頭を落とす予定だよ」

「それでも、シンを放って置けるわけない」

 運命を共にする。わたしはその覚悟を示した。

「それじゃあ、君の持っている核弾頭ももらおうか」

 と大佐はわたしが放り投げた黒い匣を拾い上げた。

 ここでシンと一緒に核弾頭の炎に飲まれるのならば、それは必要ないと言い切っている。わたしは大佐の目を睨むけど、大佐は陽気な顔でほほ笑むのだった。

 シンが壊したトラックの荷台からは、ロシア人三名の捕虜が脆くなった装甲を内側から破って出てくる。

 無名の衆の人たちが通りがけに頭を下げてわたしにシンを任せた。言葉はない、それはわたしと彼らの縁が浅いからなのか。

 それとも、わたしとシンの間の絆のようなものに、自分以上の深さを感じたからなのか。どちらにしろ、彼らは死にゆく少年にわたしを託した。ならばわたしはそれに応えるまでだ。



 あなたという人が、シンという少年が、確かに生きていたという物語を、どこか彼方でわたしの知る由もない場所で、彼らは紡いでいくのだろう。

 人には明確な死など無いとシンは言う。

――エミリアがわたしの心に残り続けているように。

 なぜなら人は物語だから。

――服を作りカンボジアに届ける優しい物語のように。

 誰かの体の頭の脳の心の中に残り続ける断片の一部だから。

 忘れるまで忘れない。

 消えはしない。

 あなたの意識が――世界に終わりが来るまでは。



 彼らはそれぞれの脱出ルートにトラックは五台ほどの編隊を組んでいた。

 エリア51の平野は広く、平野の先にある山には林が生い茂っている。ゆえに周りにある脱出ルートは多岐にわたって多く存在していた。東西南北、のどこからも全くかぶらず黒い匣を積んだトラックがそれぞれ走り出す。

 それは上空から見れば、まるで蜘蛛の子を散らしたようだっただろう。

 空を見上げれば確かに遠くから国連軍のヘリが近づいてきていた。ベア大尉の言う限りでは、あのヘリの行く先は施設だと言う。四散したトラックを追うのは困難と見て、施設に留まるわたしたちのところへ向かうそうだ。

 アメリカ軍人たちが戦闘の準備と言わんばかりに銃座付きのバギーを用意する。それに武器をたくさん積み込んでいた。ロシア人たちも自身らが捕らえられていたハードシールド社のロゴ入りのトラックを整備している。その見晴らしの良くなった荷台に乗りあげているオブラソワは先ほどシンが持っていたショットガンを手に、整備をしていた。

 やがて、担架を担いできたアメリカ軍人がシンをそれに乗せて施設の中に運び出す。そこなら日陰だし空調も整っているから、乾いた空気が漂う外よりは随分とマシだろう。

 担架に仰向けになっているシンは片手をわたしに向けて、指を二つ突き出してくる。写真にでも写る時のように口を歪ませはじめた。

「作戦大成功」

 そう言いだすシンの笑顔は悪戯が成功した子供のようだった。

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