第8話第二部4

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「私の罪ですか。私の罪、というのもおかしいと思いますが、おそらくそれはきっと私の家柄がずっとこの歴史を続けてきたから、私もその通り、父が教えてくれた通りに生きて行けば金に困らず生きていけると思ったのです。善か悪かなんて気にしてませんでした。だから私の罪を語るということは、私に父が教えてくれたことを言い上げましょう。

 まず、文化というものが民衆に対してどんな影響、もしくは力を与えているのかを知ることでした。宗教ですね。宗教によって救われる人たち、仕方なく周りと一緒に付き合っている神を信じない人たち、違う宗教の人たち。人とというのはとてもおおすぎてどうしても考えが一つにならないものだということ。それを一つにする方法で、私は私よりも権威的にも学力的にも劣っている人たちを集めたという場所で均等な報酬による支配をしました。これによって私は安価なコストで先進国には絶対必要な石油、プラスチック、食品などを得ることが出来、それを輸出させることでお金を儲けました。

おそらくここでみなさんが悪だと言いたいのは均等な報酬のことでしょう。一体いくらなのか、何を見返りにあげたのか。それは文化です。詳しく言えば、文化的な生活ができるよう手筈しただけなのです。雨風がしのげる家屋で、朝起きて神に御祈りを済ませてから食事を済ませる。その後は夜まで仕事をして夜になり、眠る頃に神にお祈りを済ませてから眠る。これだけで彼らは私にとても感謝するし、何もいらないと言うのです。

だから私には、罪だなんてこれっぽちもおもっていないのです。おもっていないのに、嫌だ、まて、銃を向けるなっ――」

「殺せ」


 低い男の言葉が短く発せられると、ダダダッと機関銃の連続音。

 今しがた聞いたのは館内放送だった。

「人を処刑しているのか」

 人、というのは政府高官のことだろう。腐った政治をずっと続けてきた汚職者たち。ヴォーシミが軽蔑するような不労労働者たち。

「そう、この船でもあっちの船でもたくさんの諸悪が無くなっていく。さっきの高官が言ったような貧民をターゲットとした稼ぎ方は常套な手口でね、故郷とか宗教とかいう脈々に引き継がれてきた文化というのはとても大切なものでそれだけは奪ってはならない代物なんだ。だから先進国は奴隷とか植民地という同化政策を廃止し、生産の強制を押し付けるのをやめたんだ。文化を営めるように仕向けた。そうしないと、各地でおかしいと気付く人が集まり、レジスタンスが出来上がってしまうから」

「だからって、諸悪が無くなったら平和になると思ってるのか」

 先ほど放送で死んでしまった思う高官の言う通りなら、そいつは人を雇っていたんだ。雇い主を失った人たちはどうやって仕事を、食い扶持を稼いでいくんだろう、それがなかなかに見つからないのは確かに文化的で最低な暮らしにも劣っているんだろう。

 シンは必死に考えた(振りをしてるんだろう)声を出した。

「なくなんねーんだろうなぁ。皮肉にも世界は、神様は平等に人を創っちゃいないんだ。体が動かないと言って助けてやる義務もないし、ましてやそれを他の誰かに面倒を押し付ける義理もない」

「完全な孤独か」

 だからどんなに腐った政治をしていても、そこに住む人たちが最低でも文化を営んでいて従っているなら、先進国に住む我々としては想像もできないほど可哀そうだと思うけれど、黙って受け入れることしかできないのだ。

 そうしないと、彼らが難民として我々の国に受け入れる前に餓死してしまう。

「処刑場はこのすぐ下にもあるんだぜ。見ろよフックス」

 そう言ったシンは艦橋の全面ガラスの下、船上を見下ろした。拡張現実を操作して見ている映像を共有状態にした。

 だからわたしが前面ガラスまで行かなくてもそれは嫌でも見えてしまう。館内放送では政治家の罪が数えられている、この人は人身売買をしてしまったようだ。それも、同意なしの強制結婚という、 まだ身分制度がなされている合法の国から非合法の他国へのグレーゾーンを上手く縫って。

 死んでいく。

 右と左からの光――、銃弾が銃の中を滑り銃口から溢れてしまう小さな火花が館内放送と同じタイミングでダダダンと聞こえる。

 拡大された画像には大柄な後ろ姿がある。頭にはベレー帽を被り手を後ろで組んでいてとても偉そうな態度をした大男。

 その大男が処刑の言葉を発していた。

 わたしはどうすることもできなかった、ここで彼らの悪を聞くしかない。それを聞いてどうすることもできない。ここからもし帰れたらもう本国に閉じこもろうか。わたしは死ぬまで静かに生きて入れないい、それがささやかであればあるほど貧民国に迷惑を掛けないよう慎めればそれでいいと、わたしはこの旅で得た答えを出し始めていた。

 出し始めていたのだが、


「ロックウェル大佐、ロックウェル大佐ではないですか……」


 この声は聞き覚えがある、何時だって丁寧な口調。それが館内放送の音声にに混じっている。

「そんな、イスマイルさん――」

 あの修羅場を潜り抜けてきたのか。ロシア軍人と乗客(おそらくシンの仲間)の銃撃戦から、米軍兵士を巻いて、船上まで上がって来たのだ。


「よせ」

 拡張画像では、兵士がイスマイルに銃を突きつけたようだった。

 イスマイルにロックウェル大佐と言われた大男はその銃を手で制しながら聞いてくる。

「あなたは中東人か」

「イスマイルです。カタールのジャーナリストをやっています」

 ロックウェル大佐がイスマイルを訝しげに睨む。

「ああ、そういえば何度か戦場で見かけたことがある名前と顔だ。もっとも会うのは初めてだろうが」

「これは、これは一体何をやっているんですか……どうしてあなた方がロシア人の虐殺を……、これは戦争の始まりになるのですか……」

 アルジャジーラ衛星チャンネルだ。誰かが呟く。

 前面ガラスにもう一つ拡張画像が映し出された。頬に傷跡がある軍服姿の大男の顔が映し出されている。

 イスマイルは拡張現実を使ってこの場の撮影とカタールの人工衛星との通信による全国生放送を開始していた。イスマイルの質問をしている語気には冷めやらぬ興奮と緊張が混じっていて、まるで世紀の瞬間にでも立ち会ったかのような熱狂に沸いているようだった。

「戦争か、それもよろしい」ロックウェル大佐はそう断言した。「我々の戦いに意味を求めるなら、それは決着だ」

 わたしは艦橋を出て行こうとしたが、出口の前で通せんぼしている海軍兵士の銃に阻まれて何もできない。

「我々の国はすでにその国土の八割がテロに屈し、多くの人々が死んでしまった。彼らを助けられなかったのは、米軍主導によって政府高官を最優先とした救助があったからだ。同じ国民からの攻撃に耐える隊員たちの必死の救助はまさに命がけで、全ての事が終わる頃には米軍兵士たちの総数も半分以下になっていたのだ。

しかし、その政府高官どもには祖国(アメリカ)を取り戻す意志など無く、むしろ国を、中東とアフリカを第二の大国(アメリカ)としてひとまとめに統合し建国する考えを画策し始めた」

「……それは、なんてひどい」

 中東最大の米軍基地があるカタールの国民であるイスマイルもそれには他人事とは思えないんだろう。顔が歪んだ。

 国が大国に乗っ取られるという政策は、植民地を連想させる。

「奴らは移民どもを混ぜて束ねれば再び大国(アメリカ)が出来上がるという浅はかなことまで言う始末、その決議が一部とはいえ馬鹿馬鹿しくも仮住まいしている国の政府機関に誓約書として秘密裏に届けられ、あたかも自分が格上だということを強調して、たくさんの武器と兵力の脅威で同調圧力を掛け、政策が通りつつあったのだ」

 これは本当の事なのだろうか。ロックウェル大佐が嘘を言っているように聞こえるのはわたしだけなのか。

「しかしそれもこの日を境にして白紙に還す。なぜならば、我々はあの腐った政治家――売国奴どものいう事などに従うつもりはない。我々、戦士がとる道は一つ」

 それ以上は言ってはいけない。

 それは世界を巻き込む戦争だ。

「いまだテロで燻るアメリカ人の心を取り戻すために、この冷戦より長く続いた終わりのない争いの決着を着けるため、米国戦士とロシアの全面戦争を誓う」



 おおお、という木霊が艦橋に響く。この場に居る様々な国の者たちや、海軍兵士の雄たけび声だ。

 第三次世界大戦、その単語が脳裏をよぎる。米軍基地といえばEUにもたくさんあるが、わたしの故国であるドイツはロシアに近い。つまりは緩衝地帯にあたる。

「さてフックス、ここからお前が生き残れたら、素直に本国に帰ることを進言するが、まさかこれ以上俺たちの邪魔をする訳がないよな」

 シンがわたしに向かってそんな予言に似た助言を言うが、わたしはただ黙ることしかできなかった。急に足場が崩れたように膝が笑う。

 わたしの反応を見てシンはあきれた様子だった。わたしを一瞥すると艦橋を出ていった。それに他の様々な国の人たちも続いていく。

「この戦争はすでに終わりが見えていると思いませんか」

 ヴォーシミだ。彼がわたしの後ろでそう呟いてきている。

「どうして……」

「アメリカは、本国からの応援は期待できずまた切り札の核も使えない、それなのに日本や中東、ヨーロッパにある米軍基地だけでロシアと戦おうなんて正気じゃない。こんなの勝ち目なんて万に一つもない、ロシアの一人勝ちですよ」

「ならどうしてあの人はこんなことを……」

「呆れたと言っていたじゃないですか、必死の思いで救助したお偉いさんたちが人間の屑で売国奴だったんですよ。この先、この人たちを上に立たせて自分たちは正義でいられるかどうか、本当に分からなくなったんでしょう」

 大きな振動が船体に響いた。その次にやって来たのはひどい揺れだ。わたしは四肢を床についていたと言うのに前面ガラスに向かって転がって、それを動じないヴォーシミが近くの手すりを掴んでわたしの腕を捕まえてくれる。

 なぜだか斜めになっているようで、重力に従っていると床に這いつくばっていた。

「これはなんなんだ」

 わたしは今にも泣きだしそうな情けない声を出してしまう。ヴォーシミが捕まえてくれなかったら、わたしは前面ガラスに足から落ちて割れ、真っ逆さまに落ちていったのだろう。

「船の真ん中が割れたような――魚雷が命中したようですね」

「なんだって」

「手を離します」

「なんだって――」

 ヴォーシミは言った通りに手を離すと、床の角度が変わったのか重力が今度は逆さまを向いた。わたしは艦橋の出口がある方へと落ちると、そこにはさきにヴォーシミがいてわたしを背中でキャッチした。そのまま長い木材のように肩に担いで上も下もなくなったような階段を走り抜けていく。いや、走るというより直面する壁を揺れに合わせて蹴り続けているといったところか。

 わたしは進行方向の後ろを向いていてなにが起きているのか全然理解が追いついてなかった。まるでジェットコースターにでも乗っているようだった。

 階段の終わりにたどり着くと、外に出られるハッチはすでに開いていて、そこを潜(くぐ)るように飛び出した。すぐそばにある手すりにヴォーシミは掴まると動きを止めた。わたしの呼吸がやっと吐き出される。

「魚雷、だって」

「おそらくロシアの潜水艦でしょう、向こう側でアメリカの爆撃が始まってます」

 そう言われてヴォーシミの見ている方向を仰ぎ見ると、戦闘機が飛んでいて、海に卵のような長細い爆弾を落としていた。

 そこに隠れている敵の潜水艦に攻撃をしているのは明白だった。

「それよりも向こうからすごい波が来てますね、海中から何か出てくるような」

 そう言われて、再びヴォーシミの視線を追うけれどそれがどこなのか分からない。代わりにヘリのローター音が聞こえてきた。それを視認すると三機ほどの編隊を組んで海の上に集まっていた。

 そしてそれは現れた。ヴォーシミには海面から僅かに出ていた鉄骨の先が見えていたのだろう。わたしが気付くころには鉄骨の塊となっている。

「あれはプラットフォームだ」

 主に石油を掘ったり、海の汚染物質を浄化する施設。また軍事施設でも用いられる。そうイスマイルが教えてくれた。

 おそらく、なぜだか海中に潜んでいたプラットフォームが現れたのだ。それはとてもとてつもなく圧巻する光景だった。

 唐突にアメリカの基地が現れたのだ。

 ヘリたちはその湧き上がってくるプラットフォームを頼りに、止まり木に鳥が落ち着くように次々に降下していった。

「落ちちゃいますね」

 ヴォーシミがやはり感情のなくした言葉で言うと、長い銃を用済みかのように放り投げてしまう。船は完全に縦になって、海が近づいていく。

 わたしはそれをみながら叫び、息を止めた。

 海中にぶつかるようにわたしとヴォーシミは勢いよく沈んだ。

それでもヴォーシミはわたしを離さず海面に顔を出す。

「あなたはこれからどうしますか」

 耳の中に海水が入った状態でそう聞かれる。わたしの意識は朦朧としていた。

 空を見上げるとプラットフォームが天高く聳え立っている。それに止まるヘリ、そこにシンが乗っていてわたしをあざ笑っているのだろう。

 シン。君はやっぱり最低だ。最初からこうなることが分かっていたんだろ。だったら止めればよかったんだ。ロシア艦のテロを。アメリカの宣戦布告を。

「ぼくはチェチェンまで泳ぎ切ります。もう、すぐそこですからね」

 海が冷たすぎるのだ。もともとわたしは海というのに耐性がついていない。潮風はもちろん、塩水に浸かろうなんて体が毒に侵されたかのように思う。口がしょっぱくて気持ち悪い。

「君は、どうして、わたしを、助ける」

 口に溜まった水を吐きながら必死で息を引き継いで言い上げる。

「たぶん、あなたがドイツ人だからでしょうか」

「なぜ」

「ぼくたちの軍を設立した英雄はドイツ軍に助けられたんです。それから反ボリシェヴィキ精神が掲げられました」

 ヴォーシミは歴史を語っている。それがわたしを助けた理由なのだろう。

 わたしはとうとう息をするだけで精一杯で目を閉じた。

「でもその英雄はドイツ軍として戦っていたのですが、死を恐れてドイツを裏切り、ロシアに再び戻って来たのですが処刑されてしまったのです」

 ドイツ軍に助けられたロシア軍人、だけどドイツ軍を裏切ってロシア軍に寝返るなんて、変な話だ。

「だからぼくたちはその決定を下したロシア政府を憎みますし、それを忘れてしまった人たちに思い返してほしいんです。あなたにもそういう理由があればぼくのように立ち上がれますよ」

 ヴォーシミはわたしが反応を返さないところを見てため息をつきながら泳ぎを始めた。

 背中の火傷、全身の傷口に塩水が効いているのだ、意識が朦朧とする。体が寒さに耐えられない。

 そこでわたしの意識は飛んでしまった。



 追記。

 その後、米国戦士とロシアの戦いがカスピ海沿岸を中心に始まり、ロシアの核の雨がアジア圏の米軍基地を襲った。ただし、ヨーロッパにある米軍基地はすでに国際連合軍が取り押さえて行動を不能にしていたため、EU内でのロシアとの全面戦争という最悪のケースは免れた。

 ロックウェル大佐の言っていたことは事実だった。大佐は腐った政治家どもを暗殺してきてからカスピ海に現れた。ロシアとの全面戦争を我々だけで戦って見せると告げるために前線へと赴いていた。それでアメリカという国が一致団結して蘇ってくれると本気で信じていた。

 ロシアの武器庫(ショーケース)と呼ばれているシリアから毎日五十発程度のミサイルが放たれる。それを撃ち消さんという勢いの倍数の防空ミサイルが空を飛び大気圏外まで突き抜けていく。緑の軍服と重火器やサバイバルキットを持った陸軍たちがロシアの寒いコーカサスの山を、ジャングルを練り歩く。戦闘機対戦闘機の空中戦闘(エアーコンバット)を見たいがために戦場カメラマンもどきが増加する。まるで喜劇のような戦争が目の前で起きているようだと誰かが言うとその通りかもしれないと拡散する。放射線防護服に身を包み、赤十字の旗を掲げた戦争見物者はたくさん増えた。いや戦争観光客と言うべきか。

 核がはぜりあう下に住んでいる者たちは難民としてどこかに逃げなければいけなかった。国際連合軍が避難指示する中、それでも逃げなかった人たちは故郷の土と運命を共にしたいと願った人たちだった。やはり文化を人々は捨てきれなかったのだ。サッマーラーの塔が崩れ落ちる最期を見届けた被爆者たちで街は溢れかえった。

 この戦争には代理なんて国がいなかったから両者は一方的に争ってロシアが優勢となっても、どちらかが降参をするまで殴り合った。そのときすでに米軍兵士たちはアルカイダやタリバンと同じ、テロ組織もどきとして世界中から避難を受けていた。

 だから、EUに近い中東の汚染された大地が取り返しのつかなくなる前に国際連合が介入したのが幸いだった。バグダッドを中心に改良されたひまわりの種がばら撒かれる。

 ロシアは自国の政府高官を米国人に殺されて相当気が立っていたはずだったが、戦争によって少なからず経済が発展したのだろう。素直に戦場から兵士を引かせて、国連が提出する和平の誓約書にサインをした。

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