第10話

 普通の洋服で、雪山の装備もなく、武は雪山に一人いた。

「これは夢なのか?じゃなきゃ、俺死んでいるよな?」

 体に感じる雪は冷たいが、武の意識ははっきりしている。


「お前こんなところで何してんだ?」

 一人の四十代くらいの男が、武に声をかけてくる。

「俺が聞きたいです」

武は其の場に泣き崩れた。


町にいたはずなのに。何故か雪山まで武はきてしまった。そもそも武は金なんてもっていないのに、どうやってここまできたのだか、さっぱり分からない。


「まぁ、もうすぐ吹雪になりそうだから、テントを張った方がいい」

「あの、俺の名前は武。あなたの名前は?」

「俺か?俺は、里仲隆だ」

 髭を生やした女にもてそうな男だと、武は思う。武の好みのタイプの人間だ。

「ちょっとまってろ!今テントを張る」

「手伝いましょうか?」

「素人は黙っていろ」

随分冷たい言い分だ。武は里仲に嫌われているのだろうかと、首を傾げる。


完成したテントの中に入ると、里仲は温かいコーヒーを武に出してくれる。

「ありがとうございます」

「別に、いい。何でそんな薄着で雪山に来たんだ?死ぬつもりなのか」

「いえ、信じてもらえないかもしれませんが、気が付いたらここにいたんです」

「この辺りは秘境で、近くに町なんてないぞ」

「……俺、夢遊病なんです。眠っている間、好き勝手動いているみたいで、自宅への帰り道、気が付いたらここにいて、里仲さんがいて助かりました。そうじゃなければ、俺死んでいたところでした」

武は正直好みの男に会えたことにも、感謝していた。

里仲は大きくため息をつく。

「いや、俺こそすまない。君にも色々事情があるのに」

「いえ。俺こそ、里仲さんに会えてよかった。町に戻ったら、一緒に遊びませんか?」

「……そうだな。それもいい」

 里仲さんは微笑んだ。

 素敵だなと、武はうっとりする。

 ああ、これが恋なのだと武は思う。

 やはり梅子との結婚は無理だなと、武は気づいてしまう。

「だが、帰り道がおれにもわからない」

「…………え?」

武は硬直したのだった。

「とにかく雪がやむまでは、ここにいよう。あまり出歩くのは危険だ。一応来た道を歩いてみよう」

「なんか……….疲れました」

 本当に武は心労も伴って、ひどい疲れで起きているのも限界だった。

「寝ます」

 武はもうどうでもよくなって、ふて寝することにした。



 そして次に目覚めると、何故か武と里仲は高い見晴らしの良い高台にいた。周辺には観光客もいる。

 どうやら武は寝ている間に、過酷な雪山をぬけることができたらしい。武は首を傾げる。


「あの、里仲さん、俺寝ている間に何があったんですか?」

「君はやはり覚えてないのか。君が山を案内してくれたんだよ。」

「やいやいや。俺、この山初めて登ったんですけど?」

 武の頭は混乱する。

「さぁ、今度は俺が君を家まで送ろうか?それとも君自身が帰らなくてはならないか。これを持っていくといい。少ない旅費だが、足りない場合は警察に頼るといい」

 里仲は何万も武に向かって、差し出してくれる。

「里仲さん、また逢えますよね?」

「ああ。住所を教え合おう」

里仲と武は住所交換をする。


駅前で、里仲と武は別れる時がやってくる。先に里仲が電車に向かう。電車に乗る瞬間、里仲は武のことを振り返って見た。

「君に会えて本当によかった」

里仲は本当にうれしそう言いのこし、電車に乗って去って行った。

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