第12話第四部1


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「俺を見逃してくれ」


 昨晩、シンはそう要求を口にした。

 そうすれば、ロシアもドイツも救われる。これから起きる世界の大混乱の渦に巻き込まれないで済むと言いだしてきた。

 それをわたしは――ドイツ軍は深く吟味した上で、とりあえずの協定を結ぶことにした。もちろん、わたしがBNDの工作員だという事は明らかにしてない。

 それから朝――そして今に至るまで、わたしとシン、オブラソワを含めた三名のロシア人はずっと寝ずに話し合いを続けている。

 わたしの運転するドアが外れて(外して)しまったボロボロのアメリカ車はハードシールド社のトラックの行軍に追いつく。

「本当に大丈夫でしょうか」

 後部座席に座る三人のロシア人の内のオブラソワが心配気なだけど、やはり心がこもっていない口調で聞いてくる。それに対し、シンはロシア軍人の持っている長い銃の切っ先をオブラソワの頬に押し付けてくる。引き金に指は当てていないが、とても見ていて行儀悪いと思いわたしはシンの背中を小突く。

「フックスがお前らを捕虜として捕獲したことにしているから安心しろって。ああ、でも尋問は受けるかもしれないから覚悟はした方がいいかな」

 シンが軽口でそう言い上げるものだから、わたしはこの作戦には反対だった、最初のシンの要求にも。

 そもそも、わたしは銃や暴力が嫌いだ。だから、敵を捕虜として捕まえるなんてことが出来るのか自信がない。もっとも、わたしの体は人のそれよりも大分頑丈にできていて、銃弾を受けても損害はない。対戦車用のロケット弾は自信がないが。

 だから敵の命を奪わず、無力化して捕まえることも十分可能だとシンは机上の空論を広げるのだ。

 トラックの行軍には事前にシンが通信をしていた。

 あの時、どうして左へ向かったのか。それに対してシンはフックスの判断で敵のいない道を勝手に走ったと言い上げた。その後の行動も全部全部、わたしの自己独断の行動になっている。

 合流した後に散々小言を言われたりするんだろうな。だからわたしは朝からテンションを下げてシンにもきつめに注意を促す。

 ハードシールド社のトラックの行軍のしんがりに道を譲られると、列の後ろから二番目の位置に着いた。

 目の前を走るトラックたちのほとんどは外装を焼かれ、銃弾の跡が残るひどい有様だ。わたしの運転する席のドアが外されたアメ車も同じことは言えないが。

「けっこう生き残っているな、戦力は四〇パーセントといったところか」

 シンが窓から顔を出して前列の様子にも目を配り分析をしている。最初にあった数からすれば約六割くらいが走っていないんだろう。人員もまた減っているのを考えれば、さらに戦力は低下していることは否めない。

 昨日の奇襲の相手は現地の民間人だと言う事で収まりがついていた。そしてその発端を生んでいたのが後部座席のロシア人三名だ。

 オブラソワ達は民間人に戦闘訓練を施し武器を与え、ハードシールド社を襲うようたらしこんだ。これは本当の事で、オブラソワ達はロシアの工作員としてアメリカに潜り込み、核施設の制圧を任されていたのだ。

 おそらくそれはスパイの疑惑を晴らす為だろう。あのロシア艦のテロ事件で生き残ったのはオブラソワと他の二人を含めたロシア人ばかりだ。

 ロシアの思惑通り、オブラソワは無名の衆の手先で、それをシンが自分だけの三重スパイとして説得させ、他二名もそれに賛同した訳だ。

 ロシア自由解放戦線と呼ばれる者たち。彼らは祖国を守るために戦って、祖国に殺されてしまったというヴラーソフの意志を引き継いだ者たちで構成されている。シンは彼らの言い分を聞き分け、信用のできる仲間、いや同志として手を結んでいる。

 そして、民間人たちがハードシールド社のトラックを襲っているのを遠目から見ていたロシア人三名は不運にもわたしの乗るアメ車と遭遇、交戦、捕虜として捕まったという訳だ。これはたて前だが。

「この数で核弾頭を運ぶんですか、それって結構危ない橋ですよね……」

 ロシア人の誰かが言う。オブラソワと似た口調だ。

「だからさ、無名の衆の奴らは運ぶ手段なんて真剣に考えちゃいないんだって」

 シンがうんざりしたように言い返す。昨日のおさらいのようにオブラソワが隣の仲間に律儀に説明する。

「シンが無名の衆にいる限り、未知のウイルスをばら撒かれるという爆弾を常に保持することになっているんです。無名の衆の人たちは不幸な少年(シン)に肩入れをしていて、助けてやりたいとは思っているんです。でもその方法が今まで見つかっていないから、もしもの時を考えて未知のウイルスごと――彼の体を核弾頭の自爆によって消滅させる気なんですよ」

「その不幸の少年をさっさと焼くなり宇宙に葬るなりした方が良くないですか……」

 その不幸の少年の目の前で言うもんだから、本当に人の気持ちを気にしていないんだろう。

「それが出来ない人たちなんですよ」

「それじゃあ、もし核弾頭を輸送している最中に俺たちのような敵勢力に狙われたらどうするです……」

「そもそも核弾頭は逃走用で使う切り札にもなり得るんです。携帯できるほど小型化していると聞きますからね。半径五キロ圏内の爆発と二十キロ圏内の爆風は十分脅威になります」

「なるほど、つまり核弾頭は全てを一つのルートで運ぶのではなく、一つか二つを抱えて戦術範囲によって移動し、一方が襲われたら切り捨てるように核弾頭をそこに向けて使うと」

「そのようですね」

 仮想戦略(バーチャルストラテジー)シミュレーションだ、と言葉が続くベア大尉のメッセージが送られてくる。

 それによれば、後部座席に座るロシア人もまた、わたしのように体になんらかの処置を施されて強化された人間には違いなかった。その特性は攻撃性に特化していて、身体能力はもちろんのこと、敵を敵だと思うことを徹底的に学習され感情を抑制されている。彼らの瞳には副現実(オルタナ)と呼ばれるアメリカにも導入されている拡張端末を必要としない拡張現実が映されている。もっとも、ロシア側との交信を切った彼らにはその情報は一つも映らないはずなのだが。

 そんな彼らの強みは遊撃能力だ。

 一人一人が個人的に動き、敵の本陣に潜り込んで敵を暗殺する。

 暗殺部隊といえばアメリカのグリーンベレーもいるけれど、ソ連の特殊任務部隊(スペツナズ)もたくさん暗殺を請け負っていた。

 そんなスペツナズも最近は有名になりすぎたのか暗殺の仕事からは足を洗っていて、代わりに出来たのが彼らのような、自分を指揮する隊長や指揮官がいない、全くの出自不明な兵士たちだ。

 傭兵のように思えるけどそれは違う。なぜなら彼らの国への忠誠心はゆるぎないからだ。これが代理戦争で活躍する傭兵とは違う点で、故国の為になると判断がつけばたとえ一時的に故国を裏切ってでも敵のスパイを演じる。

 工作員になってくれ、とわたしがベア大尉にお願いされたのとは違うように。

「それじゃあぼくたちの仲間はどう動きますかね、核がそのように使われることを計算して」

「ロシア軍の取る行動ですか、目には目を、核には核を、なんてのは使えませんしね」

「ええ、核はアメリカ大陸からのICBMが発射されていない限り、国際連合によって核の使用は禁止されていますからね」

「――それです。国連ですよ」

 二人だけの話が長くなると、ずっと黙っていたもう一人のロシア人がひらめいたように答えた。

「そう、すでにカリフォニアの全土、そして海上に続くアメリカの港には国連の検問所が敷かれている。むろん、ロシアの警護つきだ」

 シンが答え合わせのように言い上げる。

 思えば、シン以外のロシア人の三人を含めたわたしたちはずっとシンの、すでに導き出している難問を考えさせられていたんだ。

 その検問所を通る車に核が搭載されていたらどうなる。そこで没収となるか、それとも自爆になるのか。

「一度は核弾頭が使われることは逃れられないという事だな」

 わたしは結論を言い上げた。もっともそれはベア大尉が出した結論だったが。

 シンは静かに頷いて肯定した。

 検問所、もしくは敵対する勢力に向けて核弾頭を使い、道を切り開く。

 核弾頭の生む爆発が巻き起これば誰が誰でも、その場にはいられないだろう。こちらを追う事も叶わなくなる。

 最悪の時は逃れられない運命なのだ。

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