第11話閑話* 帰える場所
里仲は銀行員だった。別になんてことはない。普通の銀行員だった。ところがある日警察がやってきて、里仲のことを捕まえた。
里仲が横領していると疑われたらしい。
その後、里仲は本当に冤罪なのに、周囲は誰も信じてくれず、里仲は刑務所で過ごした。
里仲が逮捕されたすぐに、愛していた妻の美香子は娘を連れて去って行った。
なんてもろいものだと、里仲は憂鬱になる。
あんなに愛していたのに、終わりは呆気なく訪れた。
銀行の仕事もなくなり、どこも里仲のことなんぞ、雇ってくれる銀行はもうないだろうと里仲は気付く。
死のうと思って、里仲は山の奥地へと向かうことにした。
そこで里仲は不思議な青年に出会った。こんな死にたいものしかあまり集まらない山奥で登山の服装でもなく、青年は一人たたずんでいる。
まさかこの青年も自分と同じ、自殺をもとめる人間なのではと、里仲は疑う。
里仲は一人静かに死にたいと思っていたのに。珍客に内心忌々しいという気持ちになる。
里仲の憶測とはまったく違い、どうやら青年はただこの山奥に迷い込んだだけだった。
青年は自らのことを、武と名乗った。武は眠ったと思われた後、すぐさま起きて、にっこり笑って里仲の方を見て言う。
「さぁ、家に帰りましょう」
「帰り道がおれにはわからない」
「大丈夫。俺は分かります」
「武君は、この山は初めてではなかったのか?」
「大丈夫」
武が里仲の腕を引いて、歩きはじめた。
「俺にはわかるんです。ずっと一人でも、あなた自身の夢は、あなたを大切に思っている。それにどこかに、あなたを必要としてくれる人はいる。さぁ、帰りましょう」
「俺を必要にしてくれるなんて」
「大丈夫。一人きりでも、帰る道はある。里仲さんのことをずっとまっている人がいる」
武は微笑んで、指をさす。
そこにはクマの人形が、里仲のほうへ手を振っている。
里仲の見間違いでは無ければ、あれは里仲が娘に、クリスマスプレゼントとしてあげたクマの人形だ。
「大丈夫。帰りましょう」
次に目を覚ました里仲は、慌てて窓を開けて、一酸化炭素を外に出した。
「げほっ!!けほ」
激しく里仲はせき込む。
そういえば里仲は練炭自殺しようとしていたのだった。密室で練炭を焚いてから、何時間かたっているはずなのに、何故か里仲は生きている。
開けた窓から、我が物顔で野良ネコが、里仲の部屋の中に入ってくる。野良ネコも丸まって、その場で寝始める。
里仲は微笑んで、野良ネコを撫でた。
其の場で里仲も寝っころがる。なんだかとてもいい夢を見ているような気がしていた。
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