墓前
____殺す者も殺せないじゃないか
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副題 墓の前にて。ある二人の対話
____約束は破られた。雨だか涙だかよく分からない物が俺の頬を伝って行った。
私の短編のほとんどが雨で始まるのはなぜか。
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寒い寒い雨の音だけがする。
これからだったのに。これからだってのに、何故逝ってしまったのだろうか。雨なのか涙なのか見分けがつかないそれを拭い、俺はため息を吐いた。
墓の周りに集まる連中は皆悲しそうに泣いていた。いや、一人だけ泣いていない。義兄だ。義兄は一切泣いていなかった。冷たい、冷たい目で墓標を睨んでいた。
そりゃあ、そうだろうな。なんせ、俺が彼女の事を守れなかったから。
事故だった。俺も彼もが裏社会に関係があるから、ではなく、本当にただの事故だった。トラックに跳ねられて____即死だったらしい。
彼女と結婚する時、俺は義兄に「彼女の事を幸せにする。彼女の事を守り続ける」と約束した。それに対して、義兄は「裏切ったら絶対に殺す」と俺を脅した。だが、その時の顔は楽しそうに笑っていて、誰が見たって俺達の事を祝福している事が分かった。
なのに。俺は約束を破ってしまった。目の前の墓がその証拠である。
いつの間にか、連中は義兄を残して皆行ってしまった。義兄は墓標の文字をなぞると、俺を真っ直ぐに見た。青く澄んだ目には曇り空が映っている。
「満足か?」
「……なんでそんな質問をするんですか」
分かりきっている事のくせに。酷い人だ。
義兄は俺と目線を合わせると舌打ちを鳴らした。
「お前は嫌いだ。いや、大嫌いだ」
「でしょうね。ええ、約束、すいません」
「それで済むと思うか?」
わざわざ大嫌い、と言い直すくらいだ。憎悪も持っているのだろう。俺の事を憎んでいるのだろう。それで済むなんて、思っていない。
「約束通り、俺を殺しますか?」
「ああ、そうしたいさ。でもな」
義兄は目を細めると、帽子を深く被り直した。まるで、涙の後を隠すように。
「お前が死んじまったら、殺す者も殺せないじゃないか」
俺の胸に拳を押し付けようとした義兄の手は、スッと俺を通っていった。
そう。死んだのは俺だ。事故に合ったのは、俺なんだ。
「すいません」
「謝るくらいなら……謝るくらいなら、泣かないでくれ」
雨が俺の体を無視して地面を濡らしていく。
雨なのか涙なのか分からないなんて、戯言だ。これは紛れもなく俺の涙だ。
馬鹿な男の、馬鹿な幽霊の涙は何も濡らさず、ただ溢れるだけだった。
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